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勇者様の親友様  作者: 青山陣也
第12章:異世界交換留学編
45/71

45.自身に磨きをかける勇者様と日常を守る為に立ち上がる親友様

 2つの世界は奇跡的なバランスの上に成り立っている。


 こんな言い方をすると、何を大げさなと笑われるかもしれない。しかし、考えてみてほしい。地球という星が生まれ、そこに生命が誕生した神秘と進化の歴史。そしてそんな地球が異世界と繋がっている……これを奇跡と呼ばずに何を奇跡と呼ぶのか。

 決して、昨日テレビで見たサイエンスなドキュメンタリーに影響されて言っているのではない。帰ったら早速録画したやつを見直そう、明日は学校もないしシリーズまとめてオンデマンドだ!眠れない夜に乾杯!などという俺の個人的な週末プランとこの話は全く関係ないのである。


 今ここで伝えたい事は、地球と異世界とがどれだけ絶妙で危ういバランスの上に成り立っているかという事だ。


 20年以上の月日をかけてようやく、地球に暮らす者達にとって異世界というものが「そういうもの」として認識されるようになってきた事然り、なんとか大きな問題が起きずに回るようになってきた異世界留学も然り、ここに至るまでにどれだけの努力や交渉、そして偶然の力が働いたのかは容易に想像出来る。

 もちろん、今でもお互いに決して譲れない部分は存在するのだろうし、こじれそうなところを視界からあえて外す事で平和的な交流が続けられている側面もあるだろう。


 そうした双方の努力によって、適性診断を経ての異世界留学や異世界就職は年々増加傾向にある。優秀な人材を1人でも多く確保したい異世界側と、少々の危険を犯してでも雇用や生活圏の幅を広げて経済を活性化したい地球側との利害の一致があるとはいえ、驚異的なペースだ。


 しかし、反対はどうだろうか?異世界からこちらへ転校してきたり、就職してサラリーマンをやっているという話はあまり聞いた事がない。


 いくつかある理由の中で、大きなウエイトを占めるのはたった2つだ。


 まず、翻訳魔法が存在しない事による言葉の壁。

 地球から異世界に行くのであれば、それらしい顔をして祝福を受けるだけで会話に困る事はないし本だって読める。例え頭の中で今夜の晩ご飯であるとか早く帰りたいであるとか祝福の間に案内してくれたお姉さんが素敵であるとかのどうでも良い事を考えていたとしてもだ。

 雰囲気に呑まれてたまるかと、努めて関係の無さそうな事に頭を巡らせていた俺が言うのだから間違いない。

 しかし、異世界から地球への移住を考えるのであれば、ただ事では済まない本気の語学学習が必要となる。


 もうひとつは、適性のアドバンテージが一切の意味を為さなくなる事。B以上の適性を持つ地球人が異世界へ行けばそれだけで異世界の平均値以上の能力を発揮する事が出来るのに対し、異世界でいくら戦士や魔術師として名を馳せていようとも、それを地球で活かす事は難しい。

 身に付けた技術や知識、鍛え上げた筋力が消える訳ではないのでそれらは役に立つかもしれない。しかし、適性による身体能力補正や魔法が前提となっている異世界と、簡単な魔法すら使う事の叶わない地球とでは勝手が違いすぎるのだ。


 ほぼ対等であるように見える両者の関係が、いびつで危ういバランスの上にある事をご想像頂けただろうか。


 ただし、前例が全く無い訳ではない。異世界から地球へと移住してきた1人の有名な男がいる。


 バーンズ傭兵団の団長、凶悪なる鍋蓋(マッド・リド)のバーンズと言えば先の大戦を経験した者なら誰もが震え上がる生粋の重戦士だ。両手に構えた円形の分厚い大盾はどんな刃や魔法も通さず、鍛えあげられた腕力によって振るわれるそれは敵対する者をことごとく粉砕してみせた。

 しかし、無敵に思われた彼とその傭兵団は、大戦の終わりが見えた頃になって忽然と姿を消す。極秘の依頼を受けて姿を隠したのであるとか伝説とされる魔物と闘い壮絶な最後を遂げたのであるとか、消えた傭兵団についての噂や憶測がいくつも流れたが、真相は大戦の終わりと共に闇へと消えていった。


 バーンズが表舞台に姿を現したのは大戦の終結から数年後。魔王復活の危機が囁かれ、ゲート発動の成功に各国が湧き、人々が人間同士の戦争を忘れかけた頃だった。

 姿を現したバーンズは1人だった。そこには彼に付き従っていた陽気な荒くれ者達の姿はなかったのだ。無茶ばかりする団員をいつも笑顔で見守っていた副団長のザザも、お調子者でヘマばかりするのにどこか憎めずたまにとんでもないファインプレーを見せるテッドも、密かに想いを寄せるバーンズから片時も離れる事のなかったジーナさえも。


 バーンズが多くを語る事は無かったし、大きく欠けた盾が1枚だけという彼の装備を見て、彼とその半身とも言うべき傭兵団の辿った軌跡を無理矢理に聞き出そうという者はいなかった。


 それでも、暗躍する魔王軍との戦いに少しでも力ある人材が欲しかった国は大喜びで彼を迎え、バーンズに再び戦場へ身を投じる事を依頼した。しかしバーンズが首を縦に振ることはなく、先の大戦での報酬や功績を全て辞退するかわりに、ゲートの先への移住を申し出たのだ。

 その時、バーンズは初めて自らの口で傭兵団の解散を口にした。


 国の重臣達は悩んだ。なにしろ、異世界チキュウとの交渉は転がりだしたばかりなのだ。その功績を無視出来ない存在であるとはいえ、荒くれ者の代表のようなバーンズをチキュウへ送り込む等、簡単には認められない事だった。

 もしバーンズを送り込んだ事で交渉に問題が生じ、勇者の素質や高い適性を持つ者達に協力を仰ぐ計画が狂ってしまえばとんでもない事になってしまう。


 しかしバーンズは諦めなかった。大戦時代に培ったコネクションからまだ見ぬチキュウの情報を少しずつ集め、語学と作法を一生懸命に学び始めた。傭兵団を失って1人になった彼が、どのような気持ちで世界を捨てる覚悟を決めたのかを推し量る事は出来ない。しかしその努力と心は本物であると、周囲も少しずつ認めるようになっていったのだ。


 そうして、実に5年という歳月をかけて交渉を重ねたバーンズはついに地球への移住を果たす。分厚い盾をビジネスバッグに持ち替え、無骨なフルアーマーを清潔感のあるスーツに着替え、トレードマークのトサカヘアーを撫で付けた完全無欠のビジネスマンとして。

 彼にあてがわれたのは小さなアパートの一室とビジネスマンとしての装備一式、そして前衛的な試みで知られるベンチャー企業での営業というポストだった。戦場を血なまぐさい平野からコンクリートのジャングルへと移した彼の第二の人生がここに始まったのだ。


 バーンズは戦った。たかだか数年程度で全てを身に付けられるはずのない言葉や習慣の壁と。


 バーンズは戦った。傭兵をしていた時であれば拳ひとつで解決出来ていた様々な理不尽や挫折と。


 バーンズは戦った。上司や同僚、取引先から無遠慮に向けられる好奇の視線や心ない言葉の暴力と。


 そして、バーンズは勝ち取った。平和な暮らし、信頼のおける友人や仕事仲間、愛する妻とその子供を。


 今や飛ぶ鳥を落とす勢いで成長を続けるキャロライン・バーンズ・テクノロジー社の重役であり、創始者キャロラインの夫であるバーンズ・グッドマンこそ、かの凶悪なる鍋蓋のバーンズその人である。


 すっかり細くなった彼の両腕ではもう大盾を振り回す事は出来ないし、その旗印を見かけたら何も考えずに退けとまで言われた無敵の采配が振るわれる事もないだろう。バーンズ傭兵団の最後についても、真相が語られる事は無いのかもしれない。

 しかし彼の半生は、挫折を乗り越え、それまでの経験や才能を投げ捨てて新たに挑戦する事の難しさと素晴らしさ、その奇跡を物語っている。


 こうした例をみると、理想として考えていた形と食い違いがあるとはいえ、2週間という短い期間で王都の皆さんや近隣の諸貴族の皆さんにタキモトの息子もなかなか面白いという事を印象付け、更には異世界で一国を構えるトップ達にもコネクションらしきものを作る事が出来た俺の短期留学は決して無駄では無かったと言えるのではないだろうか。


 これまで以上の努力や経験が必要になってくる事は間違いないが、将来的に父さんを顎で使い回したり、優秀な兄をそこのそよ風くんと上から呼びつけたり出来る可能性は残されているはずだ。その為にも今は種をまく時期だ、焦ってはいけない。最後に笑うのはこの俺なのであって、決して母さんに土下座までしたにも関わらず、いまだにひっそりと酒場通いを続ける父さんであって良いはずがなく――


「ユーキ……ユーキ大丈夫? バーンズさんの辺りは凄く良い話っぽかったのに、話が二転三転してなんだかわからなくなってきてるよ! おじさんには困っちゃうけど、お兄さんも含めてそんな感じに考えてたの!?」

「ああ、悪い。まとめて一網打尽で下克上プロジェクトについてはいったん置いておこうか。機が熟したらちゃんとお前の力も借りるから今は力を蓄えてくれ」

「待ってよ! 僕も当然参加するみたいな感じになってるし!」


 短期留学から1ヶ月近くが経ち、 俺は実に平穏な毎日を送っていた。

 

「最近よくテレビに出てくるバーンズさんって向こうの人だったの? すごい人生だね~!」

「ちょっとハルカ、瀧本くんの話なのよ? 実在の人物にどこかで聞いたような架空の経歴をでっちあげるのは関心しないわね。分厚い盾をビジネスバッグにどうとか、わかりやすいフィクションじゃない」


 俺は今、タクミの誘いを受けてゲートへと向かっている。同じ班だった斉藤さんや渡辺さんも一緒だ。


 この2人とは留学のおかげで普段の会話も随分と増えた。そのせいで危うくモテない男子情報網の連中から異端審問にかけられそうになったのだけど、2人との会話にはほぼタクミが間に入っていた事や、切れ味を増すばかりの渡辺さんの毒舌によって保留とされている。

 今の内に連中との交渉に役立つネタも仕入れておかなければ真の平穏は取り戻せないのかもしれない。


「さおりはどうして反対なの? 面白そうなのに。やっちゃえば良いじゃん!」

「僕は反対だな。理由は言うまでもないだろう、話に無理がありすぎる。まるで瀧本のようだ」


 聖剣探しからふもとの村までを共にしたねねねや鈴木も並んで歩いている。クラスが違うとはいえ話す機会の増えたこの2人の自由な発言に、普段はなんとかして場を収めようと頑張るナナちゃんが加わるのだけど、残念ながらナナちゃんはこの場には呼ばれていない。

 それはそれとして鈴木、まるで俺のように話に無理があるってどういう事だ。お前の狂戦士モードほどじゃないだろう、なんだあの急ごしらえの悪人顔と解除された後の悟りきったような賢者モードは。

 今のところ、適性の影響が出ないからか帰ってきてからは1度も発動していないけど、アレックスの次ぐらいに心配しているんだぞ。


「う~ん……皆が反対する気持ちもわかるかな。とりあえず話だけは聞いてみようよ、やっぱり無理がありそうならちゃんと断るから」


 タクミにも変化があった。普段のゆるい空気感は変わらないのだけど、ふとした時に妙に大人びた台詞をナチュラルに吐くようになったのだ。留学から戻った後も、タクミをはじめとする高い適性を持つ数人はたびたび学校を欠席し、異世界での実力をめきめきと伸ばしている。その努力は伊達ではないという事だろう。

 補習という形でこちらでの勉強も遅れずにやっているし、出席日数については学校を飛び越えて国家レベルでなにがしかの約束が取り付けられているらしく、問題無い事になっているそうだ。



「勇者殿、よく来てくれた! タキモトくんも久しぶりじゃないか! ちょっと背が伸びたか? わっははは!」

「シュナイデルさん、約束通り皆を連れてきましたけど、お話によってはきっぱりお断りさせてもらいますからね」


 騎士団長さん、お正月にしか会う機会のない親戚のおじさんみたいになってますよ。そんな事よりシュナイデルさんだなんて、素敵なお名前だったんですね。もっとこう……豪快で濁点が2つは入っていそうなイメージだったのにちょっと残念です。それこそ、バーンズさんとか。騎士団長バーンズ、よくお似合いですよ。この機会に改名されてはいかがですか?


「お久しぶりです。単刀直入に言ってしまうと俺は反対です。正直な話、何かあった時の責任とか重すぎて取れませんし」

「おいおい、いきなり手厳しいな。勇者殿からどんな話を聞いてきたんだ?」

「タクミからはざっくりとしか聞いてませんけど、無理がありますよ……交換留学なんて」


 文化や習慣の違い、それを乗り越えたケースが無い訳ではない事、それを踏まえた上での難しさ。個人的な下克上プロジェクトは置いておくとしても、俺がこれだけの話をバラバラにぶちまけてきた理由がこれだ。

 異世界留学は、言葉の壁が存在せず、能力が強化される事が大前提である異世界への一方通行だからこそ成り立ってきた話なのだ。それを、目の前のシュナイデル団長は覆すべくやってきている。


 しかも、交換留学中のホームステイ先をここに集まったメンバーにお願いしたいというとんでもないおまけ付きだ。俺達の通う学校に寮は無い。それなら面識のある生徒さんの力を借りてしまえというのだ。

 寮が無いなら、国庫から持ち出した金貨をばらまいて近くのホテルでも取って差し上げれば良いではないか。留学の体を保つ為なのかはわからないが、色々と話に無理がありすぎる。


 騎士団長さんを筆頭とした異世界のお偉いさんと俺達との交渉とも言えない話し合いの火蓋は、学年主任や担任が申し訳程度に見守る中で切って落とされた。


お読み頂きありがとうございます!

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