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勇者様の親友様  作者: 青山陣也
第8章:短期留学編 ~異世界の偉い人に物申す~
33/71

33.決意新たな勇者様と必死に自分をごまかす親友様

 心拍数が上がり、体が強ばり、普段のパフォーマンスを出せなくなる。俗に緊張やあがりと言われるその状態は、程度の差はあれ誰しも経験があるはずだ。

 スポーツの試合や何かの発表会、試験や面接、気になる異性と喋る時などなど。シチュエーションは様々だが、人生には節目節目で緊張との戦いが待っている。

 特に緊張しやすい人にとってのそれは死活問題で、せっかく積み重ねてきた準備を真っ白に塗りつぶしてしまう事さえあるのだ。


 そんな緊張と上手に付き合う為に、ここで少し考え方を変えてみようと思う。どうしても悪者にされがちな緊張だが、緊張する事はそんなにいけない事なのだろうか。

 まず、どうして緊張してしまうのか原因を考えてみてほしい。緊張するという事は、その事柄が自身にとってある程度以上のウエイトを占める事柄であると言えるだろう。人は全くどうでも良い事に緊張するほどデリケートには出来ていない。


 その事柄を大切だと考え、成功させたいからこそ緊張するのだとすれば、緊張とは意欲の強さという事になる。こう考えれば、緊張を前向きに捉えられないだろうか。

 そんな事がわかったところで、ちっとも前向きになんてなれるものか。緊張して失敗したら意味がないじゃないか、とお怒りの方もいるかもしれない。そんな方の為に、自分なりのではあるが、緊張をほぐす方法をご紹介しよう。


 一番の方法はめいっぱい緊張してみる事だ。思う存分、頭の中を白黒させてくれて構わない。


 言いたい事はわかる。どうか両の拳を握りこまずに聞いてほしい。何をするにも人間というのは慣れていくように出来ている。

 人間の最大の武器は順応性や適応力なのかもしれないと以前にも話した記憶があるが、まさにそういう事なのだ。


 例えば、結末を知っている映画を思い浮かべてほしい。どんなに心に響く素敵なストーリーだったとしても、初めて見た時の衝撃をもう一度味わう事は難しい。

 最初は押し寄せる感動に打ち震えて圧倒されたとしても、少しずつ冷静に見られるようになっていくはずだ。細かい伏線や人物の立ち居振る舞いにも気を配れるようになる。

 映画館ではおすすめしないが、主題歌を鼻歌混じりに口ずさむ事だって出来るかもしれない。


 つまり、緊張を自覚して受け入れ、慣れていく事。これこそがまさしく緊張を味方につける最大の方法ではないだろうか。

 しかし、残念ながらこの方法には時間がかかる。なにしろ、何度もめいっぱい緊張しなくてはいけない。特に緊張しやすい人にとっては、これは大変な苦行になってしまう。

 その証拠に、先程から両の拳を握りこんで俯いたままの緊張しやすい派代表の方から、鈍色の闘気が湧き上がっているのが見える。

 このまま話を終わらせたのではこちらの身が危ない、まさしく張り裂けんばかりの緊張状態だ。


 これまた自分なりにではあるが、2つほど即効性のある方法もご紹介したいと思う。だからどうか、その闘気だけでもしまってはもらえないだろうか。


 まずはひとつめ。最も単純で、ほぼどこでも実践が可能な方法。それは深呼吸をしてみる事だ。

 なんだ、そんな事かと思った方も、騙されたと思って試してみてほしい。自分の意志を無視して上がる心拍数と体温、停止命令を発する思考力。その中にあって、なんとか自身でもコントロール出来る数少ないものの1つが呼吸なのだ。

 可能であれば身振り手振りも交えた本気の深呼吸をおすすめしたい。それが無理でも、意識をして深い呼吸を何度か繰り返すだけでも、効果があるはずだ。


 そしてふたつめ。それは成功体験を思い描く事だ。こちらは深呼吸をして少しだけ頭がクリアになってから試してみてほしい方法だ。

 緊張していると、どうしても悪い方へ思考が傾きがちになる。そこで、多少強引にでも意識して前向きな思考をしてみるのだ。上手くいくイメージがどうしても持てないという人は、身近にいる人に重ねあわせても良い。

 ああいう風に出来たら良いな、というお手本がいれば、むしろその方がイメージしやすいかもしれない。


 如何だっただろうか。この話が、緊張を克服する為の小さなヒントになればと心から願う。


「そもそも日本人は欧米人に比べて、なんとかっていう緊張をほぐしてくれる物質が少なくて緊張しやすい傾向にあるらしいんだ。だから気にする事ないよ。さあ深呼吸してごらん。美味しい朝食を楽しもうじゃないか、食べておかないともたないよ」

「ああもう! いいから放っておいてよ! 私は瀧本くんみたいなポジティブバカとは違うの! バカ! このバカ!」

「ユーキくん、あんまりさおりをからかっちゃ駄目! っていうか私だって緊張してるのに……ユーキくんとタクミくんってどうなってるの?」


 そう、会議に出席するのは何も俺とタクミだけではない。朝からガチガチの渡辺さんも、普段より明らかに表情のぎこちない斉藤さんもタクミに押しきられる形で出席を決めていた。


「ユーキの言う通り、食べておかないともたないよ! それにこんなに美味しいんだから残したら勿体ないし!」


 食べ盛りの勇者様は大皿に盛り付けられていたパンケーキを、もう半分ほど胃袋に収めている。その大皿で4人分なのだし、普段であれば自重させるところなのだけど、女子2人の様子をみる限り今日は大丈夫だろう。


「今までは1人で小さな会議とかに出てたけど、今日はみんなが一緒だからとっても心強いんだ!」


 そうか、ラメラメの衣装に先の尖った素敵な靴を履いてパーティーナイトしていただけじゃなかったんだな。ちょっと誤解していたみたいだ。


「タクミくん凄いね……でもそしたら、ユーキくんはどうして緊張してないの? さっきの話にあったどうでもいい事だから?」


 斉藤さんにしては意地悪な切り口の質問だけど、俺だって緊張はしている。ただし、目の前に借りてきた猫状態の女子2人がいる事で少しほぐれてしまったのだ。

 何か大変な事が起きた時に、自分より取り乱した人が目の前にいると不思議と冷静になってしまうあの感覚だ。生まれたての小鹿のようにプルプルしながらバカと連呼してくるだけの渡辺さんなんて、普段に比べればかわいい位のものだ。むしろ可愛げしかない。


「こんなものまで持たされて……仰々しいったらないわ。大体、会議の前に預けるためだけに持っていくとか非効率的過ぎ」


 渡辺さんの言うこんなものとは、それぞれに普段使い以上の装飾が施された刀剣だ。先の加治屋体験で好きにぶっ叩いただけの金属が、豪華に仕立てられて届いた時には何事かと思ったが、恐るべきは騎士団長さんの手腕だ。

 聖剣の見つかったあの時点から、タクミと同じ班メンバーである俺達も会議に巻き込む算段を立てた上で、あの社会科見学に誘導していたとしたら?

 もし今回の事が実現しなかったとしても、鍛冶体験の記念として普通に渡せば良いだけなのだ。つまり、向こうはノーリスクで保険をかけていた事になる。


 結果として見事に巻き込まれているし、王城を帯剣してうろうろする羽目になっている。刃物を持たされている事で、普段より警備の皆さんの目付きが鋭い気がして心臓に悪い。

 ついでに、もしこのままコレを日本に持ち帰ろうものなら、すぐにおまわりさんが揉み手で近付いてくる事だろう。リスクが大きすぎる。


「さおりんはあんまり気に入らなかった? 僕は凄くしっくりきているんだけど……」

「え! ううん、タクミくんの聖剣は良いと思う! ただ私にはちょっと大きいかなって」


 タクミの元には、予定通り聖剣様が届けられている。最初に見た時はただの小振りの剣だと思ったのに、今はなんだか大きく見える。これが目覚めた聖剣のオーラというやつなのだろうか。


 ちなみにリィナさんとアレックスはここにはいない。リィナさんは王族サイドでの出席となるため別行動。アレックスはなんだか落ち着かないので走ってくるとの言葉を残して消えてしまった。

 緊張を本能で制圧しようとする姿勢は彼らしいのだけど、戻ってこなかったらどうしよう。


「まあ会議さえ終わっちゃえば、午後はお城をたっぷり観光出来るんだし頑張ろう。これも貴重な体験だと思ってさ」


 ふわふわした空気をまとめにかかる俺に、みんなはポカンとした表情だ。


「ユーキくんがそんな普通のまとめ方するなんて……やっぱり緊張してるんだね。うん、頑張ろう」

「瀧本くんも人間らしいところがあったのね。緊張してるならそう言えばいいのに。その……あんまり無理しないでよね」


 真逆の方向に心配された上に、人間としてのなんたるかすら疑われていたらしい。

 というか、今の発言をお聞きになっただろうか。俺の人間としてのなんたるかなんてどうでもよくなる位に、今日の渡辺さんはなかなかの破壊力だ。

 顔を赤くして俯き加減の上目遣い。そこにまさかの無理しないでよね発言とは……こんな風になってくれるならいつまでも緊張していてほしい。


 タクミだけは片手にパンケーキを抱えたまま、ジュースをジョッキでごくごく飲みながら嬉しそうだ。大元が自分のせいだという事を自覚してほしい。


「楽しみだな~! みんながいれば会議なんてパパっと片付けられそう! 来週は聖剣も探しに行けるし、充実してるって感じがするよ!」


 はい、ダウト。前半は聞き流せても後半が初耳なんですけど。


「来週ってどういう事だよ? 聖剣どうこうは欠片の場所も探索中で、夏休みとかに調整するんじゃないのか?」

「それが、ちょうど今朝になって見つかったらしくて、さっきご飯の前に教えてもらったんだ!」


 ここでも大人の事情か。欠片は既に見つけていて、カミングアウトのタイミングだけみていたと考えるべきだろうな。


「そうか、でも場所がわかったなら取ってきてもらえば良いんじゃないか?」

「このエリアにある、っていう反応が特定出来ただけだから、直接行ってこの聖剣と共鳴させて見つけるんだって。大丈夫、すぐに帰ってくるよ!」


 またダウト。どうやら話は袋小路に迷い込みながら、自身でもフェイントを繰り出している状態らしい。タクミの物分かりが良すぎるとも言える。


「えーと、父さんはなんだか目眩がしてきたんだけど、そのエリアってどれくらい絞り込まれてんの? すぐに帰ってくるって、どれくらいかかるの?」

「なんとかの大森林と、どこかの山の上らしいよ! どっちも騎士団長さんがサポートと案内をつけてくれるし大丈夫! 留学期間中に行って帰ってこれるって! 2ヶ所も見つけちゃうなんて凄いよね!」


 オーケー。この子ったら、ちゃんと聞かずに勢いで行きますって言っちゃったでしょ。ナントカとドコカってそれ、何もわからないのと同じだよね。


「タクミくん、私も絶対行くから」

「うん、班の皆で協力すればもっと早く帰ってこれるかも!」


 すぐに帰ってくる、の部分であえて1人で行くつもりなのかとは突っ込まなかったのに……やっぱりそうなるよね。恋する女子はストレートだな。


「駄目だよ、危険な事もあるかもしれないし皆は待っていて!」


 勇者様、その台詞はもはやお約束ですし逆効果です。知らずにやっているのが厄介だ。


「危険があるかもしれないなら尚更だよ! 1人でなんて行かせたくない!」

「うん、そうよね。班の皆でとはいかないかもしれないけど、私は絶対行くから」


 おお、希望者のみで良い感じ? じゃあ俺はお留守番で良いのかな?


「確かにリィナちゃんはお姫様だし連れていくわけにはいかないよね。でもここにいる3人は行くよ! ね?」


 どうしよう。「もう少し情報は集めた方がいいと思うけど頑張ってこいよ」とはとても言えない空気になってきてる。

 正直に言ってしまうと、なんとかの大森林とか踏み入りたくない。だって能力的に、俺だけ帰ってこられる気がしないじゃないか。

 言え、言うんだ。多少のバッシングなんて構うものか、断るなら今しかない!


「みんな……ありがとう。本当は少しだけ不安もあったんだ。皆が本当に来てくれるならこんなに心強い事はないよ。大丈夫、危険があっても僕が絶対に守ってみせるよ!」

「タクミはすぐに突っ走るからちゃんとツッコミ入れてやらないとな。まあサクッと森林観光ついでに聖剣様を引っこ抜いて帰ってこようぜ。ハハハ」


 ずるい! 本当は不安もあったから付いてきてほしかった、でも来てくれるなら絶対守るからとかなんなの! 未知の森林とか怖いから行きたくない、なんてこの流れで言えるか!


「あはは、ユーキってやっぱり凄いよね。そう言ってくれたら不安なんて消し飛んじゃうよ!」

「勢いでオーケーして後から不安になるなんて、タクミもまだまだだな」


 嬉しさと湧き上がる勇気に勇者スキルで発光して喜ぶタクミに、俺の方がお前の100倍は不安だよ、という言葉も飲み込む。飲み込んだ弱気のかわりにパンケーキがこんにちはしないように、ふんぞり返っておくのも忘れない。


「2人って本当に仲良しでいいね! なんだか緊張とけちゃった!」

「その自信に少しでも実力が追い付いてくるといいわね」


 2人の調子も戻ったようでなによりだ。残るは俺の調子だけだね、早く戻ってこないかな。

 

 もはやどうでも良くなってきた会議まであと少し。

 なだめてすかして乗り切るどころか来週の予定がハードに確定しつつある俺は、いつの間にか戻ってきていた汗だくのアレックスと一緒に、謎の高笑いを続けるしかなかった。

お読みいただきありがとうございます!

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