48.真っ向勝負の勇者様と実況の方が向いている親友様
「くそ、まただ! なんとかしてあいつを止めるんだ!」
「駄目か……! でもこっちにだって守護神がいるんだ!」
「なんなんだよあいつら……俺達っている意味あるのか?」
ここに、2人の天才が降臨していた。
1人はボールを手足のように操り、舞うようにディフェンスをかわしてゴールへ迫るオフェンスの天才。彼にとっては、もはや素人の高校生などいないのと同じだった。
3人……4人……5人……海外リーグのトッププレイヤー顔負けのドリブルスキルでマークに付いていたミッドフィールダーと待ち構えていたディフェンダー全員をかわした彼は、トップスピードを保ったまま最後の砦となったキーパーへと視線を向け、涼しげな口元にわずかな笑みを作る。
――瞬間、ブレたかのように見えた彼が高度なフェイントを幾重にも入れていた事に、その場にいた何人が気付く事が出来ただろうか。完全に体勢を崩したキーパーの重心は大きく傾いている。再び口元をわずかに歪めた彼は撫でるようにボールを反対の隅へと送り込む。
圧倒的なセンスとテクニックによる完璧なゴール……とはならなかった。
完全に重心を崩したはずのキーパーが、ありえない反応速度でボールへ飛びついて見せたのだ。崩れた重心を力技で振り戻し、決して遅くはないスピードで放たれコーナーへと吸い込まれる寸前だったシュートを左手1本でがっしりと掴み取る。
シュートを放った彼とは対照的に攻撃的な笑みを張り付けた彼は、ボールを掴みとると同時に大きく吼える。グラウンド中に響き渡るその声はまさに獲物を捕らえた猛獣のそれであった。
彼こそが、オフェンスの天才からもう何度目になるかわからないファインセーブをしてみせているもう1人の天才だ。
ゲームは、たった2人によって完全に支配されていた。
数回のパス交換とドリブルであっさりと最前線へと躍り出るオフェンスの天才がキレのあるシュートやトリッキーなフェイントを駆使してゴールに迫れば、それを全て力でねじ伏せるかのように反射神経と身体能力のみで天才キーパーが応じてみせる。
その場にいたその他の20人はただ右往左往して感嘆の声を漏らすだけであったのだ。
「なるほど、だいぶわかってきたよ。僕が出よう」
「要は手を使わなけりゃいいんだろ? あいつらばっかり目立つのは気に入らないしな」
そんな均衡を破るべく立ち上がった2人の男によってゲームは加速度的に変化していく。
だいぶわかった、と意味ありげな台詞と共にピッチに降り立った緑髪の少年は、再びボールを自分のものとしてゴールを見据えるオフェンスの天才の前に立ちはだかった。
「なんだ? あいつら急に動かなくなったぞ」
「よく見てろ……きっとめちゃくちゃ高度な駆け引きしてんだって」
オーディエンスとなりつつあったその他18人の言う通り、2人は高度な駆け引きを演じていた。視線、呼吸、微妙な体勢の変化……2人の間に作り上げられた研ぎ澄まされた空間は少しずつ密度を増しながら、時が動き出すのを待っている。
そこに、突如として闖入者が現れる。手を使わなけりゃいいんだ、とざっくりした言葉を放り投げて駆けていったもう1人の少年だ。彼は一直線に走りこんでくると、2人の張ったフェイントの結界を全く意に介さずスライディングタックルを仕掛けた。
愚策に見えたタックルは、フェイントのやりとりに意識を集中させていたオフェンスの天才の虚をつくには十分だった。豪快なスライディングを決めた彼は、このゲームで初めてオフェンスの天才からボールを奪ってみせたのだ。
2人の新進気鋭のディフェンダーの登場により天才による一時代は終わりを告げ、お互いに決定打が無くなったゲームの行方は全くわからなくなった。
確かにオフェンスの天才の足を止める事に成功した2人だったが、彼らのオフェンス力は並程度。ゴール前まで押し込まれていた形勢をなんとかフラットに戻したに過ぎないのだ。
ここからどのようにゲームが動いていくのか……サッカーの神様のみがその行方を知っているのかもしれない――
「おい瀧本、先生の隣に堂々と座っておかしな実況をするのはやめろ。ほれ、交代だ。入った入った」
なんだ、交代か。ここから、中学の頃からサッカー一筋にやってきたサッカー部員か誰かが一念発起して、泥臭い執念でゲームを動かす感動的なストーリーが展開されそうな雰囲気だったのに。
「おい、ボーっとするなって! タクミのやつが来るぞ!」
オフェンスの天才こと勇者タクミは、異世界への行き来が頻繁になってからというもの元々高かった運動能力がより底上げされているように思える。もういっそ、勇者なんて廃業してプロサッカー選手でも目指してみたらどうだろうか。勇者シュートとか叫んで一世を風靡すれば良いじゃないか。
ゴールを決めた時に勇者スキルで発光してくれたら完璧なのだけど地球ではそれが叶わないのが残念だ。
「ユーキ、僕と勝負だ! いくよ!」
全力疾走しながら爽やかな笑顔で宣戦布告すると、タクミが突っ込んでくる。交代した俺を見つけてわざわざコース変更してくれるなんて律儀な事だ。
グラウンドの脇からは当たり前のように女子達の黄色い声援が飛んでくる。体育館でバレーボールをやっていたはずなのにどうして普通に見学しているんだ、どんなお約束だよ。
「タクミごめん! ちょっとタンマ! 靴紐がっ!」
「えっ、大丈夫?」
「そこだっ!」
交代早々のピンチに、俺は見事にオフェンスの天才タクミからボールを奪ってクリアしてみせる。だというのに女子達からはえ~だのなにそれだのと大きなため息が聞こえる。理由はわかっているけどあえて言わせてもらおう。
この差は一体なんなんだ!
「手段を選ばない姿勢は評価出来ますが……姑息ですね」
「はっ、流石はセンパイ様だな」
新進気鋭の異世界ディフェンダー、トマスとヘンリーからもねぎらいではなく別々の方向から野次が飛んでくる。君達は味方のはずだろう。もっと感謝しても良いはずではないか。
「ユーキ! 抜かれても構わない! 正々堂々と戦え! 俺が必ず止めてみせる!」
もはや騎士ではなくてキャプテンと呼んだ方が良さそうな天才キーパーアレックスが吼える。ここでなんと一部の女子からは黄色い歓声だ。アレックスはその筋力と運動能力をフルに活かしてキーパーとしての能力を開花させていたのだ。
アレックスも、優秀な騎士のお兄さん達と張り合うのはもうやめてこっちでサッカー選手を目指したらどうかな?さっきの動きとか地球人の枠から大分はみ出してる感じだったし、すぐにプロになれちゃうかもしれないぞ。
ついでに、女子担当の女性体育教師までキャーアレックスくーんとか叫んでいる。先生、早々にバレーボールを切り上げて見学に来たのはそういう理由ですか。そんなに堂々と黄色い声援を送るくらいなら、申し訳程度の柔軟体操とかやめさせて大人しく見てれば良いじゃないですか。
「やっぱりタクミくんがイケメンすぎるって!」
「トマスくんのひたむきな姿勢にドキっとしちゃった」
「うそ、アレックスくんの方がすごかったよ!」
「ヘンリー様……」
試合は結局スコアレスドローに終わった。授業時間の半分をルールの説明やらボールの基本的な扱いやらにあてただけでゲームをしたのだから、トマスやヘンリーがオフェンスでまで活躍出来るはずもなく、またその2人の加入によって決め手を欠いたタクミもゴールを決めきれずに引き分けというところだ。
途中で入った俺はというと、タクミの癖を把握した上でわざとぶつかられそうな場所に陣取る事で絶体絶命のピンチをタクミのファウルに変えてみたり、トマスとヘンリーが必死でディフェンスしている間にタクミの後ろから忍び寄って裾を少しだけ引っ張ってボールを奪ってみたり、我ながらなかなかの活躍を見せたと思うのだけど、いまいち評価が低いようだ。実に納得がいかない。
それどころか、元々人気の高かったタクミはもちろん、異世界組の男子は総じて女子達の熱い視線を浴びている。
「はいはい、ちょっと失礼しますよ! そこ、写真を勝手に撮らない! もうスケジュールが押してんだから! 帰った帰った!」
俺は不満そうな顔の鈴木に促されて、心を鬼にして4人を教室から連れ出した。気分は汚れ役をまとめて引き受けるマネージャーだ。
これでも、放課後になってからかれこれ1時間は教室の端で空を見上げて雲の数を指折り数えて待っていたのだ、もう頃合いだろう。
向こうでは斉藤さんと渡辺さんが男子に囲まれたリィナ姫達を救出してくれている。完全に女子の敵となりつつある俺とは違って、斉藤さんが笑顔を武器にすんなりと男子の輪を解体しているところは流石だ。
「……なんか凄く疲れた。明日明後日は家でゆっくりしたい」
「ユーキ、おじいちゃんみたいな事を言わないの! 明日は街を案内するんでしょ?」
皆を連れ出した俺達は、そのままの流れで俺の家に寄って休憩している。無駄に広くてセキュリティもしっかりしているこの家は、こういう時に役に立つ。一応、警備として学校の外にも数名の担当者が常に警戒してくれているらしいのだけど、気が付かなかったな。
もしもの時の連絡先も父さんから聞いているし、とりあえず気にしなくて良いか。
「わかってるよ……あ、せっかくだからご飯もうちで食べていかないか?」
「ごめん。家で用意してもらっちゃってるからそろそろ行かないと」
「うちも、お母さんはりきっちゃってるからね~」
駄目か。異世界から留学生が来るなんて事になったら、そりゃあそれぞれの親も気合の入った料理を作るよな。後は寝るだけというところまで皆を引き止めて、トマスと2人になってしまう時間を削りたかったのに。
今日のホームステイは担当外の渡辺さんも、一緒に斉藤さんの家に行くらしい。まあ俺とトマスと渡辺さんとかいう面子が残ったらそれはそれで想像したくない空気になりそうだけど。
「じゃあ明日は9時に駅前だな」
「タキモン遅刻厳禁だからね~!」
明日の朝からまた顔を合わせるのだから当然といえば当然なのだけど、誰1人として何の名残を惜しむ事もなく帰ってしまった。ねねね、遅刻どころか行けなかったら悪いな。骨は拾ってくれ。
「さて、ようやく2人きりだな。ユーキセンパイさんよぉ」
こんなに嬉しくない「やっと2人っきりになれたね!」が未だかつてあっただろうか。少なくとも俺は知らない。知る由もない。
しかもトマスったら、本人は気付いていないのかもしれないけど、ここへきてどんどん口が悪くなっている。多分サッカー辺りで緊張がほぐれて素が出てきたんだろうけど、もうほとんどチンピラさんのようなドスの効いた感じになっていてすごく怖い。
「一応言っておくぞ。俺の名前はセンパイじゃないからな」
「わざとに決まってんだろ」
いくらトマスがチンピラさんの雰囲気をぷんぷんさせているからって、そんなどうでも良い事にわざわざふんぞり返ってツッコミを入れている場合じゃないだろう!ほら、一言で会話が終わっちゃったよ!気まずさという名の決して晴れない分厚い霧が2人を包み込んで離さない感じになってるから!
「まあ座って落ち着いて話そうぜ。そんなとこに突っ立ってないでこっちに来いよ」
トマスくん知ってる?ここって一応俺の家なんだ。皆を玄関で見送ったまま棒立ちだった俺の方が危うくお邪魔しますとか言いそうになったわ。
「わかってるだろうけど、ルキちゃんの事だ」
そうだよな。俺達の共通の話題と言えばそれしかない。本当はちょっと楽しかった鍛冶体験の事とかを、せっかくその道のプロが目の前にいるのだから色々聞いてみたりしたかったんだけど、そんな空気じゃないもんな。
いきなり核心を突いてきたトマスは、癖になっているのかハンマーを手の中で弄ぶような動きを見せて落ち着きがない。学校を出る前にトマスが持っている全てのハンマー類を預けさせておいて本当に良かった。まあ向こうが本気になれば、単純な腕力でも敵わないだろうけど。
「こんな事は言いたくなかったが、一時休戦にして手を組まねぇか?」
ん?
異世界での一悶着を修羅の道に2、3歩踏み込んだ形で繰り返すかに思われたトマスの話は意外な方向から飛んできた。一時休戦というかそもそも戦い始めていたつもりがこちらにはないのだけど、今は飲み込もう。手を組むっておっしゃいました?
「ユーキさんよ。あの後ルキちゃん本人に聞いた話と今日の感じを見た限り、あんたはいけすかねぇしずる賢くて姑息でひんまがっちゃいるがクソ野郎じゃあないようだ」
おい、休戦したいのか喧嘩したいのかどちらかにしてくれないか。けなしている分量が多すぎて認めているらしい部分がほとんど残っていないじゃないか。
「あのワカメ野郎をどう思う?」
「ワカメ……誰?」
「ヘンリーのやろうだよ! 上辺は小綺麗にしてやがるけどな、あいつはとんでもねぇやつなんだ」
ああ、緑色の髪にゆるいウェーブがかかっているからか。ワカメっていうのは翻訳効果だろうけど、本人が聞いたら絶対に怒りそうだ。
姑息だね、とかさらっときつい事も言うけど、基本的に物腰柔らかでクラスの皆とも馴染んでいたし特に問題は無さそうに見えたけどな。
しかしこのトマスは直情型で嘘を付いたり駆け引きして相手をどうこう出来るタイプではない。そのトマスが、勘違いからとはいえあれだけ毛嫌いしていた俺に相談を持ちかけるくらいなのだから、きっとそれ以上の何かがあるのだろう。
もちろん、俺の時と同じように盛大な勘違いだけという説も捨てきれない。その場合はここで食い止めてヘンリーの名誉と命を守らなければ。
「わかった、とりあえず話を聞こう。手を組むとかそういう大事になりそうなのは話を聞いてから考えさせてくれ。それと……」
「なんだよ、もったいつけんな」
焦れるトマスに、俺は一呼吸置いてゆっくりと言葉を吐き出す。
「先に飯食わない? なんかこれって下手したら徹夜で語り合っちゃう感じでしょ? 気が抜けたら腹減っちゃったよ」
一瞬ぽかんとした後に烈火のごとく怒り出すトマスをスルーして、俺は食事の準備を始めた。
翻訳機能を一時的にシャットダウンするかまとめてボリュームを絞る機能があの腕輪に付いていたらいいのに。近づきたくないし出来ればリモコン操作で。そんなどうでも良い事を考えながら。
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