52.モテキザアバターの勇者様と初期アバターの親友様
日本の欧米化が進んでいるという話を耳にする事がある。
例えば普段の生活を見てみよう。
俺達が普段身に付けているのは「洋服」であるし、着物を普段から身につけている人はあまり見かけない。それこそ昔ながらのふんどしをしめている人などは見つける方が大変かもしれない。
日本の心を取り戻せ!と声高に叫んで純白のふんどしを身につけて学校に行けば、どれだけのテンションを用意しておいてもそれを挫くに十分な好奇の視線を存分に浴びる事が出来る。
もちろんアダ名はふんどしくんに決定だ。気がついた頃には手遅れで、タキフンなどと呼ばれているかもしれない。瀧本のタキが残っている事で余計に力の入らない響きになっている。考えたヤツには挙手して前に出てきてほしいくらいだ。
もうそうなれば、悟りの心でアダ名を受け入れるか、一度きりの人生なのだからと開き直って覚悟の赤フンを着用するか、どちらかの道しか残っていない。
大胆に、エレガントに、男らしく、そして和の心を全面に押し出した赤フンを着こなす事ができれば、タキフンというアダ名にネガティブな感情を覚える事などなくなるに違いない。
むしろそこまでいければしめたもので、我こそがアカフンであると高らかに宣言する事すら容易であろう。
……このようにふんどしひとつを語るだけでも、現代日本ではそれなりのエネルギーを必要とする。
それでは、古き良き和の装いは日本人から縁遠いものとなってしまったのだろうか?
否。
古くは平安時代、貴族の沐浴時に着られていた湯帷子を起源とする浴衣は現代では夏祭り等には欠かせないアイテムとして定着しているし、成人式の振り袖や結婚式の袴や白無垢など、重要なシーンを彩るものとして和装は大きな役割を果たしている。
要所要所に和の心は脈々と受け継がれているのだ。
次に食生活について考えてみよう。
街中にファーストフードや洋食店があふれ、普段の食事にしてもパンやパスタを主食に、肉を主菜とする欧米食が日本の食卓にすっかり浸透している。
それでは、古き良き日本の食文化は失われてしまったのだろうか?
これも、否だ。
「和食」が無形文化遺産に登録された事は記憶に新しい。
これは和食の持つ魅力が世界的に認められた証拠のひとつであると思うし、異世界でも密かな日本食ブームが到来していると聞いたことがある。
普段の食生活にしても、肉食やパン等が増えたとはいえ、日本人ならほとんどの人が白いご飯や味噌汁を恋しく思う瞬間があるはずだ。
和食は、和の心は俺達の遺伝子の中に脈々と受け継がれているのだ。
最後はその気質。
コンビニなどで雑誌コーナーをさらりと見渡せば、恋だの愛だのという特集があふれ返っているし、草食系肉食系などという言葉も登場し、若者の性の乱れが問題になり度々テレビでも特集されている。欧米化とは違うかもしれないが、度々議論がなされる問題のひとつだ。
それでは、日本人の持つ奥ゆかしい気質は、わびさびの心はすっかり失われてしまったのだろうか?
これも、断じて否だ。
イナダ……それは出世魚であるブリの成長過程における呼び名である。主に関東でその名を耳にすることが多く、体長20~30cm程度のものをこう呼ぶ。関西では同サイズのものをハマチと呼ぶが、こちらの名前も聞いたことのある人が多いはずだ。
ブリに比べてまだ脂の少ないイナダは、さっぱりとした刺身はもちろん煮魚や焼き魚としても美味しく食べる事が出来る。淡白であるが故に、調理法を選ばない便利な魚なのだ。
ちなみに、ブリの名を許されるのは80cm以上に成長したものだけであり、寒ブリという名が有名な通りその旬は冬にピークを迎え、たっぷりとのった脂と引き締まった身は我々の舌を大いに楽しませてくれ――
「あの……どうしてお魚のお話に?」
「最後の気質がどうとか、咄嗟に思いつかなかったんでしょ? タキフン、白状しなさいよ」
「そもそも私達を完全にスルーしてふんどしがどうとかありえないって。タクミくんとかヘンリーくんを見習うのはハードル高いかもしれないけど、照れちゃって何も言えない鈴木くんとかアレックスくんの方がまだ好感度高いよ」
白状しよう、渡辺さんの言う通り思いつかなかった末に急ハンドルを切ったと。斉藤さんが憤るのも無理はない。話の始まりからして完全に動揺していた事も認めようではないか。
そして謝ろう、いくら動揺していたといっても、完全に女子達をスルーしてあろうことかふんどしの話から切り出したのはまずかった。でもお願いだからタキフンとか呼ばないで。
準備があると言って出ていった女子チームが戻ってきたのは、男子チームがすっかり花火の準備を整え、小さなクーラーボックスに飲み物まで完備して満足気に談笑を始めた頃だった。
戻ってきた女子チームは、全員が浴衣姿だったのだ。上手な言葉をひねりだせなくて申し訳ないが、ストレートに言わせてもらいたい。全員めちゃくちゃ綺麗だ。
中でも、と言ってしまうと怒られてしまうかもしれないが、俺の脳内フィルターのせいも勿論あるのだろうけど、ルカ&ルキ姉妹の破壊力は群を抜いていた。
2人とも髪をアップにまとめ、ルカさんは白地に真っ赤な椿、ルキちゃんは同じく白地に薄いブルーの小花柄が上品に入った浴衣を着こなしている。
浴衣が一番似合うのはやはり日本人顔である、という定説は嘘なのかもしれないとぼんやり考えながら、俺は完全に見とれていた。
それに気付いた斉藤さんがニヤニヤしながらこちらを見ているのに気付き、俺は自身のまぬけ面を相殺するべく、理性を叩き起こした。
無理矢理起こされた理性くんが不機嫌そうに投げてよこしてきたのが、ふんどしから始まる和の心と欧米とのせめぎあいだったという訳だ。
もう少しまともなチョイスがあったのではないかと思うし、重ねてお詫びしたい気持ちでいっぱいである。
ふんどしでも引き合いに出さないと、みんなの魅力にやられてしまいそうだったのさ。
なんて言ったら、浴衣姿をものともしないドロップキックが四方から飛んでくるに違いない。
純白の白ふんだの覚悟の赤フンだのと話してしまった事が更に良くない。ルカさんの赤椿とルキちゃんの白を基調とした浴衣になぞらえたかのようになってしまっているではないか。これは火傷ではすまない。
「とても美しい、皆さんよく似合っていますよ」
「本当に! みんなすっごくかわいくてびっくりしちゃった!」
ちなみにタクミとヘンリーを見習うのは、と斉藤さんが言っていた理由がこれだ。
ストレートに美しいとか言えてしまう春色の誘惑ヘンリーは、バックに真っ赤なバラのエフェクトでも配置して、ついでに嘶く白馬でもつけてやったら丁度良いしつこさになりそうな雰囲気で、真っ白な歯を見せて微笑んでいる。皆さんよく似合っていますと言いつつ、さりげなく視線はルキちゃんに固定されているあたりに狙いを定めたチャラ男の本領が発揮されている。
ストレートに褒められたルキちゃんも笑顔で応えているようだ。急に出世魚の話に迷い込んできょとんとされてしまった俺の時とは大違いだ。
かわいいを連呼しつつ、ちょっとそこでくるっと回ってみて!すごい!後姿もいいね!などと全員をベタ褒めのタクミには打算の類は一切ないのだろうけど、女子チームを赤面させてやまない突破力を発揮している。こちらもキラキラと光る後光エフェクトでも纏っていそうだ。まだ花火は始まっていないのに眩しい。なんだこれ。
「まあなんだ、普段が元気すぎる分、たまにはいいんじゃないか? 似合っていない事もないと思うぞ」
「あれ~レンコンそっぽ向いちゃって照れてるの? もしかしてあたしに惚れた? ほれほれ、ちゃんとこっち向いてもっかい言ってみ?」
往年のシューティングゲームのオプションユニットのように鈴木の周りをくるくると跳ね回るねねねは気付いていないらしい。もしかしなくても惚れちゃってるんだよ鈴木君は。気付いていない本人から詰め寄られるとか何の罰ゲームだ、お願いだからそっとしといてあげて!
「姫様、よくお似合いです! よくお似合いですぞ! いえ、違うのですこれは! そう、ご立派になられた事が嬉しくて! うぅぅ」
「あ、ありがとうアレックス……どこか悪い訳ではないのですよね? 泣かなくても良いのに」
アレックスにいたってはリィナ姫のことを生まれた時から見守ってきたじいやのような台詞をたどたどしく絞りだして泣いている。彼をなんとか応援してあげたいのだけど、どこか悪い訳では?なんて切り返してしまっているリィナ姫は、いつもタクミに打算と狙いを正確に定めて発言している彼女とは思えない鈍感ぶりで気の毒になる。
念のため、水の入ったバケツはアレックスから遠ざけておこう。放っておいたら、泣いてなどいない!とかいってバケツの水を頭からかぶり、公園中をダッシュでもしそうな勢いだ。大事な交換留学生に風邪を引かせる訳にはいかない。まあアレックスは風邪とか引かないかもしれないけど。
「それじゃあ花火しよっか! みんなで泊まれるだけじゃなくて浴衣姿まで見られるなんて今日は本当に素敵な日だね!」
「さあどうぞ、好きなものをお取り下さい。もちろんレディファーストです」
真っ赤なバラであるとか嘶く白馬であるとかキラキラの後光であるとか、モテキザシリーズのアバターを背負ったタクミとヘンリーは止まらない。感動を素直な言葉にすることでストレートに女子のハートを蹂躙していくタクミと、まるで高級レストランのウエイターのような振る舞いでおもちゃ花火をサーブしていくヘンリー。
無地の初期背景アバターしか持っていない俺には到底太刀打ちできそうにない。こちらは光りもしなければバラが咲いたりもしない武骨な灰色一色だ。
「コラ、さりげなく仕切ってんじゃねぇぞ! ようし、火は俺がつけてやるから……その、集まりやがれお前らぁ!」
ベクトルは違うが太刀打ち出来そうな男がいた。いつの間にかデコヤンキーシリーズのアバターを担いでいたトマスだ。でも惜しい。彼なりに頑張って使い慣れないライターを構えているのだけど、ヘンリーだけじゃなく浴衣女子の面々にも集まりやがれとか言っちゃって怖がられている。
結局高まる気持ちを抑え切れずに走り出してしまったマッスルスパークシリーズのアレックスも、落ち着くまで放っておくしかないな。こうなってしまった彼は己との戦いに勝利するまで決して止まることはない。頼むから公園からは出ないでくれよな。
完全にイケメン2人に主導権を握られた花火はその2人と浴衣女子を中心に進んでいく。
俺は2人のアシスタントのような立ち位置で、おもちゃ花火の袋を開けたり、遊び終わった花火を水の入ったバケツに入れるよう促したり、ダッシュの終わったアレックスに冷たい飲み物を渡したり、鈴木をねねねの隣にそれとなく押し込んでみたり、いつの間にかライターをタクミに持っていかれて隅っこでうずくまるトマスを慰めたりしていた。
浴衣で完全武装したかわいい女子がこれだけ揃っているというのに絡んでいるのは男ばかりだ。
「タクミくんそれなんか似合う! かっこいい!」
「あはは、そうかな! どんどん色が変わる七色勇者ソードだよ!」
「さあ次はこれをどうぞ。え、僕もですか? ありがとう、ルキは優しいですね」
タクミは女子達を左右に侍らせて花火を手に無双している。何が七色勇者ソードだ、そのネーミングセンスはどうにかならないのか。俺が同じ台詞を吐いたらじと目でにらんできそうな渡辺さんやアリーセが、タクミくんすごーいきれーかっこいいーとかのたまっている。世の中は実に理不尽だ。
ヘンリーも次々と女子達に花火をサーブして好感度を上げながら、ルキちゃんとの距離をぐいぐいと縮めにかかっているようだ。その花火を取りやすく配りやすいようにしているのは俺なのに、完全に闇にまぎれた黒子状態だ。黒子は見えていても見えていると言ってはいけない事になっているらしい。
「あれ、もう飲み物がないな。買ってこよっと……」
いたたまれなくなった俺は口の中でもごもごと呟くと、まぶしい光から逃げ出すようにして歩き始めた。
とぼとぼと公園の入り口辺りまでやってきた俺の頬を、ふわりとした風が撫でていく。一瞬だけ、蒸し暑さを忘れさせてくれるような心地よさに顔を上げる。
さっきの花火にしても、よく考えれば特別おかしな事はなかったはずだ。昔からタクミは気付けば輪の中心にいたし、俺はその周りであれこれと細かい事に気を回していた。それを苦痛だと思ったことはなかったし、そうした役回りのようなものを含めて全体の雰囲気を楽しんでいたはずじゃないか。
それなのに、こんなに悔しいのはどうしてなんだろうな。
「ああ、くそ。上手くいかないもんだな」
思わずため息混じりの愚痴がこぼれる。
「大丈夫ですか?」
「……飲み物を買いに行くだけだよ、なんでもないって」
そこに立っていたのはヘンリーだった。
さっきまで輪の中心に近いところでキャーキャーやっていたはずなのに、よく気付いたな。
「皆さんの分を買ってくるのに1人では大変でしょう、僕も行きますよ」
「ああ、助かるよ」
「急に1人で公園を出ていくので心配したんですよ」
まさかの一言だ。チャラチャラしているように見えたけど、本当は周りにしっかり気遣いの出来るヤツだったのかな。
「そりゃ悪かった。ちょっと寝不足でテンションの充電中なだけだって。戻ったらちゃんと花火も――」
「そういう心配ではありませんよ。せっかく楽しめそうだったのに、あの程度で逃げ出されては困ります」
俺の言葉をさえぎるようにヘンリーが続ける。
穏やかな笑みを崩さないその表情は、目の奥までしっかりと笑っているように見えるのに一切の感情が伝わってこない。
「世界は退屈です。そうは思いませんか?」
「は?」
思わず聞き返す。話の着地点が見えない。
「なんでも出来てしまう僕にとってこの世界は退屈だと言っているのです」
「そっか、頑張れよな。飲み物は1人で大丈夫だから」
うん、しっかりと気遣いがどうとか言ってしまった前言を全力で撤回しておこう。よくわかった。春色の誘惑くんが予想以上にイタい子だという事がイタい程。これは深入りしたらまずいタイプだ。退屈なら魔王でも倒しに行けば良いじゃないか、みんな喜ぶぞ。
「ユーキ君がリタイヤするなら、ルキは簡単に僕のものになりますよ。この作業ももうすぐおしまい、ゲームクリアという訳です」
「……ゲーム? 作業だって?」
「おや、さすがに反応してくれましたか」
そりゃあそうだろう、聞き捨てならない単語が多すぎる。
「最初はタクミ君が楽しませてくれると思ったのですが、どうやら彼にはその気がない……というより彼とはもっと別のシーンで遊べそうですからね。かといってトマス君では話にもならない。だからユーキ君が僕を楽しませてください。このままいけばルキは僕の7番目になります。ちょうど1週間分の退屈しのぎが揃う訳ですが」
7番……トータルではなくて現在進行形なんだろうな。とんでもない話だ。
「ヘンリー、今日はよく喋るんだな。頭のネジがいくつか飛んじゃってるみたいだけどさ、今の話をルキちゃんにすれば全部終了だろ。その辺わかってる?」
「君はずいぶんと気が回る。だからこそこうして腹を割ってお話しているんです。君はそんな事は言いませんよ」
腹を割って、というのはもっと心地の良い話し合いの事だと思うんだけどな。
それはそれとして、残念ながらヘンリーの言う事は的を射ている。こういう時の俺は、当事者同士……この場でいうなら俺とヘンリーでカタをつけようと意地を張ってしまうところがある。物凄く格好を付けた言い方をすれば、ルキちゃんを必要以上に傷つけたくない。
ついでに言えば、今の時点で騒ぎ立ててもトマスの二の舞になる可能性が高いということか。
「さて、その気になってくれたところで本題です。どんな手を使っているのか知りませんが、君はずいぶんと宰相殿に気に入られているようだ。だから僕が推薦しておいてあげますよ」
「推薦……?」
「そうです。君の平々凡々な適性では土俵に上がってもらえないまま終わってしまう、それではつまらない。だから推薦してあげます。僕のコネを使って長期留学に来て下さい」
土俵とかこっちの言葉を良く知ってるな。せっかくなので力士姿のヘンリーを想像しておく。いいぞ、全く似合わない。
「その推薦とやらを俺が断ったら?」
ヘンリーは心底嬉しそうに微笑むと、たっぷりと間を置いて答えた。
「特に何も。ゲームの難易度が下がるだけです。ルキを僕のものにした後で2人で会いにくるとしましょう」
それは、物凄く上から目線の、完全に見下して先に塩まで送りつけてきた宣戦布告。
さっきまで心地よいと感じていた風は、なまぬるい湿気を帯びた気持ちの悪いものに変わっていた。
お読み頂きありがとうございます!
交換留学編、どうやら予定よりもう1話長くなりそうです。