31.パーティー慣れした勇者様と親鳥気分の親友様
大事な場面でのスピーチというものは、実に様々なドラマを見せてくれる。そこには話し手の人生がほのかに香る、唯一無二の空間が作り出されるのだ。
ただし、テレビでよくやっているような、形式的な話しか出てこない記者会見等はその限りではないが。
俺のような一般人にも馴染みが深いのは、高校の卒業式であるとか、その後に機会が増えてくるであろう結婚式辺りだろうか。
中にはスピーチが始まった途端に、それが休憩時間の始まりであるかのような振る舞いを見せる者もいる。普段使いの言葉ではないし場の雰囲気にも左右されるので、退屈に感じてしまうのかもしれない。
しかし、話し手の人生観、真剣な気持ちに触れる事の出来る数少ない機会に自ら目を瞑るなんて、実に勿体ないと思う。
例えばここに、娘の結婚式を控えた1人の父親がいる。
彼は典型的な仕事人間で、愚直なまでの正直者。そして近年減りつつある頑固親父を地でいく武骨な男で、名を誠一郎と言った。
娘がまだ幼い頃に妻を亡くしていた誠一郎は、不器用ながら男手ひとつで1人娘の美優を育ててきたのだ。
その間、再婚はおろか女性と付き合う事すらしなかった誠一郎は、妻への想いを守るように、そしてある意味では振り切るように仕事と育児に没頭した。その姿は、周囲から見れば自棄になっているようにすら見えたものだった。
俺はあいつを立派に育てる、それが妻への恩返しであり今の俺の生き甲斐だ。ある時、友人との飲みの席で珍しく酔いの回った誠一郎が、娘と亡き妻への想いを語った事が一度だけあった。
寂しそうな、でもどこか嬉しそうなその姿には、自棄でもつまらない意地でもない、男の静かな決意が秘められていたのだ。
一方、そんな父親の決意など知る由もない娘の美優は、高校生になる頃にはすっかり父親と口をきかなくなっていた。典型的な父娘の距離感ではあったのかもしれない。しかし、本来であればそこで間に入ってくれたり、父親をなだめすかしてくれる母親の不在が、2人の関係に溝を作ってしまった。
大学進学にあわせ、東京で独り暮らしを始めた美優と誠一郎の関わりは、年を追う毎に少なくなっていく。年末に顔をあわせる機会はあるものの、特別に会話が盛り上がる事もない。
父親との距離感を掴めずにいた美優はそのまま東京で就職し、後に夫となる男性と出会う。お互いに一目惚れという出会うべくして出会ったような2人が、交際を経てプロポーズまで辿り着くのにそう長い時間はかからなかった。
しかし、固い決意と期待を胸に父親の元へ報告にやってきた2人を待ち受けていたのは、無言の圧力を前面に出した拒絶反応だった。
「何が気に入らないの! 言いたい事があるなら、はっきり言ってよ! 私、お父さんが何考えてるかわかんない!」
無口で距離感を掴めずにいた父親でも、結婚の報告に帰ればきっと喜んでくれる。そんな想像とのギャップに、美優は最悪のタイミングで声を荒げてしまう。
結局まともな話し合いの出来ぬまま強行軍の結婚式。必ず行くとの返事を短い手紙でよこしてはきたものの、美優はどのような顔をして父親に会えば良いのかわからなくなっていた。
気持ちの整理がつかないまま、迎えた当日。父娘の複雑な気持ちとは裏腹に、雲ひとつなく晴れ渡る爽やかな空は絶好の結婚式日和であった。
「はい、そこまで。この期に及んで空の話とかどうでもいいのよ、いくらなんでも長すぎるわ」
「え! さおり、どうして止めちゃうの! お父さんと美優ちゃんは仲直りできるんだよね!?」
俺達は、オリエンテーリングの閉会式を挟んで駆け足で宿舎に戻り、落ち込む暇もなくそそくさと荷物をまとめて出発した。行き先はホームステイ先、すなわち王城である。
ちなみに、俺達の班はポールの宣言通り失格。その上、後続がゴールする芽まで摘んでしまった為、他のチームもリタイヤ扱いで表彰式も無かった。
壇上で嬉々として語っていたポールは間違いなく、教師として、そして人としての好感度を下げた事だろう。本人は満足気だったので、全く堪えていないかもしれないけど。
「当日の天気は大切だろ。晴れか曇りか雨かでシチュエーションが変わってくる」
「なんだか真面目に話している風だったから黙っていたけど、もう我慢出来ないわ! そもそも、どうしてこの状況でそんな話を捻り出せるのよ」
誠一郎と美優の話を横から止めたのはもちろん、この班の毒舌を一手に担う眼鏡女子、渡辺さんだ。毒舌とは縁遠い可愛らしい容姿から繰り出される絶対零度のそれは、一切の加減と妥協を許さない。
愚直なまでに真っ直ぐなそれはまるで――
「まるで誠一郎の武骨な気質にどうとか言って話を戻したら本気で怒るわよ」
「うお……先読み。もう少し斉藤さんやアレックスの素直さを見習おうよ。オチの前で止めるなんてルール無用もいいところだ」
せっかくだから最後まで聞きたい! そう言ってバタバタしている斉藤さんはなかなかの好意的なリアクションだ。アレックスに至っては、誠一郎の飲みの席での決意あたりからずっと、声を殺して泣いている。
ああ、ごめん。そうだよな、泣いてなどいないよな。この料理の味付けがちょっと辛かったんだよな。その涙じゃないけど溢れ出てきてる水分、とりあえず拭いてみようか。ハンカチ貸すよ。
「皆、今日は疲れただろう。食事を用意させてある、堅苦しい事は抜きにして存分にくつろいでくれ」
城内に入ってすぐのところで直々に出迎えてくれた王様の鶴の一声がこれだ。おかげで、謁見の間でのあれこれや、この班のリーダーである俺のご挨拶のスピーチ、その他の形式的なものは全てショートカットされてしまった。
王様は、若者に気遣いも出来ちゃうワシってさすが! と叫びださんばかりのどや顔だ。いやいや、こんなところまで普通に出てきちゃって良いんですか。無防備にも程があるでしょう。警備やら謁見の準備やらで頑張っていた部下への気遣いもしてあげてほしい。
とにかく、その場で荷物をまるまる預けた俺達は、大広間での晩餐会にそのまま参加する事になったのだ。
堅苦しい事は抜きにして、なんて言われたものの、実際にはそうはいかない。気が付けば、続々と集まってきたお貴族様に囲まれた華やかなパーティーナイト。全く気が休まらない。きっとくつろぎのニュアンスが地球の一般家庭とは違うのだ。
「式の最後の最後で見せる頑固一徹な誠一郎の男の涙は、このパーティーにも負けない彩りを添えるはずだったのに……」
仕切り直しは出来そうにないのでスパッと結末を吐露しておく。本当は式中のドタバタ劇やお色直しを経て、なおも頑固な誠一郎の微妙な表情の変化を描写していきたかったと言うのに。
「良かった、それじゃあ最後はハッピーになるんだね!」
「うおお、誠一郎殿ぉ!」
分かりやすくハッピーエンド好きの斉藤さんは良しとしよう。問題はすっかりツボに入って大泣きのアレックスだ。ハンカチを握りしめたまま拳を高々と突き上げ、俺の頭から捻り出された架空の人物の名を呼んでいる。
どうしよう、多少のリアクションは欲しかったけど、こんなに思いきりぶつかってこられると困ってしまう。華やかなパーティー会場の一角に作り出された異質な空間は俺の手を完全に離れてしまったようだ。誠一郎、黙ってないで責任取って!
ちなみに、こんな公の場にも関わらず、渡辺さんがあからさまに突っ掛かってくるのには理由があった。
「伝説のスキルに聖剣の発見、活躍は聞き及んでおりますわ!」
「なんて澄んだ瞳なんでしょう。吸い込まれてしまいそう……」
「タクミ様、どうぞこちらも召し上がってくださいな」
「ありがとう、でも僕だけの力じゃなくて協力してくれてるみんなのおかげだよ! あ、こっちも美味しいね!」
立食パーティーの形式が取られているこの晩餐会で、タクミはあっという間にお貴族女子に囲まれていた。
にこにこしながら平然と受け答えしつつ、料理を楽しむ姿はなかなか様になっている。こっちに来てからちょくちょくパーティーとか出掛けていたものな。
流石の渡辺さんも、この雰囲気でタクミに突撃するのは厳しいらしい。しかし、面白くは無い。結果として、矛先をこちらへ向ける事でバランスを取っているのだ。斉藤さんも、完全に視界からハーレムを消す事で自己防衛している。ちょっと目つきが怖い。
もう1人のメンバー、リィナさんはと言うと、いつの間にかシンプルなドレスに着替え、王様の隣で柔らかな笑顔を浮かべていた。
王族としての立場もあるのだろう、余裕たっぷりである。彼女にとってはこの場限りのお貴族女子より、こちらで悶々としている2人の方が強敵と見ているのかもしれない。
その証拠に、時たまこちらへ視線を投げては、口元を緩めている。この場で気付いているのは俺だけかもしれないけど、こっちもちょっと怖い。
「こんな素敵なレディにお目にかかれるとは光栄です」
「勇者様をサポートする麗しい女性達の噂、聞き及んでおります」
「どうか一曲、踊って頂けませんか?」
渡辺さんがカリカリしているもうひとつの理由がこれ。異世界貴族は総じて積極的と言うべきなのか……少しでも隙があると、斉藤さんにも渡辺さんにもお誘いの嵐なのである。
これを回避する為に、口では色々と毒を吐きながら、俺やアレックスを中心とした一定範囲から離れずにいるのだ。
そして、なるべく気にしないようにしていたが、認めなければならない事がある。これだけ積極的な異世界お貴族様のパーティーにおいて、俺にはここまで一切のお誘いやお声掛けがないという事を。
勇者や姫様、騎士団長の息子と共に、王様に引き連れられて登場するという華々しいデビュー戦にも関わらず、である。
ドレス女子に囲まれてパーティーの主役に祭り上げられているタクミ。そんなタクミを意識しつつ、お貴族男子のしつこいお誘いに辟易としている女子2人。俺の余計な話のせいで、全くもって会話にならない状態のアレックス。自業自得な部分もあるものの、俺は人波の中で完全に孤立してしまった。
というか凄いな、アレックス。ハンカチってそんなティッシュみたいにぶちぶち千切れるものなのか。もうそれ、あげるから好きに千切って投げちゃっていいよ。ちゃんとゴミは持ち帰ろうな。
結局、俺は料理を楽しむ事にした。今もこうして、新たな夢を胃の中に詰め込むべく、ところ狭しと並ぶ豪華な料理の前をうろうろしている。斉藤さんと渡辺さんには、むせび泣く騎士団長の息子をガードにつけてあるので大丈夫だろう。話し相手にはならないが、そう簡単には手を出せない雰囲気は出ているはずだ。
さて、屋台料理とは一味違う洗練された料理の数々は、俺の舌を大いに楽しませてくれている。以前にタクミから聞いていた一口サイズのステーキもあるじゃないか。柔らかいし肉厚だしこれは凄い! ご飯欲しい!
よく見ると、留学前にもらった冊子に載っていた伝統的な器や宮廷料理もあるようだ。お目にかかる事は無いと思って読み飛ばしちゃってたよ。この器はどちら様が確立した絵付けの技法だったかな……戻ったら調べ直してみよう。
俺はひたすら、前菜、副菜、主菜、時々スイーツのコンボを皿によそっては自陣に戻るというローテーションを繰り返している。にも関わらず、メニューが1周する気配は見えない。凄い種類と量だ。
全国制覇への道程は未だはるか彼方である。この反復練習だけが、夢へと続く確かな道なのだ。
実際は、1人でもりもりご飯を頬張っているわけではない。料理を取りに行く気力は無いけど出てくるなら食べたいというスタンスの女子2人と、まだぐずっている大男。彼らの為にせっせと料理を運ぶ必要があるからだ。全国制覇を目指す部活男子というより、雛鳥を抱えた親鳥の気分である。
あの子達には私がいないと駄目なの!
ダメンズに引っ掛かりそうな女子的思考を頭によぎらせ、お貴族様の隙間をするすると動き回る。そんな俺に、お貴族女子の1人が、ちょっとそこの方とにこにこ顔で声をかけてきた。これはまさか!
「これ、下げておいてくださる?」
ですよね、そんな感じだと思った。一瞬だけわくわく展開を期待しちゃったけど、表情に出さなくて本当に良かった。
お貴族女子は一片の曇りも無い笑顔でグラスを突き出してくる。せわしなく動き回る俺が、少し変わった出で立ちのウェイターに見えているらしい。タクミと同じ制服を着ているはずなのにどうなっているんだ。
苦い顔をしていると、本物の会場スタッフさんが慌ててグラスを受け取ってくれた。お貴族女子にも俺にも詫びるメイドの女の子には、なんだか悪い事をした気分だ。
かと言って、3羽の雛鳥を待たせている上に自身も満腹ではない俺が会場の往復をやめる事はない。いつの間にか、動き回る俺の後ろをメイドさんが付いてくるという実に不思議な絵面が出来上がっていた。
どれだけ難解なコース取りをしようともピタリと付いてきて、途中でお貴族様のグラスまで回収してのける彼女はまさにプロフェッショナル。すぐ後ろを付いて来ているのに、プレッシャーを感じさせない明るいスマイルも素晴らしい。
彼女の登場によって、俺がグラスを突き出される事はなくなったのだけど、突き出されそうになる頻度は格段に上がってしまった。
それはそうだろう。敏腕メイドを付き従えて会場を機敏に動き回る様は、まさにツーマンセルで仕事にあたる会場スタッフそのものである。
まさかこのメイドさん、俺を囮に効率良くグラスを回収しているんじゃないだろうな。はっとした表情で歩調を速める俺に「ようやく気がつかれたのですね」というような笑みを浮かべるメイドさん。
なんだあの足運びは……くそ、優雅過ぎて振りきれない。
「お楽しみのところすみません。少しお話してもよろしいですか?」
脳内で勝手にアテレコをしながらメイドさんとのチェイスを楽しんでいた俺に、1人の人物が声をかけてきた。メイドさんではなく間違いなく俺宛のようだし、空のグラスを突き出してもいない。
その柔らかな物腰に俺は足を止めた、止めてしまった。この人物との会話によって、ホームステイという和やかなイベントから、またしても、平穏の2文字が遠ざかっていくとも知らずに。
お読み頂きありがとうございます!