40.暴露下手な勇者様と身かわし上手な親友様
キャンプファイヤー。身も蓋もない言い方をしてしまえば火を囲んで皆で仲良くしましょうというあのイベントの事だ。非常にシンプルであるにも関わらず、人々を惹きつけて止まない理由を考えてみたいと思う。
火を使い、道具を使う事で人類は急速な進化を遂げてきた。食材の調理、明かりの調達、熱源の確保、様々な道具の加工……火の恩恵は数知れず、人類の進化と成長において切っては切れない役割を果たしている。
この異世界には魔法が存在するので、地球と同じように語る事は出来ないかもしれない。この世界における原始時代に既に魔法があったのかどうか等は大変興味深いところだけど、それはまた今度調べてみる事にしておこう。概念が一部違うとは言え、どんな魔法適性の者にも使えるプチファイヤーであるとかに代表されるように、魔法文化においても火が大きな意味を持っている事は間違いないだろう。
普段は恥ずかしくてとても出来ないようなダンスやレクリエーションに最初は渋々ながら参加したはずがいつの間にか楽しくなってしまったりするのは、キャンプファイヤーが火と共に成長してきた人類の本能に訴えかけてきているからだと考える事は出来ないだろうか。地球であれこの世界であれ、本質は似たようなところにあるはずだ。
しかしここであまり難しい話をするのはよそう。囲む炎が小さくたって構わない。レクリエーションがチープであっても構わない。仲間がいて、欲を言えば少しの食べ物や飲み物、満天の星空があれば他には何もいらない。極端に言ってしまえば会話なんて無くたって得られるものがあるかもしれない。
もちろん気持ちがわからない訳ではないのだ。キャンプファイヤーの後半になると、いつしか出来上がったグループの中で、普段はとても恥ずかしくて話せないような事までついつい話せてしまうあの不思議な魔力。それは炎が照らす夜の闇が羞恥心を覆い隠してくれるからだろうか、それとも炎自体に何とも言えない雰囲気があるからだろうか。あるいは両方なのかもしれない。
しかしだ、繰り返すようだけど、本来は会話なんてなくたって構わないはずだ。難しい話をする必要も、無理に恥ずかしい話をひねりだす必要も無い。お通じが悪いのなら水分と食物繊維を沢山取って、催し物の開催を待てば良い。催し物が無いのに会場に足繁く通ってみても辛いだけではないか。
そうだ、キャンプファイヤーはそもそも火の神様を祀る儀式がその起源だと言われているのだから、恥ずかしい話やみんなの驚く話をどうしてやろうか等と考えるのはあってはならない事だ。
静かに炎のゆらめきや暖かな光と熱に身を任せ、雰囲気を堪能するべきなのだ。それこそが本来の、本物の、真実のキャンプ・オブ・ファイヤー……あれ、この場合は逆か?ファイヤー・オブ・キャンプなのだ!いや、もっと厳かな雰囲気を出すにはそうだな……フレイム・オブ――
「ふふ、必死ね」
「だーめ! キャンプファイヤーの起源とかそんなのじゃ不合格! さあさあ、他に何も無いなら約束通り好きな子を白状しちゃおうよ、ユーキくん!」
「私はタキモトくんの好きな人よりタクミくんの好きな人が知りたいんだけど……まあ順番よね、順番」
合格不合格の基準が完全に自分ルールな斉藤さんとそんな密約を交わした覚えはないのだけど、回りの皆もわざとらしく頷いている。不敵な笑みをゆらめかせている渡辺さんの一言も、普段の毒舌よりよっぽど心に突き刺さるようだ。ええ、必死ですとも。
こんなはずではなかった、最初はもっと和気あいあいとしていたはずだ。
狼達の襲撃から始まった遭難未遂事件の後、馬車を1台失ったとは言えふもとの村まで戻る程のダメージではないと判断した騎士さんの手引で予定通りベースキャンプを設置した俺達は、翌日の聖剣探しへの決起集会と皆の無事を祝うお疲れ会を兼ねてキャンプファイヤーをする事になった。
合流を果たした時点で夕方に差し掛かっており、そこから聖剣探しに向かうのは危険だという判断に異論を唱える者はいなかったし、緊張をほぐす時間も必要だと話してくれた騎士さんの大人の意見を取り入れる事にしたのだ。
もちろん、同じ轍を踏まないように交代で見張りをたて、節度を守った形にはなっている。
キャンプファイヤーが始まってからここまでのハプニングと言えば、ルカさんの新作料理スパイシーチキンが地獄絵図だったくらいのものだ。俺は今後、どんな料理が出てきても料理名だけでソレの中身を判断しないと心に決めた。ルカさんの新作料理と聞いた時点で、何かに取り憑かれたようにお茶を準備して流れるような動作で皆のグラスを満たしておいた俺の行動は、無意識の防衛本能が働いたのかもしれない。今日一番のファインプレーだったと思う。お茶の神様、ありがとう。
ともかく途中までは大盛り上がりのピースフルな野外フェスだったのだけど、一通り食事も終えて落ち着いてきた辺りから話の流れが変わり始めた。
いつの間にか、皆に今まで言った事のない秘密か、あっと驚くような話を順番にするという体で会話が回り始め、即席の暴露大会がスタートしてしまった。
「私の適性Aって、暗殺者なんだよね。しっくりきて使いやすい魔法も毒とか麻痺とか死んじゃえ~みたいなのばっかりだし。あんまり言うなって言われてたんだけどここにいる皆にならいいよね。どう、びっくりした? ふふふ」
真っ先に手を上げたねねねが最初から重量級のファイターを放り込んでくる。適性が暗殺者なのはまだ良いとしよう。音を立てずに残像を引き連れて走れたり気配を消せたりというのは実に羨ましいし、適性Aは素晴らしい才能だと思う。問題はその後にさらっと垂れ流された魔法のくだりだ。死んじゃえ~みたいな魔法ってどういう事?かかると死んじゃうの?物凄く詳しく聞いておきたいけど同じくらい聞きたくない気持ちもある。
「俺は小さい頃、軟弱な男の見本だった!」
「ええ! 今じゃマッスルの化身みたいになっているのに意外だな! 小さい頃は身体弱かったりしたのか? びっくりだ! 人って変われるんだな! 俺も筋トレするよ!」
アレックス、空気を読まない事が世界を救う事もあるんだな。説明が足りなさすぎて少年雑誌の巻末に載っている安い宣伝文句みたいになっているじゃないか。でもオーケーだ、ねねねの放り込んだファイターは、アレックスの喚び出したマッスルの化身と取っ組み合いをしながらどこかへ転がっていった。後は急に戻ってこない事を祈るばかりだ。
もちろん、よくやってくれたアレックス君には多少わざとらしくてもフォローと盛大なリアクションを返しておくのを忘れない。
アレックスのおかげでハードルが随分と下がり、その後は平和なカミングアウトが続く。如何せん女子の比率が多いので、初恋がどうだったとか実は去年付き合っていた人がどんな人であるとかそんな話がほとんどだった。
今までにお姉ちゃんと一緒に倒した一番の獲物はレッドドラゴンですとか楽しそうに喋っていたルキちゃんと、先程のスパイシーチキンに全く懲りずに新作料理のネタを噴射してきたルカさんはやはりどこかズレている気がするけど、これはこれで2人の通常運転のようだ。
そんな中、エピソードの多い両親や兄の話でのらりくらりとやりすごしていた俺は標的にされてしまったのだ。
「ユーキくん、さっきからお父さんとかの話ばっかり。実はまだひとつも自分の話してないよね? ずるい~!」
「口下手なナナちゃんだって頑張って去年好きだった人の話を告白したんだから、瀧本くんも言いなさいよ」
「うーんわかったよ……じゃあ俺の初恋は幼稚園の――」
「先生だったとか言うありきたりな上に私達が知らない人の話はいいから。はい、次」
おかしい、ナナちゃんが去年好きだった同じ塾のシンジくんだって俺の全く知らない人のありきたりな話だったじゃないか!等とは言える空気ではない。そんな事を言えば、おそらく泣いてしまうか最低でも涙目にはなってしまいそうなナナちゃんを中心とした鉄の結束が生まれ、回避不可、防御無視の一撃が叩き込まれる事になる。
「うん、このお茶は確かに美味しいな。ルキくん、おかわりをもらえるか?」
「私もお願いしていい? レッドドラゴンを倒しちゃうなんて見かけによらず凄いのね」
「良かったら私の新作のお菓子も一緒にどう? 今度こそ自信作なの!」
好きの反対は嫌いではなく無関心だとか非常に深い事を言っていたのは誰だっただろうか。鈴木とアリーセから、悪いけど興味無いし助けないよという意思表示を感じる。3度目の正直だと言わんばかりのどや顔で更なる新作を取り出しているルカさんや、昼間と同じように笑顔でお茶を注いでいるルキちゃんにも助けてもらえそうにない。
先のやりとりで気持ちが高ぶってしまったのか、炎の前で倒立を始めたアレックスも論外だ。俺は俺でピンチだと思うけど、アレックスもほどほどにしろよ。バランスを崩して炎にダイブなんて事には流石になってほしくない。学食で腹筋を始めて回りの学生に白い目で見られるのとは訳が違うんだからな。
そうして味方の援護を諦めた俺は、決死の覚悟でキャンプファイヤーそのものの軌道修正を試みたという訳だ。結果は驚く程の大失敗、火の神様に合わせる顔もない。
実際のところ、好きな人の話と言われても難しい。もしも本当に正直に、ここにいる女の子はキャラはともかく全員かわいいと思うよであるとか、自分の気持ちはよくわかってないけど機会があれば彼女は欲しいであるとかのチャラチャラと軽い音のする鈴を転がしてしまえば、到底納得してくれないばかりか正座でお説教をされかねない。
皆の事が大好きなんだ!とか星空の下で大声を出しても許されるのはごく一部の選ばれた勇者様だけらしい。
「俺の初恋もキャンプファイヤーの話も駄目ならこうしよう。タクミが中学の頃に好きだった女の子の話をする」
「ちょっとユーキ! 僕の話を勝手にするなんてひどいよ! それにここにいる皆は知らない子じゃない!」
「え、知らない子でもいいから聞きたいな~!」
「とっておきがあるんじゃない、そういうのをさっさと出してよ」
「お茶なんて飲んでる場合じゃないわね、私にも聞かせて。タクミくんはどんな子のどこがどんな風に好きだったの?」
最後まで言わせてもらえなかった俺の初恋エピソードとはえらい違いだ。斉藤さん、渡辺さんについてはまあ良いというか矛先を変えてもらう為にそこを狙った感はあったのだけど、お茶を放り出してきたアリーセには一言物申したい。さっきまで背筋をピンと伸ばして、いつか私もレッドドラゴンに槍を突き立てたいものねとか意気込んでいたのに今はタクミのそばでくねくねしている。とんでもない変わり身の速さだ。
「さあ教えて!」
「やめてよユーキ!」
「タクミくん、ちょーっと静かにしてみようか。すぐ済むからね~痛くないよ~」
音もなくタクミの背後に回り込んだねねねが動きを封じにかかる。暗殺者適性の間違った使い方のひとつだ。おい鈴木、なんで無言で手伝っているんだ。そんな趣味は無いと言っていたのにまさか鈴木までタクミを……?
いや、落ち着け。鈴木は多分あれだ、ねねねだな。あの若干諦め気味になりつつもつい断れずに協力してしまうあの目はモテない男子情報網の面々から玉砕後に受ける相談でよく見ている目だ。鈴木、頑張ろう。そこだ、そうそう羽交い締めにして……いいぞ!
「ひどいよユーキ! みんなをけしかけて!」
「タクミ、覚えているか? あれは中学2年生の冬の事だ」
「え? 3年生の時の話じゃないの?」
インフルエンザにかかったタクミの為に、俺は1週間ノートを2人分取り、ほぼ完璧に要点をまとめて手渡したのだ。その時の聖人君子を見るような目は忘れない。ノートをまとめる事がマイブームだっただけで、タクミの分のノートを叩き台にした俺のノートはそれこそ素晴らしいまとまり具合だったのだけど、そんな事はとても言い出せない目をしていた。
「あの時、きっといつかこの借りは返すと言っていたよな? そいつを今、返してもらおう。これでお前への貸しは例の件の1つだけになった訳だが、今日助けにきてくれた事で更にそれも返してもらった事にしようじゃないか。これですっかりチャラだぞ、良かったな」
「瀧本くんって結構最低よね」
「ちょっと残念……」
ノリノリだったはずの女子達からも不満があがる。結構最低とかいう、最低なのにまだまだ下がありそうな表現はどうなのか。
俺自身もそんな昔の事でどうこうしようというのは本気ではない。ただ、こういう形で屁理屈でもそれらしくしておくと丸く収まる事もあるのだという事を証明してみせよう。
「あの時は本当にありがとう。今日だって助けに行ったつもりが、結局帰り道がわからなくなっちゃって。それでもチャラにしてくれるなんて……ユーキ、わかったよ! 今ここで、最後の借りを返すよ!」
こういう事なのだ。流石にここまで真っ直ぐだと少しだけ心が痛む気はするけど、タクミは自分が納得すれば相応の反応と行動を返してくれる。こいつが気持ちを裏切る行動をしたように見える時は、裏切っているのではなくて気付いていないか解釈を間違えているだけなのだ。
「よし、それじゃあタクミ。俺の代わりに1つ暴露を頼む。別に好きだった子の名前とか言わなくても驚くような話があればそれでいいんじゃないか? こういうのって強要するものじゃないと思うしさ」
それとなく強要するんじゃありませんよと皮肉を込めた上で、タクミにバトンを渡す。予定通りの落とし所だ。よく考えてみればここまでのタクミは人の話に感動して聞き入っているだけで、一度も自分から発言していないのだし丁度良いはずだ。
「じゃあ取っておきを出すよ! これは皆びっくりするんじゃないかな?」
「おお、随分と自信たっぷりだな。よしいけタクミ! 勇者の力を見せてやれ!」
先程までの事が無かったかのように煽る俺につられて、女子達も口々に気になるとか教えてとか黄色い声を上げる。このリアクションの差はあんまりじゃないのか。でも今はツッコミを入れちゃ駄目だ、せっかく人としての好感度まで下げて回避した矛先がまたこちらに向いてしまう。鈴木やアレックスを見習え、大人しいものじゃないか。
いや、アレックスは倒立のバランスを取るのに必死なだけか。一体いつまでやっているつもりなんだ、火が自然に消えるまでじゃないだろうな。
「えへへ、実はね! 聖剣の欠片、今日ユーキ達を探している途中に見つけてきちゃったんだ!」
驚いた?じゃじゃーん!とか古典的な効果音を口にしながら、タクミが嬉しそうに聖剣を取り出してみせる。言われてみれば確かに、小ぶりだった聖剣様が一回り大きくなっているような気がしなくもない。
これは確かに驚いた。ああ、驚いたさ。
なんたってこれは、ふもとの村へ戻る選択肢を捨ててベースキャンプを設置し、明日からの聖剣探しに向けた決起集会と称したキャンプファイヤーで交流を深めるというここまでの流れを全て袈裟がけに切り捨てる一言だったのだから。
誰も言葉を発せずにいる中、小気味良い音を立てて弾けた火花が、この夜がまだまだ終わらない事を告げているようだった。
お読み頂きありがとうございます!