41.強運の勇者様と運で片付けて欲しくない親友様
理不尽……人生には、この単語を叫びたくなるような出来事が何度かは待ち構えているものだと思う。理に尽くさずと書くこの単語の持つアンニュイな響きは、なんとも煮えきらずもやもやとした感情を抱かせる。
それは例えば学校や職場での人間関係であったり、唐突に訪れる試練や不運であったり、不公平な境遇であったり、とにかく前触れなくやってくるものだ。
どこぞの神様なるものが一杯ひっかけながら片手間にくじびきでもして決めていて、理不尽な出来事が回避不可能なのであれば、いかにしてそれを消化して糧とするかを考えていくしかないのかもしれない。
この世界における適性にしてもそうだ。足早に行われる身体測定の最中、時間にして数分の流れ作業で勇者やら魔法やらの適性をアルファベットでざっくり定義付けられてしまう現在のシステムを、理不尽に感じる者も多いのではないだろうか。
どれだけ魔法に憧れていても一切の適性無しと判断される者もいるだろう。望まぬ勇者に祭り上げられる者もいるかもしれない。
10代半ばにして自らの適性を知ることが出来るこのシステムは人生設計において大変なアドバンテージであると同時に、個人の夢や希望を無視してたったの数分で可能性を記号に振り分けてしまう無機質な闇を抱えているのだ。
この語りの間に、一杯だけのつもりが深酒してきたもはや神様なのかも怪しい何者かが、けらけらと笑いながら足の親指と人差し指で理不尽のくじをつまもうとおふざけしている内に小指がつって悶絶でもしているのだとしたら、断固として立ち向かいたい気持ちになってくるではないか。どうしてもくじで決めるのであれば、せめて両手で恭しく引いてほしい。もちろん素面で姿勢を正してだ。
そんな理不尽をはねのけ、己の人生を全うしたある人物の話をしよう。
幼い頃から勇者の活躍をふんだんに盛り込んだおとぎ話を読み、ネットで異世界関連の動画を頻繁に視聴する事で内外から勇者への憧れに満たされ育った西内少年は、自身の勇者適性を一切疑う事なくその日を迎えた。
しかし彼に下されたのは、勇者どころか魔法も一切使えず戦う事も不得意な商人適性……それもCという結果だった。
一時はこの世の理不尽を嘆き、水さえも喉を通らぬ程に絶望した西内少年だったが、それでも彼は勇者を目指した。適性無しと断じられようとも、幼い頃からの夢を諦める事ができなかったのだ。来る日も来る日も剣を振り、決して高くはない商才を努力で補い、魔法のかわりに魔法の力を持った武器を探し求める旅に出た。
そんな彼が一生をかけて成し遂げたのは、そこそこのレア度を持ついくつかの武器を探し当てた事と小さな家庭を築いた事だった。
なんだそんなものか、勇者には程遠いではないかと笑う者もいるかもしれない。だけど俺は決して笑ったりはしない。彼の家族にとって、彼は紛れも無く勇者であったのだから。
晩年、その道ではそこそこに名の知れた商人となった西内氏の遺作『ニシウチ魔剣図鑑』は彼の人生そのものとも言える旅の記録が魂の籠った文章で綴られた隠れた名作だ。図鑑というタイトルで敬遠せずに、是非とも一度手にとってみてもらいたい。一家の主として、商人として、そして夢を追う者としての大切な何かを見つけるヒントにきっと出会えるはずだ。
「興味深いな、僕も是非読んでみたい。こっちの学校の図書館で読んだのか?」
「鈴木くん、少しは考えたら? その本も含めて全部、瀧本くんの口先から出てきたフィクションに決まってるでしょ」
「そ、そうなのか? くそ、もっともらしい事を……」
ゲートが登場して地球と異世界の交流が始まってからここまで20年ちょっとなのだから、地球の少年が大冒険の異世界人生を全うするにはまだ無理があるだろ。という種明かしをする前に、横からバッサリ切り捨てられてしまった。その通りなんだけど渡辺さん、相変わらずタクミ以外の男子に対する切り口が鋭すぎるってば。少しは、の部分にドスを効かせる必要性が一切感じられない。
「私も読んでみたいかもって思っちゃった……そうだ、ユーキくんが責任取って書いてよ! ニシウチマケンズカン!」
「俺も読んでみたいぞユーキ! ニシウチマケンズカン!」
「上下巻セット! ニシウチマケンズカ~ン!」
よしわかった、皆もうニシウチマケンズカンって言いたいだけだよね。発音も魔剣の図鑑ではなくて負けん気の強い缶詰めみたいになってきている。1缶で1日に必要な負けん気の半分が摂取出来ますとかなんとか。
大体、俺が持っている魔法の武器なんてタクミからお土産でもらった魔力を込めるとぴちぴち動く蜥蜴の尻尾しかないのだし、魔剣どころか武器のカテゴリーにすら入れてもらえるかどうかも怪しい。タキモトオミヤゲズロクでは誰も納得してくれないだろう。
だからねねね、上下巻セットとか雑な広げ方するのはやめなさい。お父さん、そういうところこそちゃんと聞いてるんだからね!
「いや、俺が悪かったからマケンズカンから離れよう。大事なのはそっちじゃないんだよ。今のタクミの話、みんなは理不尽だと思わないのか? どう考えても普通じゃなかっただろ?」
そうなのだ、俺が言いたいのは目の前にさらけ出されたこの世の理不尽の一端についてだ。多少強引にでも前向きにまとめてみたらこのもやもやした気持ちもすうっと消えていくかもしれないと思って西内さんを呼んでみたのだけど、余計に収拾がつかなくなってしまった。
ニシウチ魔剣図鑑に収録されている7つの魔剣の1つ、沈黙の大釜を貸してほしい。この武器の最大の能力は対象の言葉と魔法の発動を奪えるという事にある。これとやりあうには初撃の強力な魔法で先手必勝を狙うか、予めサポート魔法をかけておいて接近戦に臨むかのどちらかしかない。既に発動している魔法をかき消す程の力は持っていないからだ。
大釜ではなく大鎌の誤植であるという認識が大半ではあるのだけど、流線型のつるりとしたフォルムが特徴であるとかしっかりした持ち手が便利であるとかのどちらとも取れる記述のせいで、本当に大釜だったに違いないとの認識を唱える者も少数派ながら存在するというなんとも紛らわしい逸品だ。どうして挿し絵が5つ目までしか載っていないのだ。あまり絵心があるとは言えない西内さんの事だから、5つで放り投げてしまったのかもしれない。
ちなみに剣の形を成している武器が2点しか収録されていないこの図鑑において、大鎌でも大釜でも剣ではないだろうというツッコミは無粋だ。
さて、余計に話をこじらせそうな沈黙のオオガマや7つの魔剣については俺の脳内だけにとどめておくとして話を戻そう。本当に夢中だったからどの辺りかはちょっと覚えていないんだけど、と前置きした上でタクミが語った話はこうだ。
とにかく皆が心配で無我夢中で走り回っていたら、急に聖剣に呼ばれたような気がしたとの事でコースを変更。その先でなんだか雰囲気の違う洞窟とやらを見つけ、無謀にも装備も明かりも整えずに入ってみたところ、ものの数分で隠し部屋を発見。罠の可能性など一切考えずに隠し部屋に踏み込み、結果として何の苦労もなくめでたく聖剣を発見したという事らしい。
一体どこからツッコミを入れれば良いのかわからない乱雑さとノリの軽さだ、遭難しかけていた俺が言う事ではないかもしれないが、よく無事に戻ってこられたものだと思う。
こんな穴だらけの話だというのに、皆は口々にタクミを褒め称えているのだ。流石は聖剣に認められているだけはあるだの、タクミくんってとにかくすごいだの、瀧本くんのせいで遭難したけどたまには良い事もあるのねだの。
危なっかしくて聞いていられないタクミの冒険譚にツッコミを入れる者がいないばかりか、いつの間に俺のせいで遭難した事になっているのだ。責めるべきは紛れもなく襲ってきた狼のはずなのに、これを理不尽と言わずに何と言えば良いのだろう。
俺は思考を手放して憤慨したい気持ちを抑えて、詳細を確かめる為に話の整理にかかる。ついでに遭難の元凶であるとかいう汚名も晴らしておきたい。
「確か大雑把な位置までは聖剣の特殊な魔力反応で絞り込んで、そこからは聖剣同士を共鳴させて探すって予定だったよな。呼ばれたってのはその共鳴の事か? まさか聖剣がココダヨーとか言ってきたりした訳じゃ……はは、ないない」
「ユーキって本当に凄いね! まさにその通りで助けを求める小さな声が聞こえた気がしたんだよ!」
どうしよう、聖剣の欠片が6つ全部揃ったら本格的に喋りだしそうな勢いだ。今から心の準備を始めたとしても、聖剣が全て揃うまでに追いつけるかどうか自信が持てない。少なくとも俺の知っている無機物は喋ったりしないし、タクミもそういう声が聞こえる不思議な子ではなかったはずだ。
「そ、そうか……えーと、雰囲気の違う洞窟ってのは? そんなのわかるものなのか? ここに登ってくるまでにもいくつか洞穴みたいのあったろ?」
「うんわかるよ! だってそこだけしっかり青いレンガみたいな縁取りで入り口に扉まで付いていたんだよ!」
オーケー次だ次、言いたいことがありすぎる。なんなら俺もアレックスのように倒立でもして一度落ち着いた方が良いかもしれない。でもここで止まってはいけない、頑張るんだ。
「そのまま入って中は真っ暗じゃなかったか? それに隠し部屋ってそんなの簡単に見つかるものなのか?」
「扉を開けたら中は最初から明るかったし大丈夫だったよ? それに隠し部屋も凄いんだよ! だって目の前でごごごごって壁が動いたんだもの! これはもう絶対僕を呼んでると思うでしょ!」
凄い、タクミくんが聖剣に認められてる証拠だね!と無邪気にはやしたてる女子達を尻目に、俺は薄れゆく意識をなんとか繋ぎ止めようと必死だ。
「前の時みたいに隠し部屋に閉じ込められなくて良かったな。それで聖剣もサクっと抜いてきたってわけか」
チクリと皮肉を込めてみるのだけど、前の時とは雰囲気が違ったし大丈夫だと思ったんだと胸を張るばかりで、悪びれる様子もない。そして部屋の奥で静かな光を放っていた第二の聖剣の欠片は、タクミが持つ聖剣に吸い込まれるように消えたのだそうだ。
「よくわかったよ。これ見よがしな入り口、適度な照明に冷暖房完備で隠し部屋には自動ドア付き、何の罠もないなんて一体どこのボーナスステージだ! 都合が良いにも程がある!」
「なにそれ、ボーナスとか……ゲームか何かの話? 瀧本くんこそ大概にしたら?」
「ユーキくん、駄々っ子みたい」
一番の理不尽は、一切の理論や危機感無視で完全にタクミ擁護に回っている女子達の鋼の結束にある。俺の魂を込めた叫びも届きはしない。こうなればもう徹底抗戦の構えだ。今日という今日は言わせてもらおうじゃないか。
「大体その聖剣ってその昔の魔王さんに封印されてバラバラになったんじゃないのか? こんな勇者が適当に名前をつけたようなお手軽山脈で気軽に見つかるなんておかしいじゃないか。時の魔王が本当にそれを封印する気があったのかどうか、問い詰めたいくらいだ」
一体お前はどっちの味方なんだと言われてしまいそうな発言ではあるのだけど、タクミってすごいな!めでたしめでたし、凱旋だ!と勢い任せにしてしまう気分にはなれなかった。さあ、タクミでも騎士さんでも取り巻き女子でも構わない、答えてみせてくれないか。
「それは違うよ、ユーキ!」
ここまで沈黙を守っていたタクミが真剣な眼差しで俺を見つめる。声を荒らげてご都合主義への不満をあちこちへ投げつける俺とは反対に落ち着いた様子だ。
珍しく真っ向勝負か、面白い。どう違うのか聞かせてもらおうじゃないか。
「このデンジャラス山は山脈じゃないよ! 山脈っていうのは山が脈々と連なって――」
「ええいうるさい、語らせるかそんなもん! 聖剣の話はどこへいった!」
「あ、ずるい! ユーキはいつも好きなところまで喋って満足そうなのに最初から止めるなんて! 1度やってみたかったのに!」
やってみたかったのに!じゃないだろう、大体にして山が脈々とってどういう事だ。普段の俺の話はそんなアホの子のように見えているというのか。ショックだ、今日一番のショックだ。
それにこちら側にまでお前の出番を用意したら俺の出番は本当に無くなるのだと言う事を自覚してほしい。ただでさえ旧式のラジオから音が出なくなってしまったら、もうそのアンテナを目一杯伸ばして何とは無しにぐるぐると回し、ノスタルジックでセンチな気持ちに浸る位しか使い道が無い。そして飽きたら捨てられるのだ、きっと断捨離の決断まで5分とかからないだろう。
「もしかするとラルスさん、魔王を倒した後に聖剣の封印を自力で解いて、その上であえて簡易封印でもかけ直したんじゃないのか? そう考えればある程度簡単に見つかるのも辻褄があう」
伝説の勇者の悪ふざけ説を真顔で提唱する俺に皆は苦笑いを浮かべるが、あながち的外れとは思えない。ただでは使わせてあげないもんね、欲しければ取っておいでよ!というラルス先輩の高笑いが聞こえてきそうである。
もしそうでなかったとしたら、魔王様こそ本気で取り組んでほしいと思う。もし俺が魔王ならせっかく封印した欠片を適当になどしておかない。1つは火山の火口からぶん投げて、1つは海の底に沈めておく、そして1つは自分で持っておくのだ。残り3つは部下に隠させて、その場所は魔王自身にもわからないようにしておこう。
これで少なくとも自分が倒されるまで聖剣が使われる事はないし、何かの拍子に欠片の在処をこぼしてしまう事もない。万が一自分が倒されてしまったとしても欠片の1つはマグマの底という訳だ。
「ええ、それじゃあ封印された聖剣が元に戻る事は二度とないじゃない! そんなのずるいよ!」
タクミよ、それは前提が間違っていると思わないか。封印っていうのはそもそも解かれない為にするものなのだ。頑張れば解ける前提で話をしてきているこの勇者様とはこの話題で分かり合うのは難しいかもしれない。
もし自分が魔王ならこうする等と口走ったせいで、話はそこから仮想魔王の俺VS他の全員という更に理不尽な構図になっていく。
「魔王ユーキがそうくるなら僕はこうするよ! ユーキに僕の勇者スラッシュが見切れるかな?」
「ふふん、タクミのスキルは確かに強力だけど真っ直ぐすぎるんだ。それなら俺は予めタクミが突っ込んできそうなポイントに落とし穴を設置して、タクミがよろけたところで目潰しの砂をだな……」
「あはは、落とし穴に砂ですか? ユーキ先輩が魔王だったらなんだかほのぼのしそうですね」
「師匠に加勢はするけど、ユーキくんにも一応恩があるから難しいところよね。叩き斬る訳にはいかないし……」
ルカさん、叩き斬るか斬らないかを真剣に悩まないで下さい。物凄く現実味があって怖いから。ルキちゃんも中立っぽい感じで笑っていないでなんならこっちに加勢してほしい。いや、話だけとは言え本気で俺を倒しに……いや、斃しにかかってきている渡辺さんや鈴木よりは中立でいてくれるだけマシか。
結局俺は、今回の理不尽な話を本音と一緒に飲み込む事にした。皆の言う通り、過程はどうあれ結果はオーライ。空気もすっかり弛緩して決起集会から祝賀会ムードへ一直線なのだから、更に蒸し返すのは気が引ける。
それにこれ以上は魔王の手先か危険思想の持ち主として本当に成敗されかねない。特に大人しく聞いているようで目の奥に鈍い光を湛えている騎士さん達が怖い。またレオナルドさんや騎士団長さんに呼び出されてしまいそうだ。
なあタクミ、勇者の能力があれば出来る事は多いのかもしれないし、無茶しても大丈夫だという気持ちもあるんだろう。
それでも、きっと出来ない事だって無い訳じゃないはずなんだ。
俺はこれでも、お前を大切な友達だと思っているし、心配なんだよ。
あの留学は色々あったけど楽しかった、なんてハンバーガーでも頬張りながらまた皆で笑って話したいじゃないか。
その夜、隣で満足気な顔をして寝息を立てる勇者様に、言えなかった本音を少しだけ漏らして俺は眠りについた。
お読み頂きありがとうございます!