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勇者様の親友様  作者: 青山陣也
第10章:短期留学編 ~聖剣の欠片~
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39.勢い任せの勇者様とお茶汲み係の親友様

 お茶には様々な効果があるとされている。

 言わずと知れた茶カテキンによる殺菌作用や健康効果、身体を温めてくれる紅茶、気持ちを落ち着かせてくれるハーブティー等が有名なところだろうか。

 飲むだけでリラックスした気持ちになりほっと一息つく事が出来るあの時間は大変素晴らしいものだ。


 今回はその中でも、日本人に馴染みが深い緑茶に焦点をあててみたい。

 同じお茶でも出来れば美味しく淹れて飲みたいと考えるのは当然の欲求であると思うので、緑茶を美味しく淹れる為のちょっとしたコツをご紹介しよう。


 とは言え、お茶の美味しい淹れ方を一言で表すのは非常に難しい。なぜなら、一口に緑茶といっても、煎茶に深蒸し茶、新茶に玉露と様々な種類があるからだ。

 それぞれのお茶について熱い気持ちを語っても構わないのだけど、それをするにはお茶について語る為の飲み物として別のお茶が必要になってきてしまうのでまたの機会にしておいて、普段使いの煎茶を淹れるコツという体で話していこうと思う。


 本当に普段使いの煎茶を淹れるのであればポットで沸騰させたお湯を一気に注いでも構わないが、ここで少しだけ落ち着いてみよう。

 沸かしたお湯を一度湯のみに移し、数秒間冷ましてから急須に注いで欲しいのだ。お湯を急須に注いだら約30秒で、そのまま熱湯を注ぐよりまろやかな旨味と香りの引き立った美味しいお茶を淹れる事が出来るはずだ。


 実に簡単ではあるが、この一手間を加えるだけでより素敵なお茶の時間を楽しむ事が出来るので、是非試してみて頂きたい。

 なお、浸出時間が長すぎるとせっかく姿を消してくれていた渋味が意気揚々と顔を出し始めるのでこちらも注意したいボイントだ。

 

 また、熱いお茶があまり得意ではないという方の為に冷茶についてもご紹介しよう。

 冷茶の場合は通常の煎茶の茶葉を使うよりも、深蒸し茶であるとかの茶葉が細かく濃い目にでるものや、玉露であるとかの元々の旨味の濃い茶葉がオススメだ。お茶を淹れる時は浸出する時点で氷をいくつか忍ばせておき、じっくりと待つ。待ち時間は3~4分程度が適当だろう。

 出来ればグラスには氷を入れず、するりとした喉越しとやわらかい甘味を味わってほしい。


 ごくごく飲みたい!乾いちまってしょうがないのさ!という方はそれ用のお茶を別口で用意しておく事をおすすめする。俺自身もごくごく飲みたい派の皆さんとじっくり楽しみたい派の皆さんを喧嘩させるつもりなどないし、キンキンに冷えた麦茶も大好物だ。


 ここで紹介したのはあくまでもオーソドックスな例であるし、個人の拘りも楽しいお茶の時間には必要不可欠だ。どうかそれぞれの好みも加味したティーライフを楽しんでほしいと思う。お茶の心はお茶を愛する皆さんの中にこそ息づいているのだから……。



「上手くまとまったみたいな顔してるけどこの状況でその話、本当に意味不明なんだけど。瀧本くん、頭のセロテープが剥がれてきちゃったんじゃない?」


 この状況でツッコミの語彙力が鍛えられている渡辺さんもなかなかだと思う。俺の頭の蓋はセロハンテープでとまっているとでも言うのか。


 うん、残念ながら強く言い返せない。熱いお茶を飲んだつもりで受け止めておこう。随分と渋味の強い一杯だ。


「実際、どうしましょうか? 随分離れてしまったみたいですし、元の道に戻れるかどうか……」

「別にどうってことないんじゃない? 戻るのが無理なら一度山から下りればいいだけでしょ」

「いや、山で遭難した時は下るのではなく登った方が良いと聞いたことがある。とにかく元の場所を目指して登っていくべきだ。瀧本、お前本当にお茶なんか淹れるつもりなのか? すぐ出発するぞ!」



 鈴木の言う通り、わかりやすい言葉を当てはめるのであれば、俺達は遭難の真っ最中という事になる。


 王都を出発して約2日、今回の目的地であるデンジャラス山の中腹辺りをベースキャンプとして聖剣探しへ向かうというスケジュールは実に順調に進んでいた。大したハプニングも魔物や野盗との遭遇もなく、馬車の操縦も護衛を兼ねた騎士さんにお任せしていた俺達がやる事と言えば、食事の準備を手伝ったり馬の世話を体験してみたりという程度の実に平和なものだったのだ。


 ちなみにデンジャラス山とかいう安直極まりない雑なネーミングは伝説の勇者ラルスによるものだ。この人、伝承では王都生まれとされているけど、実は転移してきたか転生でもした地球人なのではないだろうか。え、山の名前決めていいの?じゃあなんか危ない山だったしデンジャラスって事で。とざっくりと放り込んでいるシーンが想像出来てしまう。


 ラルスさんのセンスはともかく、順調過ぎた事ですっかり油断していた俺達は、ベースキャンプ候補地を目前にしていつの間にか狼型の魔物の群れに囲まれてしまっていた。

 それでも騎士が4人に高い適性を持つ者が何人かいれば大した脅威にはならないはずだった。事実、前を走る馬車に乗っていたタクミ達は急停止させた馬車から一斉に飛び出すと何やら声をかけあって迎撃準備を整えているようだった。


 俺達も出よう!と覚悟の一声と共に馬車から飛び降り、襲い来る狼達を地面に叩き伏せ事なきを得る。そんな上手い話は前を行く勇者様かフィクションの世界でしか実現する事はないらしい。


 狼達のほとんどがタクミ達を完全に無視してまだ態勢の整っていない方……つまり俺の乗る馬車へ殺到し、その中の一匹が無防備な馬へと襲いかかった。


 躊躇も様子見もあったものではない。平和な日本に生きてきたこちらとしては、ルールを守って欲しいとか平和ボケした事を考えてしまうのだけど、彼らは彼らのルールに従って動いているのだ。即ち、最も弱いところを突いて迅速に食糧を確保しろ、である。


 馬車は引っ掻き傷をつけられて混乱した馬の気の向くままに明後日の方向へ駆け出し、御者をしていた騎士さん2人はお約束ですとでも言わんばかりの華麗なダイブで放り出され、残された俺達は暴走する車内で大混乱。

 どちらへどれだけ走ったのかもわからない状態で、横転した馬車からなんとか這い出してきたという訳だ。落ち着きを取り戻したお馬さんは、馬車が横転して半壊したおかげで自由を手に入れた事を知ると、歓喜のいななきと共に走り去ってしまった。こちらを見向きもせず駆けていく姿には一切の迷いがなかった、城勤めで色々と不満が溜まっていたのかもしれない。


「とにかくすぐに出発しよう! 瀧本、何を座って落ち着いてるんだ!」

「いやいや、そう言うなって。遭難したら下るより登れもそうかもしれないけど、少しでもパニくってるならまずは落ち着くってのも大事らしいよ。いいから飲んでみなよ、そこそこには旨いはずだから」


 とにかく動こうと主張する鈴木をはじめ、冷静ではなくなっているであろう皆を落ち着かせる為に、俺はあえてのんびりとお茶トークをしてみせ、どっかりと腰を下ろしたままお茶を淹れたのだ。


 これが建前。本音はぷるぷると震える自分の膝をリセットする為だったのだけど、落ち着いているように見えたのなら何よりだ。馬車から這い出す時の生まれたての小鹿のような俺に誰も気付いてはいなかったのだろう、皆が冷静じゃなくて本当に良かった。


 必要なものだけを入れておく事になっている手荷物に、お茶セットが当然のような顔をして鎮座していた事についてなら謝罪の用意があったのだけどそれについてもスルーしてもらえそうだ。


「あのな……はぐれたみんなは今もきっとあの狼に襲われているんだぞ!」

「こっちの馬車から振り落とされた騎士さんは心配だけど、タクミ達なら狼くらいなんとかしてるだろ。むしろ狼が俺達を追いかけてきてない事を素直に喜ぶべきじゃないかな」


 膝が笑ってまともに動けない俺と即座に馬車から飛び出して迎撃したタクミ達とでは、どちらの生存率が高いかなんて考えるまでもない。だからお願い、そんなに急かさないでもう少しだけ待って。もうちょっとで歩けるようになるから。


「そうかもしれないけど、ここでゆっくりしてるのが良いとも思えないわ。さっきのがここまで降りてきたらどうするのよ……」

「それは確かに怖いし渡辺さんが無事で良かったけど、動くなら目的と目印っていうか……もう少しだけちゃんと決めてからにしない?」


 渡辺さんが言うさっきのとは鳥型の魔物の事だ。馬車から這い出た俺達が最初に考えたのは、空を飛べる渡辺さんにタクミ達の馬車を見つけてもらう事だった。しかし、渡辺さんが木々の間を抜けて上空へ舞い上がると、すぐさま大型の鳥のような魔物が猛スピードで追ってきたのだ。

 風魔法で対抗しようとした渡辺さんを更なる暴風で迎え撃つ鳥さんの目は完全に本気だった。猛禽類を舐めないで頂きたいとはっきり主張するような精悍な顔つきは今思い出しても震えが止まらない。馬車が暴走してからと言うもの、俺は震えてばかりだ。


「お茶おいしい~。タキモン、意外な才能!」

「せんきゅー。でもタキモンはやめろよ、ねねねんって呼ぶぞ」

「本当ですね、美味しい。今度淹れ方教えて下さい。お2人もとりあえず飲みながら、どうするか考えませんか?」


 危機感を全く感じていなさそうな綾峰さんと冷静そうなルキちゃんは大丈夫そうだ、どうか俺のために時間を稼いでほしい。


「レンコンとさおりがどうして謎の方向に走りだしたいのかよくわかんないけどさ、馬車の車輪の跡とかお馬さんの蹄の跡を辿ってみるのはどうかな? 途中で消えちゃってたりして駄目そうなら戻ってお茶でも飲んでゆっくりしてさ、見つけてもらおうよ。あ、おかわり」


 この子は男にだけ変なあだ名をつけるという自分ルールでもあるのだろうか。レンコンって鈴木の事だよね。


「闇雲に動くよりは可能性があるか……? よし、瀧本もそれでいいな?」

「うん、とりあえず落ち着かせなきゃってとこまでしか考えてなかったしな」


 皆の事じゃなくて俺の膝から生まれた小鹿の話だけどな。それにこれ以上ここにいる事ばかりを主張して、鈴木の中の狂戦士が目覚めでもしたら困る。


 にこにこしながら綾峰さんことねねねにおかわりを注いでいるルキちゃんにも異論は無いようだ。滅茶苦茶に走った馬車が横転しても怪我人は出なかったんだし、まだまだ運もある。動くと決めたならさっさと合流してやろうじゃないか。


「あ~あ、でもやっぱりあたしもタクミくんと同じ馬車が良かったかな。襲われた時、タキモンのせいで飛び出せなかったんだから」

「それはあるな。僕と綾峰くんが出ていればそもそも馬が襲われる事もなかったかもしれない。瀧本、すまなかったな。馬車内での席に何も言わなかったのは僕のミスだ」


 どうやらデキル前衛のお2人が言うには、俺が馬車の中でぷるぷるしていたせいで飛び出せなかったじゃないかという事らしい。ついでにねねねさん、タクミだけは変なあだ名にならないんですね、つまりそういう事ですか?


「ハハハ、そりゃ悪かったな」

「まあまあ、いい感じにまとめてくれたしタキモンも頑張ったよ。とりあえず移動する時は真ん中で周囲の警戒よろしくね」

「ああ、瀧本には司令塔になってもらおう。僕と綾峰くんが前衛に立とう」

「それじゃあ私と渡辺先輩が後衛という事で」


 そして俺はまたしても、オリエンテーリングの時と同じようにナチュラルにミソッカスポジションへと振り分けられる。後ろの皆を頼むとか司令塔になってとか、みんな柔らかい言葉をたくさん知っているんだな。せっかくだから真ん中で踊ってみせようか。



「まだ使える魔法薬とか一通りは持ったしこんなもんかな。それじゃあ行こうか」


 すっかり冷静になった俺達は横転した馬車からできるだけの荷物を持ち出し、陣形を整える。意外と好評で時間のかかってしまったお茶休憩も含めると1時間程度はロスしているが、この程度なら安いものだろう。


 こうして歩き出した俺達は、すぐに足を止める事になる。目の前の光景が信じられず、言葉を発する事すらためらわれた。



 そこには、まばゆい光を放つ勇者様が肩で息を切らせて立っていたのだ。



「タ、タクミ……よくこの場所がわかったな。というかどうやってここまで?」

「みんな無事でよかった! 心配で心配で探し回ったんだよ!」


 ありがとう。それでどうやって探したのかな?誰かに発信機とか付いてた?あ、それか俺達がやろうとしていた車輪を辿るってのを先にやってくれたとか?


「え、発信機とかユーキに付いてたの? 教えてくれれば良かったのに! あ、でも僕は受信機持っていないよ? どうしよう!」


 いや、俺が悪かった。その話は忘れてくれ。全部鵜呑みかこのやろう。


 とにかく一生懸命探したと興奮気味に話すタクミの話をまとめるとこうだ。


 俺達の馬車が暴走したのを見たタクミは狼達をものの数分で叩き伏せ、放り出された騎士さんの無事を確かめると同時に俺達の捜索に乗り出した。

 馬車が走っていった方を頑張って探したとの言葉の通り、勇気の光に身を包んだ勇者様はたった1人で勘と機動力のみを頼りにわずか1時間程度でここまで辿り着いてみせたのだ。


 パニックの時は動くなであるとか、下るより登れであるとかの山の常識を勇気の力が覆した瞬間である……良い子の皆さんはもちろん、良い大人の皆さんも決して真似をしてはいけない。



「まあなんだ……かなり驚いたけどありがとな。それじゃあ戻ろうか。タクミ、案内頼むよ」


「え?」


「え?」



 そこから更に2時間後、光輝く遭難者をパーティーに加えた俺達は、はぐれたメンバーが上げてくれた狼煙のおかげでなんとか合流に成功したのだった。

 やはり山を舐めてはいけない、勇者にも出来る事と出来ない事はある、そんな事を心に刻みながら。


まさかのなろうコン二次通過に驚いておりますが、お読み頂きありがとうございます!

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