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勇者様の親友様  作者: 青山陣也
第8章:短期留学編 ~異世界の偉い人に物申す~
35/71

35.雲隠れの勇者様とおしおきを受ける親友様

 食事を美味しく食べるにはいくつかの要素が絡み合っていると思う。


 今日はこれを考えてみたいのだけど、その前に、料理の味や食べ方の好みについては議論から外す事を許してもらいたい。

 食事を楽しむ事に焦点を当てる以上、料理の味は絶対条件ではある。しかし、各々の好き嫌いであるとか味付けの好みであるとかそういった部分を語りだしたら、それこそ日が暮れてしまう。


 腑に落ちない皆さんの為に簡単に説明するなら、例えば目玉焼きだ。

 まずは焼き加減。とろりとした半熟でなければ認めないという人もいれば、半熟が中心に残っていて外側はかっちりしているのが黄金バランスであるという人もいるだろう。かっちりとした黄身こそが目玉焼きの美学だと言う人もいるかもしれない。

 また、フライパンに少量の水を注ぐかどうか、その加減も大切だ。一切の焦げ目を排除したつるりとしたフォルムを好む人がいる一方で、焦げ目とパリパリとした端っこの食感にこそ、目玉焼きの醍醐味を見出だす人もいる。

 更に味付け。塩派、醤油派、ソース派、マヨネーズ派にケチャップ派、はたまた調味料は邪道だという新派閥。少し考えてみるだけでもこれだけの選択肢が挙がってくるのだ。


 如何だろうか。何をもって美味しいとするのか? という部分を明らかにする事がどれだけ難解で時間のかかる事か、ご想像頂けたと思う。

 そこで今回は、味に関して各々の平均値をクリアできているという前提で話を進めさせてもらいたい。目玉焼きの好みに関する新説については、後ほどじっくりとヒアリングの時間を設けようではないか。


 それでは話を戻そう。食事を美味しく食べる為の要素とは。料理の味や食べ方についての問題をクリアにするのであれば、大きく分けて2つが考えられる。


 ひとつは環境だ。

 どれだけ美味しい食事でも、料理を運んでくれる店員さんに事ある毎に舌打ちをされたとしたら。途端に味などどうでも良くなってしまうに違いない。

 また、ありえない話ではあるのだけど、断崖絶壁の淵に立たされて、下を見ながらラーメンをすすってくれと言われたらどうだろうか。高いところやスリリングな場所が好きでたまらない、それも含めて大好物。そんなごく一部の皆さん以外は、ラーメンはいいから下ろしてくれと叫ぶであろう事は想像に難くない。

 安全かつ快適な環境で、気持ち良く食べられる事。これは大きな要素であると思う。


 もうひとつは誰と食べるかという事。

 目の前に、明らかに話し合いでは解決出来ないようなギラついた目をした人が、抜き身のナイフをべろべろしてこちらを凝視していたらどうだろうか。

 そんな人とはそもそも相席する機会があるはずも無い。それはわかっているのだ。まともなツッコミ度外視して考えてほしい。その通り、食事の味などまともに楽しんでいる余裕は無いはずだ。

 

 突拍子の無い例ばかりでは申し訳ないので、もう少し身近な例も紹介しよう。

 友人や恋人、家族との喧嘩を想像してみてほしい。そしてそのままの流れでなだれ込んだ食事の風景を。つまりはそういう事なのだ。

 楽しめる相手と一緒に食べる事、これは場合によっては味や環境を凌駕する大切な要素である。


「大変興味深い話だが、その話はどこへ着地するおつもりで?」

「えっと」

「私が抜き身のナイフをべろべろしているような人間と同じに見えるという事ですかな?」

「とんでもない! この場所もこのステーキも、ちょっとだけ自分には不釣り合いかな~みたいなところに、ストンと着地するつもりだっただけです」


 レオナルドさんによってVIPな個室へと連れ込まれた俺は、とってもジューシーなステーキを前にしどろもどろしていた。

 美味しいのが食べたいです、とは確かに言った。言ったけど、肉厚でジューシーかつ、口の中でほろりととろける霜降りステーキが出てくるとは思わないじゃないか。

 それに加えて、豪華絢爛と金色で書いた掛け軸をぶら下げても似合いそうなこの内装も居心地が悪い。椅子の背もたれはやたらと高いし、個室なので俺とレオナルドさんが食器を動かす音しか聞こえない。

 朝ご飯を食べた、お城のスタッフさんがわいわいしている食堂とは全く違う雰囲気だ。実に落ち着かない。


「まあそんなに固くならず存分に食べてざっくばらんに話しましょう、こんな事で緊張するような器ではないでしょう?」

「いやあ、意外と緊張もするんですよ」

「ほう、ご謙遜を。確か会議の件をしっかりと把握されたのは昨晩の事でしたな? それであれだけの事を、平然と、話せるのですからな」

「なんだか雰囲気を壊してしまったようですみません」


 ざっくばらんに話すなら話題を変えて頂きたい……ど直球じゃないですか。平然と、の部分にアクセントが付いていたのは空耳ではなさそうだ。怖い。


「いやいや、真っ直ぐなタクミ殿とは一味違う視点で楽しめましたぞ。勇者の右腕と噂されるだけはありますな」

「え、そんな噂が流れているんですか? とんでもないです、ただの友達ですよ」

「でしょうな。この噂は先程の会議の後から、私が流し始めたのですからな」


 俺はなんとか愛想笑いを返した。でしょうなってちょっと。今の俺には荷が重いヘビーなジョークまで飛び出してるじゃないですか。しかも流し始めてるんですか、やめてください。

 この人、豪速球は持っていないけど、緩急で速く見せるタイプのピッチャーだ。ど真ん中のストレートに続いて、投げ損じかと思う程の超スローボール。そこでタイミングを外し、キメ球のスライダーを空振りさせるのだ。その時のどや顔の小憎らしさといったら、筆舌に尽くしがたい。


「ええと、やっぱり強制送還とかになるんでしょうか? 謹慎か軟禁くらいで穏便にして頂けると……」


 穏便に軟禁というのもおかしな話なのだけど、なんとかまだこちらにいられるように頼んでみる。


「送還……軟禁? これは失礼、少々意地が悪すぎましたな。そんな事にはなりませんぞ。ここにお呼びしたのも本当に話が聞きたかっただけなのだから」


 あれ、意外な反応。こってり絞られてポイっと捨てられるものだと思ってましたよ。このステーキが最後の晩餐だとばかり……。


「こちらの意図を汲み取った上で、友人を守ろうとしてあのような振る舞いをしたのでしょう?」

「……ええまあ」

「少々やり過ぎた部分があるとは言え、それも自覚してここに堂々と座っている。度胸があるし頭も悪く無いようだ」

「どうでしょう」


 半分は当たってますけど、もう半分は全力で保身のつもりでした。

 しかも途中から観客の皆さんに煽られて気持ち良くなっちゃったので、勢いで喋ってほっぺたを赤くしていた勇者の卵と中身は同じです。とは言わないでおく。上向きに誤解してもらえるならそうしておこう。


 ついでに、ここに来たのもレオナルドさんの目が怖くて断れなかっただけで、友人への想いだとかの素敵で青春真っ盛りなものは存在しません。という事も肉厚ステーキと一緒に喉の奥へ流し込んでおく。美味しい。


「勇者殿は実に素晴らしい。あれだけの才能と気質を持った若者はそういないでしょう。それは君も認めているのではありませんか?」


 ここで急に風向きが変わる。どうにもこの人の話は大外から回ってくる感じでやりにくい。探り探りで話の裏側を想像しつつ、ひとまず頷いておく。


「正直で真っ直ぐで芯の通ったところもある。そして聖剣の欠片をたやすく発見する運も持っている。実に素晴らしい」


 その話、本人にしてやったら発光して喜びますよ。と横槍を入れたくなるのをぐっとこらえて続きを待った。この人はあれだ、乗っかってぺらぺら受け答えすると、後から色々と揚げ足を取りにくるタイプだ。

 しかも正攻法のように見せかけて後ろとか地中から何食わぬ顔でだ。奇遇ですな、とか言って。そのスライダーはもう振りませんよ、見逃せば全部ボールなんですから!


「この世界も、地球からやってきた者達もですが、私は色々な若者を見てきた自負がある。それでもあんなに真っ直ぐで正直な若者はなかなか。いや、実に楽しみだ。近くにいる君の方が知っているんじゃありませんか? 彼が如何に真っ直ぐな正直者かを」


 なんとなく見えてきてしまった。正直で真っ直ぐと連呼するこの人は、つまるところそれが心配でもあるようだ。正直過ぎて、真っ直ぐすぎる。期待もしているけど、だからこそ心配もしている。そういう事だろう。


「一度決めると納得するまで突っ走っちゃいますからね、真っ直ぐ過ぎるのも困り者ですよ。馬鹿正直なんです」

「おや、そうなのですか? そんな一面もあったとは驚きですな!」


 うわあ、凄い白々しい……乗っかってみた俺も俺だけど、こっちが言うまで待っていた癖に言ったら言ったでとぼけるなんて。今はっきりとわかった。この人苦手だ、早く帰りたい。


「もしかするとタキモトくんのような良い友人がいるおかげで、勇者殿も進む道が見えやすくなっているのかもしれませんな。これまた素晴らしい」


 素晴らしい友情、素晴らしい青春だ、若さとは良いものですなぁ。この国も安泰だとか言って、しきりに頷いている。残念ながらこの国が安泰かどうかはわかりませんよ。なんせこちらはれっきとした異世界人ですから。


「とんでもないです。それに俺が何か言ったところで結局はいつの間にか自分でパパっと決めちゃうんですよ。結果も自分で見ないと納得しなくて、困っちゃいます。あはは」


 そっちがその気ならこっちもこうだ。どうやらこの人は俺に、勇者としての何たるかであるとか道筋を上手い事タクミに吹き込んでほしいらしい。国家が望む方向という意味での、だ。そんなの誰が言っても聞きゃしませんよ、と暗に含ませてお返ししておいた。

 その後も狸と狐の化かしあいのようなのらりくらりとしたやり取りが続く。


 レオナルドさんがタクミの行動力を褒めちぎって、暗に聖剣の探索を急いでいる事を仄めかせば、俺はそれに気付かない振りをして人の行動力とはなんぞやという私見を語って応戦する。

 俺が地球での暮らしを語って、俺達の日常が戦いから程遠い事を伝えようとすれば、レオナルドさんは歴代勇者の逸話を語り、経験を積めば全く問題が無い事をアピールしてくる、と言った具合だ。


「いやはや、実に有意義なランチでした。君とはまた語り合いたいですな! 下手な大臣と議論するよりよっぽど刺激的だ」

「ご馳走さまでした、こちらこそありがとうございました。失礼します」


 挨拶が精一杯の俺に対して、レオナルドさんはまだまだ余裕ありげに見送ってくれた。ある程度は応戦していたつもりだったのだけど、やはり経験の差というものはある。

 お腹も胸もいっぱいにしてげんなりと個室を後にする頃には、もう夕方に差し掛かっていた。


「やっぱり誰もいない……まあこれだけ時間がかかったらそうか。みんな先に観光とか行ってんのかな。その辺で聞いてみるしかないか」


 食堂に戻ってみたものの、そこに見覚えのある顔はなく、お昼時のピークを過ぎたゆっくりとした時間が流れているだけだ。

 どっと疲れてしまった。このまま部屋に戻ってふて寝でも決め込みたい。でもまあ、流石にそうもいかないか。


「おお、こんなところでどうしたのかね?」


 適当に城内を見て回りながら、誰かに聞けばすぐに合流出来る。働く事を拒否する頭で、行き当たりばったりな考えをもやもやさせていたところに、声をかけられた。


「うわあ騎士団長さん……キグウデスネ」


 会議中、実の息子でも見た事が無い程の顔をしてこちらを見ていたというやり手の団長さんが、笑顔でこちらに手を振っている。もちろん笑顔の奥にある真意を窺い知る事は出来ない。


「タクミ達が今どの辺りにいるかご存知ないですか? 午後は皆でお城を回る予定だったんですけど、ちょっと色々あって別行動になっていたので」

「それは困ったな、どのようなルートで回るかまでは私も把握していないのだよ。そこでだ!」


 ひい、語尾をそんなに大きくしなくても何もしませんって。いや、お礼を言って逃げようとはしたけどさ。


「私が城内を案内してあげよう」

「え」

「普段は公開していない場所も見られる特別コースだぞ!」

「いえいえ、団長さんも忙しいでしょうし」

「なに、回っている内に落ち合えるだろう。君とはゆっくり話もしたかったしね、わははは」

「お手間をかけさせる訳にはいかないですし適当に1人で回りますから」

「そうか! では参ろう!」


 オーケー、この国の大人は本気になると話を聞かなくなるらしい。

 体力も精神力もごっそり削られていた俺に、更に抵抗する力は残っていなかった。夕食までの空き時間を全て使って、騎士団長さんのお説教付きスペシャルコースを存分に堪能させられた。

 口ではどんなルートで回るか知らないと言いながら、おそらく団長さんはルートを熟知していたはずだ。その証拠に、団長さんのコース取りは完璧で、俺がタクミ達と合流出来る事はなかった。

 脳内に流れる悲しげなピアノソロは、いつしかフルオーケストラへと進化を遂げて鳴り響くのだった。

お読み頂きありがとうございます!

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