63.いつも通りの勇者様とがむしゃらになった親友様
異世界に、ゲームのようなレベルの概念は無い。
この話は以前にも少しだけしたことがあるけど、改めてそれがどういう事なのかを確認しておきたいと思う。
この世界では魔法やスキルを使う事が出来るし、適性に関しては大まかなランクも存在している。
しかし、例えばどれだけの事をすればおひとつ成長できますよ。おめでとう、レベル20になりました。というような目に見える形でのレベルは存在しない。
では、この世界で自らの能力やスキル、魔法を成長させるためにはどうすれば良いのか?
何という事はない。地球でやっていたのと同じ事だ。とにかく、練習と経験あるのみである。
どうせなら、ゲームみたいにレベルが決まっていれば楽なのに。
ある同級生がそう言っていた。現代日本でゲームだとかに触れる機会の多かった俺としても、一理あると思ってしまう。
しかし同時に、彼は実に浅はかな考えの持ち主であると言わざるを得ない。
レベルアップとステータスに数値の概念のある世界がどれだけ恐ろしいものか、丁度良い機会なので件の同級生、スズキを例にして考えてみたいと思う。
まず最初に定義しておきたい事は、レベルの概念がどこまで及ぶかという事だ。
レベルが設定されるのは個人であるのか、適性ごとにレベルが存在するのか、はたまた各スキルや魔法ごとに細かいレベルが設定されているのか、これは非常に重要な問題だろう。
注目したいのは、魔法やスキルの使用が閃きや想像力による部分が大きいという事だ。この事から、身につけたスキルや魔法に個々のレベルが設定されているとは考えにくい。
そこで今回は、個人のレベルと適性ごとのレベルがあるという設定で、考えていこうと思う。
それに、大人の事情を話してしまえば、この場でそこまでの設定をしている時間と尺が無いのだ。
大切なのは、レベルという概念のある世界を現実に持ってきた場合の恐ろしさであり、スキルのレベルや付与される効果のレベル等を定義するには時間が惜しい。
例えば、剣士の初級スキルであるなぎ払いを最大レベルまで上げる事により、効果範囲と威力のアップしたなぎ払い・改が覚えられるであるとか、なぎ払い・改を最大レベルにする事で一定確率で覚えられる真・なぎ払いが存在するであるとか、そのような事は今回の趣旨にそぐわないのである。
言うまでもなく、同様の手順を辿って身につけた真・二段突きと、真・なぎ払いを両方極めた上で、閃く確率わずか3%という難関を突破した猛者だけが身につける事の出来る伝説の初級スキル、連続斬りなどもっての他だ。
既に、これでもかというほど二段に突いておきながら、手に入るのが連続斬りだなんて雑すぎるというプレイヤーの苦情と、散々突いてきたからこそ連続で斬るスキルを覚えられるのだと説明する運営さんの、血で血を洗うような戦いについて、確かに言いたい事は山ほどある。
苦行ともいえる突きとなぎ払いを繰り返してようやく手に入れた連続斬りは、改・真とランクアップさせていく事で斬撃回数が増え、威力が増していく。
しかし、威力と斬撃回数に比例して生まれるどうしようもない隙によって、手に入れる為の労力に効果が全く伴わない地雷スキルであったのだ。
一体どれだけのプレイヤーが、真・連続斬りを放って絶句したと思っているのか。
しかも、スキルは使えば使うほどに自動的に熟練度の上がっていく仕組み。使いやすいところで成長を止めておく事など出来はしない。
どうせなら、同じ尺の中で威力だけ増加させてくれれば、実に使いやすい、苦労して手に入れてよかったと思えるスキルに成長したというのに。
ネット上で噴出したこの声に、運営側も最初は反発していた。
しかし、最終的に連続斬りのエフェクトは地味に抑えられ、隙を減らして威力のみが増加する仕様とめでたく相成った。ネットで上がった小さな声が、運営さんを確かに動かした瞬間であった。
しかし、話はここで終わらない。生まれ変わって実装された連続斬りは、本当にただの初級スキルとして登場したのだ。
なぎ払いと二段突きを極め、確率3%の壁を超えてきた猛者達の荒ぶりようといったら無かった。
こうして、第二次連続斬り論争が幕を開ける事となり、運営さんと古参プレイヤーとの確執、終わらない言い争いによってゲームからは人が離れ、あえなくサービス終了となったのだ。
決してこの過ちが繰り返される事のないよう、切に願うばかりである――
「わかる。よくわかるぞ。突きは男のロマンだな、ユーキ」
「俺なら、初期の手順で連続斬りを手に入れたプレイヤーに別の隠しスキルか何かを付与して丸く収めるけどな。それがお互いにとって一番だろう」
え、えーと……今にして思えば、スキルの種類やランク付け、その入手手順という基本的なところは、基本であるからこそ大切なものであり、バランスを決定付ける大切な要素といえるだろう。
これは内容が複雑で作りこまれたものになるほど難しい。もちろん、簡単な仕組みであるからと言ってそこを度外視してよいものではないが、そのバランス感覚や嗅覚については運営さんとしても考慮すべきだったと考えられる。
しかしながら、プレイヤー側としても感情的になりすぎてしまった事は確かであるし、双方の理解と歩み寄りが足りなかった為に起こった残念な事件であるといえるだろう。
「その通りだ。バランスの崩れたゲームこそが本当のクソゲーだな。まあ、バランスが崩れる事で神ゲーとなっているものも存在しない事はないがな」
「ゲームの事はわからんが、バランスの良い鍛錬は確かに大事だ。腕力だけを鍛えて足腰がひょろひょろでは剣は振れないからな」
「わかってくれるか、アレックス。さすがだな。だが、腕力が先にくるその例えはよくないな。全ての基本は足腰だろう」
「む、スズキよ。それがわかっているからこそ悪い例えとして腕力を鍛えた例をあげたのだ。足腰が大事である事はもちろんわかっている。鍛錬というものは――」
「ねえ君達! レベルの話はどこにいったんだとか、結局なんの話になってるんだとか、先に言うべき事があるでしょ! 何をナチュラルにマッスルトークに移行しようとしてるんだよ! 泣くぞ! 耳元ですすり泣くぞ! そして、はっとして振り向いてもそこには誰もいないんだ!」
「お主ら、訳わからん事ばっかり喋っとらんでペースをあげんかい!」
俺達は、アレックスと鈴木の話ではないが、足腰を鍛えるべく、ぞろぞろとランニングを続けていた。
先頭をいくタクミと聖剣じいさんはもうだいぶ小さくなってしまっているが、聖剣じいさんは頭の中にダイレクトに怒声を飛ばしてくる。
「こんな時に渡辺さんは何をやっているんだ!? さっきまでそこで……ああ、あんなところに!」
普段なら、耐え切れなくなったところでステキな仕切りを見せてくれる渡辺さんは、斉藤さんとねねねの3人でペースを上げて、タクミの少し後ろを走っていた。
その背中は、気が済むまで喋ればいいでしょ、ただし私のいないところでね。と俺をあざ笑うかのようだ。
「くそ……ここにきて新しいパターンとはさすがだな、渡辺さん。背中がとってもクールだぜ」
俺は、もしかしたら風魔法で聞いているかも、という淡い期待を込めて、一応悔しがっておく事にした。褒めるべき時はちゃんと褒めておく事が、次に繋がるのだ。
「ユーキ、いつまでぶつぶつ言っている。体幹のバランスについては後にしよう、聖剣殿がお怒りだ」
「お前が、スズキを例に……とか言い出した時点で、無理にでもアレックスにあわせると決めていた。悪く思うな」
おのれ、鈴木までもが確信犯だったか。大人しく狂戦士モードでも発動させて高笑いしておけば良いものを。
だがしかし、次も同じようにいくと思うなよ。見切り発車した上で、終わらない恐ろしさを見せてやるさ。大体にして、アレックスの使い方を間違えたのが今回の敗因だ。あいつは自由に泳がせて、こちらからツッコミをかませるくらいが丁度良いというのに、聞き役に回らせたりするからこんな事になる。
鈴木や渡辺さんに対しても、もっとしっかり沸点とヘイトを管理して……
「……やっぱりお主だけ外れるか?」
「ひい、今すぐ行きます!」
すっかり取り残された俺はペースを上げながら、ここまでのやり取りを思い出す。
聖剣じいさんに、体力も魔力もなっていないと切って捨てられた俺達は、その日の午後から早速訓練を開始する事になったのだ。
俺に残された時間は1週間。諸々の準備や王都での仕事を片付けて、ヘンリーが魔物討伐とやらに旅立つまでの日数だ。
俺の目的はこの討伐パーティーに食い込むか、タクミやレオナルドさんに協力してもらって、同じ魔物の討伐を別パーティーで目指す事。最悪は現地集合でも良いから、ヘンリーとルキちゃんの2人旅の時間を極力減らす事だ。
個人的な感情がぎっしり含まれていることは認めよう。でも、それだけではないのだ。あの裏路地で見せたヘンリーの表情は、実にまずい。
まるで、物事が上手くいかなくてかんしゃくをおこしそうな子供と、物事を色々と諦めた大人、両方の悪い部分をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせてくっつけた。そんな顔をしていた。
だから俺は、何がなんでもそこまでに成長するか、何かしらのきっかけを掴まなければならない。
それに、夏休みを利用してやってきているこの長期留学も、残り時間は少ない。
夏休みが終わってしまえば、平日は日本で学校に行き、学校での課題諸々をやりくりしながら、放課後や週末を異世界で過ごすという、ウエイトを日本に戻した生活サイクルが待っている。そうなれば色々な意味で、俺にチャンスは無くなってしまうだろう。
確固たる楔を打ち込むのであれば、この夏休み中しかない。そんな確信めいたものが、俺の中には芽生えていた。
だからどうしても、適性を成長させる為の糸口を、精一杯、頑張って、見つける、必要がある。
絶対、何がなんでも、なんとかして、どうしても、お願いですから、ちょちょいと、どうですか?
「頭の中でわざとらしく訴えかけてくるんじゃないわい、面倒くさいのぉ」
「ふふ、やっぱり聞こえてたか。心を読みっぱなしなんて気持ちの悪い事してるからだ。止めないと、聖剣を聖剣とも思わない所業の数々を脳内でエンドレスに想像しまくってやる」
「ぐぬぬ……やはり敬意が足りんのじゃないか?」
「それとこれとは別でしょうが。プライバシーは守られるべきだし、俺はそんな相手に敬意を払うつもりはないね。さあ、いいのか? 場末の武器屋の店先で、抜き身のまんま安物の武器といっしょくたに樽に入れられて、銅貨10枚で売られたくはないだろう?」
「おのれ、こぞうめ~……!」
「しかも、隣でひんまがった棍棒が買われていくにも関わらず、全く売れやしないのさ。ふふふ、聖剣様ともあろうものが恥ずかしいな。抜き身の身体に港町の潮風はさぞひびくだろうな?」
「なんてやつじゃ! ひどい! 鞘があったら入りたい!」
「あーっはっはっは、あんたのご立派な鞘なら、ほうらあそこだ。店先を掃除するほうき立てとして大活躍さ! 伝説のおほうき様にご挨拶したらどうだい?」
「許せん! タクミくん、Uターンじゃ! あの不届きものを討つのじゃ!」
こんな風にして、師弟としての交流を深めた俺達は、準備運動としては過酷なランニングを終え、息を整えながら聖剣じいさんの話に耳を傾けていた。
「……以上じゃ。話した通りのメニューをこなせば、必ずやお主らの能力は高まるじゃろうて。それは同時に、適性を成長させる準備となるのじゃ」
「な、なあじいさん。俺はどうしたら良いんだよ?」
俺は少しだけ先のやり取りを後悔しつつ、おそるおそる尋ねる。
タクミはこれまで通りの自由な訓練で問題なし。閃きに頼りすぎているところのある渡辺さんには、基礎の時間を増やすようにとのアドバイスとその為の基礎メニューが、斉藤さんにはもっと自分の可能性を信じてのびのびやるようにとの指示に加えて、魔力の瞬発力を上げる為のメニューが言い渡されている。
アレックス、鈴木、ねねねの3人に関しては適性を成長させる適性が無いとの事だったのだけど、自らを鍛えたいという意志は固く、それぞれの長所を伸ばすメニューが用意されたようだ。
そして、俺へのメニューは今の話に入っていない。やはり言い過ぎたのだろうか。
「お主は、ここまで来たのと同じ道をもう一度ランニングしてくるのじゃ」
聖剣じいさんは俺を一瞥すると、そっぽを向いたままで雑なメニューを口にする。
「そんな! おかしいじゃないか! あんたの修行を受けるには、心の中まで筒抜けでやらなくちゃいけないってことなのか?」
「ふむ、その事は関係ない。お主以外の心は覗いておらんしの」
「より悪いわ! どうして俺だけそんな事になってるんだよ」
頑張ってね、であるとか、ユーキなら出来るよ、であるとかの激励の言葉を残して、皆それぞれのメニューへと取り組み始める中、俺は1人で聖剣じいさんと言い争いを続ける。
「お主な……これまで本気を出した事はあるのか?」
「ここまで走ってくるのだって本気の本気、膝が笑ってるよ」
「それじゃあ何故、未だにぺらぺらと口を動かしておる」
「そりゃあじいさんが……」
言いかけて俺は言葉を止める。確かに身体は疲れている。でも、動けない程ではない。俺はいつも、周りの誰かや何かを体よく捕まえて、全力を出す事から逃げてはいなかっただろうか?
本気の本気だと、言い切れる程にやってきたのか?
「全力を出し切れば、その先に……いや、いい。なんでもない」
「ふふん、その顔だと多少は気付いたようじゃな。お主は、まずそこからじゃ」
走ってくるから、と聖剣じいさんに背を向ける。
きっとこういうところだ。ゲームのレベル上げと同じ、俺はいつも、行動の先にある何かを計算しながら動いていたんだ。
タクミやアレックスのようにがむしゃらに走り出したり、斉藤さんや渡辺さんのように気持ちに正直に行動したり、鈴木やねねねのように限界を知らされてなお挑もうとする気持ちは無かったように思う。
俺は走った。
走って走って、頭の中も体力も空っぽにして、そこから魔法の訓練やへたくそな素振りを繰り返した。
夜になると泥のように眠り、一瞬でやってくる朝を迎え撃った。
そして、一週間は、本当にあっという間に過ぎていった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!