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勇者様の親友様  作者: 青山陣也
第2章:短期留学編 ~初めての異世界~
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6.いよいよ天然色の濃くなってきた勇者様と初の異世界で手荒い洗礼を受ける親友様

 反抗期。

 俺の場合は中学2年生から3年生にかけてが、これのピークであったように思う。

 あの時期は、両親の話や行動全てにイライラしていた。相手の気持ちを考えない理不尽な悪態をざくざくと吐き出し、時には父親と殴り合いの喧嘩にまで発展した。


 噴き上がるイライラに任せて向かっていくだけだった俺に、父はそれでも優しかった。

 本格的な登山や秘境巡りがライフワーク、学生時代は柔道でならしていたという体育会系な父である。まともにぶつかれば万にひとつも俺に勝ちはない。相当な手加減をして、真正面から俺の反抗期を受け止めてくれていたのだ。

 母にしても、言うべき事はしっかりと言った上で放任してくれていた。今思えば、ではあるけど、両親に恵まれて育ったのだなと感謝している。


 そんな反抗期も、高校生になってすっかり落ち着いた。お互いに距離の取り方を学んだというのだろうか、ここ1年ほどは円滑な関係を築けていると思っていた。


 しかし、今日この日をもって、俺の反抗期は、荒ぶる業火を伴って再燃しつつあった。

 姉のようなしたたかな処世術や、兄のような恵まれた才能もない。かといって、努力の子でもない。どこかふわふわとしていた末っ子の俺をあたたかく見守り、手助けしてくれた両親だ。

 その2人に対して湧き上がる、この負の塊とも言える感情を、俺は今、必死に抑えこもうとしている。

 爆発寸前、熱を増す頭に、冷静になれと何度も問いかける。落ち着け、俺はもう子供ではない。話し合いで解決出来るはずなんだ。こんなのは大した事じゃない。


 じりじりと葛藤を持て余す俺の視線の先で、両親はこれ以上ないくらいの眩しい笑顔を浮かべていた。そう、まるで俺を嘲笑うかのように。


「ユーキがいつもお世話になってます! はい、私がユーキのお母さんなんですよ!」

「は~い皆さん。一列に並んでこちらで手続きをお願いします。それから、荷物検査を受けて下さいね。初めまして、ユーキのお母さんやってまーす」


 母さん。

 どうしてそんなところで、1人1人に愛想を振りまきながら、俺の母親である事を、アピールしているんだい?


「うん、なかなか良い目をしているな! ユーキをよろしく頼む! 私がお父さんだ、わはは」

「あはは、お母さんもお父さんもとってもチャーミングですね!」

「そうかい? 君はえーと……斉藤さんか。ユーキをよろしく頼むよ! わはははは」


 父さんも。

 そんなところで、斉藤さんにでれでれしてる場合じゃないだろ。拳を軽く握りこんでいる母さんが目に入らないの? 後でどうなっても知らないから。

 誰かれかまわず、俺をよろしく頼むのも、どうかやめてくれないか。


 ツッコミどころが多すぎておかしくなりそうなのだけど、つまるところ問題はただ1つ。どうしてこんなところに、2人揃って出てきているのかという事だ。

 この場において、これ以上の問題があろうか。いや、ない。


「あら~タクミくんじゃない! お父さん、タクミくんよ! あらあらまあまあ! かっこよくなっちゃって!」

「おじさんおばさん、お久しぶりです!」

「おお、本当に立派になったな! 聞いたぞ、勇者候補ナンバーワンなんだって? わっははは」

「いえいえそんな! びっくりしちゃいましたよ、まさかお2人がいるなんて!」


 よりによってタクミが先に接触するとは、タイミングが悪い。不吉な予感を感じて、俺は咄嗟に顔を伏せる。消すんだ、気配を。


「母さんが受付、私が警備の責任者なんだよ。あいつをびっくりさせてやろうと思ってな!」

「すごい! ユーキもきっと喜びます! おーいユーキ!」


 待って、全然喜ばないから。みんな見てるから。お願いだからこっちに手を振らないで勇者様。

 ユーキって誰? って感じで、せっかくスルーしかけてくれてた知らないみんなも「へぇ~あれが」みたいになってるから。


「あら、そんなところにいたのね。ユーキこっちよ~!」


 母さん、お願いだから、今だけモードを切り替えて受付の仕事ちゃんとやってくれる?

 こっちよも何も、1列に並んでるから。嫌でも絶対にそこに行かなきゃいけない運命の歯車はもう回りだして決して止まったりしないから!


 くらくらとする意識の中で、俺は異世界への短期留学を両親に相談した、あの日を思い出していた。家族団らんの夕飯の席で、母さんは確かにこう言っていた。ユーキが来るなら私が受付しちゃおうかしら、と。

 だけど俺は、母さんの言葉はその場での感情表現であり、軽口の一種だと思っていたんだ。

 だってそうだろう。2人揃ってゲートの受付と警備責任者におさまって、待ち構えていられる権限があるなんて、夢にも思わないじゃないか。


「ドウモ、受付の人。ここにサインしてアチラで荷物検査ですよね? それでは失礼します」


 いそいそと機械的に身体を動かす俺に、心底信じられないといった表情に身ぶり手ぶりをつけて、母さんが応じる。


「ユーキったら何を言っているの! お父さんもお母さんも、この日のためにすっごく頑張ってきたのよ! 息子の晴れの舞台を間近で見られると思ったのに、どうも受付の人だなんて! この子はどうしてしまったの、だれか教えてくださいな!」


 母さんこそどうしてしまったの。人前でそんな大声でアレする人じゃなかったでしょうに。異世界はこうも人を変えてしまうものなのだろうか。

 この1ヶ月、俺もすっごく頑張って勉強とかしてきたつもりなんだけど。それは、こんなところで母親の豹変ぶりを見る為じゃなかったんだよ。


「ね、びっくりした? ユーキがかまってくれないから、お母さんちょっと頑張っちゃった。きゃーみんな見てるわ、どうしましょう」


 きゃーどうしましょう。

 もうどうでもいいから早くここを離れたい。なんなら異世界とか留学とか、いいから帰りたい。帰ったらすぐに自分の部屋に鍵をつけるんだ。3つ……いや、4つかな。


「どうだユーキ、びっくりしただろう? 父さん頑張ってるんだっていうところを見せたくてな」


 父さんの頑張りなら、コネ留学を斡旋してもらった時にいっぱい見せてもらったよ。そう大声で申し立てたら、この人はこの場でクビになるのだろうか。実に興味深い。


「盛り上がっているところに水をさすようで申し訳ありませんが、手続きをお願い出来ますか? 瀧本くんのせいで、後ろがつかえているので」


 もう少しで斡旋の件を吹聴しそうになった俺の隣に並び、しれっと毒を添えて正論を吐き出したのは眼鏡女子の渡辺さんだ。

 よく言ってくれた、ありがとう。俺個人のせいにした事で、少しだけ両親に気を使ってくれたつもりかもしれないけど、なかなかストレートに毒舌だよそれ。

 でもいいよ。今だけ後光が差して見えるよ。タクミとの恋も応援しちゃう。


「あらあらごめんなさいね、私ったら舞い上がってしまって! あなたは……渡辺さんね?」

「はい、渡辺沙織です。ここにサインして荷物検査でよろしいんですよね?」

「ええ。とってもしっかりした子ね、感心しちゃった。ねえお父さん、ユーキのお嫁さんにはこんな子がほしいわぁ」

「父さんはさっきの斉藤さんっていう子もなかなか……イテテテ、母さん! 痛い痛い!」


 もう駄目だ、渡辺さんの毒舌をもってしてもあの2人は止められない。一刻も早く荷物検査を終わらせて先に進もう。被害は深刻だ。それでも、最小限にとどめる努力をしなければ。

 眉をひくつかせて固まっている渡辺さんには悪いけど、ここは任せた。君の勇敢なチャレンジは、少なくとも今日中は忘れないよ。


 大急ぎでゲートを脱出した俺を待ち構えていたのは、タクミや斉藤さんをはじめとした同じ学校の留学生達だ。

 それぞれに、ニヤニヤと含みのある笑みを浮かべている。あ、タクミは本気でにこにこしてるか。このど天然め、癒し系か。


「や、やあみんな。ゲート、すごく綺麗だったよな。あー感動したなー……」


 ろくに見てもいないゲートの感想を、しどろもどろにひねり出したところで、その場を誤魔化しきれるはずもなかった。

 宿泊する建物や滞在中の班だとかを振り分けられながら、道中で散々にいじり倒された俺は、その辺りの事をよく覚えていない。

 それからしばらくの間、俺は勇者タクミとは違う意味で勇者扱いされ、知名度……いや、恥名度を存分に高めて留学生活をスタートさせたのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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