50.ヒロインより女子力の高い勇者様と意地だけで立ち上がる親友様
俺達の住むこの街は特に観光名所として名高い訳ではない。
目を見張るような大都会やビル郡が立ちはだかる訳でも、心が洗われる様な大自然が広がる訳でもなく、ベッドタウンとしての役割が大きい静かな街だ。
むしろその落ち着いた雰囲気や程よく開けた駅前、地域力に支えられた昔ながらの商店街、緑の多い公園など、街全体のバランスや住みやすさこそがこの街の魅力だと思う。
その中でも俺のお気に入りは、下町風情の残る商店街の風景だ。
「やあユーちゃん! 外国のお友達かい? せっかくだからちょっとこれ食べていきな!」
「あらあら、大勢でにぎやかね! 今日は暑いから喉が渇いたでしょう。ちょっと待ってて、冷たいお茶を出してきてあげる」
「へろうえぶりわん……な、なんだ日本語話せるのかい? こりゃまいった、わっはっは!」
風景だけではない、そこにいる人達もとても明るくて良い味を出している人達ばかりだ。
「10分ばかし店番お願いできない? 悪いわね、助かるわぁ」
「ユーちゃんや、ワシにそっちの金髪のお姉さんを紹介してくれんかの? なんじゃイケズじゃの……」
少し歩けば顔見知りのおじちゃんおばちゃんが声をかけて気遣ってくれる。時には無理なお願いをされたり変な絡まれ方をする事もあるけど、俺は自分の生まれ育ったこの商店街に誇りを持っているし胸を張って好きだと言える。ただし、骨董屋のじいちゃんに関してはばあちゃんに言いつけておこう。
「私達の屋台にも、こういう雰囲気っていうか人情みたいなものや横の繋がりってもっと必要よね。凄く勉強になるわ!」
「本当に活気に溢れていますね。タクミ様やユーキ様の前向きな性格はこの街で育ったからこそなのでしょう、素敵ですタクミ様!」
この商店街を一番喜んでくれたのは自身も屋台を切り盛りするルカさんだ。是非色々と吸収して持ち帰ってもらいたい。
リィナ姫もご満悦のようなので、俺の存在が途中で消えていてもまあ良しとしようじゃないか。
「せっかく駅前に集合したのにお昼は商店街なんて言い出すからどうなる事かと思ったけど、なかなかやるじゃない。あの粘っこい目つきのおじいさんはやめてほしいけど。瀧本くんも老後はきっとああなるのね、不潔」
「あはは、さおり言い過ぎだよ。でも本当、どのお店のおじさんおばさんも親切にしてくれるっていうか、全員ユーキくんの親戚みたいな感じだよね!」
前半は褒めてくれていたはずなのに最後は不快感を隠そうともしない渡辺さんが清々しい。人の老後を勝手に土色の混じったピンクに塗り替えるのはやめてほしいものだ。
それをフォローしてくれた斉藤さんの言う事は実に的を射ている。小さい頃からかわいがってもらって育ったこの商店街は、俺の家族のようなものでもあるのだから。
なかなかやるじゃない、と渡辺さんも認めたお昼ご飯に関しては、商店街での食べ歩きを提案してみたところ大好評だったのだ。横の繋がりが色濃く残る商店街だからこその工夫が凝らされた街角グルメの数々は、ベッドタウンの一角にある商店街と侮るなかれだ。
外はサクサク、中はほくほくの肉屋さんのコロッケには隣の八百屋さんがじゃがいも選びに一役買っているし、八百屋さんではその中身をポテトサラダとして提供している。
かぶりつけば脂の乗った旨味が口いっぱいにじゅわっと広がる魚屋さんの日替わりフライは、揚げ物の加減を肉屋さんに伝授されて仕上がった人気メニューだ。
甘めの味付けなのに後味がさっぱりとしていて何個でも食べられそうなお寿司屋さんのいなり寿司は米屋さんから直に米が卸されているらしい。
焼きたての手作りパンが自慢のパン屋さんでは、近くのカレー屋さんとコラボしたカレーパンと肉屋さんとコラボしたメンチカツバーガーが人気を二分している。
また、経営が心配になるほどリーズナブルな価格で提供されている八百屋さんのフルーツジュースは季節によって旬の果物を気軽に楽しめる。季節の節目に開かれるこれの新作試飲会は商店街界隈でのちょっとしたお楽しみになっているのだ。
「ひと通り食べ終わったら絶品カフェオレをごちそうするぜ! カフェとオーレの共演に白目を剥くといい!」
あまり遠出は出来ず、かといって名所らしい名所の無いこの街をどう案内して楽しんでもらうか。相談した結果、1人につき1ヶ所ずつ自分の知っている穴場を紹介しようという事になったのだけど、この商店街に皆を連れてきて正解だったな。
「ユーキ、本当に大丈夫? やっぱり朝から変な気がするんだけど……カフェオレで白目ってあんまり美味しそうじゃなくなっちゃってるよ?」
「おっと、喫茶店のマスターに叱られちゃうかな? タクミ、もしかして昨日の事をまだ気にしてるのか? もう大丈夫だし何も変な事なんてないさ、ハハハ」
「そういう訳じゃないよ。う~ん、大丈夫ならいいけどあんまり無理しないでね」
妙なところで勘の良いタクミがしきりに俺を心配してくる事を除けば、2日目のスケジュールは概ね順調だった。心配してくれているのが長身で筋肉質のイケメン勇者ではなければ完璧だったのに。
変なテンションになっているのは無駄に女子力をアップさせているタクミに言われなくても自覚している。商店街パワーでなんとかごまかしているけど、昨日の夜はそれはもう大変だった。
そっちは鈴木さえ上手くあしらっておけばファン感謝祭みたいな面子になっていたのだし、さぞかし楽しいお泊り会だった事だろう。くそ、タクミの分のコロッケだけ渡す前にちょっと潰してやる。サクほくのバランスが少しだけ崩れたコロッケを堪能してもらおう。
「む……そうだ、ヘンだぞユーキ! 俺だって気付いていた! タクミ殿が言う前から、それこそ朝から気付いていたぞ!」
アレックス、それこそってどういう事だ。絶対気付いてなかったっていうか今もよくわからないまま張り合ってるだろ。なんでも最前線に出たがるのはお前の良いところでもあり悪いところでもあるよな。先生、ちゃんとわかってるから無理しなくていいんだ。わからない事は何も恥ずかしい事じゃないんだぞ。
そうだ、昨日からすっかり影が薄くなっている鈴木はどうした。ベクトルは違うが、辛い夜を乗り越えた仲間同士で馴れ合おうと思っていたのに。
「レンコンならさっきあっちの方に1人で行っちゃったよ? 適当にぶらついて戻るとか言って」
こんなところでまでスタンドプレーだなんて、異世界での単独行動といいどこに行くにもすぐに出発したがるところといいマイペースにも程がある。
今朝だって、それぞれに考えてきたプランをすり合わせようと思ったら「僕はパス」とか言い出す始末だ。パスとかないから。どうして1人だけ気楽にトランプでもしているようなテンションなんだ。
そんなにトランプがお望みなら今すぐババヌキで勝負して完膚なきまでに叩きのめしてやろう。いや、どれがババなのかわからないようにしたジジヌキで決着をつけてやろうじゃないか。
戦慄の一本背負いの異名を持つ父とそよ風の申し子の通り名を持つ兄、そして強かに現代を生き抜く姉に幼少より鍛えられた駆け引きテクを見せてくれる。さあ、俺の手札に転がり込んできた如何にも怪しいダイヤの8を引いていくがいい。迂闊だったな、ジジヌキにはお前の大好きなパスは存在しないんだ!
なんだと、こちらを見向きもせず隣のジョーカーを持っていくなんて……しかもソレであがりだと!?そんな馬鹿な!まさかお前があの心眼の鈴木だと言うのか。おそるべき読みと決断力で迷う事なく次々とペアを引き当て、決してババを引く事がないと恐れられた伝説のプレイヤーだとでも?
そんなはずはない、心眼の鈴木は3年前の闇獄爺貫武闘殺戮大宴舞で姿を消したはず!
ふう、頭の中いっぱいにどうしようもないコロシアムを思い浮かべたおかげで少し落ち着いた。
もう鈴木は放っておいて商店街を出る時に電話すればいいや。繋がらなかったら置いていこう、それがいい。何の話だったっけ。そうだ、昨日は本当に大変だったんだ。
「いえ、大した事はありませんよ。アレックス君こそ昼間の守護神ぶりは見事でした」
「はっはっは! 謙遜されるな、ヘンリー殿の話は父からも聞いている。同い年にして国外へ単身渡る実力、素晴らしい! 是非色々と話を聞きたいものだな! おお、ユーキ帰ってきたか! こっちに座れ! 今宵は宴ぞ!」
昨晩、買い出しを終えてスーパーから戻るとアレックスが妙に時代がかった変なテンションになっていた。宴ぞってなんぞ。まあ罵詈雑言に満ちた修羅場になっているよりはマシか。
「お買い物の片付け、手伝います! アレックス先輩ったらすっかりヘンリーさんと仲良くなっちゃってさっきからずっとこうなんですよ」
「アレックスはいいやつなんだしダチは選んだ方がいいと思うぜ」
にこにこしているルキちゃんとは対称的に、トマスはぼそぼそと悪態をついている。まあこの辺りは想定内だ、むしろよく暴発せずにこらえてくれた。えらいぞトマス。ステイだ、そのままステイ!
「ユーキ君、おかえりなさい。君ともゆっくり話したかったんですよ。留学の時にルキがお世話になったようですし」
「何がルキがお世話にだ。まるで自分のものみてぇな言い方だな……気にいらねぇ」
物腰柔らかな笑顔で話しかけてくるヘンリーの物言いは、昨日トマスの話を聞いた後だからか確かに鼻につく。鼻にはつくのだけど、リアルに鼻がくっつきそうな距離で俺にだけ聞こえるように悪態をついてくるトマスの方が今は厄介だ。
「ただいま。ヘンリーは相当な魔術師らしいじゃないか。俺もコツとか教えてもらいたいもんだな」
「ははは、構いませんよ。ルキより上手に教えられるかどうかわかりませんが、僕でよければ」
ちょっと先輩、私の教え方じゃ駄目だったって事ですか?とルキちゃんが頬を膨らませる。事ある毎にルキがルキがと呼び捨てを披露してくるヘンリーはわざとだろうか。トマスの話を抜きにしても挑発されているような感じで良い気はしないな。何より彼の笑顔はどうも目の奥が笑っていないように見えて苦手だ。
「てめぇはいちいちルキちゃんを呼び捨てにしてんじゃねぇよ。ハンマーですり潰すぞコラ」
だからトマス、いちいち俺の耳元に恨みつらみを注ぎ込みにくるなって。手を組むってそういう事?君が発散して俺が聞き役って事かな?それなら残念ながら俺達の同盟はここまでだな。まだ正式に組んでもいないけど解散しようじゃないか、それがお互いの為というものだ。
「ユーキも魔法を覚える為に努力しているんだな! 俺も頑張らなくては! ふん! はっ!」
待ってアレックス。1回毎に全身のバネをフル稼働させたダイナミックなジャンプを組み込んだスクワットなんて、部屋の中でやるのはやめてもらってもいいかな?流石に下の階から苦情がきちゃう。
そうそう、静かにしよう。え、静かにするから倒立からの腕立て伏せなら良いかだって?いいから少しは反省しなさい。いや、いいからってそっちの良いって意味じゃないんだけど……あ~あ、始めちゃった。
「それじゃあおやすみ。何かあったら遠慮せずに呼んでくれ」
深夜1時を回った頃、俺達はようやく眠る部屋の相談をまとめにかかっ た。
耳元で小規模な爆発を繰り返すトマスと、俺やトマスにだけわかる程度の鼻につく発言を繰り返すヘンリーのせいで俺はどっと疲れていた。
勝手に筋トレを始めようとする以外はナチュラルに緩衝材の役目を果たしてくれたアレックスには感謝しなきゃな。ルキちゃんは終始にこにこしていて、男達の水面下のやり取りには気付かなかったようだから、こっちもまあセーフかな。
「先輩、お部屋借りちゃってごめんなさい。ありがとうございます」
「そこで寝るなんて意外と根性あんだな、ちょっと見直したぜ」
最初は俺の部屋を使う事に遠慮していたルキちゃんも、他の部屋とは明らかに違う空気を放つお土産部屋を披露した事で納得してくれた。それはそうだろう、ここにお客様を一晩寝かせるなんてとんでもない。
ちょっと見直したとか言ってくれているトマスを放り込んでやるつもりだった事はもちろん内緒だ。
そして眠れないまま午前3時……俺はニヒルな顔の人形やどことかの部族の守り神だとか言っておきながら明らかに邪神像のそれが放つプレッシャーに、ようやく打ち勝とうとしていた。心なしか、ニヒルな顔がふっと緩んだような気がする。彼はここにきて初めて心の底から笑っているに違いない。
いや、よく考えるんだ。人形の表情が変わるとか本当に怖いんですけど。和解できて早々で悪いけど今すぐ逃げ出したい。
「トイレでも行こうかな。すぐ戻るよ」
俺は一言断って部屋を出る。物言わぬ人形や邪神像達に気遣いを見せてしまう自分が悲しい。もちろん返事が返ってきたりしたらそのまま外側からドアを封印して廊下で寝る事が決定する訳だけど。
「ユーキ先輩、起きてたんですね。良かったら少しだけお話聞いてもらってもいいですか?」
部屋を出て早々に、俺はニヒルな人形が笑った時以上にびっくりさせられる事になった。そこに立っていたのはそっと部屋から出てきたルキちゃんだった。
「ユーキ先輩って、気になる人とかいますか?」
「いるようないないような……そういうのって難しかったりするよね」
「そうですね……えっと、私はちょっとだけ気になるかもしれない人がいるんです」
いつも慎重に言葉を選んでいる印象のあるルキちゃんがずいぶんと急に切り出してきているのは、交換留学と静まり返ったこの空気がそうさせるのだろうか。そして、話を聞いてほしいと言ってくれているのに頭から曖昧な返事で話の腰を折りにかかる俺はなんて残念なんだ。脳内で拳を握り締めるイケメンイメージの俺と代わってやりたい。とか考えている場合ではなさそうだ。
すみません、少し聞いてもらえたらそれだけで良いので、と一呼吸おいてルキちゃんが続ける。
「その人は凄く大きなプレッシャーと闘っていて、色々な事をしっかりと考えている人なんです。でも大変なはずなのにそんなところはほとんど見せてくれなくて。凄く優しいんですけど、近いようで遠いっていうか……何を考えているのかわからない時があるんですよね。気付いたらその人の事をよく考えてしまうようになっていて、私ってその人が気になってるのかもって」
ルキちゃんの話は、要所要所をぼかしているもののトマスが地雷を踏んで怒られていたヘンリーの話そのものだった。自然と、耳を塞いでしまえたらどんなに楽だろうかと考えてしまう。なんだ、自分の気持ちも曖昧で整理したいとかごまかしておいて、俺はすっかりこの子が気になっていたんじゃないか。
「急にこんな話したりして、変ですよね私」
「いや、変なんかじゃないよ」
ギリギリのところで言葉を絞り出したものの、完全にフラれた直後のテンションでその後の話は右から左だ。
「もやもやしたまま黙っていて後悔しそうなら、自分の気持ちがはっきりした時点で伝えた方が良いかもね。慎重になっている内に終わってるなんて事はよくある事だし」
「そう……ですね。わかりました、ありがとうございます」
結果的に、俺は俺自身が今まさに経験している真っ最中の話をそれらしく口に出してその場をやり過ごしてしまった。
部屋に戻ると、ニヒル人形と邪神像達が物憂げな表情で出迎えてくれる。なんだ、心配してくれたのか。大丈夫、もうあまり時間は無いけど少し眠れば落ち着くさ。こんな事で交換留学のスケジュールを台無しになんてするつもりはない。ありがとうな。
ニヒル人形と邪神像改め異世界の守り神達に見守られながら、俺はようやく眠りについたのだった。
「ちょっと瀧本くん! 何をぼーっとしてるの? 食後はとっておきのカフェオレがなんとかって言ってたじゃない。行かないの? ついにボケたのかしら」
昨日の事を思い出して呆けていた俺は渡辺さんの切れ味鋭い毒舌で我に返る。ついにっていうのは色々と兆候があって出てくる発言のはずではないか、まるで俺が今にもボケそうだったと言わんばかりだ。
でも、こういう時はこういう空気の方がありがたい。
「まだまだ若いもんには負けんわい! よし行こう、約束通りとっておきのカフェオレをごちそうしよう。きっと鼻から牛乳だけ吹き出して感謝するぞ」
「牛乳だけってさりげなく難易度高いよユーキ! しかも汚いし!」
そうだ、落ち込んでいる場合じゃない。やると決めたからにはしっかりとリードしてこの交換留学を成功させよう。ついでにトマスフィルターのせいで嫌なヤツ認定1歩手前になっているヘンリーの本質を見極めて、どうしても嫌なヤツならトマスともども玉砕してやろうじゃないか。モテない男子情報網・異世界支部の立ち上げだ。
残念な決意を胸に、俺は皆を商店街から一本入った古き良き喫茶店へと案内するべく歩き出した。
お読み頂き感謝です!