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勇者様の親友様  作者: 青山陣也
第14章:長期留学編 ~完成!伝説の聖剣様~
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60.聖剣の仕上げを見守る勇者様と光と闇に触れる親友様

「こんなのしか無いんじゃ、直接行ってみる方が早いか……」


 俺は学者さんも御用達の王都の図書館の隅っこで軽いため息をひとつ吐き出す。


 いつかも話したかもしれないが、この異世界にはインターネット等という便利なものはない。

 今のところスマホも通常の電話ですら普及していないこの世界での連絡手段はもっぱら手紙や伝言で、通信魔法のようなものはあってもお貴族様や国家の緊急事態用。

 そんな世界で調べ物をするとなれば、その道に詳しい誰かに聞くか、あるいは本や資料を読み漁るかという事になる。


 適性を成長させる能力を持つかもしれないという聖剣に関しての資料はあまり多くなかった。

 それらしい記述を見つけてもこの通り、ゴシップ記事のような描かれ方ばかりで、そんな事より勇者様の有り余る能力を、冒険譚を、どうぞお手にとってご覧ください! よろしければここで装備していかれますか? と鼻息荒く訴えかけてくるものばかりだ。


 『徹底解明! 聖なる剣に秘められた勇者と仲間達の覚醒の秘密!』


 俺は改めて、仰々しい題名の古い特集記事がファイリングされた資料に視線を落とす。


 いわく、その聖なる剣の主となった者と真なる仲間であると認めあう者が心の底から望み、たゆまぬ努力を続ければ、その適性は成長する可能性を秘めており、更には聖なる剣の主やその真なる仲間に特殊なスキルが目覚める可能性が高くなる。


 という事もあるかもしれない、との事だった。


 なんとも曖昧で輪郭がはっきりしない。それでいて盛り上げたいという気概だけは感じる長々とした文章が、タクミの持つ聖剣によく似た剣のイラストと共に掲載されている。

 剣のイラストには各部の名称に加えて、強度であるとか剣の出自であるとかの根拠の無さそうなデータがずらり。


 そして中心には『徹底図解! これがあの聖なる剣の全貌だ!』の小見出しが堂々たる貫禄をみせつけて鎮座している。


 なにしろ情報の切り貼りが断片的で信憑性に欠ける。

 この記事からわかるのは、これを編集した人は何かにつけて徹底してみせるのが好きだったのかな、であるとか、この時代はこういうコピーが流行っていたのかな、というどうでもよい事ばかりだ。


 汝、聖なる剣の声に耳を傾け、友を信じよ。そして大いなる希望を胸に、全身全霊をもって臨み、更には……


「はぁ、こっちも結局同じ話の焼き直し。なんて胡散臭さだ……壮大な言葉をもってこようと必死な感じっていうか。剣の声なんかが聞こえたら集中出来ないだろうに」



 俺は天井を見上げ、乾いた風の吹きすさぶ荒地を思い浮かべる。

 シーンはクライマックス。長きに渡るライバル関係に終止符を打つべく臨んだ重要な戦いの場面だ。

 勇者と、かつて旅立ちの日にはその仲間であったライバルの男が正面から向かいあい、剣を構える。2人の間にもはや言葉は必要ない。自身の信念と剣をもって語るのみ。


 カラリと小石が転がる音を合図に始まる目にも止まらぬ攻防。

 拮抗する力と技。金属の激しくぶつかりあう音。2人は魔法の名手でもあったが、あえて剣のみの勝負に挑む。

 一瞬たりとも気の抜けない打ち合い。2人はまさしく、剣で会話をしていたのだ。


 その最中、場違いな声が響き渡る。


「右だよ右! そうだ、やっちまえ!」


 正確には、その声が響いているのは勇者の脳内だけだ。

 一体どちらからどう見て右なのかわからないざっくりとした野次。


「あーくそ、あれ躱すかよ普通! お前もかなりのチートだけどあちらさんも大概だな、へっへっへ」


 紙一重で空を切る互いの斬撃に感嘆の声を漏らし、戦いを楽しむような笑い声をたてる。


「出すか? 出すのか? ここでいっちまうか!? それ、奥義! 奥義!」


 スキルを繰り出そうとすれば奥義オウギの大合唱。完全に、茶の間でごろんと寝転んでバラエティでも見ているかのような雰囲気である。


「いたたた! ダメ、そこはダメなとこだって!」


 そうかと思えば、先ほどまでの威勢はどこへやら。剣の腹で強引に受け止めたライバルの斬撃に弱気な悲鳴をあげる。


「やめてぇ! そんな使い方しないで! なんなのよあんたたちぃ! 私が何したって言うのぉ!」


 挙句、相手の意表をつくためにお互いにトリッキーな事をすれば、完全に最初のキャラクターからかけ離れた黄色い……いや、茶色いとでも言うべき声で叫ぶ。


 その全てが、耳を塞ぐ事も叶わず頭の中でダイレクトに鳴り響くのだ。

 無駄に多彩な表現力もさることながら、なによりうるさくてかなわない。

 

 ガリガリと内側から削られる精神力に思わず舌打ちをして、勇者は自らの剣を黙らせようとその柄をぎりぎりと強く握り直す。

 同時にぎえ、ともぐえ、ともつかないうめき声が脳内をでろでろと駆け抜けた。


 これが普段の相手であれば問題はなかった。

 しかし今回は実力の拮抗したライバル同士。かといってここで剣を捨ててしまう訳にもいかない。どうしてこんなものが自分の最強の武器なのかと嘆く。


 徐々にペースを乱され、内外から追い詰められた勇者はついに避けきれない角度とスピードで迫る斬撃を前に目を閉じ……


「いやいや、なに負けてんだ勇者様! そんなわけあるか!」



「駄目ですよ、図書館で大声を出したら」


 思わず高い天井めがけて大声をぶつけた俺に、後ろから声がかかる。


「ですよね、ごめんなさい」


 俺は立ち上がって振り向くと、深々と頭を下げて謝罪の言葉を口にする。


「あんまり驚かないんですね……それ、何に対して謝っているんですか?」


「色々だよ、本当にごめん。驚いてはいるんだけど、まあ図書館と言えばフラグかなと思って」


 フラグ……前にもそんな事言ってましたけど、ユーキ先輩ってたまによくわからない言葉を使いますよね、と首を傾げてどこか遠慮がちな笑顔を浮かべたルキちゃんの姿がそこにはあった。

 先のヘンリーとの模擬戦で気を失い、看病してもらったにもかかわらず、暴言を吐いて部屋をふらふらと飛び出してそれっきりだったのだ。

 その表情にはチクリと胸にくるものがある。


「えっと、身体はもう大丈夫ですか? お兄さんの事はなんて言っていいか……」


 そうか、この子は世間で流れている噂しか知らないのか。


「大丈夫だよ、ありがとう。あの後、兄貴と話せる時間もあってさ、そっちも大丈夫。絶対に」


 そうですか、とぽつりとこぼして俯き加減に唇をきゅっと引き結んだルキちゃんが、少し間を置いて口を開く。


「この間は、私の方こそごめんなさい」


「へ? ルキちゃんが謝ることは無いって! どう考えても俺が悪かったんだし、お礼も言わないまま飛び出してそのままだったしさ」


「実はあの後、ヘンリーさんに怒られました」


 だからどうしてここでヘンリーが出てくるのか。


 なんなの、ヘンリーって暇なの?

 

 それとも忙しいけど時間をやりくりして要所要所だけつま先揃えて飛び込んでくるの?

 

 あいつ本当はルキちゃんを狙ってるフリして俺が好きなんじゃないの。


 などとぐるぐる回りこんではとおせんぼしてくる思考を全く悟らせない神妙な顔つきで、俺は続きを促す。


 外側だけは真剣な表情で話に耳を傾けるクール・ガイだ。


「本当は、どうしてあんな無茶な模擬戦をしたのか、ヘンリーさんを怒ろうと思ってたんです。でも……」


 気持ちはわかるけど、真剣な気持ちに水を差しちゃいけないし、それぞれの事情も知らずに頭ごなしに言うのは良くないよって反対に怒られちゃいました、と苦笑いを受かべるルキちゃん。


 ほおう、随分と男前な発言じゃないか。仕込みからフォローまで上々という訳か。


「それで、色々考えさせられたっていうか、視野が狭くなっていたのかなって。だからごめんなさい」


「そっか、改めて俺もごめん。じゃあこれで、えーと仲直り……かな?」


「はい!」


 色々と考えてくれたきっかけはともかく、俺はこのやり取りで少しだけ安心してしまっていた。

 仲直り出来てよかった、なんて安易に考えて。



 そしてその分だけ、次の言葉にショックを受ける事になる。



「それで、今度ヘンリーさんと2人で旅に出ようと思うんです」


「え?」


「ヘンリーさん、今度はある魔物の討伐を任されて、そのお供にって私を指名してくれたんです。これは自分を成長させる大チャンスだと思って!」


 能力的にも、信頼のおける相手という意味でもぜひって言ってくれたんですよ、と嬉しそうにするルキちゃんを、俺は分厚いガラスの外側から眺めている気分だった。

 いや、どちらかというと分厚いガラスに閉じ込められてそこから外を眺めている感じか。


「えっと、ふたりきり……で? 危なくないのかな?」


「もちろん危険な相手ですけど、ヘンリーさんが一緒ですし大丈夫ですよ!」


 見事にすれ違ったまま会話が進む。


「いや、うん。ルカさんには相談したの? 他にもだれかに話したりとか……」


「おねえちゃんには今夜話すつもりですけど、きっと応援してくれます! ヘンリーさんが、ユーキ先輩にも話したら応援してくれるんじゃないかって言ってくれたので、仲直りのきっかけになればと思って……もしかして反対ですか?」


 地団駄をマントルまで踏み抜きそうになっていた俺にルキちゃんが不安そうな顔で追い討ちをかける。

 なるほど、ヘンリーさんがわざわざ俺にね。なるほど。


「いや、厄介な魔物を2人だけでって聞いたらちょっと心配になっちゃって。でも応援するよ、本当に気をつけて頑張ってきてね! 危なくなったらちゃんと逃げてほしいけど」


 そうだ、ここで模擬戦の後と同じ過ちを繰り返す訳にはいかない。

 喧嘩別れのやり直しをしてみても何も良い事が無いばかりか、ヘンリーがルキちゃんを慰めて自分の方に引き込むきっかけを献上するだけだ。

 本当に危なくなったら逃げてね、色々な魔の手からね。と暗に含ませるのが精一杯だ。


「はい、ありがとうございます! 頑張ります!」


 模擬戦の後、あれだけ落ち込んでいてふらふらだったのに、ユーキ先輩がすぐに聖剣探しに付いていったって聞いて、それが一番の刺激になったんですよ。そういうところってユーキ先輩の凄さだと思うんです。


 と続けてくれていたルキちゃんの言葉は残念ながら俺の中には入ってこなかった。

 俺はもう一度お礼をいうとゴシップ誌もどきを雑に片付け、タクミに聖剣の事で確かめたい事があるから、とかなんとか理由をつけてそそくさとその場を後にした。



「やあ、もうすっかり良さそうじゃないか」


 悪い事ってのは続くものらしい。図書館を出た俺は、一番会いたくない緑髪の男にバッタリ会ってしまった。待ち伏せしていたのではないかと思うほど、実にあっさりとだ。

 鍛冶工房方面への抜け道で、人気が少ないから昼間限定がおすすめだけど、とタクミに教えてもらった近道に入ったところだった。


 緑髪の男は路地裏の影で、見たことのない女の子と……オブラートに包んだ言い方をするなら、イチャイチャしていた。

 俺に気がつくと獲物を見つけたような視線をこちらに固定し、面倒臭そうな態度でまだはだけた服を整えきれていない女の子を追い払い、声をかけてきたのだ。

 ついさっきどこかで聞いた包容力のある男前とは全く一致しない姿だ。


「やあ、じゃないだろ。何やってんだよこんなところで。どういうつもりだ」


「はは、見ていたなんて趣味が悪いな」


「趣味が悪いのはどっちだ、なんだよあの子は」


「ああ、また何日か王都を離れるから順番にお別れの挨拶をしていたんだよ。一応あれで最後かな」


「あれとか……あのさ、念のため確認したいんだけどこの国って一夫多妻制とかじゃないよな? 騎士団長さんにもレオナルドさんにも、もちろん学校でもそんな話は聞いた事ないし」


「もちろんだよ。こっそりやるから燃えるんじゃないか」


「ふーんそうか。じゃあ俺急ぐから」


 駄目だ、俺とこの男とではきっと思考回路が根っこから違う。もしかしたら脳みそが紫色とかになってふやけているのかもしれない。

 俺は自分の脳みそのとろけ具合は脇に放り投げて、嫌そうな顔を一切隠さず歩調を早める。


「その感じだとルキと話をしたんだろ? 仲直りおめでとう」


 おめでとうの言葉とは裏腹に、ふんと鼻で笑ってみせる。

 ここまで態度をひっくり返せるなんて一回りして凄いと思う。絶対に真似はしたくないけど。


「魔物討伐にいくって?」


「ああ、その話も聞いてくれたんだね。ちゃんと応援、してくれるかい?」


 応援という事場に嬉しくないイントネーションをつけて、手づかみにしてよこす。

 確かにこの男は天才かもしれない。真昼間からこんなにダークサイドな気分に浸れるなんてなかなか出来ない経験だ。


「ああ、ちゃんと応援してるって伝えてきたよ。色々と、気を付けて、ってね」


 ぎりぎりと口の端をつり上げ、これでもかと抑揚をつけて返してみせた俺に、一瞬だけ目を丸くすると、ヘンリーはくつくつと笑い出した。


「このタイミングでけしかけてもちゃんと応援してくれたんだ? 良くて適当にやり過ごすか、改めて大喧嘩になると思ったのに。その様子だと心が折れた訳でも諦めた感じでも無さそうだし、やっぱり面白いね君」


 どうしよう、一回りするだけじゃ足りなくてもう半分くらい通り過ぎて恐いんですけど。

 こんな路地裏で襲われたらひとたまりもないよ。今なら野次をとばすだけの聖剣さんでもいいからそばにいてほしい。だれか! だれか話の通じる相手を!


「ごめんよ、ほんの冗談だ。気を悪くしないでほしい。ちゃんと魔物も討伐してくるよ、約束する」


「いや、ここでそんな真面目な青年ですみたいな顔してもむしろ気持ち悪いからな。まあともかく、怪我とかさせたら許さないからな」


 恐い気持ちを負けん気で押し返して精一杯格好をつける。小さな力こぶをどアップで撮って加工してやろうじゃないか。どうだこの綺麗なカーブ。おっとそれ以上離れるなよ、バレちゃうからな。


「それはもちろんだよ」


 予想外にまっすぐな答え。しかし、後に続く台詞がよろしくない。


「傷物にしてしまったらおいしくないじゃないか」


「そこ、どいてくれ」


 俺はぐい、とヘンリーを押しのけて鍛冶工房に向けて歩き出す。

 頭の中で気を逸らしてみても駄目だ、これ以上は本当に話したくなかった。

 煮え繰り返ったはらわた風呂に肩まで浸かって、のぼせあがる寸前だ。



「ねえ、今どんな気分だい?」


「おい、いい加減に……!?」


 振り返った俺は思わず息を止め、目を見開く。

 感情のまるで見えない冷たい光を宿した瞳と能面のようなキレイな笑顔がこちらを向いていた。

 底のない暗い沼を覗き込むような感覚に肌が泡立つ。


「ふふ、冗談だよ。引き止めて悪かった」


 目の奥に力を込めてようやく瞬きをし、カラカラになった喉につばを無理やり流し込む。

 瞬きの後には、凍てついた空気は影も残さずに消えていた。


 急がないとまずい。


 何をであるとか、どうしたらであるとか、具体的な事はすっぽり抜け落ちていたけど、そんな危機感を覚えて、今度こそ俺は振り返らずに鍛冶工房へ、タクミの元へと向かった。

お読み頂きありがとうございます!


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