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勇者様の親友様  作者: 青山陣也
第13章:長期留学編 ~そよ風の申し子~
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56.回想シーンに追いやられた勇者様と隅っこに追いやられた親友様

 ファンタジーやアクション、少しジャンルは違うがホラー映画なんかを楽しめる心理というのはある種、人間の進化の一端を垣間見ることが出来ると思う。

 日常では味わえない興奮やスリル、感動をフィクションで味わおうと考えるのは人間独特のものであると思うし、そうした壮大な物語を形にするのもまた人間独特のものだ。


 異世界との行き来が可能であるこの世界において、ファンタジー映画の非日常感は若干薄れてはいるものの、異世界との交流によって飛躍的にその表現方法を伸ばしたジャンルでもある。

 なにしろ、魔法や特殊能力を表現するシーンで文字通りリアルな描写や演出が可能となったのだから。魔法適性を持つ役者による本物の魔法を使用した撮影、地球では撮影不可能なロケーション、迫り来るリアリティ。その恩恵は計り知れない。


 ただし、異世界での撮影や魔法の使用にはそれなりのリスクもある。

 魔物や野盗との遭遇、牙をむく異世界の野生動物……地球では絶対に撮れない絵を求めて異世界深くまで踏み入った為に魔物に襲われ、海外の有名なアクション俳優が瀕死の重傷を負ったという3年前の事故は記憶に新しい。


 リアリティを追求するのか、娯楽である事を優先してCG技術等に頼るのか。その線引きで映画界は揺れている。


 さて、撮影サイドでの諸々に話が逸れてしまった。人はなぜ非日常をスクリーンに求めるのだろうか。スクリーンだけではない、小説に漫画にアニメ、遊園地のジェットコースターだとかにしてもそうだ。


 思うにそれは、人間の本能と理性、そして感情がせめぎ合っているのだ。

 本能とでも呼ぶべき何かを頼りに生きぬいてきた太古の昔の記憶は、人間の遺伝子に確かに受け継がれている。

 しかし、現代日本において野生の勘を普段使いしている人はそう多くはないはずだ。


 ギラギラとした捕食者の目をして街中を歩いていたり、外敵に襲われないようにと地面には下りずに木々の上を移動していたりする人がいれば、たちまち理性を具現化したようなおまわりさんが駆けてくる事だろう。

 そういった稀な皆々様を例にあげていくとそれこそいくら時間を頂いても話が終わらなくなってしまうので、ここではごくごく平凡な日本人の感覚で話を進めさせてもらおうと思う。


 とにかくそう、日常生活では身を潜めている本能的な部分と、進化してきた感情の部分が非日常のスリルを求めるのではないかと思うのだ。そうした刺激を求める心を、理性がしっかりと包み込む。

 つまり、刺激が欲しいからといって本当に危険なところに飛び込むことはせず、かわりに非日常を描いた映画を観たり小説を読んだりジェットコースターに乗り込んだりする事でその欲求を満たすという訳だ。


 例えばこれが本当に危険を伴いますよと言われたら、話は全く変わってくるはずだ。


 話題のアクション超大作! 映画館ごと空を飛ぶ! 2回に1回は本当に落ちます! 生存率37%のスリル!


 生々しい生存率の数字を叩きつけて、人生変えちゃうどころか終わっちゃうかもしれませんなどとテンポの良い音楽に乗せて宣伝されても、映画館に足を運ぶ気になどなるはずもない。

 どうやってその体で公開までこぎつけたのかを問いただしたくなるだけだ。


 同様に、一定時間以上観てしまったら高確率で呪われるホラー映画であったり、シートベルトの無いジェットコースターであったりというものを、そんなものがまかり通るわけがないという大前提をなんとか度外視して想像してみてほしい。


 それでも観てみたい、もしくは乗ってみたいと思えるだろうか?


 無理である。


 スクリーンや文章の中でどれだけ過激なアクションが繰り広げられようと、何万という魔物の大群が押し寄せてこようと、宇宙からの侵略者が暴れ回ろうと、ふとした拍子に悪霊が覚醒してあらん限りの呪いを撒き散らそうと、そして壮絶なバッドエンドを迎えようと、それを見ている観客に危害が及ぶ事はない。だからこそ、映画や小説は楽しめる。

 ごく稀に事故のニュースが飛び込んでくる事はあるものの……しっかりとしたシートベルトを締め、決められたレールの上を駆け抜けるからこそジェットコースターも面白いのだ。


 リアリティを追求しながらリアルではないからこそ、成り立つというわけだ。


 もちろん、ジェットコースターが苦手であったりそういう映画はどうも観る気になれないという人もいるだろうけど、それらを好物とする人間の心理の一部にはこんな事が混じっているのではなかろうか、という個人的な考えとして聞いて頂けたらと思う。

 そういえばタクミのやつもジェットコースターは嫌いとか言っていたもんな。横揺れは許せても縦揺れが本当に駄目なのだそうだ。異世界ではあれだけアクロバティックに縦にも横にも跳びまわっているくせに。


 さて、そんなリアルではないリアリティ。

 もしそれが目の前に現実として起こってしまった場合はどうだろうか。

 異世界への扉だって当然のような顔をして目の前に現れる時代なのだから、何が起きてもおかしくは無い。


 例えば、模擬戦の模擬という響き。

 あたかも、本物ではないので大丈夫ですよ、と言われたような勝手な安心感で安請け合いしてしまったとしたら?

 模擬とは本物に限りなく近づける事を意味する言葉であるし、本番さながらにやるのが模擬戦だ。

 本番さながら、の加減を現代日本の尺度で勝手にこれくらいだろうと決め付けて、のこのことその場にやってきてしまったのだとしたら?



「ユーキ、もっと下がって! クリスタルウォール!」


 兄の展開した幾重にも重なる透明の防御壁が俺達を包み込む。


「地獄の業火(ヘルフレイム)……絶対零度(アブソリュートゼロ)……調合(ミックス)……燃え盛る凍土(フリーズブレイズ)!」


 それぞれの意味はわからなくても間違いなく平和への祈りではなさそうな単語を連発しながら緑髪の男が笑う。

 投げかけられるだけでどこか安心できるような兄のそれとは似ても似つかない、外側に張り付けただけにしか見えない笑顔だ。


「なあ兄貴、4D映画ってこんな感じなのかな? 実際に揺れたり風が吹いたりするんだよね?」

「ユーキ、その話は後にしてもう半歩こっちに来てくれる? 重ね掛けなら耐え切れる……ウインドプロテクション!」


 そう、リアルではないリアルを目の前にした時、人の思考は止まるのだと思う。


 キラキラと瞬く幻想的な防御壁の数十センチ外側では、手を触れようものならどうなってしまうのか想像もしたくないような紅と蒼が嫌な音を立ててぶつかっては通り過ぎていく。

 俺は完全に巻き込まれた一般人として別次元の戦いの中で翻弄され、追いつかない理解の中で平和ボケした質問を明後日の方向に飛ばしていた。


「ははは、さすがは『そよ風の申し子』さんだ。いや、あれを簡単に防いでおいてそよ風などというのは通り名が優しすぎます。暴風の申し子にでも改名されてはいかがですか?」

「簡単にだなんてとんでもない、ギリギリですよ。『調合魔法』……噂には聞いていたけど、凄いものですね」


 開始直後から炎と冷気の高等魔法を惜しみなく放出し続け、ついには相反する2つを掛け合わせてみせたヘンリーと、俺の立ち位置を微妙に調整しながらそれを防ぎ続ける兄。


 そしてひとしきりの攻防の後に、沸きあがる歓声。


 次代の宮廷魔術師候補と噂に名高いそよ風の申し子、そしてその弟が魔法の模擬戦を行う。

 この世界に住む人々にとってはこれ以上無い娯楽として噂が広まったようだった。

 ドーム状の魔法壁で囲まれた広場の外側をぐるりと囲む観客に、俺はますます混乱する。

 今からでもそちら側に入れてもらいたい。俺のいる場所は絶対こちら側ではないはずなのだ。


「大人しく弟くんを渡してもらえませんか? そうすれば貴方に恥をかかせるような事をしなくて済む。そうして守っているだけでは負けは見えているでしょう?」

「ふふ、ここであっさりと弟を見捨てる以上の恥などありませんよ。ご心配なく、退屈はさせないつもりですから……ね」


 ふわりと笑った兄の周囲に浮かんだいくつもの透明の珠。気にはなるが、それどころではない。


 この会話の流れはまずい。いつの間にか、勝敗の鍵を俺が握る事になっているではないか。

 しかも、勝敗の鍵を握るといっても戦力としてではなく、ターゲットとしてだ。

 兄の防御を突き破り、俺に一撃を与えればヘンリーの勝ち。守りきってヘンリーに一撃を与えれば兄の勝ち。そんな構図が出来上がりつつあった。


 そう、俺はまさに身体中に葱をこれでもかと背負った鴨なのだ。

 全身に巻きつけられた葱の重量で空を飛んで逃げる事は叶わず、足を取られて速く走る事も出来ない。


 飼っている鴨をなんとか守ろうと奔走する心優しい青年と、その鴨を執拗に狙う緑髪の男。小さな農場で始まったはずの2人の戦いは、やがて全宇宙の平和を巡る陰謀へと姿を変える。


 この夏、葱を背負った鴨が涙目で広大な宇宙を駆け回る! 急げお兄さん、宇宙の平和を守れるのは――


「ブレスオブスピリット」

氷柱騎士槍(アイシクルランス)


 優しく紡がれた言葉に導かれて宙空へと放たれた珠は、決して優しくない不規則な軌道を描いてヘンリーに狙いをつけて飛んでいく。氷の槍へと姿を変えた杖でそれをなぎ払い、足元から噴射させた炎で高速飛行しながらヘンリーが応戦する。

 急に莫大な予算を得てはしゃぐB級映画をカミングスーンまで持っていく暇もありはしない。


「ふぁ、ファイヤーボール!」


「そよ風さん、これも凌いでみせて下さい! 氷柱豪雨(アイシクルスコール)!」

「それなら……エアリークッション」


 ヘンリーが上空から降らせた氷柱の雨が、俺達の頭上でやわらかい何かに突き刺さったようにずぶずぶと速度を落として止まる。瞬時に無数の氷柱を生み出したヘンリーの魔力は底が知れず、その性質を見極めてガードした兄の対応力も凄い。

 見事なまでにスルーされて上空で消えたファイヤーボールを奥歯をかみ締めて見つめながら、俺は2人のやり取りに意識を戻す。一部の観客が何やってんだ頑張れ弟とか叫んでいるが、どうかそっと放っておいてほしい。あんた達こそ昼間っからこんなに集まって何やってんだ。


「なるほど、魔力の消費を最小限に抑えて空気を固めますか。本当によく考えている、しかし上ばかり見ていて良いのですか?」


 一瞬だけ見下した視線を落としたヘンリーの言葉に反応するように、俺達の足元がぐらりと揺れ、見る見るうちにオレンジに染まっていく。膨れ上がる熱に兄の顔色が変わる。


「くっ……ユーキ、こっちだ! ウィスパーミスト!」


 兄の足元に現れた靄に乗ると、俺達はゆっくりと浮き上がった。


「そんな薄靄で防ぎきれるのですか? ちょっとした火傷くらいは覚悟して下さいよ……熱泉噴出(バーニングゲイズ)!」


 臨界点に達した橙が噴き上がり、足元の靄を溶かしていく。とてもちょっとした火傷、程度では済みそうにない。


「ユーキ、少し手荒な真似になってしまうかもしれないけど、僕を信じてくれ」

「わ、わかった……!」


 上空からはいまだ降り続ける氷の雨。足元に迫る橙は、儚く揺らめきながらなんとか熱を防いでくれている薄霞を今にも呑み込みそうだ。

 完全に押されている。しかも間違いなく、俺を守るための防戦で。つまりは俺のせいで……だ。


「ヒールウインド……トルネード!」


 身体中に力が溢れてくる心地良い感覚。治癒の力を纏った風の渦に導かれ、俺は上下から襲いくるヘンリーの魔法の射程外へと吹き飛ばされる。噴き上がる炎に多少焦がされても、降り注ぐ氷柱が脇腹を掠めても、すぐに暖かな風が傷を癒してくれた。


「ストーム……!」


 俺が射程距離から外れたのを確認した兄が魔力を込めた言葉を力強く投げかける。噴き上げる熱泉を押し戻し、降り注ぐ氷柱を巻き込んだ暴風の壁が上空で兄を見下ろすヘンリーへ牙を剥く。


火柱(フレイムピラー)……爆裂炎舞(エクスプロージョン)……調合(ミックス)……降り注ぐ烈火(インフェルノ)!」


 俺は、ぶつかりあう暴風と爆炎を、癒しの風に包まれながら他人事のように見ていた。

 ここにきてもまるで現実味が無い。模擬戦の形をとっているとはいえ、命を落としかねない威力の魔法がとびかっているのだ。それが自分にも間違いなく向けられていたという事実。今もその只中に実の兄が身を置いている事実。その光景に歓声をあげる大勢の観客。映像と理解が噛み合わない。


 拮抗する炎と風に意識を集中させ魔力をぶつけあう2人。

 そんな中、ヘンリーがちらりと、本当に一瞬だけこちらに視線を移して嗤った。ような気がした。


 ヘンリーが放出し続ける爆炎が兄の暴風にぶつかり、ちぎれ飛ぶ。その繰り返し。


 それはその中の小さな、ほんの小さな欠片だった。


 魔力のぶつかり合いから逃げ出したように戦列を離れた炎の欠片は、気付くと俺の目の前にあった。


「え?」


 兄がこちらに向けて何かを必死に叫んでいる。音は聞こえない。


 役目を終えて消えかけていた風の渦を難なく突き破り、小さな炎が俺の身体に触れる。


 不思議と熱さは感じない。


 ちょっと眩しいな。

 そんな的外れな感想を脳裏にそっと置き去りにして、俺の意識はぶつりと途切れた。

お読み頂きありがとうございます!

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