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勇者様の親友様  作者: 青山陣也
第14章:長期留学編 ~完成!伝説の聖剣様~
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61.聖剣の完成に酔う勇者様と困惑する親友様

 光の勇者の卵であるタクミの交友関係は実に幅広い。


 元々、日本にいる時から誰かれ構わず話しかけてはすぐに打ち解ける性格だった。

 そこに加わった勇者としての資質とカリスマ。


 この異世界にやってきてから、タクミが本当の意味で1人でいる時間というのは少なかったように思う。

 王都でも、短期留学でお世話になった街でも、少し離れた山の麓の村でも、1階層が観光地と化した迷宮でさえも、タクミは大人気だ。 

 しかも、それを苦にするどころか更にどかどかと輪の中に突っ込んでいくのだから、根っからの人好きという事なのだろう。



 だから、この世界でタクミを見つける事は簡単だ。

 大体の行き先さえ把握していれば、後はその辺りにいる誰かに聞けば良い。



 聞いた相手は大喜びで手を叩くと全身を大きく使って伸びやかに踊り出し、あっという間に街はミュージカル。打ち上げ花火が次々とあがり、煌びやかな照明がくるくるとはしる。

 そうして、豪華なエンターテイメントが繰り広げられ、いよいよというところでタクミの行き先が厳かに告げられるのだ。後は盛大な拍手に見送られながら、人の波をかきわけてひときわ明るいスポットライトの元に駆けつければよい。



 ……皆さんお気づきの通り、本当にミュージカルが始まったりはしないわけだけど、大体の見当さえついていれば、大抵の人が行き先を知っている事がほとんどというわけ。



 さて、一口に勇者といっても色々な人がいる。タクミだとか伝説のラルスさんだとかのように天然のスター気質を持つ人が多いのは確かだ。

 統計的には勇者という適性の性質というのか、何かしらの功績をあげていけば目立ってしまうのも仕方ないところではあると思うのだけど、そんなカテゴリから外れた勇者もいるにはいる。



 勇者ラルスより更に少し前の時代にひっそりと闇の中を生きた影縫いの勇者ゼンゾウもその1人。

 戦国時代の日本から飛ばされてきた有名な忍であるとかその末裔であるとか、ここ数年で急に一部の学者を中心に諸説が騒がれている勇者様だ。


 彼の凄さは高い勇者適性の恩恵を完全に無視したスタイルにある。

 いや、高い身体能力はまさしく勇者のそれによるものであったのだから、正確に言えば恩恵を受けてはいた。

 しかし、彼が勇者らしいスキルを使ったという記述はどれだけの書物を探しても見当たらない。

 タクミのように、普段使いで淡く発光しているような根っから勇者様とは大違いだ。



 彼のスキルは、ひいき目に見ても派手とはいえない。


 むしろ地味だ。


 彼の適性は高い勇者適性の他に闇属性とほんの少しの光属性。


 武器は小太刀と徒手空拳。


 その属性と通り名が示す通り、彼が使ったほぼ唯一といっても良いスキル。


 その名は、影縫い。


 相手の影を突く事で、動きを縛る事が出来る闇属性の初級スキルだ。


 大きなダメージを与えられるわけでも、大勢の敵を縛り付けて一気に形勢を逆転できるわけでもない。


 通常は、せいぜいが10秒か20秒、熟練しても60秒ほど、相手の動きを止めるだけ。

 しかも、術者より力量が上の相手には強引に解かれてしまったり、効かない事さえある初級スキル。


 しかし、彼の影縫いは1対1の戦いにおいて無類の強さを誇った。


 常に4本を携帯していたという小太刀を相手の影に直接突き刺す事で発動する彼の影縫いには、時間制限が無かったのだ。

 術者としての実力は申し分なく、つまりかける相手をほとんど選ばない。


 1対1であれば、動きを止めた時点でほぼ彼の勝ち。


 しかも、たとえそこに影がなくとも、影の伸びる方向がよろしくなくとも、ほんの少しの光属性により都合の良い影を作り出し、縛る。


 そして、小太刀で一突き。


 もし彼が、誰か強力な仲間と旅を共にしていたなら……魔王を倒していたのは彼だっただろう、との説を唱える者も少なくないのだ。


 生涯にわたって1人で旅を続け、行く先々で功績を残したゼンゾウ。

 その活躍が歴史に埋もれていたものであっても、彼はまぎれもなく勇者だった。



 つまり何が言いたいのかといえば、光の勇者様だからといっても、慎みを持つべきだと思うのだ。

 聖剣だって完成する。順風満帆さ。それはわかっているとも。

 でもどうなのかな、このはしゃぎようといったら見ていられないじゃないか。

 そうだ、今こそ友として、俺が勇者の前に立つべきなのだ――


「そう思ってやってきたぞ、タクミ」


「いひゃい! いひゃいよユーキ! むぎぎぎ」


 俺は光の勇者様のほっぺたをぐりぐりとつねって、お祭り騒ぎのステージ上から引きずりおろしたところだった。


 ここは鍛冶工房や様々な職人達がしのぎを削る無骨な職人エリア。

 しかし、ちょっとした恐怖体験までして大急ぎでやってきた俺を待ち構えていたのは、これでもかというお祭り騒ぎである。


 熟練した職人達による技術の粋を間違った方向に集めた即席ステージが道の真ん中にどんとそびえ、その回りを盆踊りよろしく職人や街の皆さん、おそらく注意をしにきたはずであろう警備の兵士も入り乱れ、大歓声をあげている。

 道端にはお祭りのにおいをどこからか嗅ぎ付けた屋台ゾーンの売り子達が続々と集まり、呼び込みの声が威勢よく響く。

 屋根の上には見物客が席を確保し、野次を飛ばしている。


 そして大きな盛り上がりを見せる即席ステージの中心には、光魔法に水魔法に火魔法にと、これでもかというエフェクトを纏って日本で流行っていたポップスを熱唱しながらポーズを決める、我らが勇者様の姿。


 その辺で誰かに聞けば見つかるかも。などという生易しいレベルではない。


 ひとしきりその様子を別世界に迷い込んだ気持ちで眺めていた俺は、思い出したようにゆっくりと歩を進めた。

 別世界にきて更に別世界に迷い込んでいる場合ではないのだ、気を確かに持つんだ。


 友として前に立つべきだ、とか言っておいてなんだけど、俺はゼンゾウよろしくタクミの背後から忍び寄った。


 そして、中指を絡ませて強化した両手の人指し指で、脇腹を一突き。


 おう、とも、うん、ともつかない情けない声を出して崩れ落ちたタクミのほっぺをギリギリとつねり、少し前のお説教に戻ってくる訳だ。


「ちょっと邪魔しないでよ! いいところだったのに!」


 空から降りてきた渡辺さんは、お気に入りのアーティストのライブが不審者の乱入で中断になったかのような鬼の形相だ。

 上空から文字通り高みの見物を決め込んだタクミのワンマンショーはさぞかし見ごたえがあったのだろうけど、とりあえず眼鏡ずれてるから直した方がいいよ。


「ユーキくんずるいー! 私もステージに上がりたかったのに!」


 若干的外れな愚痴をこぼす斉藤さんは、ステージに近いところで一緒になって歌っていたらしく、すっかりハスキーボイスに仕上がっている。


「聖剣を仕上げに鍛冶工房に行ったんじゃなかったのか? なんでリサイタルやってんだよ」

「ユーキ、リサイタルて! リサイタルてー! 大丈夫、聖剣ならほら、あそこだよ!」


 タクミ、嬉しそうに反応するんじゃないよ、言葉選びはわざとだよ。

 そのにわか関西弁みたいなツッコミ、各方面から怒られるからやめような。きっとクレーム対応するのは俺なんだから。


 苦笑いでタクミの指差す先に視線を移すと、今しがた引きずり下ろしてきたばかりの即席ステージが見える。

 そこには確かに聖剣がまばゆい光を放ってセットされていた。


「完成披露パーティーみたいな事なの? そういうのってこんな感じで急に始めるんだっけ? ねえどういう事?」

「その通り、ついに完成したんだよ! ユーキ、どうして怒ってるの?」

「間に合わなかったからひがんでるのね。でもお楽しみはこれからよ、うふふふふ」


 渡辺さん、うふふじゃないでしょ。個人的には嫌いじゃない感じなんだけど、キャラクターは大事にしてね。渡辺さんがそっち側に回っちゃうと本当にこっち側の手が足りなくなっちゃうからね。


「とにかく完成したなら良かった。タクミ、その聖剣の事でちょっと聞きたい事があるんだけどさ」


「もちろん、わかっているよ!」


「え? あれ、何かの拍子に軽く話したんだっけ?」


「さあ、聖剣のところにいこう!」


「お、おお? いいのか? いや、なんか話が早くて助かるよ」


「もちろんだよ!」


 意気揚々とステージに上がるタクミを追いかける。こうして上から見ると随分と盛り上がってるな。お開きにするのは少し申し訳ない気もするけど、タクミもああ言ってくれたしな。



「みんな、聞いてほしい!」



 タクミの言葉に会場がしんと静まり返る。俺はその半歩後ろに控えて解散の言葉を待つ。



「次はこのユーキが歌うよ! 盛大な拍手を~!」


 ちょっと待て!


 慌てて叫んだ俺の声は大歓声に紛れて消えた。


「あいつ見たことあるぞ! 前に変な演説してたやつだ! そういやあの時も勇者様の隣にいたな!」


「ああ! 俺も覚えてる! あの時のお偉いさん方の顔ったらなかったよな!」


「いいぞ少年~! やってやれ~!」


「わっはは、愉快愉快! ほれ、踊れ踊れ~!」


 ステージ中央に押し出された俺を見て、逞しいお兄さんから陽気なおじいちゃんまで、野太い声援がごりごりと飛んでくる。


 くそう、さっきまでタクミが散々浴びていた女の子の黄色い声援はどこへいった。

 あれか、野外フェスで目当てじゃないアーティストが出てきた時の、ちょっとゆっくり見ようかとか言って休憩しちゃうあの感じか。


 そうこうしている内に、確かに俺がカラオケでよく歌っていたアップテンポな曲のイントロが大音量で流れ出す。


「いやだ、俺は歌ったりしないぞ! タクミ、一体どうなってるんだ!」


「ふふ、驚いた? スマホに入れてた曲を魔法で飛ばしているんだよ! さおりんが考えてくれたんだ! はるかちゃんの水魔法でステージも快適な温度だし、このキラキラのエフェクトだって……」


 違うの! 即席ステージの素敵な仕様の事じゃないの!


「ええい、埒があかない! 場所を変えるぞ!」


「駄目だよ」


「どうして」


「だってもうAメロ始まるよ! さあ、このマイクを持って!」


「ええい、まるで話にならない……! ようしわかった、1曲だけだからな。これが終わったら移動して真面目な話だ、おーけー?」


「イエーイ! いつもみたいにサビはハモるから任せて!」


 イエーイじゃないよ全く。


 ようし、やってやろうじゃないか。


 勇者としての力は負けても、エンターテイナーとしてはまだまだ俺の方が斜め上だってところを見せてやる。


 俺は歌った。


 あらん限りの大きな声で。


 タクミはハモった。


 俺の癖を完全に把握した見事なハーモニーだった。


 タクミがハモっている間だけ鳴り響く女の子達の黄色い声援。


 タクミのハモりが終わるのを待っていたかのように覆い被さる男達の野太いシャウト。


 会場はある意味では真っ二つに割れていたが、ある意味では確かに一体になっていた。




 そして、夜が更けていく。



「ほい、こっち燃えるゴミな。っていうか勝手に分けて集めちゃってるけどいいのかなこれ」

「いいんじゃないかな? ユーキくんって案外そういうのしっかりしてるんだ」

「いつもは雑なのに変なところだけ拘るものね」

「結局、電池なくなるまで歌っちゃった! 学園祭みたいで楽しかった~!」


 俺達はしゃがれた声でぽつりぽつりと雑談しながら、片付けをしていた。

 ステージできらびやかに輝いていた聖剣はタクミの腰に収まり、大半の人はそれぞれの家路についている。

 というかね、みんなして意外そうな顔してるけど、ゴミの分別は変な拘りじゃないと思うんだ。


「結局、共犯か。まあいいかな、なんか吹っ切れた気がするし」

「ユーキ、共犯は言い方がひどいよ。悪いことはしてないじゃない」


 俺の愚痴にタクミが頬を膨らませる。


「いや、それ本気で言ってる? やっぱりタクミは根っから勇者様だな」

「えへへ、ありがとう!」

「えーと……誉めてないんだぞ」


 まず、道の真ん中を塞いでお祭りを始めた時点で人によっては大迷惑だっただろう。

 1日の仕事を終え、疲れた身体をひきずってようやく帰ってきて人もいたかもしれない。

 急ぎの用件で駆けてきて、大通りの有り様に愕然とした職人見習いの少年がいたかもしれない。


 その上、スマホを持ち込んで日本のポップスを流し、民衆を煽動して歌って踊りまくるなんて目も当てられない。

 食材なんかは少しずつ地球産のものが入ってきているが、お互いの文化を尊重するとかなんとかのもっともらしい理由がつけられて、芸術の部分は不干渉になっている部分が多いのだ。

 各方面から圧力がかかっているのだとか諸説は様々だが、そこにいきなりカラオケ大会を持ち込んだのだから、カルチャーショックどころの騒ぎではなかったはずだ。


「良くて呼び出しかな。最悪の場合は……」

「ええ、どうなるの! どうしよう!」

「まあ頑張れ、俺も一緒に謝ってやるからさ」

「ユーキ……ありがとう!」


 俺は、ついさっき共犯だと口にしたばかりなのに、さっそく立ち位置の操作にかかる。そしてそれは概ね成功したようだった。


「ところで、その聖剣だけどさ」

「あ、そうだったね! 完成した聖剣を紹介するよ!」


 おもむろに聖剣を鞘から抜いてみせるタクミ。


「さすがのユーキくんも驚くんじゃないかな?」

「どうかしら、瀧本くんって頭の中に変なのを沢山飼ってそうだし驚かないかも」


 どうやら多重人格か何者かによる寄生まで疑われ始めたらしい俺は、女子2人に苦笑いを返すとタクミの持つ聖剣を観察する。

 実際のところ、俺の俺による俺を囲んだ脳内ミュージカルとか開催しているわけだし、変なのを飼っているかもしれないのは事実だ。ここはスルーしておくのが良いだろう。


「ふうん、なんかこう、意外と普通だな。全体的にキラキラしてはいるけど」

「え! そんな事ないでしょ! この、すうっときて……シュラっ! としたフォルムがわからないの!」


 シュラっ!


 とか素振りしながら言われても、あるようでなかった擬音語だね、としか言ってあげられないぞ。

 完成前より一回りサイズが大きくなったのと、以前はなかった柄の宝玉、後はぼんやり光ってるのがそれらしいといえばそうなんだけどな。


「これが完成した聖剣様ねぇ……」

「ユーキ、初対面じゃないとはいえ失礼だよ!」

「いや、さっきからなんか変じゃないか? 紹介するとか初対面とか。剣の妖精さんでも見えてるのか?」


 笑い飛ばそうとした俺を、3人が呆れ顔で見つめている。


「本質を見抜く力が無いわけではないようじゃの、わはは」


「え?」


 俺は辺りを見回す。しかし、まだちらほらと片付けやら何やらで動き回っている人はいるものの、俺達の側に他に人はいない。


「ここじゃ、こーこ! 全く、鋭いかと思えば鈍いんじゃから」


 回りには俺達以外は誰もおらず、視線の先には聖剣様。とても残念で不本意で受け入れがたくはあるものの、疑う余地はなさそうだった。


「そう、わしこそが聖剣様じゃ!」


 堂々たる、というよりはいたずら好きな近所のじいちゃんといった風の声の先には、確かに聖剣様が高々と掲げられている。




「あ、わかった……カラオケ含めてドッキリだったんでしょ?」



 頭の整理が追い付かなくなった俺の、間抜けな声が星空に響いた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

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