表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者様の親友様  作者: 青山陣也
第9章:短期留学編 ~星降る夜の出来事~
37/71

37.とにかく勇者な勇者様とまだまだ手探りの親友様

 自慢になる話ではないが、俺は女の子に大事な話があると呼び出された事がある。相手は同じクラスだった子だ。


 サバサバして男勝り、明るい性格で話しやすく男女問わず人気のあった子だ。それが、一言も喋らず、うつむき加減に目の前に立っているではないか。俺はそれを見て、辺りを見回してしまった。

 質の悪いドッキリか、相手を間違えているに違いないと思ったのだ。


 ましてや、当時の俺は、少しだけその子に友達以上の感情を抱いていた。ピンポイントにも程がある。複雑な想いに身を硬くしながら、なるべく普段通りの体を装って呼び出しの理由を問いかけた。

 沈黙に見守られた教室は、世界から切り離されたかのようだ。時おり聞こえる部活動のかけ声や笑い声も、やけに遠くに感じられた。

 その子はしばらく躊躇していたが、意を決したように話し始めた。まさに緊張の瞬間である。


 話は実に簡単だった。スマホのメッセージアプリのIDを教えて欲しいのだと言う。不思議に思った俺はどういう事かと聞き返す。そんなものはとっくに交換していたからだ。

 結論を言ってしまえば、その子が聞きたかったのはタクミのIDだった。しかも、友達の友達に聞いてくれと頼まれての事らしい。

 俺の友達……タクミのIDを、友達であるその子の友達のそのまた友達が聞きたがっているという訳だ。何ともトモダチがゲシュタルト崩壊してきそうである。つまり、立派な他人様だ。


 俺は拍子抜けすると同時にやるせない気持ちで、そんなものは直接聞けば良いと突っぱねた。実際、タクミの個人情報を垂れ流す訳にはいかない。友達の友達のそのまた友達だと言われても、冗談ではない。情報屋の真似事で痛い目を見た過去もある。タクミ絡みで似たような失敗を繰り返す訳にはいかない。


 それに、俺を呼び出したその子であれば、簡単な話のはずだった。タクミと話しているところを見かけた事もあったし、俺を介する意味がわからない。顔を赤らめてうつむき加減という破壊力満点の仕草は、何の為にやっていたのだ。とんだぬか喜び大作戦である。

 半ば怒りすら覚えつつ話を聞いていくと、少しずつではあるが、理解は追いついてきた。その子も、タイミング次第でタクミと話す事はあっても、IDだとかを聞く程には仲良くなれていなかったのだ。そこで、無理なお願いだとは承知の上で俺を呼び出したという事だった。

 ついでに、俺にとっては残念な補足。その子自身も、タクミの番号やら何やらをゲット出来たら嬉しいかもうふふ、という事らしかった。友達の友達に聞かれた体とは言いつつ、タナボタ狙いだったのである。

 顔を赤らめていたのは、単純に恥ずかしかったからだそうだ。普段はサバサバしている自分が、気になる男子に連絡先すら聞けずにいるというギャップに赤面、というわけ。続・ぬか喜び大作戦である。


 気持ちが恋だのなんだのに育つ手前で間接的に、俺はサックリと振られた形だ。色々な気持ちに無造作に蓋をすると、作業的にタクミを呼び出し、その子を紹介してやった。その後でどうするかはタクミ次第なのだし、俺が口を出す事でもない。

 ただ漠然とした脱力感を味わいながら、その日はご飯を沢山食べたのを覚えている。失恋から立ち直る為の最もシンプルな方法のひとつ、やけ食いである。


 ちなみに、振った振られたという言葉は、男性からの告白に言葉で答えるのがはしたないとされていたその昔に、着物の袖の振り方で気持ちを表していたのが語源だそうだ。

 よほどわかりやすく振らなければ誤解を生みそうで大変リスキーな方法だと思ってしまうのだけど、もしかすると袖の振り方に加えて物凄くわかりやすい表情を作ったりしてアレンジしていたのかもしれない。

 また、あえてどちらかわからない振り方をしてみせて殿方を悶々とさせたり、微笑みを浮かべたままばっさりとお断りするような高等テクニックをふんだんに散りばめて、奥ゆかしい中にも様々な駆け引きが繰り広げられていた可能性もある。


 駆け引き云々の手前で散った俺には関係の無い話ではあるが、こうした日本語のルーツから文化を紐解いてみるのも面白いかもしれない。


「あはは、本当に自慢じゃない話だったね! ユーキを呼び出した子って去年の秋に転校しちゃったともちゃんでしょ? 今でもたまにやり取りしてるよ!」

「その通り、トモミちゃんだよ。でも今はそこじゃないだろ。どうして俺が自分の恥ずかしい話までしているかわかってるのか?」

「そう言われても……ぐっすり眠ってたみたいだから起こさなかったんだけど、もしかしてそれで怒ってるの? 戻ってきたらいなくなってるし、帰ってきたと思ったら凄い剣幕で話し出すからびっくりしたよ、それとも何かあったの?」



 タクミと斉藤さんの話を一通り見届けて部屋に戻ってきた俺は早速、大外からタクミの本音を探りにかかっていた。

 全部聞いてたんだぞ、さあ白状しろ!とは言えないのが難しいところだ。2人が話していたのは起き抜けの散歩でたまたま通りかかったりするような場所ではなかったし、会話を拾っていたのも渡辺さんの魔法によるものだったので、聞いていたのが俺だけではない事までバレてしまいそうだったからだ。


 そのせいで非常にわかりにくい形になっている事は認めよう。ツッコミすら入らない振り袖のくだりはどうやら必要なかったようだし、なんならトモミちゃんの話なんてしなくても良かったのかもしれない。俺の数少ない甘酸っぱい感じの話を返してほしい気持ちになってきた。




「私ね、タクミくんの事が好きかも。こっちにきて数日だけど、同じ班で色々してる内に気持ちに気付いたっていうか」

「ありがとう! 僕もハルカちゃんの事、好きだよ!」


 相手の出方を探りつつ、強い意志を感じる口調で告白した斉藤さんに対してど直球でタクミが答える。渡辺さんには残念だったけど、これは一気にまとまるか?


「それじゃあ……!」

「ユーキもさおりんも、リィナもアレックスだってみんな大好きだよ! 良い仲間に恵まれて僕は本当に幸せ者だって思うよ!」


 ああ、そういう方向にいくのか。これはこじれる、絶対こじれる。俺の心配をよそに会話は進んでいく。


「あ~……そかそか。タクミくんらしいね。うん、私もこの班のみんなは面白いし素敵なお友達だと思うよ」

「でしょ!? 明後日から聖剣探しだから明日は観光とかじゃなくて準備になっちゃうけど、このメンバーで行けるのが本当に嬉しいんだ!」


 でも、と続けようとする斉藤さんをスルーして、被せ気味に熱の入ったトークを展開するタクミ。狙っている訳ではないのが逆に厄介で、斉藤さんもタイミングを見極められずにいる。


「大変な事もあると思うけど、僕達ならきっとどんな困難も乗り越えられるよね! みんなの事は僕が守るつもりだけど、少しだけ力を貸して欲しいんだ!」

「もちろん、タクミくんの為なら頑張るよ!」

「ありがとう! 明日の準備も忘れ物が無いようにしないと……そういえば移動はどうするんだろ、前の迷宮の時みたいに走っていくのかなぁ。それだとみんなが大変だよね」


 それでね、と話を戻そうとした斉藤さんの声は夜空に消えていき、タクミは明日の心配をし始める。前の授業中に聖剣を見つけてきた時はやっぱり走っていったのか、すごいな。みんなが大変だという自覚があるだけ良いか。みんなで頑張って走ろうね!とか言い出したらこの場で飛び出さなければならないところだ。


「ん~……逆にタイミング悪すぎたのかな。えーとタクミくん、明日の朝ご飯は何にする?」

「そうだよね、朝ご飯を食べたら早速でかけなくっちゃ! 移動が馬だったらどうしよう、僕まだ上手に乗れないんだよね」

「うんうん。ちなみにタクミくんって好きな人はいるの?」

「いるよ! やっぱり勇者ラルスは大きな目標だよね! 剛腕のブライアンとか一閃のサカグチも凄いし、それから踊る双剣の……」


 駄目か、タクミの頭の中は聖剣探しと勇者の事で一杯のようだ。あえて脈絡の無い聞き方をしてそれを確かめた斉藤さんがタクミにしっかり聞こえるようにため息をつくのだけど、ヒートアップしたタクミの話は踊る双剣に続いてネジ巻き仕掛けのピエールへと移って更にテンションを上げている。


 彼の話なら俺も知っている。勇者ラルスはもちろん、剛腕さんや一閃さん、双剣さん辺りは実に正統派の勇者様なのだけど、ピエールさんは一風変わった勇者様だ。

 何と何の複合だったか忘れてしまったけど、特殊な適性の固有スキルを持っていて、胸元からそびえ立つ魔法のネジを巻ききれれば一定時間は無敵に近い力を発揮するのだ。ピエールさんのネジはピエールさん自身にしか巻く事は出来ず、しかも本人の限界ギリギリの力と魔力を必要とする。その試練を乗り越えた時、ピエールさんは真の勇者となるのだ。


 ただし彼のネジは戦闘が始まらないと巻き始める事が出来ず、貯めておく事は出来ない。

 また、限界を超えられずに途中で力尽きてしまうとその戦いでは一切使い物にならなくなるというハイリスクハイリターンな特性なのだ。

 そうかと言ってネジを巻かない訳にはいかない。何故なら通常モードの彼は胸元からオシャレなネジが飛び出ている以外はただの陽気なおじさんだからだ。


 こうなってくると、そのネジが何かしらの呪いではないかとさえ思える。

 実際、これって呪いなんじゃ?と考えた人は実に多いようで「ネジ巻き 祝い」と検索すると「ネジ巻き 呪い」ではありませんか?もしかして?と検索先生が親切に物騒な方向に誘導してくれるというのは有名な話だ。


 そんな彼の逸話はその特性上、どれも絶体絶命の危機を一発逆転するか、どうしようもない大敗かのどちらかでなかなかの人気を誇っている。

 他の勇者様がA以上の適性で無双しているのに比べて、ピエールさんの勇者適性がBだと言うのも好感が持てる。


 タクミは正統派の勇者にしか興味が無いのかと思っていたけど意外だな、今度ピエールさんについてはじっくり語り合うとしよう。


 さて、俺の脳内で大幅に話が逸れている間に、どうやら斉藤さんは仕切り直しをする方向に切り替えたようだ。タクミの話に笑顔で相槌を打って、小さなポイントを積み重ねている。はっきり好きだと言い切って思う様スルーされたのに、直後に関係の無い話に笑顔で応えられるメンタルは凄まじいものがある。


 俺の隣で固唾を飲んで見守っていた渡辺さんも、複雑な表情ではあるもののどこかほっとしたような安心の色が見てとれる。


「タクミくん、ユーキやさおりんも……って言ったわよね? 私、瀧本くんよりも下って事なの?」


 違った、全然安心の色とか見てとれなかった。凄く静かに魔力とか漏れてきてる。むしろ俺の安心が危ない。待ってくれ、誤解だ。タクミ、お願いだから言い直して!この子に謝って!


 殺伐としてきたこちら側はともかく、タクミ達の空気が弛緩した事を確認した俺は渡辺さんをどうにかこうにかなだめてその場を解散させた。その後、なんとなくそのまま戻る気にはなれずぶらぶらと夜の散歩をお一人様で楽しんで部屋に戻り、今はこうしてタクミを正座させているという訳だ。


「つまりだ、今のお前は少し周りが見えなくなっているんじゃないか? って事だよ」

「そんな事ないよ! 昼間の会議で国中のみんなが応援してくれているのがわかったし、こうしてはいられないって気持ちを新たにしたんだ!」


 国中のみんなが応援って言うけどあの場にいたのはテンション高めのごく一部の皆さんだろ、だからそういうところだってば。斉藤さんの決意の告白に気付かないどころか、俺の強引な話運びにツッコミすら入らないじゃないか。

 国のお偉いさん達の狙いにカッチリとはまりすぎていて、レオナルドさんの高笑いが聞こえてくるようだ。いや、高笑いしているのは騎士団長さんか。そういえば騎士団長さんって未だに名前知らないな、まあいいか。


「タクミってさ、何の為に勇者になりたいんだっけ?」

「困っている人を助ける為だよ! 僕にその力があるのなら、黙っている事は出来ないからね!」


 模範解答ありがとう。どうにもぼんやりして大きな目標設定のようで危うい気がするのだけど、ぶれてはいないならまあ良しとするしかないのかな。

 それにこれ以上深追いして、じゃあユーキはどうして留学したのさ?とか聞かれたら、異世界が楽しそうだったからであるとか、なんなら新しい出会いなんかが転がっているかもしれないからという、大変不純な動機しか答えられないからだ。

 いや、もちろんその端っこに例え低くても適性があるなら頑張ってみたいっていうのもあるんだけどさ。


「そうか。ひとつだけ、お前にとって何が一番大切なのかはよく考えておくといい。いつも全てを守りきれるとは限らないんだ。急に選択を迫られる事だってあるかもしれないんだからな」


 なんだか悔しいのでもっともらしい事を返しておく。タクミは、全部守りきってみせるよ!でももし……とか言ってうんうん唸っている。素直なのは良い事だ。


 このゆっくりとした夜が終われば、慌ただしい旅路が待っている。それに最後の抵抗を見せるかのように、俺達は夜中まで色々と語りあった。

お読み頂きありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ