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勇者様の親友様  作者: 青山陣也
第11章:短期留学編 ~魔物退治と短い旅の終わり~
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42.正義感に燃える勇者様と正義感は鎮火済みの親友様

 デンジャラス山のふもとにある小さな村は農業と山の恵み、そして村から程近い湿地帯で採取した薬草による収入を生活の糧としている。穏やかでゆっくりとした時間の流れるその村の風景は、現代日本からやってきた俺達にとって、心が洗われるかのようだ。


 しかし、ここが魔物も野盗も蔓延る異世界であるという事を忘れてはならない。

 山に入れば、それがふもと近くであったとしても俺達が襲われたような狼であるとかその他の魔物に遭遇する危険性を孕んでいるし、薬草を取りに湿地帯に踏み込めば湿地帯の主とも言える蛙型の魔物に常に注意を払わなければならない。農作業をしていても作物や人間を狙った魔物や野生動物がしばしば現れる。

 更には、収穫した作物や薬草を王都等へ売りに行く道中で野盗に出くわす事だってあるのだ。


 村人達の穏やかな表情に深みが感じられるのは、そうした過酷な環境を受け入れ、その中で精一杯暮らしているからなのかもしれない。


 魔物が明らかに増えすぎた場合等は王都に依頼を出して討伐隊が組織される事もあるのだけど、彼らの生活は自給自足と自衛が基本であり、山や湿地帯に踏み入る者達は当然として、農作業に従事するだけに見える村人でもある程度の戦闘訓練を経験している者がほとんどだ。

 遊んでいるように見える子供達も、よく見れば木刀を手にして本気のチャンバラに興じていたり、ちょっとした魔法の鍛錬に勤しんでいたりする。


 彼らの日常にはそうした訓練や命の危険への対処、そして万が一の事態への覚悟といったものが自然と養われているのだ。



 中でも最も危険度が高いのは、村の特産品とも言える薬草を採取できる湿地帯だ。もし湿地帯の主である大蛙、ハイフロスクルに襲われれば、村で多少の戦闘訓練をしている程度の力量では無事では済まないし、相手が小型のロウフロスクルであっても群れに囲まれれば大怪我を負う恐れがある。


 しかし、フロスクル達を全滅させてしまう訳にはいかない。自然とは大変よく出来ているもので、フロスクル達の個体数が多ければ多い年である程、採取出来る薬草の量や質が良くなるのだそうだ。

 フロスクルの粘液が薬草にとって良い栄養になっているからであるとか、フロスクルという外的ストレスによって薬草の生命力が高まるからであるとか、諸説はあるが本当のところはわかっていない。

 何にせよ長い歴史に基づいた結果が出ている以上、村人達は彼らの命を奪う事は出来る限りせず、その危険性を飲み込んだ上で共存する道を選んでいるという訳だ。


 村人達にとって、フロスクルの存在は命を脅かす脅威であると同時に、暮らしを豊かにしてくれる薬草の品質を測る指針でもあるのだ。


 彼らのような暮らしこそ、自然との共存を実現したひとつの形ではないだろうか。もちろん、それを見習って真似をしよう等と言うつもりはないし、すぐそこにある命の危険を日常として受け入れるのは俺達には難しいだろう。


 それでも、自然と共に生きていく事を選んでいる彼らには最大限の敬意を表したいと思うし、部外者が軽い気持ちで足を踏み入れてはいけない問題であると思う。そこには彼らの誇りとこれまで自然と共に歴史を築いてきた自負があるはずで、都会の汚い空気をめいっぱい吸いこんで生きててきた俺達が土足で踏み込むなんていう事は憚られるのであって――


「途中までは良い話のようだったんだが急に雲行きが変わったな。つまり、瀧本は大量発生した蛙の駆除から逃げ出したいという訳だな? 少しずつお前の事がわかってきた気がするよ」

「ちょっと! 鈴木くん、そういう言い方は誤解を生むんじゃないかな? ハハハ」


 無事に聖剣を手に入れてふもとの村へと持ってきた俺達は1つの問題に直面していた。それは先の話に出てきた湿地帯の大蛙……フロスクルの大量発生だ。


「普段であればそちらの方がおっしゃる通り、我々の問題として対処するのです……しかし情けない話ですが、今回はもう猶予が残されていないようなのです。どうか勇者様方のお力を貸して頂けませんか?」


 行き掛けにこの依頼をされなかったのは、異変を調査するべく出掛けていた村人さんとすれ違いになっていたかららしい。聖剣を探すという目的を話していた為、遠慮させてしまった事もあるだろう。


「決まりだね! 僕達でそのフロスクルをやっつけよう!」

「そうしましょう。まあでも瀧本くんが逃げ出したい気持ちもわからなくはないし、村に残っていてもいいんじゃない? 1人でお留守番ね、かわいそう」


 くそう、この毒舌女子はなんて効果的な挑発を仕掛けてくるんだ。村の皆さんや仲間達の目の前でそんな言い方をされて、それじゃあそうさせてもらおうかな、こりゃどーも!お留守番大将!等と言えるわけがない。

 自分で言っておいてなんだけどお留守番大将って何者だ。今の俺の頭の中には、キチンとした正座を崩さず完璧なお留守番をこなす小粋な大将を座らせておくスペースなど無いというのに。


「湿地帯まではどれくらいですか? それとものすごい大量発生ってどれくらいの規模なんでしょうか? そもそも俺達だけで対処出来るのかどうかもそうですし……もう少し詳細を教えてもらえませんか?」


 挑発はあえてスルーして詳細を聞く姿勢をちゃんと見せておく。本当に許されるのなら、農作業と村の子供達の相手をさせて頂くとかでエスケープしたいという気持ちが無いとは言わない。でも俺だって、出来ることなら力になりたいと思っているのだ。ただ、それにはいくらなんでも情報が少なすぎる。


「おお、ご協力頂けるのですね! 湿地帯までは徒歩でも半日程、皆様のように馬車や馬ならそこまでかかりません。ロウフロスクルが増える分には村の皆で力を合わせればなんとかならない事もないのですが……今回はハイフロスクルの幼生が大量に確認されておりまして」


 放っておくと主がぞろぞろとお出迎えという訳だ。幼生……つまりオタマジャクシの内になんとかしておかないとまずいという事らしい。ついでに王都に救援要請を出して討伐隊を組織して……というのを待っていたら、おそらくほとんどの個体が立派な大人になってしまうとの事だ。


「村の皆の話だと、山の狼達を倒せるなら問題のない相手みたいだし、大丈夫だよ!」

「正直に申し上げれば、スケジュールもありますので勇者様や皆さんには王都にお戻り頂きたいのですが……そういう訳にはいきませんか? 我々3人が残って対処し、王都への救援要請にも早馬を出すように致しますので」


 流石は騎士さんだ。俺なら、この空気の中で予定が押しているから放っておいて帰りませんか?なんて口が裂けても言えないだろう。騎士さん4人の内の3人が残って対応し、1人は王都へ救援に向かうというなんだか理想的な代案を添えてある辺りも含めて実に頼もしい。


「そういう訳にはいかないよ! 目の前に困っている人がいて、僕達にはそれを助けてあげられる力があるんだから!」


 そうだよね。わかっていた事だけど、こうなってしまったタクミはテコでも動かない。何度かの押し問答の後、騎士さんは苦笑いで更なる妥協案を提示するしかなかった。


「……わかりました。それでは私もお伴させて頂きます。念のため、王都への救援要請と報告にマルコスを出しましょう」


 個人的に、いまいち情報の揃いきらない討伐チームよりも救援要請係に任命されたマルコスさんとポジションチェンジしたいとか考えてしまうのだけど、乗馬も碌に出来ない俺ではそもそも早馬を飛ばせない。

 万が一お馬さんの性能任せでマルコスさんとポジションチェンジ出来たとしても、きっと村を出て早々に魔物か野盗に襲われる事だろう。


 よぉ兄ちゃん、こんなとこを1人で通るとはいい度胸じゃねぇか、へっへっへ。身ぐるみ置いてきゃ命までは取らねぇよ。おっと馬も置いてきな、まあ次からは気をつけんだな。等と強面と悪人顔をドスの効いた低い声で掛け算したような野盗のお頭がふてぶてしい態度で言い出すに違いないのだ。

 早馬を飛ばして王都へ向かったはずの俺が、半日後に全裸で大泣きしながらふもとの村に戻ってきたら皆はどんな顔をするだろうか。穴があったら入りたいし服があったら着せてほしい。いや、ちゃんと自分で着ますから服だけ頂けないでしょうか。


「準備を整えて早速出発しよう、あまり時間はかけられないんだろう?」

「ルキ、ここに下りてくるまで魔物よけかけてもらってたけど、魔力は大丈夫よね?」

「うん、まだまだ平気!」

「そうと決まれば少しウォーミングアップをしてこよう、ふん!」


 俺が不謹慎極まりない思考の海で身ぐるみを剥がされて身悶えている間にとんとん拍子に話は決まり、皆それぞれに準備にとりかかってしまった。下山中に魔物よけなんてかけてくれてたのか、ルカ&ルキ姉妹は実戦経験もあるみたいだし心強い。

 とにかくやたらとすぐに出発したがる鈴木とひたすらに筋トレに取り組むアレックスに関しても、彼らなりのルーチンワークなのだと言い聞かせて視界に入れない事にする。


「えーとそれじゃあ、様子を見てきた方に直接お話を伺っても構いませんか? フロスクルの弱点なんかもご存知でしたら教えて下さい。それから長年の経験から気をつけておいた方が良い事やもしもの時に助かる可能性の高い方法とか、後は……」


 準備と言ってもこれ以上する事のなさそうな俺は情報収集に務めるだけだ。筋トレも魔力を少しでも回復させる為の瞑想にも縁が無いのだし、どう考えてもまだまだ情報が足りない。


 村でお留守番の選択肢が消されてしまったのなら、怪我せず帰れるように頑張るしかないだろう。村の皆さんでも普段はなんとかなっている相手なのだ、俺にだってオタマジャクシの1匹や2匹……うん、どうだろう。

 小さい頃、すっと両手ですくいあげてプラスチックのケースに入れて持ち帰り、蛙になるまでドキドキしながら観察していたあのオタマジャクシとは次元の違うとんでもないものが出てくるんだろうな。不安だ。


「フロスクルについてかい? よし、俺の見てきた事は全部話すし弱点も教えよう。あんたもぱっと見はとても強そうには見えないけど、勇者様の仲間なんだし凄いんだろうな。期待してるよ」


 村人さん、勇者パーティーの1人なんだしっていうフィルターは外して頂いて結構ですよ。ご明察の通り、俺はとても強そうに見えないそのまんまです。



 ロウフロスクルとハイフロスクルは、同じ蛙型の魔物でも大きさも特徴も全く異なる。


 まずは小型で湿地帯の周辺でもたまに見かけるロウフロスクル。こちらの幼生はただの大きなオタマジャクシで動きも遅い為、その気になれば駆除は容易いらしい。


「ただの大きなってどれくらいですか?」

「ん~、大体こんなもんかな? 大したことないだろう?」


 なるほど、わかりました。成人男性が両手で抱えなくちゃ持てない程度ですね。いくら動きが遅いとは言っても飛びかかったりしてくるらしいし、「その気」になるだけでも簡単ではない気がする。


 そして、成体が出てきたとしてもべろりと伸ばしてくる舌にさえ気をつければ問題なく戦える相手なのだそうだ。ただし、成体になったロウフロスクルは集団行動をしている事が多く、間違えて囲まれたり舌による殴打を正面からもらってしまうと大怪我の恐れがある。


 湿地帯の主であるハイフロスクルの話を聞く手前のこの時点で、俺は早くも自身のスタンスを固めつつあった。ロウフロスクルの幼生のみを相手にして立ち回ろう。それ以上は間違いなく荷が重い。

 想像の領域を出ないものの、蛙の舌って物凄い速さで動くよねきっと。全長1m程度のずんぐりむっくりとした巨大蛙さんから伸びてくる鞭のような舌なんて、当たったら絶対痛いに違いない。



 そして今回のメインターゲットであるハイフロスクル。

 これはもう幼生の時点からロウフロスクルの比ではない勢いで動き回るやんちゃないたずらっこらしい。

 ねえ村人のおじさん、やんちゃないたずらっことか物凄く優しく包んでありますけど、リアルに言い換えれば獰猛で残忍って事ですよね?横で聞いてる斉藤さんとかナナちゃんは若干ほっとした感じになってますけど、俺は騙されませんからね。情報は正確にお願いします。


 これが成体になるとその体長は2mを超えるものもあり、更に厄介な事に身体が硬質化するのだ。そしてその巨体と俊敏な動きで体当たりを仕掛けてくる。舌を伸ばしてくる事は無いらしいのだけど、体当たりだけではなく噛み付いてきたりもするという聞かなければ良かった情報ばかりが出てくる。

 何よりも、このハイフロスクルと初めて対峙する時はその動きに動揺しないよう気をつけなければいけない。何しろ蛙だと聞かされて俊敏なジャンプだとかを想像していると、全く想定外の動きに翻弄されてしまうからだ。


 ハイフロスクルの正式な表記は這いフロスクル。そう、彼らは蛙らしいジャンプ力や舌を伸ばして狩りをする能力を犠牲に、シャカシャカと這い回る俊敏さと噛み付く力を手に入れた突然変異の蛙様なのだ。


 ハイ&ロウのフロスクルという事で動きのスピードで呼び分けているのだと思っていたのに、這いってどういう事だ。名付け親は間違いなく日本産の勇者様だろうけど、魔物や山に名前を付けられる程度の功績を残す勇者様はこんなのばっかりなのだろうか。上手いこと言ってやったと思っているなら今からでも呼びつけてお説教をして差し上げたいところだ。


「本当に、オタマジャクシをぷちぷちする以外は役に立てそうにないな……」


 極めつけは彼らの弱点だ。湿地帯に棲む蛙の魔物なのだから、射程距離40cm程度とは言え俺の炎のしぶきでももしかしたら切り札になるかもしれない。そんな淡い期待を打ち破るかのように告げられたフロスクルの弱点はなんと水だった。

 どちらも幼生の間は火が弱点で間違いないのだけど、成体となって水から上がった途端に水が苦手になるという、どうして湿地帯を縄張りとしているのか問い詰めたい生態である。

 いや、幼生の時に湿地帯で頑張らないといけないからそこにいるのだという事はわかるのだけど、それならそれで成体になったらさっさと乾いた大地に帰ってくれれば良いのに。一体なぜ湿地帯で苦手な水と戯れながらぬめぬめと暮らしているのだろうか。


 泳げないけど海は好き、将来の夢は海辺の一軒家でピースフルに暮らす事。とか遠くを見つめて語り出しそうなこの世界の不思議に内心で悪態をつきながら、俺はおじさんにお礼と愛想笑いを返してその場を後にする。


「湿地帯は奥に行くと底なし沼みたいのもあるみたいだし気をつけろってさ。さーて行こうか!」


 準備を整えて集まっていた皆にも諸々の話を伝えると、俺は投げやり気味に出発を宣言する。短期留学後半のカリキュラムはこれで全て野外演習に書き換えられ、皆と一緒に地球に戻る予定すら脇道に転がっていってしまったのだから、顔で笑って心で大泣きするしかない。


 王都へ救援要請と報告に向かったマルコスさんを除く騎士さん3人と俺達、そして村の中で腕に覚えのあるメンバーを引き連れて、とんでも蛙様の駆除作戦が幕を開けるのだった。

お読み頂きありがとうございます!

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