表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者様の親友様  作者: 青山陣也
第11章:短期留学編 ~魔物退治と短い旅の終わり~
43/71

43.激戦を繰り広げたであろう勇者様とここにきて体を張る親友様

 どれだけ準備を整えたつもりでも、想定外の事態というのは起こりうるものだ。


 準備をしてきたメンバーの突然の体調不良、備品等の不足や欠陥は言うに及ばず、外的要因を含めればその可能性は計り知れない。全てのイレギュラーをカバーする事は不可能であるし、出来る限りの準備をした上で臨むしかないのだ。


 ましてやそれが急ごしらえの作戦で準備も最低限だったのであれば、想定外の事態は必ず起こる前提と覚悟の上で動き出すべきだろう。何が起きても驚かないとまではいかなくても、ある程度の事は起こって当然だという気持ちでいる事で、想定外の事態の中にあっても混乱を最小限に留める事が出来るはずだ。


 ただし、心構えをしていたとしても、実際にそうなった時に対応しきれるかどうかは明暗の分かれるところだ。事態を打破する為に必要なのは優れた能力と才能か、不測の事態を補って余りある団結力か、はたまた驚異的な運の力か。

 人はそれを才能の違いだと羨望と嫉妬を込めて呼んでみたり、絆と友情の力だと胸を熱くしてみたり、とんでもない悪運だと白い目で見たりするのだろう。


いずれにしても、1人の人間に出来る事など限られているのだから、自分にとって大切な事はしっかりと問いただしておかなければならないのだ。



 下級貴族の出で見習い騎士となったラウルは戦闘能力や行動力に秀でた訳でもない良くも悪くも普通の男だった。訓練や与えられた任務を可もなく不可もなく淡々とこなし、終われば形式的な挨拶をしてそそくさと帰ってしまう。

 規律に違反している訳ではなく、訓練や任務をサボっている訳でもないのだが、そんなラウルに対する周囲の評判はあまりよくなかった。


 下級貴族から食い扶持を減らす為であったり家督争いを避ける為に見習い騎士とされた者は、より良い家柄の誰かに媚びへつらい少しでも将来の要職を確保するために奔走するか、自身の力を誇示するために訓練も任務も最前線に立ちたがる、そうでもなければある程度諦めた目をして後ろに控えているのがこの世界の常だ。

 しかしラウルはそのどれにも当てはまらない。こなす任務や訓練は最低限であるのにそこに諦めの色は灯っていないし、誰に媚びへつらう事なく正論を差し出してみせた。


 任務で大きな成果を上げることは無いかわりに大きなミスもしないラウルは、上層部からしてみれば実に使いやすい駒として重用されていく。

 おおよそ見習い騎士の任務の範疇を超えた高難度の任務を与えたとしても、ラウルはそれを可もなく不可もなく遂行してみせた。例え任務そのものが失敗と呼べる結果に終わったとしても、任務中にラウルがミスらしいミスをする事はほぼなかったし、上層部にとって最悪の痛手となる事態は必ず回避して戻ってくるのだった。


 いつしか彼は仮面のラウルと呼ばれるようになる。感動も嫉妬も笑顔さえも知らない、任務をこなすだけの無機質な仮面。嘲りと蔑みと少しの同情を大雑把に塗りたくった呼び名だった。


 そんなラウルに転機が訪れたのは、見習い騎士となって2年が過ぎ、同期の中でも一端の騎士への昇格の噂がちらほらと聞かれるようになった頃だった。ラウルは上級騎士の穴を埋める形でドラゴン討伐に向かう事になったのだ。これは見習い騎士の範疇を超えるどころの騒ぎではない。成功すれば絶大な名誉となるこの任務に、見習い騎士のラウルが名を連ねる事自体が前代未聞の大事件である。


 その裏で、万が一があっても周辺に問題の起こる確率の少ないラウルを囮にし、その隙をついてドラゴンにトドメを刺すという上層部による残酷な作戦が画策されていた事など、賛否両論の議論に湧く見習い騎士の同期達は言うに及ばず、ラウル本人さえ知る由はなかったのだけど。


 しかし上層部の思い通りにはならなかった。自分に出来る事と出来ない事の区別、緊張状態において自身のパフォーマンスがどの程度であるのか、ラウルは全てを把握して立ち回った。

 不思議な程に澄みきった感覚、まさしく仮面とも言えるような冷静さこそがラウルの隠れた才能であり、ドラゴンという脅威に晒される事でそれを開花させたのだ。

 ラウルは持てる力の限りを尽くしてドラゴンに隙を作り出す事に成功し、自身はしっかりとエスケープしてみせる。更には、せっかく作り出した好機にドラゴンを仕留め切れなかった上級騎士をかばい、重傷を負いながらもドラゴンに致命の一撃を与えてみせた。


 討伐隊は満身創痍で全員生きているのが不思議な程の激戦だった。過酷な任務を終えて戻ったラウルは初めて騎士達の前で笑顔を見せた。それは自身がドラゴンを倒したという自尊心からくるものでも、ミスをした上級騎士への嘲笑でもなく、まるで少年のような屈託のない笑顔だった。全員で生きて帰る事が出来て本当に良かったです。そう一言だけ呟いて。


「そんなラウルの冷静さが今こそ欲しい……!」

「いいから! 口のかわりに手を動かして、足も動かせるように頑張って下さい!」


 ドラゴン討伐の功績を固辞し、最終的に中級騎士として生涯を終えつつも、その影響力は騎士団長に匹敵するとまで噂される事になる架空の英雄ラウルの生涯を描いた『仮面の騎士(上中下巻)』は、ともすると騎士団上層部を敵に回しそうな物言いが幾度も登場するにも関わらず、騎士を目指す子供達に絶大な人気を誇っている。

 俺は今、上巻最大の見せ場であるドラゴン討伐の1節を叫びながら、右手で剣をぎこちなく振り回し、左手は縋るように棒きれに掴まっている。


 どうしてこんな事になったのか、こんな時だからこそ冷静に思い出してみようと思う。



 例によって司令塔という名目で安全地帯に配置されていた俺は、戦況をじっくりと見守っていた。いや、聞こえの良い言い方はよそう。有り体に言ってしまえば、ここまで全く何もせずに進んできただけだ。これは討伐クエストではなく、村人さんと俺の護衛イベントなのではないかと勘違いしそうなくらいだ。


「ちょっと気持ち悪いけど案外なんとかなるもんだね! レンコン平気? 顔色悪いんじゃない?」

「問題ねぇよ、うるせえな。お前は黙って前見てやがれコラ」

「あはは、うるせえなだって! 何度見ても面白いね~狂戦士モード! ねえねえ、タキモンはレンコンの狂戦士モード初めてでしょ? タキモン暇そうだし話し掛けてみなよ、面白いよ~!」


 心配な事といえば鈴木が狂戦士モードになっている事と、どう見ても顔色ではなく人相と口が悪くなっている鈴木を煽りに煽っているねねねくらいだ。

 鈴木からは濃密な話し掛けるなオーラが立ち上っているし、ここで話し掛けたら本当に暇なのがバレてしまうので、司令塔らしく難しい顔で考え事をしているフリをしてスルーしておく。


「皆さんあれ! あんなに沢山! こ、こっちにくる!」


 そんなほのぼのとした空気がお気に召さなかったのかもしれない。村人さんの指し示す先には、複数のハイフロスクルが土煙を上げてやってくるのが見える。湿地帯の入り口付近に現れるはずのないハイフロスクルの突然の襲撃。集団戦闘に慣れておらず連携も不確かなメンバーで構成された陣形が乱されるには、これだけで十分だった。


「ぎゃははは、いくぜぇ! 俺様についてきやがれ!」

「む、負けんぞスズキ! ギャ……ギャハハー!」


 まあ陣形も何も相手を視認した時点で鈴木は飛び出してるけどな。瀧本、少し落ち着いたらどうだ?なんてため息混じりに呟いていた理知的な彼は見る影も無い。鈴木には悪いが、あの適性が俺に入っていなくて本当に良かったと思う。

 だからアレックス、中途半端に真似して付いていくんじゃありません、物理的にもキャラクター的にも戻ってきなさい。2人も前衛が飛び出したら陣形に穴が開いちゃうから。

 今のお前達の行動は、元々建て付けの怪しいいわくつきの物件から見るからに大事な役割を果たしていそうな柱を引っこ抜いて、大喜びで駆けていくようなものだぞ。その柱を返しなさい!


 嬉々として前へ前へと繰り出していく前衛のおかげで、動揺した後衛は大慌てだ。襲撃に驚いて急反転した村人さんに突き飛ばされた俺は、たたらを踏んで陣形の外へと弾き出される。


 そして、あろう事かそのまま沼にハマって動けなくなってしまった。想定外にも程がある。


 なおも数を増やす幼生、成体入り乱れたフロスクルの混成部隊を見てすっかり戦意を喪失し、後退を始めてしまう一部の村人さん。それを見たタクミや騎士さんは斉藤さんと渡辺さんをそれぞれサポートにつけると、周辺の脅威を取り除き村人さんの安全を確保する為に散開していく。


「すぐに戻るからユーキ達はそこにいて! 動いちゃ駄目だよ!」


 タクミ、そんなに念を押さなくても大丈夫だよ。だって動きたくても動けないんだから。今や俺と沼とは一心同体、俺こそが沼の主と言っても過言ではない状況だ。

 そして残されたのは動けなくなった俺、ルカ&ルキ姉妹、アリーセとナナちゃんに村人さんが2人という訳だ。


 明らかに一番まずい状況の俺がしたり顔で仮面騎士の話なんかを始めたものだから、それまで混乱していたナナちゃんや村人さん達もはっとしたような顔になってこちらに集まってきてくれる。いつかも話したように、自分の置かれた状況より明らかにまずいモノが身近にあると、不思議と冷静になれる事があるというあれだ。


 残ったメンバーが多少は冷静になったとは言え、ナナちゃんルキちゃんのサポートを加えても微妙な状況は変わらない。

 この中で一番対応力のあるルカさんは、タクミ達の追撃を免れてきたのか別の場所から湧いて出たのかわからないハイフロスクル数匹を相手に立ち回っているし、アリーセや村人さん達も俺を引っ張りあげる程の余裕はなさそうだ。


「おいあんた! 何かしているのならやめてくれ! どうして普段なら逃げていくはずの幼生までこっちに集まってくるんだ!」


 右手の剣をタクトのようにふらふらと振り回す俺と、その動きに反応して右に左にゆらめきながらにじりよってくるオタマジャクシの群れは、端から見れば俺が何かして呼び寄せているように見えたのかもしれない。

 囚われの指揮者タキモトとオタマ・オーケストラの愉快な仲間達といったところか。本当に勘弁してほしい。


「ちょっと! 遊んでないで早く出なさい……よ!」


 ハイフロスクルを片付けてきたルカさんの前衛適性による怪力で底無し沼からの脱出を果たしたものの、俺達はすっかり囲まれてしまっていた。

 繰り返すようだけど、俺は無実だ。オタマジャクシがどうやら俺を目標に定めて集まってきている以上、完全に無実とは言えないかもしれないが、少なくとも故意ではない事だけは宣言しておきたい。

 このタクトがわりの片手剣を向こうに放り投げたら、ボールが大好きなわんこのように一斉にオタマジャクシが方向を変えてくれないだろうか。駄目だ、この状況で唯一の武器を手放すなんて怖くてとても出来そうにない。


「まだ増えるの……? しょうがないわね、私とそっちの槍の子以外は前に出ない事。師匠達が戻るまでここで持ちこたえるから、ルキのところに固まっていて」


 冷静な指示を出して頼れる妹に目配せをしたルカさんは新たに姿を現したハイフロスクル目掛けて突進していく。成体になり、硬質化しているはずの皮膚を紙きれでも破り捨てるかのようにザリザリと刻んでいく様は、頼もしくもあり少しだけ恐くもある。

 そして、こんな時に言うべき事ではないかもしれないけど、ルカさんがハイフロスクルに突き刺しているあの武器は、俺達に料理を振る舞ってくれた時に巨大魚を解体していたもので間違いなさそうだ。やっぱり戦う時にも使っていたのか。


 この場を上手くまとめてくれている事には心から感謝しよう。その上で、料理を作る事、そして道具に対する心構えについては改めてお説教をしなくてはならない。その為にも、絶対に無事に帰らなければ。


「みんな無事? こっちは大きいのも倒したしなんとかなったよ! 良かった、ユーキも沼から出れたんだね。ルカちゃんルキちゃん、アリーセもありがとう!」


 戻ってきたタクミ達はそれぞれに息を切らせている。きっと相当な数の蛙さんをどうにかしてきたに違いない。日本では蚊であるとか蝿であるとか、せいぜい苦手な人が多い黒いアレであるとかをバシバシ叩いていた程度のはずなのに、俺以外は誰も大蛙に物怖じした様子は無い。

 いや、斉藤さんと渡辺さんはちょっと顔色が悪いか……そりゃそうだよな。


「どうなる事かと思ったが、だいぶ数も減ってきたようだな。さあ、もう少しだ」


 良かった、鈴木の狂戦士モードも解除されたようだ。本当にどうなる事かと思った。


 出足こそバタついたものの、そこからは大きな混乱もなく、村人さんも大満足の成果をあげる事が出来た。底無し沼からはとっくに這い出しているにも関わらず、最後の最後まで狙われていた気がする俺はそんなに弱そうに見えたのだろうか。うん、見えたんだろうな。


「タキモトさんが身を呈して魔物を引きずり出して下さったお陰で、奥地に踏み込む事なくフロスクルの数を減らす事が出来ました。流石は司令塔と呼ばれているだけはありますね! 自身の様々なものを犠牲にした見事な作戦、なかなか出来る事ではありませんよ!」


 どうやら皮肉ではなく本気で言ってくれているらしい村人さんと、明らかに生暖かい視線を投げてよこす身内の皆との温度差が凄い。自身の様々なものを犠牲にってどういう事ですか。帰ったらちゃんと聞かせてもらいますからね。



「良かった……それなら今日の内に戻れるんですね」

「こんなところで野営なんてぞっとしないもんね」


 日が落ちる前に予定以上の成果をあげる事の出来た俺達は、周囲の警戒はしつつも帰りの相談を始めていた。

 これなら他の皆からそう何日も遅れずに地球に戻れそうだし、アリーセの言う通りこんなところで野営をしなくて済むのならそれに越したことは無い。もしここで野営をしようものなら、朝起きたらオタマジャクシを抱き枕にして頭をかじられていましたなんて事になりかねない。しかも、きっとそうなっているのは彼らのお気に入りである俺だけだ。



 無事に済んで良かったなんて、一足先に考えてしまったその時だった。俺達のゆるんだ空気を見透かすかのように、1匹のハイフロスクルが飛び込んできたのだ。

 陣形の外側を警戒していたはずの騎士さんとアレックスは反応出来ず、2人の間をすり抜けた1匹は、事態を飲み込めずにようやくそちらへ振り返った内輪のメンバーへ一直線に向かってくる。


 沼にハマった時、沈まないようにと棒きれをよこして支えてくれていたルキちゃんにお礼を言っていたところだった俺は、咄嗟に突進してくるハイフロスクルに斜めから体当たりを試みていた。人生で初めての、勝手に体が動いてしまうとかいう貴重な体験だ。

 生身の一般人が身体をぶつけた程度ではどうにもならないかもしれない。それでも、少しでもコースを逸らす事が出来れば隣のルキちゃんや後ろの皆は怪我をせずに済むかもしれない。そんな事を一応は考えていたような気がする。



 くるくると回る夕焼けはなかなかに幻想的だ。コースを逸らすどころか反対にはね飛ばされて空中に投げ出されているのだと気付かずにいられれば、もっと素敵な気分だったに違いない。


 こんな事なら、大人しくお留守番大将と肩を並べてふもとの村で正座でもしておけば良かった。

 だから言わんこっちゃないんですよ、と頭の片隅で見事な正座を崩さない大将も心配顔だ。大将ってば思ったよりも言葉遣いがソフトだったんですね。もっとべらんめぇ口調だと思ってましたよ。


 おそらく気を失う間際だというのに、本当にどうでも良い事ばかりが頭をかすめる。


 今考えなくちゃいけない事は他にあるだろう。ほら、思い出してみろって。


 そうだ。皆は大丈夫だったかな、だ。


 大事な事をひねり出せた事に安堵した俺は、視界の外側が騒がしくなっていくのをぼんやりと聞きながら、ゆっくりと意識を白に染めていった。

お読み頂きありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ