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勇者様の親友様  作者: 青山陣也
第8章:短期留学編 ~異世界の偉い人に物申す~
32/71

32.仕掛け人の勇者様とターゲットの親友様

 世の中にはサプライズイベントが溢れている。


 少し動画サイトを検索するだけでも、すぐにいくつかのサプライズイベントを閲覧する事が出来るだろう。驚きと感動、笑顔と嬉しい涙に溢れた様々なシーンは、見ているだけでも気持ちをほっこりとさせてくれる。

 また、テレビをつければそこにもサプライズが満載だ。感動の再会を追うドキュメンタリー。芸能人の恩師や恩人がサプライズゲストとして登場する特番。これらが定期的に放送されるのは、人々がいかに感動という刺激を欲しているか、という表れではないだろうか。


 もちろん、動画サイトやテレビに出てくるような大掛かりなものでなくてもサプライズは可能だ。例えば家族や友人、恋人の誕生日にささやかなプレゼントを用意してみるだけでも良い。本人には内緒で友人を集め、パーティーを企画してみる、なんていうのも立派なサプライズイベントになる。

 相手の人となりを深く知る間柄であればこその、深みのある感動を演出できるはずだ。

 こうしたちょっとしたイベントは、日常生活のスパイスとして心地よい刺激を与えてくれるに違いない。もし参加する機会があれば是非とも応援したいと思うし、可能な限り協力したいとも思う。


 ただし、やってはいけない手法も暗黙の了解として存在する。

 それは言わずもがな、相手を不快な気持ちや不安な気持ち、悲しい気持ちにさせてしまうやり方だ。相手を驚かせたいという意識が先に立つあまりに、大切な相手の気持ちを考えられなくなってしまう……それはとても悲しい事だと思う。


 少し抜けているところもあるけれど、ユーモアがあって優しいカルロスと、愛嬌満点の笑顔がチャーミングなしっかり者のシンディ。2人は誰もが認めるお似合いのカップルだ。

 大学時代から順調に交際を続けてきた2人は今年で交際5年目、ゴールインも近いだろうとの専らの噂だった。


 そんな節目の年、カルロスに異変が起きる。誰よりも大切にしてきたはずのシンディとのデートをキャンセルし、誰にも行き先を告げぬまま1人で出掛ける事が増えてしまったのだ。

 心配するシンディに、カルロスは「少し忙しいけど大丈夫だよ」と苦笑いを浮かべるばかり。何かを隠しているのは明らかだった。


 ゴールイン間近と噂されていた2人の歯車が噛み合わなくなり始めてから3ヶ月が経った。

 眠れぬ夜を過ごすシンディの限界は近付いていく。表面上は明るく振る舞っていても、友人達の心配は募るばかりだ。だと言うのに、カルロスは相も変わらず休日になるとどこかへ出掛けてしまう。


 そんな中で迎えたシンディの誕生日。久しぶりにゆっくりと顔を合わせた2人の表情は対照的だった。

 なかなか時間が取れない事を侘び、シンディの誕生日を喜んで祝おうとしてくれているカルロス。

 そんなカルロスを前にしてもちっとも気持ちの晴れないシンディ。久しぶりのデートになってごめん等と言う一言では到底片付けられない程に、シンディは傷つき悩んでいたのだ。

 一体この3ヶ月の間に何をしていたのか。返答によっては別れすら覚悟していたシンディは、カルロスを問い詰める。


 そんな彼女にカルロスが差し出したのは、洗練されたデザインとは言い難い不格好な指輪だった。緊張と高揚、決意を秘めた表情でカルロスの口から語られるプロポーズの言葉。


 不器用な貴方が、私の為に世界でひとつだけの素敵な指輪でも作ってくれるのなら、結婚を考えてあげてもいいわよ。


 いつだったか、まだ学生の頃に結婚の夢を語りあった時の照れ隠しの言葉を、カルロスは覚えていたのだ。

 節目の交際5年目という年、シンディの誕生日に間に合わせる為に、仕事の合間を縫って3ヶ月という期間を費やした。不格好ながら曲がりなりにもそれらしい指輪を完成させたカルロスの努力は、如何程だっただろうか。


 シンディにはその気持ちと努力が痛いほどわかってしまった。わかってしまったからこそ、振り上げた拳をそのまま振り下ろす事は出来なくなってしまう。

 それでもシンディは、考えた末に正直な気持ちを伝えた。この3ヶ月の不安と悲しみ、その上でプロポーズしてくれた事への感謝と喜びを。飲み込む事なく全てを伝えたのだ。


 シンディの本音、即ち喜びと共に吐き出される不安と心配の感情に今度はカルロスが驚く番だった。そこで初めて、カルロスは自らの犯した罪とその重大さに気付いたのだ。

 2人は大粒の涙を流しながら誓い合った。決して離れぬ事を。そして2人の間に、決して嘘や隠し事が付け入る隙の無い事を。


「タクミ、わかるか? この話の意味が」

「カルロスとシンディには幸せになってほしい! カルロスも反省したし、これから先はどんな困難だって乗り越えていけるよね!」

「そうだな、でも大事なのはそこじゃない。ここまでの話から俺に何か言う事があるはずだ、そうだろタクミ? いや、今はカルロスと言うべきかな。さあ、あっちの誰にも話を聞かれる事の無い人気の無いコーナーに行こうじゃないか、カルロス・タクーミ」


 俺に声をかけてきた人物との会話を終えた後、俺は脳内で一気に組み立てたカルロス&シンディの話を小脇に抱えてタクミの元へとやってきていた。どうしても、早急に確認しておかなければならない事があったからだ。


「え……と、あなたは?」

「これは失礼、私はこの城でちょっとした雑務を担当しておりますレンブオルナングルアザザッファドルと申します」


 無理無理、ごめんなさい。最初からエッジが立ちすぎてます。どこからどこまでお名前ですか。


「お気軽にレオナルドとお呼び下さい」


 あら、一気にお気軽に。ってなんなのこの人! 完全に持ちネタじゃないですか!

 レオ……ナ……そっちからルをもってきて……あ~なるほど! 文字を順番に拾って違う言葉を作りましょう、みたいになってるけど出来ました! 追い付けました!


 声をかけてきたレンブオ……レオナルドさんは物腰の柔らかいおじ様だった。ようやく自己紹介を返しながら、俺は気を引き締める。ちょっとした雑務をどうにかしている訳が無いのだ。

 それだけの人物が、このパーティー会場を悠々と歩き、自己紹介からテンポ良くこちらを翻弄してくるものだろうか。色々な意味でただ者ではないはずだ。


「楽しんでおられますかな?」

「はい! 会場の雰囲気は素敵ですし、皆さんおしゃれですし、料理も美味しくてびっくりしています!」


 無邪気な学生と言った体でにこにこしながら答える俺に、レオナルドさんも目を細める。下町商店街のおじさんおばさんと渡り合ってきたコミュ力が咄嗟に役に立ったな。


「それは良かった。その落ち着きはやはり流石ですな」


 どうしても褒め殺しにくるのか。目的のわからない人だな……いったんみんなのところにエスケープしようか。


「明日の会議、留学生代表として勇者殿だけではなくタキモト殿も発言されると聞いております。これだけリラックスしておられるところを見ると、下準備は万全、会議を待つばかりといったところですかな? いやはや楽しみですな」


 国家レベルの会議に出られるポジションの人か、やっぱりただ者じゃなさそうだ。変な誤解を与えてもいけない、訂正出来る部分はしておこう。


「いいえ、タクミの付き添いだけですよ。そもそも明日の議題って何についてなんでしょうか?」

「おや?」

「あれ?」


 流れる沈黙と染み出すような嫌な予感に、質問を変えてみる事にする。


「もしかしてそういうの、全部タクミには伝えられているんでしょうか? 今日は1日学校の行事だったので、ちゃんと聞けていないんですよ」

「なんと、内容や議題は意に介さずお引き受けなされていたとは。これは予想以上の剛の者……」


 ごめんなさい、そうじゃなくてお引き受けした記憶がそもそもないんです。ゴウノモノとか勘弁してください。

 なんとなく事態を察した俺は、レオナルドさんとの会話を切り上げた。そして、冒頭の話を経て、カルロス・タクーミのくだりへ戻るのだ。


「ユーキ、変な呼び方しないでよ! それに人気の無いコーナーってなんか嫌だよ! あ、お肉ならまだそっちにあるよ! それにこのフルーツも凄くフルーティーで……」


 やっとの事で辿り着いた輪の中心で、タクミはこれでもかという笑顔をはみ出すほど満面に浮かべていた。取り巻きのお貴族女子にフルーツを食べさせてもらったりとかしている。

 フルーツがフルーティーとか、舞い上がっているにも程がある。肉が肉々しいって言ってるようなもんだぞ、そりゃフルーティーでしょうよ。

 そうじゃない残念なフルーツも世の中には出回っているかもしれないけど、今は本当にそんな場合じゃないんだ。


「フルーティーはわかったからちょっと来い、大事な話なんだ」


 驚きの声をあげて引き止めようとするお貴族女子には構わず、タクミを引っ張り出して会場の端に連れて行く。どさくさに紛れて付いて来ようとしてるそこのお2人、お願いですからその辺でフルーティーしていて下さい!


「明日の会議、後ろで見守っているだけって話じゃなかったか?」

「え……と、うん! ユーキにも班のみんなにも見守っていてもらいたいんだ! ユーキ、顔が怖いよ。パーティーなんだし笑顔笑顔!」


 そりゃ俺だってこんなところで男相手に壁ドンなんかしたくはないさ。でもな、この後の時間を笑顔で楽しめるかどうかはこの話にかかっているんだよ。


「さっきそこでレブオなんとかって人が、留学生代表として、俺も発言するとか言ってたぞ。俺は議題すら知らないのに」

「議題は対魔王政策の現状と今後についてが半分。もう半分は聖剣についてだよ。ユーキ、一緒に頑張ろう!」


 一緒に頑張ろうじゃないってば。ねえ、今ちょっと勢いで押しきろうとしてるでしょ? そういうの良くないと思うんだ、そりゃシンディだって眠れないさ。


「騎士団長さんがね、ユーキならサプライズでもやってのけるに違いないって言うんだよ。ユーキって、さっきもそうだけど知らない人の話するのとか得意でしょ? 僕には思い付かない事をいっぱい喋れるじゃない!」


 いやいや、普段の気軽なトークの体なら色々と出てくる事もあるけどさ。国家レベルの会議でカルロスの指輪の話とか出来るほど、俺の心臓はゴウノモノじゃないんだよ。


「そっか、ごめん。騎士団長さんが、親友の力が信じられんのかね? とか言うから、そんな事はありませんって勢いで言っちゃって……」


 なるほど、今回の黒幕発見。という事はもしかして、もしかするのか。


「騎士団長さんに王様に、よってたかってけしかけられたら仕方ないか」

「よく王様にも言われたってわかったね! もしかしてユーキ、あそこにいたの!?」


 タクミ、いなくてもわかりやすいお約束っていうのは世の中に沢山あるんだよ。大人になればわかる。同い年だけど。


「オーケー、大体わかった。他に何か聞いている事とかないか? 資料でも渡されてたら最高なんだけど」

「うん、簡単だけど資料もあるよ! 対魔王政策は読んでいて心が痛むよ……なんとかしなくちゃいけないよね」


 資料あるのか、みんなして俺を除け者にしてひどいじゃないか。まあでもよくやったぞタクミ。


「よし、パーティーはおしまいだ。その資料、今すぐ貸してくれ」

「ユーキ、やる気になってくれたんだね!」

「明日になって、何も発言出来ませんなんて言える空気じゃないんだろ?」

「うん! でもユーキなら大丈夫だよ!」

「ああ、今からでもやってやるさ。一夜漬けの薄っぺらい知識ですかしてかわして乗りきってみせる!」

「あ、あれ……目標がなんだか凄く低いところに設定されてない?」

「何を言ってるんだ。国家ぐるみの悪戯に真正面から応えてやるつもりなんかないぞ。選択肢は2つだ」

「2つっていうと?」


 タクミが怪訝な顔をする。碌な選択肢が出てこないであろう事を流石に感じ取ったのかもしれない。その通りだ、なかなかやるじゃないか。


「ひとつ。これでもかってくらい饒舌に見当外れの話をして面白いけど残念な子だと思ってもらう」

「ええ……」

「不満か、じゃあもうひとつ。めちゃくちゃ無難に正論の端っこをかすめて無難な高校生をアピールする、だな」

「正論の端っこをかすめるだけ? 他にも選択肢、あるんじゃないかな?」

「いいや、意趣返しの意味を込めつつ向こうの意図を外すならこの2択だな。ベターなのは後者だけど、資料を見て正論が難しそうなら、見当違いの話をでっちあげよう」

「はあ……結局ユーキはユーキなんだね」


 当たり前だろう、これは非常に重大な局面だ。もし間違えてデキる子だと思われでもしたら、聖剣探しのメンバーに加えられてしまうかもしれない。

 それどころか、実力的に無いと信じたい話ではあるが、魔王討伐ツアーにご案内なんて事もありえるかもしれないのだ。

 苦笑いを浮かべる勇者様には悪いけど、全力で由緒正しい一般ピーポーであることを示して、平穏な留学ライフを死守してみせる!


 お気楽なはずのパーティーから一転、夜遅くまで会議対策は続くのだった。

お読み頂きありがとうございます!

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