51.お留守番の勇者様と大人達に物申す親友様
「本当にそれで問題は無いのか?」
「ひっひっひ、ありませぬありませぬ。自由に散らせておくから勝手をするのです。ささ、ご決断を」
「しかしな……」
2人の男がテーブルを挟んで向かい合って座っている。
大袈裟な身ぶり手振りを交えてしきりに決断を迫る男は向かいに座る無精ひげの男をじっとりとねめつけ、歪んだ口元から卑しい笑い声をぼとぼととこぼす。
こう言っては失礼かもしれないが、言う通りにしてもまず良い結果になりそうにない胡散臭さだ。
「お前はどう思う? 問題は無いと思うか?」
「ええと……まあそうですね、問題無いと思います」
詰め寄られている無精ひげの男は困ったように自身の顎に手をやると、部屋の端に控えるもう1人の若い男に意見を求める。向かい合って座る2人と端に控える若い男、広々とした部屋には3人しかいないというのに、やけに重たい空気が流れている。
若い男が胡散臭い男の意見に同意した事で腹が決まったのだろう。よし、と一息ついて無精ひげの男は決断した。
「では、一ヶ所にまとめる事にしよう。準備は任せるが構わないか?」
「ひっひ、ご英断ですぞ」
「わかりました」
2人の返事に満足そうに頷くと、無精ひげの男は部屋の出口へと向かう。
「俺は少し外す。夜には戻るが、今度はぬかるなよ」
「ひっひっひ、もちろんにございます。では私めもこれで……」
「すみません、ひとつだけよろしいでしょうか?」
ここで若い男が2人の背中へ声をかける。
「なんだ? 私は忙しい、手短にすませろ」
やや不機嫌そうな表情で無精ひげの男が振り返る。
胡散臭い男は若い男が何を言い出すのかと好奇心に満ちた目で口元にいびつな笑みを作っている。
そんな2人に物怖じする事なく、若い男は口を開いた。
「ねえ、なにこれ? 父さんもレオナルドさんも本気で反省してるわけ? 手短にすませろ、じゃないでしょうに」
午後になってようやく父さんと連絡を取る事が出来た俺は、前日の警備体制の甘さと今夜はどのように対策を取るのかを確認する為、1人でゲートまでやってきていた。
留学メンバーはタクミ達に任せてきたのだけど、タクミは昨日の失敗に責任感を強くしていたし、斉藤さんや渡辺さんにも釘を刺し直しておいたのでまず大丈夫だろう。念のため警備担当の人にも連絡してある。
「おいおい、あんまりじゃないか。父さんもう少しで格好良く退場出来たところなのに」
「そうですぞ、役者たるもの反省は舞台をおりてからになさるべきでしょう」
そこで呼ばれた部屋に入るなり始まったのが父さんとレオナルドさんの三文芝居だ。誰が役者ですか、その辺りもまとめて何言ってんですかって話でしょうが。部分的に乗っかってしまった俺も俺かもしれないけど、流石に2人を気持ちよく退場させる訳にはいかない。
「どうするのです、イッポンゼオイ殿。息子さんはこの空気で一芝居うてばきっとそのままノってきてくれると貴殿が胸を張るから私も気持ちの悪い声を精一杯搾り出したというのに。すっかり怒っているではありませんか」
「え、私のせいですか? 細かいシナリオをノリノリで考えたのは宰相殿じゃないですか!」
オーケー、2人揃って悪乗りしていたのがよくわかりました。昨日アレックス達にやったみたいに、いいから正座!と一喝してしまいたいところだけど、流石に父親と一国の宰相を揃って正座させるのはまずいかな。いや、目の前の駄目な大人2人が相手なら許される気がする。
「聞いてくれユーキ。父さん、昨日から大事な大事な用事があってな? ちゃんと責任者も宰相殿と役所に頼んで別に用意してもらっていたんだよ。だから父さんに怒るのは違うと思うんだ。そうだろ?」
「おや、それでは私のせいだと仰るのですか? 流石の英雄殿も、大事な大事な飲みの席で深酒をして酔い潰れていた等と息子さんに面と向かって打ち明けるのはお辛いと見える」
「ちょっと宰相殿! あれだけお酒の事はナイショにしてとお願いしたじゃないですか! 宰相殿だってあんなにはしゃいでいたのに……!」
「私はあの後しっかりと自分の足で家に帰りましたし責任者の手配も先にしておきました。イッポンゼオイ殿が最初に私をダシに使ったのでしょう?」
うん、もう大体わかったからおっさん2人でじゃれつくのやめてもらっていいですか?
つまり、父さんはレオナルドさんだとかの国のトップクラスメンバーで行われた飲み会ではっちゃけてしまい、自分のかわりの責任者を地球へよこすよう言付けてそのまま酔い潰れていたと。
レオナルドさんもレオナルドさんで父さんを諌めるどころかその要請を快諾し、本当にさらっと手配だけして家に帰ってぐっすり寝ていたとこういう訳ですね。
この人達は自国の姫様の身の安全やせっかく軌道に乗ってきた異世界同士の外交問題をなんだと思っているのだろうか。
「それじゃあ用件は済みましたし俺はこれで。王様と母さんそれぞれの耳に届くように、どんな手を使っても手配してみせますからお楽しみに」
「いやあ、優秀な息子さんだ。どうしましょうか? 大ピンチですな」
「ま、待つんだユーキ! 母さんは駄目だ! 待ってくれ!」
わかりやすくうろたえる父さんとは反対にレオナルドさんは落ち着き払ったままだ。
「嘘でしょ、王様もその席にいらっしゃったんですか!?」
「まあそのなんだ、交換留学成功の前祝いというかなんというか……な?」
「早速お気付きとは将来が楽しみですな。わが国の秘薬を使って命を救っておいて本当に良かった」
この国の大人達はどうやらもう駄目のようだ。俺はしっかりと失望の色を顔に浮かべるように意識して2人を順番に見比べ、これまたしっかりと落胆の重みが伝わるように深いため息をついてみせる。
レオナルドさん、こんなところで留学の時の借りを返せみたいな言い方をしても駄目ですよ。しかも話が随分と大きくなって命を救われた事になっているじゃないですか、油断も隙もあったもんじゃないですよ。昨日は隙だらけだったくせに。
「これは怖い。おふざけはこれくらいにしてちゃんと説明した方が良さそうですな」
「そうですよ宰相殿! 冗談の通じない息子にびしっと言ってやって下さい!」
飲んで酔い潰れていたのは冗談で、何か重大事件でも起こっていたのだろうか?それこそ、一国の姫様を部下に任せて立ち回らなければならないほどの……?
「まず、飲んでいた事とイッポンゼオイ殿が酔い潰れていたのは紛れもない事実です」
「ちょ、宰相殿ぉ!」
「ちゃんとしてもさっきの話そのままじゃないですか!」
おっと、つい熱くなってしまった。この人の話はいつでも含みが2つ3つはあると考えておかなければいけないのに。クールになるんだ。
「飲んでいたのは事実ですが、ただの前祝いではなかったのですよ。いわば国と国のトップ、そして異世界……日本のトップや担当者の方々との水面下での大事なやりとりだった訳ですな」
「そうなんだユーキ! 父さんは一生懸命お仕事していたんだぞ! そこをもっとちゃんと説明して下さいよ宰相殿!」
国と国の?つまり留学だとかでお世話になっているこの国と日本だけではなくて、もう一国絡んでいたって事ですか?
「その通り。詳細は申し上げられませんが、これをお話するだけでもトップシークレット。他言は無用でお願いしますよ。おや、そう考えるとこの事を耳にしてしまったタキモトくんも我々の共犯という事に……」
「なりませんよ、巻き込まないで下さい」
「怖い怖い……まあとにかくそんな訳でしてな。実際のところ、かわりに任命した担当者も大変優秀な者を我々と日本の双方から用意していましたし、問題は無かったのです。タキモトくんが連絡を取っていた人間以外にも動いている者は沢山おりましたしな」
それじゃあどうしてバラバラに家を飛び出してタクミの家やうちに押しかけてきたんですか。そこを説明してほしくて頭の三文芝居からずっとお付き合いしているんですよ!
「ひとつ、リィナ姫の身に直接の危険が及ぶような事態で無い限り、基本的にそれぞれの自主性を尊重し、その裁量に任せる事」
はっきりとした口調でレオナルドさんが人差し指を立てる。
「ふたつ、今回のこれは試験的な意味合いが強いという事はご存じのはず。それ故にどのような問題が起こりうるのか、またどの程度の問題であれば留学生だけで解決出来るのかを検証しておく必要があった事」
先程までの空気が嘘のような宰相モードだ。この人の本質はおそらくこちらなのだから、本当に油断も隙もない。
「結果として、落ち着いて各方面に指示を出してくれた優秀な少年のおかげで、大きな問題にはならなかったでしょう? これは実に嬉しい誤算という訳ですな」
確かに誰も怪我や行方不明になったりはしていない。話がわからない訳ではないのだけど、どうももやもやするのは実験に使わせてもらいましたと面と向かって言われたからに他ならない。
そもそも、そういう不安定な事をするのに本物の姫様や将来有望な国お抱えのメンバーをよこして良いものなのか。
もちろん、今回は試験だから怪我しても良いメンバーを選びました等と話されたらこんな平和的な意見の交換では済まされないが。
「わかりました。ギリギリまで様子を見る事になっていて、そして結果として大丈夫だったと仰るのなら今回は納得しましょう。でも1歩間違えれば大きな話になっていたかもしれない事だけはしっかりと考えておいて下さい。失礼します」
俺は2人の返事を聞かずに部屋から飛び出した。これは本当に楽しみだ等とレオナルドさんがこれみよがしに叫んでいるが振り向いてなんてやるものか。
自分の中で昨日生まれたばかりのもやもやをまとめてぶつけてしまった感はあるけど、あの2人にはあれくらいでちょうど……いや、全然足りないくらいだ。なんならもっと色々言ってくれば良かった。
仕方ない、今日のところはこれくらいにしておいてやろう。
三流の悪役が去り際に置いていきそうな台詞を脳内に撒き散らして、俺は皆のところへ急ぐ。2日目のホームステイはもう全員集めてしまってはどうか?という意見は通った訳だし、タクミ達に1本電話を入れたら帰って準備しないと。
「みんなで一緒に泊まれるなんて聖剣を探しに行った時みたいだね! 昨日はぐっすり眠れたけど今日はわくわくして眠れないかも!」
「昨日も思ったけどユーキくんのお家って本当に広いね! キッチンもキレイ! すごーい!」
良かったなタクミ、こっちの睡眠時間は多めにみても2時間程度だぞ。いや、こんな事で天然勇者を睨み付けちゃ駄目だ。ここはキッチンで無邪気にはしゃぐ斉藤さんから癒しをもらっておこう。
「ふうん本当ね。昨日も思ったけど、ここに普段は1人っきりなんて寂しいわね」
「確かになんだか無機質な感じ。タクミくんの家の方が温かみがあった気が……」
「ユーキくんごめん……私、そんなつもりじゃ」
キッチンで素直にはしゃぐ斉藤さんは実に微笑ましかったのだけど、その隣でコンパクトな毒を発射した渡辺さんの一言で一気にだだ下がりのテンションになってしまった。この人、異世界での告白騒動からライバル認定されたらしい斉藤さんにも毒舌がさりげなく飛び火するようになってきたな。
それからアリーセ、久しぶりに俺の耳にも届く台詞を吐いたと思ったら人の家の雰囲気にケチをつけるんじゃありません。
「そんな辛気くせぇ話はいいからこっちに座れよ、ざっくばらんに楽しもうぜ! 明日にはみんな帰っちまうんだろ?」
「トマス君もたまには良い事を言いますね。それにこれなら昨日のような混乱もないでしょう」
一晩ですっかり家主のような寛ぎ方になっているトマスの話に、場を混乱させた一因でもあるヘンリーが同調してみせる。なかなかにシュールな絵面だ。
みんな帰っちまうんだろ?じゃなくてお前も帰るんだよトマス、どうしてナチュラルにここに残るような体で喋っているんだ。
「それじゃあ本当に短くてあっという間だったけど、最後の夜って事で花火でもしない?」
「向こうにも打ち上げ花火みたいなのはあったけど、手持ちの花火って見たことなかったからね」
高校生なりの低予算なサプライズではあるが、異世界メンバーは初めて目にするおもちゃ花火に興味津々のようだ。
「女の子には準備があるんだから、男子は先に行ってセッティングしといてよね!」
「くすくす、お楽しみに~!」
ねねねと斉藤さんが随分と含みのある台詞を残して女子全員を引き連れて出ていってしまう。
何か知っているか?とタクミに視線で問いかけてみるが、タクミも肩を竦めて何も知らないよ、のジェスチャーだ。警備の人に了承はもらっているとの事らしいしまあ先に行って待っているしかないか。
そして俺達は花火や水を入れるバケツ、飲み物を抱えて近所の公園へとやってきた。この公園は、打ち上げ花火やロケット花火は禁止されているものの、ある程度のおもちゃ花火であれば許可されている貴重な場所だ。
交換留学最後の夜に儚く散るは、思い出の花火か、交錯する想いの火花か。
またも長い夜が始まろうとしていた。
お読み頂きありがとうございます!