46.成長したと見せかけてやっぱり天然の勇者様と笑いに笑う親友様
交渉事と料理は似ている。
着地点をしっかりと設定し、それに向けてどれだけの事に頭を巡らせて準備しておけるかでおおよその結果が決まる事が多いからだ。
もちろん、アドリブを駆使して臨機応変に対応し、勝ちをもぎとるプロフェッショナルの方もいらっしゃるのだとは思う。また、異世界屋台のルカさんのように、予想もつかないとんでも料理を自信満々で出してくる場合だってある。
だからこれは、あくまでひとつの考え方として聞いてもらいたい。
料理をする時に最初に決めなければいけない事は何だろうか。そう、何を作るかである。
これすら決めずに謎の食材を猛然と刻みにかかりぐつぐつと鍋に張った水を煮えたぎらせるチャレンジャーは流石にいないと信じたい。
作る料理が決まればその為に何が必要であるのか、準備すべき事が見えてくる。手持ちの材料だけで足りるのかプラスアルファが必要なのかを考え、準備や下ごしらえを整える訳だ。
材料を揃えて必要な処理を施したら、後は実際に調理するだけだ。火加減やそれぞれの材料を加えるタイミング、味付けにも気を遣ってジャストなタイミングでテンポよく進めていく事が大切だ。
こうして完成した料理をお気に召してもらえるか、七味を足されて若干味付けを変えられる程度なのか、生粋のマヨラーによって全く別物のマヨディナーとなるのか、はたまた食べてもらう事すら叶わないのかは相手次第だろう。
材料の調達にしても下ごしらえや調理にしても、様々な経験を積んでいく事でそのスキルは上達していくのであるし、可能であれば最初は難易度が低く失敗の少ない料理から挑戦していきたいものである。そうすればきっと、最初はレシピを凝視して追いかけるだけだった料理が楽しくなってくるに違いないのだから。
「そんなに心配する事はない、試験的に1週間の短期間で予定を組んである。もちろん、姫様には優秀な護衛もつける」
「我々にとっても実験的な試みである事は承知しております。しかし、これはお互いにとって大きな一歩となるでしょう。ご安心下さい、何かあった時の責任を皆さんや学校に押し付けるつもりなどありませんよ」
だからこれは難易度が高すぎると思うのだ。いきなり異世界のお姫様を投げてよこす話などをただの高校生に披露してどうしようというのか。こちらはプロのシェフでもなんでもなく、冷蔵庫の余り物にスーパーマーケットでちょい足しして日々のご飯をどうにかしている程度だというのに、いきなり本気の厨房に押し込まれて何語かもわからないメニューをオーダーされても困ってしまう。
そもそも、ちょっと護衛をつけた程度でお姫様を一般家庭に一週間も放り込もうだなんてこの国の危機管理体制は本当にどうなっているのだろうか。タクミとの大冒険の話が出た時には鬼の形相だった王様がこれをすんなり許可しているのかどうかも気になる。それに何かあった時の責任について先に切り出してくるなんて、何かあるかもしれない事を想定した上での発言としか思えない。
「それなら安心です! なんて言える訳ないでしょう。大体どうして俺達なんですか? 安全面はもちろん、諸々の問題を考えるなら国同士でやりとりして国家権力を総動員した来日にすれば良いじゃないですか。バーンズさんみたいに元々どこでも生きていけそうな人が何年も準備してきたのとは違うんですよ?」
俺の言葉に渡辺さんと鈴木も大きく首肯してみせる。残念そうにしているねねねと斉藤さんにはどうかもう一度よく考えてみてもらいたい。バーンズさんのお話って実話だったんだね、すごい。とか感心している場合ではない。
おかげで実話半分、適当半分だった事をカミングアウトするタイミングが難しくなってしまったじゃないか。凶悪なる鍋蓋とかいう残念な通り名も副団長以外の団員さんも俺が咄嗟に考えた架空の人物なのに。テッドの逸話を気にしていたねねねと、ジーナの行方に涙目になっていた斉藤さんにはこれが終わったら早速誤解を解きにかからなくては。
「タキモトくん、相変わらずのようで嬉しいよ。しかしまずは落ち着いて聞いてもらえないかね?」
落ち着いて聞いてほしいというお願いベースのはずなのに、外交モードの丁寧語を崩したレオナルドさんが物凄く怖い。もう少し良い時期になったら、実は私が魔王だったのだよ、驚いたかね?私の封印を解いてくれた褒美にこの場は生かしておいてやろうとか言い出しそうな声のトーンだ。魔王レンブオルナングルアザザッファドル……名前を略さずに呼んでみるとなんだかそれっぽい気もしてきた。
「まあなんだ、今回は宰相も言っているように本当に実験的な試みってやつなんだ。だからあまり公にはしたくなくてな。姫様と護衛以外のメンバーも優秀で思慮深い面子を揃えてある」
「日本国への許可は取ってありますので、後は受け入れ先の問題だけなのです。もしどうしても君達が難しいのであれば仕方ない、他をあたる事にしますよ。ただ、最初に君達に声をかけたのは姫様たってのご希望でしてな」
なるほど。事の大半は既に水面下で決まっていて、受け入れ先の交渉だけというところまで来ているのか。確かにリィナ姫なら、タクミ様のお家に泊まりたいですとか涼しい顔で言い出しそうだ。もちろん、この2人の話が本当なら……だけど。
「僕達が断っても、リィナ達が来る事はもう決まってるんですか?」
「そういう事だ。せっかくなら先の留学で気心も知れていて信頼も出来る君達に頼みたい」
ちなみに、担任も学年主任も愛想笑いを浮かべるだけで何も言わない。趣味の悪い置物かというくらい微動だにしないのだ。息はしてますよね、先生?
どうした瀧本、わからなくても何か考えて答えてみろ、それが経験になるんだぞ!とかいつも言っている癖に。ほら先生、経験を積むまたとないチャンスですよ!
「あれ、でもこっちでは言葉とか通じないんじゃないの? 学校でも習ったし、ユーキくんも言ってたよね?」
「そのはずだな。それにこっちでやっている授業が向こうの皆に必要なのか?」
斉藤さんと鈴木の言う事はもっともだ。言葉が通じない状態ではホームステイだけでも大変だろう。授業内容にしても、向こうの実になりそうなのは現代国語で日本の文化を学んだり、地理だとかで地球について学んだり、美術や音楽で異文化交流出来るというのがせいぜいの気がする。
それとも、ゆくゆくはこちらで本格的に学ばせて、産業革命でも起こすつもりなのだろうか。そんな事をしなくても技術提供の交渉は国同士でやりとりしているはずなのに。
「皆さんの疑問にお答えするかわりに、場所を変えましょうかな」
「わっはっは、それがいい!」
そして俺達は、ゲートのこちら側へと戻ってきた。こちら側……つまり地球側だ。
「どうダイ? 驚いただロウ?」
「ワレワレの魔法研究もヒビ進んでいるのダヨ」
「え! 日本語!?」
「お2人とも喋れたんですか!? 凄い!!」
「いいえ、これは特殊ナ魔法アイテムでしてナ、祝福程の力はありまセンし効果は限定的でスガ、近い効果を地球でも得られる事がデキるのデス!」
ええ、驚きました。でもまだまだ調整が必要そうですよ?皆と同じようにおもいっきり驚きたいのに、ところどころ裏返ってカタコトになるダヨであるとかデスであるとかのコミカル成分が強すぎて笑いをこらえるのに必死です。
というか皆、どうしてそこに一切ツッコミを入れないんだ。騎士団長さんの渋い声やレオナルドさんの落ち着いた声が急に裏返ってダヨ!とかピヨピヨ鳴いているのに。くそ、こらえろ……ここで吹き出したら1人だけ完全に悪者になってしまう。誰か先に笑ってくれ!
「あっはっは! 2人ともなんでちょいちょい裏声なの!? ウケる~! ねえそれってわざとですか? それともそうなっちゃうの? デキるのデス! じゃないってば、かわいい~! あっはっはっは!」
「めふぉん! 失礼!」
ちょっとねねね!やりすぎだって!誰か先に笑ってくれとは思ったけど、笑いすぎでしょ!こらえきれずにめふぉんとか咳き込んで……いや、それ咳き込んだって事で良いんですよね?とにかく急ぎ足でどこかに行ってしまった担任も気にはなるけど、今はなんとかこの場をフォローしなければ。
素直に感動しているタクミや斉藤さんにサポートしてもらうのは難しそうだし、必死に髪型をいじくったり腕を組んだりして自身の決壊を防いでいる鈴木もフォローどころではなさそうだ。渡辺さんも冷めた目で笑っているし……とにかく、動いてくれ俺の口。日本語、お上手ですねと言うんだ!お前なら出来るはずだ!
「どうしたのカネ? ナニかおかしいのカネ?」
「おいおい、大笑いするなんてひどいじゃなイカ。どうしてそんなに笑うのか説明してくれなイカ」
「あっはっは! なんですかそれ狙ってるんですか!? どうしたのカネじゃないですよ! あっはっはっは!」
ごめんなさい。俺が先に決壊しました。どうやら自分の声がおかしくなっている事がわからないらしい困り顔の2人と語尾のひっくり返り具合が完璧にミスマッチしてものすごい絵面になっている上に、狙ったかのようなカネとイカのリピート攻撃だ。耐え切れるかこんなもん。
「すみませんでした。でも頭がクリアになったおかげで思い出しましたよ。団長さん、前にも日本に来てタクミ達と会話してたんですもんね。その時もソレのテストを兼ねてたって事ですか? タクミ、2回目なのに何を一緒になって感動してるんだよ」
「だってシュナイデルさん、あの時は英語しゃべってて……通訳の人もいたし、そういうものかと思って」
「ううむ、あの時は誰も笑ったりしていなかったはずだったのだが……」
ひとしきり笑いきって開き直った俺達は異世界側に戻り、受け入れを進める方向で相談を始めていた。
ソレというのは祝福の力を部分的になんとかした腕輪型の魔法の翻訳機だ。短期留学の前にフライングでタクミが異世界に突入した時、確かに騎士団長さんは日本に来てタクミ達と会っていた。考えてみればその時点で、限定的とはいえ言葉の壁は既に突破されていたのだ。
今回のようにならなかったのは、試作の試作だったために翻訳されていた言語が英語のみで、例え訛っていたのだとしてもわからなかったからという事らしい。
これをご都合主義で片付けてしまうのはもやもやしたモノが残る気はするのだけど、異世界側の20年という月日も伊達ではなかったという事にしておくしかなさそうだ。
「ところでスケジュール、2泊3日くらいに縮めませんか? 金曜日……えーと、学校がしっかりある日が1日とその後2日間の休みに絡めてもらえれば、留学の体も保てるし翻訳機の性能テストにも問題無いと思います。あまり遠出は駄目かもしれませんけど、許可の出る範囲で観光名所だとかも案内出来ますよ」
「ほお……確かに最初はそれくらいの方が良いかもしれない、持ち帰って検討させてもらいますよ。いや、さすがはタキモトくんだ」
レオナルドさんは場面毎に口調を細かく変えてくるので実にやりにくい。さっきの魔王様ボイスを聞かされてますから、どれだけ下手に出ても今日は駄目ですよ。
「そういえばリィナの他には誰がいるんですか? 私達が行った時みたいに何十人もっていう訳じゃなさそうですけど」
「そこは大事よね。ここに集まったメンバーの家に1人ずつって考えたら5人? リィナ以外は優秀な護衛ですとか言って、どこかで見たような筋肉の塊が4人来るんじゃないでしょうね? もしそうなら、うちには泊められませんから」
渡辺さんの毒舌はついに異世界の壁を超えたようだ。どこかで見たような筋肉のってアレックスの事だよね。知ってる?そこにいる騎士団長のシュナイデルさん、彼のお父さんなんだぜ?
「ご安心下さい、メンバーのほとんどは君達も行動を共にした事のある子達ですからな」
「ああ、それに女の子の家にうちの馬鹿息子を泊めてやってくれ等と言うつもりもない。あいつは野営でも良いくらいだ」
騎士団長さん、別の重大な問題が起きそうなので野営は困りますよ。そんな事させるくらいなら彼は俺のところで面倒を見ます。というかアレックス、やっぱりメンバーに入っているんですね。思慮深いメンバーを用意したと仰っていたと思ったんですけど……いえ、なんでもありません。
「ユーキくん、嬉しいんでしょ? 良かったね~!」
「でも一ヶ月ぶりでしょ? 綺麗さっぱり忘れられてるんじゃない? 残念だったわね」
相談を終えた帰り道、斉藤さんと渡辺さんの2人が嬉々としてコイバナを吹っかけてきているのは、レオナルドさんから告げられたメンバーによるものだ。リィナ姫、アレックス、アリーセに加えてリィナ姫の護衛としてルカ&ルキ姉妹が名を連ねていたのだ。
しかし、ルキちゃんが来ると聞いても俺のテンションはさして上がらず、むしろ下がる一方だ。
「トマスとヘンリーってのはどんな奴らなんだろうな。優秀な鍛冶職人と魔術師だという話だったが」
「トマスくんは聖剣でお世話になってる親方さんのお弟子さんのお弟子さんで、ユーキは知り合いかもって話なんだよね? そしたら、ユーキの家にはトマスくんがいいかな?」
「いや、うちにはアレックスをもらうからトマスとヘンリーは2人に任せるよ」
その理由がこれ。ヘンリーくんがどんな子なのかは知らないしこの際どうだって良い。
問題はトマスだ。鍛冶職人で同世代のトマスといえば、思い当たる人物は残念ながら1人しかいない。ルキちゃんに想いを寄せるあまり、初めましてから俺に親の仇のような熱い視線を送りつけてきたあのトマスだ。彼を俺の家にホームステイさせるなんてとんでもない、問題を起こして下さいと言っているようなものだ。2度目になりますけど団長さん、思慮深い面子を揃えた話は異世界ジョークか何かでしたか?
この思考が既にフラグになっていた事に気付いたのは、スケジュールや翻訳機の調整が完了し、交換留学が目前に迫ってからだった。
お読み頂きありがとうございます!