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勇者様の親友様  作者: 青山陣也
第10章:短期留学編 ~聖剣の欠片~
38/71

38.準備を楽しむ勇者様と準備そのものに言いたい事がある親友様

 帰るまでが遠足ですという名言をご存じだろうか。


 日本人なら大半の人が知っているはずのこの言葉には、家に帰りつくまで気を抜かないようにという戒めが込められているのだけど、非常に曲解されやすい言葉でもある。 


 中学時代、この言葉を別方向に鵜呑みにして、帰るまではまだ遠足だからと繁華街に繰り出して見事に先生と鉢合わせをしたナガハラ君という友達がいる。

 見つかった事で気が動転してしまい、帰るまでが遠足なので夜の遠足が……と言う意味合いの中学生らしからぬ上に火に油しか注がない言い訳を発射した彼は、その日から夜の帝王という恥ずかしい称号を手に入れた。

 帝王と呼ばれながらもいじられキャラのポジションを確固たるものとした彼は、そのほろ苦いエピソードを引っさげながらもなんだか嬉しそうにしていたのを覚えている。


 高校入学前に親の仕事の都合で海外へと転校してしまった帝王ナギーは、今もSNSを通して実に見事な帝王っぷりを披露してくれている。そう、彼は名実ともに夜の帝王となったのだ。

 SNSに投稿する内容なんて、特にリアルが充実感で溢れかえった場面を切り取ったものである事がほとんどなのでそれが彼の全てだとはもちろん思わない。

 しかし、画面の向こうで決して普段使いは出来そうにないサングラスや衣装を身に付けてブロンドなガール達や悪そうなボーイ達と肩を組んでポージングする彼の姿は大変刺激的な仕上がりだ。


 さて、そんな1人の男の人生を変えてしまう事すらある非日常空間、遠足を楽しむ為に最も大切な事はと聞かれたら何を思い浮かべるだろうか。


 それは友達との時間であるとか、お弁当やおやつであるとか、遠足の行先がどこであるかとか、はたまた当日のファッションこそが大切であるとか、様々な意見が出てくる事だろう。

 皆さんが大切だと頭に思い浮かべた事に難癖をつけるつもりはない、それらは全て大切な事であるはずだからだ。


 バックパックを背負い完全に1人の時間を楽しむ旅行なら別かもしれないが、遠足の体である以上はどうしたって人付き合いは避けられない。何しろ移動中のバスの時点で、高確率で隣に同じクラスの誰かが座るのだ。

 もしもお一人様席をゲットしたとしても、それは果たして勝ったと言えるのか議論の分かれるところである。形はどうあれ、遠足と人間関係は切り離しにくい関係にあると言えるだろう。


 また、外で食べるお弁当やおやつが格別であることは、多くの皆さんが経験されている通りだ。例えお弁当が寄り弁していようとも、おにぎりが半壊していようとも、おやつのスナックが粉々であろうとも、水筒にキンキンに冷やしたスポドリを仕込んでちょっとした注目を浴びようとしたのにみるみる内に気温が下がり、伏兵の温かいお茶にお株を奪われようとも……くそ、あれは本当に寒かった。

 半壊して鮭フレークがこんにちはしたおにぎりとスポドリの食べあわせがあまり良くない意味でソウルフルだった事や、寒空の下で粉々のスナックをキンキンのスポドリで流し込んだ荒行の事はさておき、とにかく外で食べるお弁当は格別なのだ。これも遠足にはなくてはならない要素である。


 もちろん行先も重要だ。海外旅行に連れて行けだの、リムジンを用意しろだの、富士山の頂上から日の出を拝ませろだのと言うつもりはない。それでも、せっかくの遠足なのだから素敵な場所に行きたいと考えるのはおかしな事ではないはずだ。

 行先なんてどこだって大して変わらないと思う人は想像してみてほしい。

 朝一番に学校に集合してバスで小一時間近所をぐるっと回った後、校庭をお昼まで延々と行進し、校庭の真ん中にレジャーシートを広げてお弁当を食べる。食べ終わったらおやつ休憩まで午前中とは逆回りに校庭を行進、おやつ休憩と最後の行進を終えたらバスで小一時間近所を巡り、校庭で解散。


 如何だろうか、バスで目的地へ行き、ある程度の距離をのびのびと歩き、外でお弁当やおやつを食べて、心地よい疲労感と共にバスで帰ってくる。


 遠足としての条件はほぼ満たしているにも関わらず、とんでもない苦行に早変わりだ。

 でろでろと行進を続けるすぐ横を、他の学年の生徒達がにやにやとした笑みを浮かべながら通りすぎていったり、場合によってはすぐ近くで体育の授業が始まったりするかもしれない。

 周辺の景色で変化があるのは空くらいのもので、必死に仕事をこなそうと様々なアングルでの撮影を試みるカメラマンさんの努力が胸に痛い。

 この遠足騒ぎは参加した生徒や他の学年の生徒から広まり、保護者に教育委員会に遠足を実施した学校にと三つ巴の大論争、ちょっとした社会問題にまで発展してしまう。行先なんてどこでも良いと口にしてしまった事で学校生活に潜む闇や教育現場の問題までをも白日の下に晒す結果となり――


「ユーキ、遠足のあれこれも大切だと思うけど……どうしてここでその話なの? 僕達が行くのは遠足じゃなくて、何日かかるかわからない危険な旅なんだよ?」


 俺達は王都で明日からの聖剣探しに向けて必要な物を物色中だ。メンバーはまず、お姫様という立場から今回の旅には同行出来ないリィナ姫を除いた班のメンバー5人だ。


「そうは言うけどな、こんなのは遠足の準備みたいなもんだろ。もちろん危険な事もある旅だってのはわかってるつもりだけどさ。どうもそういう雰囲気にならないんだよな」


 午前中一杯を費やしてこれまでに買ったものと言えば、留学の為に持ってきた制服や普段着では旅向きでは無いだろうと揃えたそれぞれの衣類や靴、丈夫な鞄と水筒くらいのものだ。本来であれば揃えるべきものは沢山あるはずなのだけど、これだけのんびりとしているのにはもちろん理由がある。


「わかります! ユーキ先輩って物事を深く考えているようで実は色々逸れちゃうタイプですもんね?」

「ルキ、気持ちはわかるけど言い過ぎよ。仮にも師匠のお友達なんだしお世話になったんだから。そうですよね師匠? あ、そのマントもとってもお似合いです!」

「ありがとうルカちゃん! そうなんだよ、ユーキはとっても凄いしこう見えて色々と考えているんだよ!」


 メンバーがまず班の5人と言ったのは、追加メンバーがいるからだ。まずは屋台の美人姉妹ルカさんとルキちゃん。頭からストレートな物言いのルキちゃんは勿論、一見フォローに回っているかのようなルカさんとタクミも、気持ちはわかるとかこう見えてとか完全にそっち側だから気をつけなさいね。


 この2人、ただの屋台娘ではなく相当な能力の持ち主なのだと言う。ルカさんは大剣を振り回す超前衛タイプで、それをサポートするB+の闇魔法適性を持つ妹のルキちゃんとのコンビネーションは圧巻なのだそうだ。言わば国家お抱えの特待生のようなポジションで、今回の聖剣探しにも経験を積む為ということで組み込まれたらしい。


 特待生ポジションなのに屋台で生活費やら何やらを稼いでいるなんて味はともかく頭の下がる気持ちだ。


 そこでふと、2人の家のキッチンにあったあの巨大包丁、魔物をぶった斬ったまま料理に使ってたりしないだろうなと不安な気持ちが頭をかすめる……いや、考えるのはよそう。悪い夢とか急な腹痛とかが、ようやく気付いてくれたんだねと嬉し涙を流しながら走ってきそうだ。

 タクミを師匠と呼ぶルカさんについてはツッコミがお腹一杯なので放っておく事にする。


「とりあえず午前中のノルマは終わったしご飯いこ? あたしもうお腹ぺっこぺこ」


 追加メンバーはまだいる。買い物を面倒そうに切り上げたがっている女の子は綾峰寧々(あやみねねね)。勇者適性ではないものの、もう1人適性Aを持った者がいると噂されていたのがこの子だ。詳しくは教えてもらえなかったが、どちらかと言うと前衛職の適性らしい。

 学校では演劇部に所属している彼女の夢は、未来の大個性派脇役女優として映画界に君臨する事らしい。女優を目指すと言い切るだけあって整った容姿ではあるのだけど、正統派の美人で主演女優賞に輝くというよりは、個性的な役回りをこなして助演女優賞をかっさらっていく方が確かにイメージに合っている気がする。一癖ありそうな和風美人といった感じだ。ただし喋ると残念なタイプの。


「ねねちゃん、ノルマってそんな……まだ斉藤さんがマントを選んでいるんだし待ってようよ、ね?」

「タクミくんはどう? 他に午前中に買っておきたいものがあればタクミくんの意見を尊重したいの」


 そんな自由奔放な綾峰さんに押されながらも輪を保とうとしているのは、先のオリエンテーリングでポールの気持ち悪い魔力にすっかり戦意を喪失していたはずのナナちゃんこと吉野七海(よしのななみ)さん。彼女も見かけによらず……と言っては怒られてしまうかもしれないが、水・風・土の3属性の魔法適性を持っている。ただし、全ての属性においてサポート魔法特化である為に活躍出来る場は限られているようだ。

 そしてナナちゃんに並んでタクミの意見を伺っているのはオリエンテーリングで出会ったもう1人の女の子、アリーセだ。彼女の適性は騎士B-で特筆する部分もないらしいのだけど、タクミと旅に出るという話を友人である綾峰さんから聞いたナナちゃんと共に直々に志願したらしい。


 俺のテンションが上がらない理由のひとつめがこれだ。それぞれ能力や高い意志はあるのだろうけど、同世代の子を次々と旅の道連れによこして、一体この国は何を考えているのだろうか。

 しかも、まだスタンスのよくわからない綾峰さんや尊敬のベクトルが若干ずれている気がするルカ&ルキ姉妹がいるとはいえ、追加メンバーは女子ばかりでその半数以上がタクミルート確定の様相を呈している。ずいずいとタクミを追って前に出ていく女子達に追いやられ、俺は最後尾でぼやくしかない状態だ。まさに遠足を引率する先生のようではないか。


 そうだ、男は!男達はどこへ行ったのだ!お昼を食べ終える頃には状況説明のナレーターと化してしまいそうな俺しか居ないというのか!そうだ、あいつはどうしたんだ!


「アレックス! アーレーックス!」

「む……ユーキ、急に大きな声を出してどうしたんだ?」

「おお、俺より後ろにいたのか……気にするな、ありがとう」


 良かった。ご都合主義の荒波に呑まれて消えてしまったかと思った。お前だけが頼りだからな。頼むぞアレックス、我が友よ。


「費用は全て国の負担で武器防具も別途支給……午後は必要だと思うものなら自由に買ってきて良いなんて、この国の財政管理は一体どうなっているんだ……」

「いた! こっちにも男いた! なんだいるじゃないか、うはははは」

「な、なんだよ瀧本。僕にそういう趣味はないぞ?」


 待ってくれ、俺にだってそういう趣味は無い。しかし今の発言は確かに誤解を生むよな、謝ろう。


 最後の追加メンバーは鈴木蓮(すずきれん)。生徒会副会長で学年トップクラスの成績、更には書道の腕前も一級品という文化系男子だ。これまであまり絡みは無かったが、国の財政に冷静に物申す辺りなんだか仲良くなれそうな気がする。

 そんな鈴木は剣士と戦士と狂戦士のB適性が揃い踏みというガチンコ前衛適性で私生活とは真逆の才能を開花させている。ネーミングからして、出来れば狂戦士な部分はあまり出さずに頑張ってもらいたい。


 そしてテンションが上がらない理由のふたつめは鈴木の話にあった通りで、国の偏ったバックアップ体制にある。朝一番に一通りのサイズを測られて放り出された俺達が帰る頃には、ぴったりフィットする防具が武器と合わせて支給される事になっているし、移動には中型の馬車が2台用意され、食料や水に加えてもしもの時に役立つ魔法薬であるとか魔法アイテムも軒並み揃えられるらしい。

 つまり午前中に遠足気分で選んだ衣類や鞄や水筒だけで、俺達が用意するものとしては事が足りてしまうのだ。そして午後の自由行動にはお駄賃と言うにはとんでもない額の金貨10枚という予算が組まれている。

 もちろんこれは全員分ではなく1人につきこの額だ。何もしていないのに強くてニューゲーム状態である。メンバーは同世代ばかりで固めておきながら、それをお金と物量で補うかのようなこの体制……何かが間違っている気がしてならない。


「最初は着のみきのまま飛び出して、やりくりに苦労したりギリギリで頑張ったりするものじゃないのか? これを気ままな遠足と言わずに何と言うんだ」

「ユーキ、それなら前に言ってたじゃない。本気なら国の宝物庫を開け放つべきだって。つまりこの国はそれだけ本気で期待してくれているって事じゃないのかな? 凄い事だよ!」

「いや、確かにそういう事を言った事もあるかもしれないけどさ。実際にそういう風にされると落ち着かないし、鈴木の言う通り財政どうなってんだって思わないか?」


 それにこれでは、街中を駆けまわって壺やらタンスを好き放題して手に入れたしょうもない棒きれであるとか変な草であるとかのアイテムとなけなしの初期装備を全て売り払って少しだけ強い武器を買い、当たれば勝ち、当たらなければ負けというスリルを楽しむギャンブルプレイが出来ないではないか。俺はRPGに手をつける時はこれを楽しみにしているというのに。


「ちょっと、そんな事するつもりだったの? 壺やらタンスを好き放題って……リアルにやったら捕まるだけじゃない。瀧本くんってバカなの?」

「そのやり方ではすぐに破綻するだろう。バランスの良い装備を整えてこそスムーズに進んでいけるんじゃないか?」


 鈴木の話はその通りではあるのだけど、優等生過ぎてゲームの趣味は合いそうにないな、残念だ。それから渡辺さん、昨日のあれで少しは大人しくなってるかと思ったけどキレッキレで安心したよ。ゲームの話なんだし、最初は工夫しながら旅していくものだろっていうちょっとした心構えのつもりだったのに、これだけ一刀両断にされるといっそ清々しい。



 ハーレムメンバーの補充としか思えない前日準備はお昼ご飯を挟んで本当に自由奔放に進められた。

 午前中はあれだけ真面目そうな顔付きだったタクミは話題の限定スイーツがどうとか騒ぐ女子に囲まれて、これでもかと言う位に鼻の下を伸ばして屋台ゾーンに向かってしまった。危険な旅だと力説していた勇者様はお昼ご飯と一緒にいなくなってしまったらしい。

 物欲しそうな顔をしてその後ろを付いていったアレックスが心配ではあるものの、一緒に行く気にはなれなかった俺は別行動で準備を整える事にする。アレックス、変な目で見られたり何か言われたら、ちゃんとタクミの友達ですって言うんだぞ。そもそも変な目で見られないようにあまり変な目をしないようにな、頑張れ。


 鈴木もご飯を食べ終えて気付いた頃には何も言わずにどこかに消えてしまっていたが、あいつはしっかりしていそうだしまあ大丈夫だろう。


 こういう時こそ、タクミ達や鈴木のようにリラックスしていないといけないのかな。俺はリラックスする方法を頭をひねって考えるという本末転倒な思考に陥りながら、ふらふらと街を歩いていく。少し距離を置いてやや不審な表情をしつつも付いてきてくれるお城のスタッフさんと一緒に。出来ればちょっとだけ1人になりたい……そんな願いは金貨や荷物を預かってくれているスタッフさんには届かず、午後の街並みに吸い込まれて消えていくのだった。

お読み頂きありがとうございます!

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