34.人々の心を鷲掴みにする勇者様と暴走気味の親友様
魔王。
言葉にすると何とも言えない不安感を覚えるこの単語はいつから存在しているのだろう。その起源は古代の神話にまで遡り、語られる姿形も様々。人に似た姿をしている事もあれば、醜悪な怪物として描かれる事もある。
魔王や空想の怪物の始まりは、人の弱さではないかと思う。自らのキャパシティを超える出来事に魔王であるとかの定義を立てる。それによって、ある種の納得感、落としどころを得ようとしている気がするのだ。
得体の知れないものに得体の知れないモノで蓋をする。それが良い事なのか悪い事なのかはわからない。それでも人はそうやってここまで歩いてきたし、これからもそうして歩いていくのだろう。
何にせよ、古代から様々な魔王であるとか怪物であるとかを思い描き形にしてきた人間という種族は、よほどその手の話が大好物らしい。
少し話が逸れるが、魔という漢字の部首をご存知だろうか。一見するとマダレだと思ってしまいがちだが、この漢字の部首はオニなのだ。部首までいかめしいなんて、この漢字を作った昔の人のセンスには脱帽する。
しかも、麻を被った鬼と書いて魔だなんて……うん、造形に対するこの漢字を作った人のセンスはまあまあのようだ。
とにかく、この実に仰々しい漢字の成り立ちから見ても、人々の魔王という単語に対するイメージは容易に想像がつくだろう。
忘れてはならないのは、魔が差す等という言葉があるように、人の心の中には色々な感情が潜んでいるという事だ。魔という漢字を作り出したのも人間であり、魔王という単語を作り出したのもまた人間だ。
安易に得体の知れない存在に責任を放り投げてしまわず、自らの心の中を見つめ直してみるのも、大切な事ではないだろうか。
人は皆、勇者であり、そして魔王となりうる可能性すら秘めているのだ。
「以上です。ご清聴ありがとうございました」
俺は堂々とした態度でゆったりとおじぎをして席に着く。
「う、うむ……人は皆が勇者であり魔王にもなりうる可能性か。興味深い考え方ではあるがね。えー、タクミ殿はどう思うかな?」
現在、この世界の魔王はその昔の勇者の活躍によって封印され、長い眠りについているらしい。それがここ最近……とは言っても数十年単位ではあるが、俗に言う魔族の皆さんや魔物の皆さんが活発に動き始めたのだ。
目的はもちろん魔王の復活だ。力をみっちり蓄えた魔王軍の皆さんのモチベーションは物凄く高い。
次々と封印解除のキーアイテムをゲットしたり力技で封印を叩き壊して回ったりと大忙し。一時の平和を享受していた人々は一気に恐怖のどん底へ叩き落とされた。
そこで勇者召喚の最上級魔法とも言えるゲートの登場である。魔王の封印を巡る陣取り合戦は、スタートダッシュこそ魔王軍が決めたものの、大量の勇者を確保した人間サイドが猛追中だ。
そんな中でいくつかの町や村が襲われたり、局地的に小競り合いが起きている、というのが現在の戦況というところだ。
さて、特に町や村への被害という部分が強調された語り口でこの話を聞かされた上で「魔王についてどう思う?」と聞かれたらどうすれば良いのか。
魔王の起源から始まり、異世界の皆さんにはちんぷんかんぷんな漢字の部首の話にまで飛び火したひねくれ者とは違う、模範解答をお見せしよう。
「どんな目的があったとしても、平和な町や村を襲うなんていけない事だよ! 僕は絶対に許しちゃいけないと思う!」
光の勇者タクミの熱の入った言葉に呼応するように沸き起こる歓声。タクミ自身も予想以上の反応に頬を紅潮させ、拳を握りしめている。王様や騎士団長さんはもちろん、レンブオルナングルアザザッファドル……略してレオナルド議長も満足そうだ。
というかレオナルドさん、ただ者じゃないどころかこの国の宰相で議長だったなんて。ちょっとした雑務を担当しているなんてよく言えましたね。危ないところだった。
そんな訳で俺達は国家レベルの会議の真っ最中なのだけど、それは想像していたものとは大分違う体で進められている。
まず、先程の歓声からわかるように、俺達は観客に囲まれているのだ。王城のだだっ広い庭の中心。そこに据え付けられた特設ステージで弁舌を振るう出席者。
それを見て、歓声をあげたり時には野次を飛ばしたりと観客の皆さんも大盛り上がりだ。どこぞのお貴族様から城下に暮らす一般の皆様まで実に様々な人が集まっている。
「ではタクミ殿、許してはならない魔王軍をどのようにするのが良いと思われますかな?」
俺は隣に座るタクミに自重しろのハンドサインをマッハで送りつけるのだけど、タクミは会場の熱気にあてられて、俺の手元には気付いていないようだ。この世界に来てからというもの、ハンドサインが役に立った試しがない。そろそろ新しい何かを考えるべきか。
「正々堂々と勝負をつけるよ! そして町や村を襲うのはやめさせる!」
タクミ、その答えじゃ勢いしかないじゃないか。どのように頑張りますか? と聞かれて、真っ直ぐに頑張ります! とか答えているようなものだぞ。
それはどのように真っ直ぐですか?はい、物凄く真っ直ぐです!
「流石は次代の勇者殿だ、正々堂々と立ち向かわれるというその崇高な決意、こちらにも伝わってきますぞ!」
議長のフォローに巻き起こる歓声の中、俺は目の前がくらくらしてくるのを必死にこらえていた。
表向きは会議と題されたこれは、王様や側近を中心としたわかりやすいパフォーマンスに間違いない。城の兵士達はもちろん、一般の皆さんと、そして何より前途有望な勇者の卵の士気を高める為の。
「その昔、魔王を封印せしめた偉大な勇者ラルスの伝承にも登場する聖剣は、タクミ殿の手にある。今はまだ欠片とは言え、その存在は実に大きい! なんとしてもこれを……む、どうぞタキモト殿」
話が一定の盛り上がりを見せる度に俺は本気の営業スマイルを張り付けて高々と挙手し、発言の許可を求めた。観客の皆さんがいるおかげで、レオナルドさんも無視は出来ずに対応するしかない。
会議前に早くも聖剣探索ツアーへのご案内が決まった事で手に入れた開き直りの境地。俺はそのギアを、すっかりヤケクソへとチェンジさせていた。
そうでなければ、パフォーマンス感満載のこの場を到底乗り切れないと思ったのだ。
「ありがとうございます、議長」
発言権を得た俺はまたも語り始める。
そもそもラルスさんは遊び心が過ぎるのではないかと思うのだ。大冒険の末に魔王を封印した事は本当に凄いと思う。しかしだ、封印するという事はいつかはそれが解ける可能性を含んでいるわけだ。風化してしまわないように、封印のキーワードやキーアイテムを整理整頓して管理おくべきではないのか。
俺はこんなに頑張ったのだから、次の勇者も同じように大冒険をすれば良い、するべきなのだ。そんな、悪しき慣習を押し付ける部活の先輩のような根性が垣間見えるではないか。
例えばこの資料にある輝石の首飾り。対応する属性によって色の違う輝く石をあしらった首飾りだ。最上級の属性防御力を発揮すると同時に、全属性耐性を持つという魔王の魔法防御を封印する重要なキーアイテムでもある。
正直なところ、魔法防御を封印するという概念はよくわからないのだけど、問題はそこではない。これらの重要アイテムがどのように伝わっていたか、資料に目を通した皆さんならご存知のはずだ。
そう、辺境の村々に伝わるわらべ唄にさりげなく紛れ込ませてあったのだ。その内の1つである烈火の首飾りが、偶然に偶然が重なって発見に至らなければ、今もどうなっていたかわからない。
ヒントに気付く事の出来た歴史学者を中心とした半年にも及ぶ探索を振り返ってみてほしい。各地方をたらい回しにされた挙句、最終的にわらべ唄のヒントを聞いた村外れの、寂れた祠で見つかるといういたずらっ子ぶりだ。
これを成立させる為に、ラルスさんがどれだけの行動力を発揮したか想像してみてほしい。
わざわざ辺境の村々を回ってヒントを忍ばせたわらべ唄を普及させるところから始めたのだ。そして、スタート地点のすぐ近く、あえて目立たない祠に目的の物を隠しておくというこじらせ具合。ラルス先輩、本当に勘弁して下さいよという感じである。
ダッシュでメロンパン買ってきますから、もう少しだけヒントをもらえませんか? カレーパンならどうですか?
「探索活動の効率を上げる為、ラルスさんのプロファイリングを提案します。また、キーアイテムの封印と保管に関しても、厳重かつわかりやすい管理も提案したい」
「は、はは……ラルス様の伝承には微笑ましいエピソードも多いですからな。そういう面もあるかもしれませんな」
本物の伝説の勇者様に物申されて苦い顔のレオナルドさんが、それでもやんわりとした言葉を選んでいるのは、これまた観客の皆さんのおかげだ。
「そうだー! いいぞ兄ちゃん! もっと言ってやれー!」
「我々は伝説の勇者様のお遊びに付き合わされているという訳か、これは愉快だ」
「はっはっは! あいつ、なかなか面白いじゃないか」
普段以上のおかしな話を、空気を読まずに繰り広げる俺に、意外にも民衆の皆さんは好意的だったのだ。おかげですっかり火が付いて、国家の望む方向から斜めに傾いた発言を繰り返している。
これで次からは俺が会議に呼ばれる事は無いだろう。正論の端っこをかすめるというモアベターな選択肢からは大幅にずれてしまったが、こうなったら仕方ない。公の場に出すと面倒臭い、生意気な留学生として認識してもらう事にする。
父さん母さん見ていますか。今回のこれが原因で査定に響いたりしたらごめんなさい、息子は立派に斜めに育っています。
「あっはっは、面白かったね! 僕もラルス先輩にチョコチップメロンパンを買ってお供えしようかな」
魔王軍との戦いの現状、勇者ラルスの話題からタクミが持つ聖剣の探索について前向きな情報のみが公開され、会議は幕を閉じた。
聞いた話によると、見せ物的な趣向を提案して短い時間であれだけの人間を集めたのは、やはり騎士団長さんの手腕によるものらしかった。なんでもありだなあの人は。
客寄せパンダとして呼ばれた事に気付いているのかいないのか、タクミは実に上機嫌だ。
「ねえ、瀧本くんって本当にどうかしてるんじゃない? 一度、病院に送ってあげましょうか?」
渡辺さん、送ってくれるなんて優しいね。でもそれって言葉尻から想像出来るのとは違う送り方だよね。それを言うなら「病院でみてもらったら?」じゃないの? 送ってあげましょうかって、怖すぎるよ!
確かに気持ちはわかる。同じ制服を着てひとかたまりの席に座っていた渡辺さんや斉藤さんとしては、たまったものでは無かったはずだ。
それでも、あのわかりやすく作られたくすぐったい空気に乗っかるのは抵抗があった。魔王軍を倒すために勇者と一緒にエイエイオー! なんていう気分にはどうしてもなれなかったのだ。反省はしているけど後悔はしていない。
「ユーキよ……要らぬ心配かもしれないが、軟禁程度は覚悟しておいた方が良いかもしれないぞ。父のあんな顔は見た事がない」
わお、アレックス。軟禁だって? 要らぬ心配と言いつつ随分と具体的なキーワードが出てきているじゃないか。
少しじっくり話しあいたい、なんていう一瞬だけ優しそうな誘い文句で呼び出しを食らう事は、考えておいた方が良いかもしれないな。異世界出入り禁止になったらどうしよう。
「みんなどうしてそんなに怖い顔してるの? すっごく盛り上がったし、ユーキってやっぱり凄いよね! ユーキには負けるけど、僕もいっぱい喋ったからお腹空いちゃった。お昼は何にしようか?」
こういう時、ポジティブなお前が羨ましいよ。タクミの中ではこれ以上ない大成功という印象のようだ。まあでも、勇者タクミとしては皆さんの好感度も鷲掴みで大成功だったんじゃないか。
隣の俺はスパイシーな色物として、また恥名度を上げる事になりそうだけどな。
「お腹はあんまり空いていないけど、喉は乾いちゃったな。ちょっと色々ありすぎて整理したい感じ」
流石の斉藤さんもお疲れのようだ。確かに喉は乾いたし、ひとまず仕切り直しが良さそうだね。何もなければ午後はお城や王都の観光が出来るはずだけど、どうなる事やら。
「とりあえず食堂に行ってみる? ちょっと落ち着きたいってのも賛成」
「そうしよう! 僕はお肉が食べたいな!」
「む、それなら俺も肉にしよう。タクミ殿には負けんぞ。ユーキも肉でいいな?」
会議中はガチガチだったくせに、意外とアレックスも通常運転だ、朝一の走り込みでお腹が空いているだけなんじゃないのか。
「やあ君達、お疲れ様」
のそのそと食堂に向かって歩き始めた俺達に、後ろから声をかけてきたのはレオナルドさんだ。
「あはは……レオナルドさん。今日はどうもありがとうございました、俺達これからお昼ご飯なのでそれじゃあまた。行こうみんなさあ行こう人生は有限だ」
「悪いが」
「ひい、なんでしょう」
「タキモトくんを借りても構わないかな?」
「いやあ、困りました。貸して差し上げたいのはヤマヤマなんですけど、もうお腹ぺこぺこで」
「ほう。私も丁度これからお昼にしようと思っていたんだよ。ランチミーティングと洒落込もうじゃないか。なに、ちょっと話を聞きたいだけさ」
逃げの一手を速攻で投げ散らかす俺を華麗にスルーして、レオナルドさんが笑顔を見せる。こんな笑顔は見た事がない。見た事がない位、目の奥が笑っていない。
「もちろんどうぞ! じゃあ僕達は食堂にいるからユーキはごゆっくりね?」
タクミ、いつもならみんなで食べましょうよとか何とか言って自由人を貫くところなのに、なんて事をしてくれたんだ。僕って空気読めるでしょみたいな自慢気な顔でサムズアップするのはやめなさい。
よりにもよってこんな時に限って……その眩しい笑顔で何を期待しているんだ。
渡辺さんは、意外と早いお迎えだったわねとか呟いて斉藤さんを連れてさっさと行ってしまう。アレックスに至ってはレオナルドさんを前に固まっていて使い物にならない。
「ランチなら、せっかくなので美味しいお肉が食べたいんですが良いですか? 国家レベルのやつが食べたいです」
「はは、食欲旺盛だね。良いだろう」
誰も助けてくれないのなら、いっそもう少し開き直ってみる事にした。レオナルドさんは、一切の妥協や省略を許さないレンブオルナングルアザザッファドルなスマイルでどっしりと構えている。
下手な言い訳は逆効果だろう。会議と同じスタンスで斜めから勝負だ。
俺は異世界留学最終日となる覚悟を決めて、つまり強制送還も辞さない構えで、ゆっくりとレオナルドさんの後について歩き出す。
天気の良い昼下がりだというのに、脳内ではどこかで聞いたような淋しげなピアノ音楽が駆け巡っていた。
最後までお読み頂きありがとうございます!