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勇者様の親友様  作者: 青山陣也
第12章:異世界交換留学編
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47.親友様に頼られたい勇者様と身の危険を感じる親友様

 現代日本において誰かに連絡を取りたい時の手段といえば、世代にはよるかもしれないが大半の人がメッセージアプリであるとかメール、もしくは電話を思い浮かべるだろう。

 スマホや携帯、パソコン等を指先で転がすだけで簡単に希望の相手と連絡を取ることが出来るのだから便利な世の中だ。


 しかしこれが異世界の場合、スマホや携帯はもちろん固定電話も普及していないので、手紙を書くか伝言を頼むか、そうでもなければ直接出掛けていく必要がある。

 遠距離との会話を可能にした通信魔法も存在はしているらしいのだけど、こちらは主に国のトップや有力なお貴族様が緊急時に使う程度で一般人には全く縁の無い代物なのだそうだ。

 電話の普及に関しては技術交渉が進められているというニュースを見たことがあるので、もう何年かしたら向こうでも気軽に電話で連絡を取り合って、歩きスマホが問題になったりする日がくるのかもしれない。


 日本で流行っているようなゲームアプリが流行ったりしたら実にシュールな絵になりそうだ。ファンタジーな世界でファンタジックな皆さんが架空のファンタジーに興じるなんて、これ以上のファンタジーはなかなか無いだろう。


 反対に無い物ねだりでサラリーマンの育成ゲームが流行ったりしたらそれはそれで嫌だけど。


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 バトルに負けると役職の称号を剥奪されたり、ログインしないと無断欠勤でリストラの危機が早々に訪れる生々しい仕様がコアなファンに人気だとか。

 うん、無いな。さっきまでのファンタジーがこぞって逃げ出してしまう前に、俺の脳内で開発を断念しておくとしよう。


 さて、そんな異世界通信事情には夢を膨らませておくとして、それぞれの世界の状況を踏まえた上で本題に入りたいと思う。異世界の友人や知人に連絡を取りたい場合の方法についてだ。


 結論から言ってしまえば、地球から異世界への連絡に関してはそう難易度は高くない。

 電話やメールは使えないのでツールは手紙になるが、母国語で普通に書いた手紙を異世界によく行き来する知り合いに渡すか、有料にはなるが役所の異世界担当部署に預ければ良い。


 そうすれば、相手の氏名や住所等の情報は当然必要となるものの、まあまあの確率で手紙を届けてくれる。

 まあまあの……と付け加えたのは、郵便システムの整備が万全ではない事、相手の居場所を特定出来ない場合がある事などが理由として挙げられるからだ。

 とはいえ手紙が届きさえすれば、言葉だけでなく文字の壁も存在しない異世界では、伝えたい内容をそのまま伝える事が出来る。


 反対に異世界から地球側に連絡を取りたい場合はもう一手間が必要となる。

 異世界で書かれた文字は紛れもなく異世界の文字で書かれているのであって、あくまでも翻訳魔法の力で読めているに過ぎない。日本語であるとかアルファベットであるとかに置き換わる訳ではないのだ。

 つまり、俺のような日本人へ異世界人が手紙をしたためようと思ったら、本気で日本語の読み書きを学ぶか、日本語を書ける誰か……友人知人か役所の担当者に代筆を頼むかのどちらかになる。


 しかしそれは、代筆を頼む相手に手紙の内容が全て筒抜けになる事を意味している。気軽な連絡手段として手紙と並んで伝言が挙げられるくらいなのだから、この事に対する異世界におけるハードルは低いようなのだけど、日本人の俺からするとこのハードルは果てしなく高いように思う。

 授業中に女子同士でやりとりされる小さなメモ書きの手紙ですら、中身は見ずに回す事が暗黙の了解になっているくらいなのだし、手紙の内容が全て筒抜けだなんて、手紙を出す事そのものを断念したくなる程だ。


 そうだ、授業中に飛び交う手紙といえば、やたらとタクミに手紙が集中してとんでもない状態になった事があった。

 女子同士で手紙を回している内に何か良くないスイッチが入ってしまったのだろう。猛禽類か爬虫類を彷彿とさせる鋭い眼光の女子達から次々とパスされる手紙の弾幕を前に、男達は無力だった。初めの内は、また1人でモテやがってタクミのやつ等と考えていた俺達は、その圧倒的な物量の前に完全に沈黙させられた。

 ひたすらに手紙をパスする物言わぬ機械と化してその場をやり過ごすしかなかったのだ。


 授業が終わると、タクミの元には珍しく男達が輪を作り、次々に肩を叩いては去っていくという光景が見られた。戦いを終えた男達に言葉は必要ないのだ。そこには同じ想いを共有した男と男の熱い友情が確かに息づいていて――


「言い訳ぐらい真面目に出来ないの? このにわとり男子」


 にわとり?ああ、そういう事か。渡辺さんの毒舌は捻りまで入るようになってきたようだ。ストレートな方が良い相手にはストレート、俺のような相手には捻りをきかせて意識を刈り取りにやってくる。

 俺の事はいいからひとまずにわとりさんに謝っておきなさい。


「いや、異世界によく行き来する友達ってタクミと鈴木とねねねだろ? 誰に預けても不安が大きいじゃないか」

「えっ、そんなに不安かな? もっと僕を頼ってほしいんだけど……」

「私はねねちゃんに預けちゃったけど大丈夫だったよ? でもどうしても嫌なら役所に預ければ良かったのに」


 異世界留学の別れ際、俺達はせっかくだからとそれぞれに連絡先……つまり住所を交換していた。そして、皆からそれぞれ手紙をもらったにも関わらず返事を出せていない事で、俺は昼休みに入るなり異世界ゲームアプリの話まで織り交ぜた全力の言い訳を余儀なくされている。


 ちょっとそれどういう意味!あたしに預けてくれればちゃんとタキモンの熱い気持ちをぶつけてきてあげたのに!とかねねねが騒いでいる。それだよ、勝手に人の気持ちを沸騰するほど熱してぶつけようとするから預けたくなかったんだ。斉藤さんも無意識に「預けちゃったけど」って言っているじゃないか。


 タクミに預けても違うベクトルに壮大な感じになりそうだし、鈴木に至っては1通につき昼飯1回との条件を上から目線で突き出されてお断りしている。


「言い訳の続きになるけど、役所に預けるのは論外だよ……だって担当者ってうちの両親だし。皆の手紙を受け取るだけでも大変だったんだ」


 アレックス、リィナ姫、アリーセ、そしてルカ&ルキ姉妹からの手紙を抱えてやってきた時の母さんの顔といったらなかった。登場時点から最高潮のテンションで俺の前にくるっとターンしながら現れた母さんは、皆からの手紙と異世界お土産のニヒルな顔で不気味に笑う人形を両手に握り締めてこう続けたのだ。


「ユーキが女の子からこんなに沢山お手紙をもらうようになるなんて嬉しいわ! このお手紙、代筆は私が担当したの! もうドキドキしちゃった! ね、このお人形もかわいいでしょう?」


 そっか、皆の手紙って母さんが代筆したんだ?あはは本当だ、アレックスの手紙まで母さんの字で不思議な雰囲気になってる。

 内容はそれぞれ当たり障りのないものだったのだけど、この一言が決め手となって俺は完全に返事をあきらめた。受け取る前から内容の全てを合法的に母親に知られている手紙だなんて一体何の罰ゲームなんだ。

 笑顔でその場を切り抜けて手紙と人形を受け取っただけでも、思春期の男子としては上出来だったのではないだろうか。


 俺はその晩、オレを捨てると怪我するぜとでも言いたげなニヒルな笑顔が見守る部屋で声を殺して泣いたのだ。


「いいんです。ユーキ先輩にも事情があったのはわかりましたし、考えてみたら頻繁に手紙を出し合うような関係でも無いですもんね」

「そうなのかユーキ! 俺達の関係はそんなものだったのか!? 俺は……俺は一体なんの為に!」


 やあアレックス、久しぶりに会えて嬉しいよ。手紙を返せなかったのは悪かったと思うけど、お願いだからあまり壮大な感じで煽らないでくれないか。ルキちゃんの、そういえばまだまだ他人様でしたね発言だけでもまあまあ傷ついているというのに。



「それにしても、びっくりしてしまいました。まさかあんなに歓迎して頂けるなんて」

「本当ですね姫様。物珍しさもあったのでしょうけれど、やはり嬉しいものです」

「囲まれるのは、ちょっと落ち着かなくて居心地が悪い気もするけどな……」


 皆からのツッコミを受けて撃沈した俺を置いて、話題は異世界メンバーが学校へやってきた時の事へと移っていた。

 リィナ姫やルカ&ルキ姉妹、アリーセは言うに及ばず、普段の行動に目を瞑ればアレックスも容姿は整っているし、物腰柔らかにリィナ姫に受け答えしているヘンリーくんも、居心地が悪かったとぼやくトマスでさえもその外見レベルはかなり高い部類に入る。

 そんな異世界メンバーが揃って現れた事で、学校は一時騒然となった。事前に説明がされていたにも関わらず、ハリウッドスターが体験入学でもしたかのような盛り上がりぶりでそれはそれは大変だったのだ。

 彼らの進む先には人だかりが絶えず、それを案内する俺達ももみくちゃにされ、お前はあんな美人達と2週間もひとつ屋根の下に……!との大いなる誤解により、モテない男子情報網による俺への異端審問が再燃したりした。


「実際のところ学校のある日は1日にしておいて正解だったんじゃないか?」

「本当だね、みんなの食いつきすごかったもんね~!」


 ある程度落ち着いたものの、かわるがわる様子を覗きにくる生徒達によって、トマスの言う通り居心地の悪いランチタイムになっている。


「午後は体育か……男子はサッカー、女子はバレーボールね。いきなり球技とか無茶言うよな。ルール、わかりそうか?」

「手を使わずにボールをゴールに蹴り入れれば良いんだろう? 簡単だ!」

「魔法も使えないのでは私は出来れば見学させてもらいたいけれど、まあ仕方ない。上手く避ける事にするよ」

「おい、ユーキセンパイ。手で触ったらアウトってならハンマーはいいんだよな? パーンと叩き割って終わりにしてやるぜ。なぁセンパイさんよ?」


 異世界でもバレーボールのようなものはやっていたのを見た事があるから、女子は大丈夫だろう。問題は男子だ。

 競技の趣旨を勘違いして避けに徹する構えのヘンリーくんはまだ害がないかもしれないけど、ボールなのか相手チームなのかまさか俺の事なのか、授業中にハンマーで何かを叩き割るつもりでいるトマスにこそ、ヘンリーくんのかわりに見学していてもらいたい。大体にしてどこからハンマーを持ち込んだんだ。


「これは先が思いやられるな……他に優先事項があったのはわかるが、スポーツだとかもお互いに交流があると良かったんだが」

「でも面白そうじゃない? みんな運動神経よさそうだし案外活躍しちゃうかも!」


 鈴木の言う事はもっともだ。そもそもの目的が勇者としての素質を持つ者を招き入れる事だったために、その他の分野での交流は随分と遅れている。この交換留学をきっかけにしてくれたら良いんだけどな。


「11人対11人で始めるんだったな。最後に何人立っていられるか楽しみだ。皆、敵となったら容赦はしないぞ! 全力で勝ちにいかせてもらう!」

「そういう事でしたか。それなら私も考えを改めて全力でお相手しよう」


 妙に物分りが良いと思ったアレックスもやっぱり間違えていた。サッカーってそういうバトルロイヤルみたいなやつじゃないから。ヘンリーくんもさっきまで冷静そうだったのに、そんなところで真に受けないで!


「そうだ、皆の泊まり先なんだけどちょっと前に話した感じに戻さないか? リィナ姫は護衛のルカさんルキちゃんと一緒に斉藤さんと渡辺さんのところをローテ、アリーセはねねね、アレックスはうちでヘンリーくんが鈴木、トマスはタクミのとこって事で」


 サッカーはおそらくまともに機能しないだろうから、暴力は絶対駄目という事だけ授業前に確認して後は放り投げよう。斉藤さんが言うように案外活躍しちゃうかもしれないし。


 手紙の件でダメージ甚大な俺はホームステイ先だけでもと修正を試みる。

 修正すべき点はひとつだけ。授業中にハンマーで俺を叩き割ろうと画策しているようなトマスを、どうにかして我が家から遠ざける事だ。俺は俺の身を守る為に全力で戦ってやるさ。


「その事なんだがな、ユーキ。やはり俺は2日ともタクミ殿のところに泊まっても良いだろうか? タクミ殿は勇者の適性を抜きにしても高い身体能力を持っている。その訓練の場を是非見てみたいのだ」

「うちの体操教室を色々見てみたいんだって! だからやっぱりトマスくんがユーキのところでいいかな?」

「おお、俺は構わないぜ。センパイとじっくり話し合いたい事もあるしな。なぁセンパイさんよ?」


 くそ、さっきと同じ台詞ですごんでくるんじゃない。語彙力の少ないやつめ。いや、まだ諦めるのは早い。アレックスが駄目ならヘンリーくんがいるじゃないか。


「それならアレックスはタクミのところだな。じゃあせっかくだしフルトレードって事で鈴木のところにトマス、うちにヘンリーくんって事にしようか」

「ん? トマスくんは瀧本と話したい事があるんだろう? フルトレードの意味がわからないな」

「そうですよ。ユーキ先輩、どうしてトマスさんを避けるんですか?」


 ルキちゃんのとどめの一言で、結局うちには天敵トマスがやってくる事になってしまった。手紙の件で思いのほか怒っているのか、今日のルキちゃんはさらりと俺を落とす立場を崩さない。

 返事を出せなかった事で怒ってくれているのは嬉しいような、でも今の状況は明らかに嬉しくないような……後で何かフォローを考えておこう。


 ともかく、何とかして身を守らないと。こうなったらニヒルなあいつをトマスの枕元に忍ばせてやろうか。魔を祓う効果があるという謳い文句のあいつなら、きっとトマスの邪念も祓ってくれるに違いない。実際は魔を祓うというより魔の化身のような顔をしているし、トマスの邪念が増幅したらどうしよう。ええい、いちかばちかだ。


 俺はこれから始まるであろうとんでもサッカーの事などどうでも良くなって、どうやって身を守るかだけを考えて昼休みの残り時間を過ごすのだった。


お読み頂きありがとうございます!

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