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勇者様の親友様  作者: 青山陣也
第15章:長期留学編 ~討伐クエスト~
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62.物事をまっすぐ受け入れる勇者様と斜めから疑ってかかる親友様

 地球において、無機物がしゃべったり鳴き声を発する事はない。


 何を当たり前な、と怒られてしまうかもしれないが、どうか許してほしい。確かな足場がどうしても必要なのだ。その為の確認。認識を同じくするためのおまじないだと考えて欲しい。


 俺のギターはいつだって鳴いているんだぜであるとか、バイクのマフラーをぶいぶい鳴かせている皆様に関しては、後でじっくりと時間を設けるのでどうか大人しく聞いて頂きたい。

 その拘りがプライスレスであることも、そこに辿り着くまでにプライスレス等という言葉では収まりきらない費用がかかる場合があることも承知しているつもりだ。


 さて、話を戻そう。例えば、高度な人工知能によってある程度の受け答えをこなすロボットであれば、広い意味では無機物がしゃべっている、と言えるのかもしれない。全人類のIQをひとつにまとめても敵わないIQの人工知能を持ったロボットの誕生もそう遠い未来の話ではない、との記事をなにかで読んだ事があるし、科学の進歩には目を見張るばかりである。


 そんな躍進目覚ましいロボット達であるが、ゲームや映画の世界であれば、彼らがしゃべるのは珍しい話ではない。

 あるときは主人公達を助け、あるときは少年少女を見守り、またあるときは人類を滅亡せんとする悪役として、ロボット達は登場する。

 同様に、ファンタジックな世界観においても、武器やキーアイテムがしゃべりだす設定というのは、往々にして見かけるものだ。


 身も蓋もない言い方をするなら、無機物が喋る事は、珍しくもなんともない話ではあるのだ。設定としては。


 しかし、だ。


 現実として、それが目の前で起こったとしたら、冷静でいられるものだろうか?


 毎日身につけるような小物……例えばそう、時計や財布がしゃべりだしたとしたら?



 いまいちピンときていないであろう皆様に、もう少しわかりやすい例えを提案しよう。

 お気に入りで使っていた腕時計の中身が、ある日を境におっさんになったら、どうだろうか。という事なのだ。


 突然覚醒した腕時計……時計のおやっさんは流暢にしゃべり始める。

 朝のニュースにケチをつけ、出掛けにもう少しゆっくりしたいと駄々をこね、満員電車でいびきをかき、昼は定食のご飯を勝手におかわりする。

 帰る頃には飲む気満々、それでいてお酒にはめっぽう弱く、顔を真っ赤にして寝てしまう。

 寝てしまえば、時計としての役目は完全放棄。ふらつく秒針、うねる短針。長針に至っては逆回転をきめる始末だ。

 ここ最近、映画で話題のくまのぬいぐるみもびっくりの親父ぶりである。



 おやっさんは小言も多い。

 食べ過ぎるな。夜遊びをするな。愚痴は吐くな。溜め息をつくな。人様には優しくしろ。自分には厳しくしろ……


 時計の主、アキノリとおやっさんとの喧嘩は日常茶飯事だ。


 まったく、とんだ呪いの時計だ。

 毎日、身につけるのを楽しみにしていたはずのお気に入りの腕時計から顔を背け、アキノリが毒づく。

 入社3年目、ようやく一人前に仕事も出来るようになった頃、任された大きなプロジェクトが上手く回らず、アキノリは悩んでいた。時計にあたっても仕方ないとはわかっていても、次々と心無い言葉がこぼれてしまう。


 こっちだって好きでくっついてんじゃねぇや、べらぼうめ。そんなんだからヘマするんだ、ヒヨッコが。一方のおやっさんも、長針と短針を真一文字に引き結び、負けじと言い返す。


 しかし、アキノリが時計のおやっさんを手放す事は出来なかった。


 どれだけの大喧嘩をしようと、腕をがっちりガードしておこうと、鍵をかけた引き出しに閉じ込めておこうと、朝を迎えるアキノリの腕にはおやっさんが装着されていたのだ。


 そうして、半年が経つ頃には、喧嘩どころか会話さえ、ほとんどなくなっていた。


 なあ、少しは休め。


 おい、酒は飲んでものまれるな、だぞ。

 

 おやっさんが時おり寂しそうに小言を漏らすが、疲労困憊で生活も荒んでいたアキノリは聞く耳をもたなかった。




 アキノリの任されたプロジェクトは、見かけばかりが膨らんだハリボテで、アキノリが引き継いだ時点で、すでに破綻していたのだ。

 それに気がついた頃には、アキノリはぼろぼろだった。ふらふらとした足取りで、昼も夜もなく会社と家の往復を繰り返す。


 そして、その日はやってきた。


 すっきりと晴れた、爽やかな朝だった。


 徹夜明け、着替える為だけに家に戻り、すぐさま家を出たアキノリは、気がつくと道路の真ん中にぼうっとして立っていた。


 あれ、どうして。


 思考を遮るように、目の前に迫る自動車。


 ああ、俺はここで。


 スロー再生される世界。


 甲高いブレーキ音が突き抜ける。


 そして……




 無事かよ、アキノリ。


 おやっさんが、優しく問いかける。


 なんだ、どこか痛むのか。


 アキノリは必死に首を横に振る。


 そうか。それなら、そんな顔するな。



 衝突の瞬間、凄まじいスピードでアキノリの腕を離れたおやっさんが、自動車の前に躍り出ていた。


 衝撃を予想して、ぎゅっと目を瞑っていたアキノリがおそるおそる目を開けると、そこには盤面が割れ、バンドの引き裂かれたおやっさんが横たわっていた。



 どうしてだ、俺はあんたを……あんなに……。



 さてな、勝手に体が動いちまったんだからしょうがねぇ。



 待ってろ、すぐに修理してもらう。



 いいんだ。自分の体だ、自分が一番良くわかってるってな。



 何言ってんだよ。いつもの小言はどうした。



 はは、そうだな……こうしてまともに話せたのもひさしぶりだ。最後の小言と思って聞いてくれるか。



 最後なんて言うなよ!



 アキノリ……お前はがんばってる……自分を……もっと大事にするんだぜ。



 いやだ、聞かない。聞きたくない! 



 あり……がとうな……こんな俺でも……お前の……



 引き裂かれたバンドがそっとアキノリの腕に触れ、そして力を失った。






「おやっさあああああん!」


「ちょっと聖剣じいさん! 人の話を途中でもっていくなよ! ここから、おやっさんの心意気を受けて転職を決意したアキノリの快進撃と、最後のどんでん返しが……」


「うわああん、アキノリのばがぁ!」

「そうだよ、ひどい! なんて事したの! ひどいよアキノリ!」


「タクミも、泣くな! いたた、斉藤さんも腕をつねらないで、俺はアキノリじゃないから!」


 聖剣様に続いて、タクミと斉藤さんからも詰め寄られた俺は、言葉を繋げずに後ずさる。



「それで?」



 うん、こういう時に渡辺さんがいると場が引き締まっていいね。怖いよ、凄く怖い。

 べったべたな作り話を1人2役で気持ち良く語って、結局、何が言いたいわけ?

 そんな空気を隠そうともしない。


 お祭り騒ぎから一夜明け、今度こそ聖剣のもつ特性について本人……というのか本体というのか、説明を受けるべく、俺達は王城の一室に集まっていた。

 しかし、どうしても喋る聖剣に整理の追い付かなかった俺は、それがどれだけ非常識的な事なのかと弁舌をふるい、すっかりと横道にハンドルを切っていた。


 建前を言わせてもらえるなら、聖剣の反応を確かめたかったのだ。

 なんらかのプログラムにそって、特定の言葉……例えば、適性だとか勇者だとかの単語をキーにして、インプットされた言葉を出力するロボットのようなものなのか。


 それとも、本当に自我をもって喋っているのか。


 答えは残念ながら、後者に近いように思えた。


「なんじゃ、わしの素晴らしい能力を知りたかっただけとな。回りくどいのぉ。話の長い男はモテんぞ」

「うるさいな、無機物にモテ術なんて教わってたまるか。それで実際のところ、適性を成長させるなんて本当に出来るのか?」


「その能力なら……」


「おお!」


「もしあったとしても、お前さんには使ってやらんもんね」


「おお!?」


「まずまずもって、目上の者に対する敬意が足らん! 時計のおやっさんも泣いておろうに」


 わしはハッピーなエンディングとかわいい女の子が好きなんじゃ、とつばを飛ばし、ぷいっとそっぽを向いてしまう聖剣じいさん。


 もちろん、実際につばなんて飛んできていないし、どっちがそっぽかもわからない。要はイメージの問題だ。

 向きについては多分、柄に宝玉の付いた側が正面だと仮定して、話を進めさせてもらおう。


「敬意っても……タクミ、なんとか言ってやってくれよ」

「おじいちゃん、大切な事なんだ。ユーキやみんなにとっても、僕にとっても、そしてこの世界にとっても。だから、話だけでも聞かせてもらえないかな?」


 タクミの真剣な眼差しに、室内の空気が変わる。


「ちゃんと話が終わったら、ユーキもアキノリも反省させるから、お願い!」


 しゃんとしたはずの空気が、一瞬でゆるゆると霧散していく。

 俺はともかくアキノリを反省させるとはどういう事なのだ。それは結局、俺が2回反省する事と同義ではないのか。


「可能か不可能かで言えば、確かに可能じゃ」

「ほ、本当に!?」


 適性が成長する可能性については認めたものの、そこからの聖剣じいさんの話はなんとも的を射ないものだった。


「健全な精神は健全な身体に宿る、じゃな。不健康な心身ではいかん」


 まず、急に地球の格言を持ち出して、心と身体のバランスと、聖剣の主である勇者との繋がりについて説き始める。

 この辺りはまだ、勇者の信頼する者であり、なおかつ邪な心を持っていない事が条件であると考えれば、納得できる話ではある。


「物事にはタイミングというものがあるんじゃ。いつでも、おいそれという訳にはいかん」


 続いて、何かしらの条件やらタイミングがあるらしい事を、何故か満足そうに仄めかす。具体的にどのようなタイミングであれば良いのかはわからない。


「勇者と波長が合い、タイミングが揃ったとしても、誰でもどんな適性も大幅アップ、という訳にはいかん。適性を成長させられる適性というものがあるからの」


 そして最後に、裏ステータスのようなものの存在が告げられる。


「はぁ……上手い話なんて、やっぱりないもんだな」


「むむむ、全く信じておらんではないか!」


 信じる信じないというよりは、結局よくわからなかった、というのが本音だった。

 この訓練をこれだけすればレベルが上がりますよ、というようなRPG的な答えでなくとも、もう少し具体的な条件がわからなければ、どうしようもない。

 絵に描いた餅の味を想像するより、ファイヤーボールの練習でもしておいた方が建設的だ。


「タクミ、時間とらせて悪かったな。ちょっと色々と考えたい事があるから、お先に」


「……ユーキ」


 聖剣探しの時点で、適性の成長について煽ってしまった負い目があるのかもしれない。タクミが何か言おうとして、そのまま口をつぐむ。


「ああ、そうだ。忘れるところだった」


 俺は、聖剣じいさんに向き直り、深々と頭を下げた。


「俺達が普段いる世界では、あなたのように剣が喋ったりはしないんです。タクミやみんながすんなり受け止めているのを見て、逆に俺だけは、って警戒してたんです」


 真面目なんだか不器用なんだか、と渡辺さんがため息をつき、斉藤さんは微妙な笑顔をつくって聞いている。


「色々と失礼な事ばかり、すみませんでした。良かったら、これからもタクミの力になってやってください。こいつ、本当にいいやつなんで」


 よし、と掛け声をかけて止まった空気をゆるくかき混ぜると、俺はこれからの事を考えながら部屋の出入口へと歩き出す。

 やっぱり、何かに頼るのではなく、自分でなんとかしなければ。都合の良いチートなんて、転がっているはずなかったんだ。


「待つんじゃ」


 どっしりと響く聖剣様の声に、俺は振り返る。


「お主は、持っておるぞ」


 主語の見えない一言。俺は沈黙で答え、続きを待つ。


「適性を成長させられる適性、じゃ」


 まあ……少々やっかいな代物のようじゃがの、と小さく付け加える聖剣じいさん。



「え! おじいさん、それって見たらすぐにわかるの?」


 ぱあっと顔を明るくした斉藤さんが、ねえ私は? と、立てかけられた聖剣じいさんをゆすってはしゃぐ。

 私も! タクミくんの力になれるなら! と、渡辺さんも反対側からぐいぐい引っ張り始め、聖剣じいさんは斉藤さんと渡辺さんの間をいったりきたりだ。


「わ、ちょ、揺するでない! わほほい! こりゃまた! へへい!」



 ……うわあ。じいさん、めっちゃうれしそう。

 えーとすいません、真面目な空気に戻ってきてもらえませんかね。それか、ついさっき下げた俺の頭を返してもらっていいですか。


「ごほん! お主は、持っておるぞ」


 あ、もう1回そこからなんだ。


「適性を成長させられる適性じゃ!」


 あくまで押し通るつもりか。

 わかった、わかりましたよ。のっかりますよ。


「本当ですか! どうすればいいんでしょうか!」


「少々! やっかいな!」


 いや、そこも?


 せっかく小さく呟いておいて、さらっと伏線張っておきましたよ、後で上手に使ってね。みたいな感じだったのに。

 俺の、あるのかどうかは知らないけど、隠された能力と秘められた落とし穴みたいなやつ、ぼんやりしちゃうけどいいの?


「代物の! ようじゃがの! ふふん」


 あーあ、大声で言いきっちゃった。しかも鼻で笑った。絶対に確信犯じゃないか。


 俺は脳内で、フラグと達筆で書かれたベニヤ板を両手に掲げて勢いよくへし折り、真っ二つになったそれを振り回してほがらかに笑うムキムキのお兄さんを想像する。


 そう、彼こそがタフネスフラグブレイカー。


 右のフラグに飛びひざキック。


 左のフラグに正拳パンチ。


 羽ばたくフラグをむんずと掴み、むしゃむしゃ食べるぜブレイカー。

 

 前のフラグを両手でどーん。


 後ろのフラグを――



「真面目に聞く気がないなら、今度こそわしは知らんぞ」


「嘘でしょ! テンションあわせたつもりだったのに」


「どっちもどっちね。それで、実際どうすればいいわけ?」


 歯軋りしてにらみ合う俺と聖剣じいさんを、渡辺さんがさらりと喧嘩両成敗にしてみせる。元はといえば空気を壊した張本人のはずなのに、そんな事は無かったかのような冷たい視線だ。

 今日はいつもに増して大活躍じゃないか、うらやましい。


「とりあえずは、修行じゃな。お主ら、揃いも揃って体力も魔力も全くなっておらん」


 もしかしてとは思っていたけど、よくある展開になってきたな。どっちにしても地道に訓練はしていくつもりだったし、それもいいか。


「できれば何年もかかるやつじゃなくて、短期間でお願いしたいんだけど」


「ふん、威勢がいいのぉ。わしの修行は厳しいぞ?」


「望むところだ、そんなに簡単にいくとは思ってない。俺にできる事なら……いや、たとえ無理だと思えるような事でも、なんでもする」


「そうかそうか。なんでも、とは大きく出たの。それではまず……」


 このじいさんは、仮にもこの世界で語り継がれている名のある聖剣様だ。

 どんな難題が飛び出すかわからない。

 喋り口の軽さに惑わされてはいけないはずだ。


 俺は気を引き締め、課されるであろう厳しい修行に備えるべく身構えた。



「アキノリを反省させて、時計のおやっさんを生き返らせるのじゃ!」



 やっぱり、そんなに上手い話はないのかもしれない。


 俺は、窓の向こうに見える澄みきった空へと視線を移す。


 そして、あれこれと想像し始めていた小難しい修行の内容を全てリセットさせ、アキノリとおやっさんの新たな冒険譚を練りこみに入るのだった。

ここまで読んで下さってありがとうございます!

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