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勇者様の親友様  作者: 青山陣也
第1章:異世界留学準備編
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5.フライングで王道を突き進む勇者様と心配性の親友様

 文化や風習の違う国で暮らす事になった時、必要な知識や準備はたくさんある。


 まず思い浮かぶのは、その国の言葉を理解しておく事だ。しかし今回は、翻訳魔法というジョーカーのおかげで、この難問はクリアされている。

 ただし、これを完全にスルーしてしまうのはおすすめ出来ない。基本的な挨拶やお礼くらいは、ぎこちなくても発音出来るようにしておくと良いだろう。


 理由は、単純に印象が良くなるからである。


 海外の俳優、女優やアーティストの来日シーンを思い浮かべてほしい。片言の日本語でアリガトウなどと口にしてくれると、パフォーマンスだとわかっていても悪い気はしない。あの効果だ。

 以前、海外アーティストが集まる野外フェスのライブDVDを友達に借りた事がある。そこが東京でもないのに、センキュートキョーと叫ぶボーカリストに、場は大盛り上がりしていた。単語を覚えてきてくれた心意気というのか、要は気持ちの問題である。


 そこがどこであろうと、きっとあの時、あそこがトキョーだったのだ。


 それから、地域で大切にされている風習や、タブーを勉強しておく事も必要だ。

 ある国の大統領がいる場所はホワイトハウスと呼ばれている。しかしある国では、それがピンクハウスと呼ばれていたりするのだ。何があっても不思議ではない。


 また、その国の気候や風土についても調べておきたい。観光旅行であれば、ざっと調べるだけで後は現地を楽しむという楽しみ方もあると思う。しかし仮にも、留学して生活をするのであれば、話は別だ。


 極端な例をあげてみよう。


 Tシャツ1枚にハーフパンツ。そんな常夏の出で立ちで、オーロラを見に行くと息巻いている者がいたとする。

 それが身近な相手なら、全力で止めざるを得ないだろう。もし知らない相手なら同じく全力で、距離を取る事をおすすめする。

 何も調べずに知らない土地へ乗り込む恐ろしさ、ご想像いただけただろうか。


 事前準備の大切さについて、脳内で自分へのプレゼンをきめた俺は、ため息をつく。原因は学校から手渡された、異世界留学の手引きなる資料一式である。

 お世話になる街の簡単な地図、各施設の写真や役割の説明……これは非常に良くできていると思う。


 ただし、それだけだ。


 まず現地の食文化について。おそらくお目にかかる機会はなさそうな、歴史的な宮廷料理であるとかの解説が幅を取っている。

 そこから、使われている食器の歴史や、芸術的な観点へと逸れていくのだ。妙な方向に掘り下げすぎて、現在の主食すらわからない。


 気候については、反対に手を広げすぎだ。この手引きの段階で、近隣諸国の風土にまで言及する意味がどこにあるのか。おかげで、お世話になる街そのものについては、温暖であるとかのちょっとした記述しかない。

 東京に遊びに行きたいのに、世界地図をひろげて日本の天気を見ているようなものだ。

 グルメ情報や観光スポットをみっちり掲載してくれと言っているのではない。最低限の情報が欲しいだけなのに。俺なら絶対にこうはしない。


 極めつけは、現地でのマナーについてのプリント。学校の代表である自覚を持ち、礼儀正しく行動しましょうとある。礼儀そのものが食いちがっている可能性や、具体的な事例については一切書かれていない。

 高校生を相手に、早寝早起きの心掛けなどを文章におこしてどうしようというのか。絶対に夜更かししてやる、今決めた。深夜の街並みとか眺めてやるんだ。父さんのハイグレードな双眼鏡とか、場違いなやつ持ってっちゃうもんね。


 ツッコミどころはまだある、この現地での班行動にしたって、遠足ではないのだから――


「ユーキ! 聞いてる? 大丈夫?」

「なんだよ、俺はいま頭の中が編集長なんだ」

「またわけわかんない事言って……聞いてよ! 異世界って本当にすごいんだ! 中世風の街並みに現代の技術が融合された、全く新しい街並みがゆうごうされていてね!」

「なんか余計にユーゴーされてるぞ、落ち着け」


 異世界の手引きが配られ、数日が経ったある日。俺達は駅前のファーストフード店にやってきていた。今回は、留学に向けた情報整理という名目だ。

 しかしどうも、タクミの様子がおかしい。異世界の絶景100選でもネットで見てきたのだろうか。


「タクミもようやく、ネットの海に飛び込んだんだな」

「なにそれ、違うよ! 行ってきたんだよ!」


 行ってきた。

 そう聞いてもピンとこない俺は、視線で続きを促す。


「ほら、みんなより先に行ける事になってて、話を聞くって言ってたでしょ?」

「ああ、先週な。言ってた言ってた」

「それなんだよ! 騎士団長さんが直々に案内してくれてね。お城にも行ったし、王様や宮廷魔術師とかの人にも会ったよ! お姫様も綺麗だった~!」


 みんな良い人だったよ、と身ぶり手ぶりを交えた話の止まらないタクミ。王様とかお姫様とかいうファンタジックな単語が、ナチュラルに飛び出している。


「いや、はしょりすぎ。騎士団長とかどこから出てきた。ダンチョーじゃないんだよな?」

「あはは、教頭先生? 違うよ! 騎士団長さんは最初からいて、色んな話を聞かせてくれたんだ」


 ダンチョーとは、教頭先生につけられているあだ名だ。それらしい口ひげとステッキ。見ればまさしく、ダンチョーである。実にどうでもいい。


「学校に、異世界の、騎士団長が?」


 俺は、教室のドアを勢いよく開けて、ナイトメイルを着こんだ大男が入ってくるのを想像した。ものすごい絵面だ。


「すごいな、それ!」

「でしょ! そこでね、早く行ってみたいですって言ったら、なんと連れて行ってくれたんだよ!」


 その時の事を思い出しているのか、タクミの表情は子供のように輝いている。ええい鎮まれ、まぶしいわ。


「ゲートって、手続きいるよね? 海外旅行みたいな」

「なんか大丈夫だって普通に通れたよ? ゲートも綺麗だった!」


 なんか大丈夫、とは一体。この国のセキュリティはどうなっているのだ。俺はふわりと浮かびかけた意識を必死に繋ぎ止める。


「で、お城に直行?」

「ちょっとだけ街も歩いたよ。お城、真っ白で大きくてすごかった!」

「アポなしで、王様だとかお姫様だとかのブルジョワジーに突撃したの?」

「せっかく訪ねてきてくれたからって、時間を作ってくれたみたい! みんな優しくてすごくいい人達だったよ! ユーキにも見せたかったな、中世の街並みに見事に融合された――」


 融合がゆうごうはもうわかったって。俺は手元の炭酸飲料を一気飲みし、天井を仰ぐ。これはとんでもない事になった。


 話をまとめるとこうだ。

 A+の勇者タクミを筆頭に、才能あふれるメンバーを集めた説明会に、向こうの騎士団長さんが直々に参加。タクミのきらっきらな希望にあてられた騎士団長さんは、急遽の異世界視察を承諾する。

 騎士団長権限で諸々のゲート通過審査をパスすると、街の案内を部下に任せて自分は王城へ一直線。

 王様にお姫様に宮廷魔術師と、ビッグネームにアポイントメントを取り付け、未来の勇者達を歓待したと。

 騎士団長のくせに、宰相でもやった方が良いんじゃないかと思うくらいの行動力と手腕だな。


 みんな優しくていい人だったというタクミの言葉に、おそらく嘘はないだろう。ただし、どこまでが大人の思惑なのかはわからない。

 異世界の重鎮たちは、めでたくトップクラスの才能を持つ勇者候補に唾を付ける事に成功したわけだ。


「タクミ……ちょっとそこに座りなさい」

「え、もう座ってるじゃん」


 気持ちの問題だよ、空気を読め。俺はタクミを座り直させ、厳かな調子で口を開いた。


「知らない人に付いていっちゃいけないって、小さい頃に教えただろう? 父さんはお前をそんな風に育てた覚えはないぞ」

「ええ!? 急にどうしたの、父さんって?」

「自分の胸に手をあててよく考えろ、母さんも泣いているぞ。きっと晩飯はカップ麺だな。父さんが蓋を開けるから、お前が湯を沸かして注いでネギを刻んで入れるんだ。そして3分経ったら教えろ」

「父さんほとんど何もしてないし! だからなにこれ?」


 なにこれ、だって?

 そっくりそのままこちらの台詞だ。制度として、先に異世界に行けるのは羨ましいけど仕方ない。でも、タクミが話したこれはあんまりではないか。

 ちょっと勢いで早く行ってみたいな~って言ったら、王様とかお姫様に会えちゃった。みんないい人だったよ、やったねうふふ。

 こういうわけだ。意味がわからない。思いつきで会える王様は本当に仕事をしているのだろうか。


「大丈夫だったのか?」

「どういう意味?」

「変な事、言われたりしなかったか? 騎士団長とか宮廷魔術師とか、王様とかおうさまとかオーサマに」

「王様うたがいすぎ! うーん、特におかしな話はなかったよ。地球での生活もあると思うけど、勇者として頑張ってくれたら嬉しいとかそんな感じ?」


 おかしい。そんなに理解に満ちた空気のはずがないと思っていたのに。


「あ、でも魔物討伐体験は時間なかったからお断りしちゃった。お姫様とのパーティーも本当は出たかったんだけど……」


 それだよ。未遂だけど、チュートリアルクエスト、もらってきてるじゃないか! しかも気付いてないよ。この子ったら本当に天然なんじゃないの。


「母さんは本当に心配だわ。タクミが遠い世界の人になってしまうんじゃないかって」

「今度は母さんキャラ……ちょっと気持ち悪いよ」


 俺は大きく息を吸い込んで、言葉を組み立てる。ここは、言っておかなければならない。俺のキャラ立ちの危うさなんて、どうでも良い。


「いいかタクミ。向こうのお偉いさんはな、お前を短期留学なんて優しいものじゃなく、さっさと異世界に引き込んで、魔王討伐とやらに向かわせるつもりだ。それが終わったらお姫様とくっつける算段まで立てているんだぞ。気付け、薄汚い王の欲望に!」

「ちょっと言い過ぎ……ユーキは本当に王様とかが嫌いなんだね」


 苦笑いするタクミは、本当に何を言っているのかわからないといった様子で苦笑いだ。

 説明会のはずが現地直行、謁見に魔物討伐、パーティーのお誘いまでなんて。いくら何でも詰め込みすぎだ。素直過ぎるのが短所になるとはまさにこの事ではないか。

 ここはなんとかして、正しい道に引き戻してやらなければならない。俺は作戦を立て直すことにした。言い過ぎた事を謝り、融合にゆうごうを重ねた街並みについて、聞き役に回るのだった。


――そして、タクミのフライングから遅れる事、数週間。俺はついにその日を迎えた。


 ネットの海の向こうでしか見た事のない、融合にユーゴーを重ねた世界は、果たしてどんな顔をしているのやら。


お読み頂きありがとうございます!

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