30.覚醒する勇者様と事態を見極める親友様
「ほう……ここまで辿り着ける者がまだいたとはな。面白い、この私が直々に相手をしてやろう」
小高い丘の上は遮る物のない平地になっていた。視界に飛び込んできたのは、他の班のメンバーと思われる男女9人。ある者は仰向けに、ある者は逃げようとしたのかうつ伏せに右手を前に伸ばしたまま、ある者は座ったまま項垂れて動かなくなっている。
「味方なの? お願い、手を貸して。こんな事、絶対に許さないんだから!」
「うう……もう嫌……」
「あっ! キミってタクミくんだよね! た、助かった」
かろうじて立っているのは3人だけ。その内の1人が鋭い視線をポールに向け、訓練用の木の槍を構えたままこちらへの協力を要請してきた。
すらりとした長身、アップにまとめたコバルトブルーの髪が艶やかに煌めいている。その後ろには、震えて声も上手く出せずにいる小柄な黒髪の女の子。彼女を守るように立つその姿は、凛々しさすら感じさせる。
もう1人は丘を登ってきた俺達を挟んで反対側。あまり気が強そうには見えない男子が、タクミを見てほっとしたような表情を浮かべている。手に持つ木製の杖からして後衛タイプだろう。
「くく、群れても同じ事よ……構わぬ、全員でかかってくるがよい」
リィナさんと渡辺さんが下がり、タクミとアレックスが木剣を抜いて前に出る。このオリエンテーリングで所持が許可されている武器は木製の訓練用のものだけだ。
この武器は魔法を扱う者にも馴染むように、魔力を通しやすい素材が使用されている。これにより、先にトラップを叩き潰した勇者ブレイクだとかのスキルも使用可能なのだ。ただし、武器としての切れ味だとかは到底期待出来ない。
「待ってて、僕が必ず助ける! ひとまず2人ともこっちへ!」
「そっちの少年! 君もこちらへ来るのだ!」
すかさず女子2人へ天然勇者オーラを振りまくタクミと、同い年のはずの男子を年下扱いして避難させるアレックス。ブルーの髪の子はともかく、他の2人はとても戦力にはなりそうにない。下がっていてもらうのが正解だろう。
「準備は整ったようだな……このマオウペガッサスの手で眠りにつける事、光栄に思うがよいぞ」
魔王の単語にみんなの表情が硬くなる。しかし俺は1人、全く別の事を考えていた。この違和感の正体についてだ。
ポールに魔王であるとか何かしらの悪いものが取り憑いている。もしくは、何者かがポールに化けている。こう考えるのがこの場面では自然なのかもしれない。
しかしその場合、ペガッサスを名乗るはずが無いのではないか。それにもしポールに何かあれば、ステイシーが黙っているとは思えない。動きを見せないフェニックスにも違和感がある。
「2人とも怪我はない? 僕はタクミ。倒れているみんなは大丈夫なの?」
「知ってるわ、有名だもの。私はアリーセ。みんなは大丈夫よ、息はしてるはず」
「えっと、ナナです……助けてくれてありがとう」
こんな状況なのにナチュラルに自己紹介してる! なんて驚いている場合じゃない。完全に乗り遅れてしまった。今から名乗っても空気の読めない残念なヤツ確定じゃないか。
だから待つんだアレックス。キレイ系の女子に自己紹介したいのはわかるけど、口をパクパクするのはやめなさい。君は本当にモテない男子の代弁者だな。今度ご飯おごっちゃう。
ついでに草食系の杖男子くんも完全に置き去りだ。よし、帰ったら3人で男子会といこうじゃないか。
「さあ! かかってこないのかい?」
ポールがひときわ大きな声をあげる。少し素に戻っているような口調もはみ出ているし、やっぱりおかしい。誰も気付いていないのだろうか?
「僕が前に出る。アリーセとナナちゃんは下がっていて。リィナ、このエリアにトラップはある?」
「タクミ様、偽装トラップはわかりませんけど、感知できるトラップは無いようです」
「よし! さおりんは上、ハルカちゃんは左から援護してくれる?」
「任せて!」
「タクミくんをサポートするわ」
「ありがとう! アレックスは右、僕は正面からいくよ。もし偽装トラップが発動したら、リィナはフォローをお願い」
「わかりました」
「右だな、よし」
「私はいけるわよ、アレに一突き入れないと気が済まないもの」
「そっか、それじゃあアリーセも左から援護をお願い出来る? でも無理はしないでね」
俺が考えをまとめている間にも、タクミによる的確な指示が出されていく。気丈に振る舞うアリーセの気持ちを汲み取りつつサポートに回し、気遣いまで見せる勇者っぷりは流石だ。ナナさんなんか、タクミの勇者スマイルの前に早くも目がハートになっている。
「それからユーキ、後ろのみんなを任せてもいいかな?」
そして俺にはこの指示である。後ろのみんなを任せるという魔法の言葉。班としての一体感を損なわないまま、ミソッカスポジションへと振り分けるなんて、実に見事だ。
「来ないのなら! こちらから! 仕掛けてくれようかぁ!」
ポールが吠える。夕焼けで逆光になっていてその表情はよく見えないが、魔王の化身にしては緊張感が無い物言いだ。
「ちょっと待ってくれタクミ、みんなも。何かおかしくない? あのポールは変だって」
「ユーキ、わかっているよ。先生も僕が助けてみせる! もう時間が無いみたいだから話は後で聞くよ、みんないこう!」
えーと、そういう事じゃなくてね。まあ先生も助けるつもりなら細切れにしたりはしないかな。俺の心配をよそに、タクミの一声でみんなが一斉に駆けていく。
「ふはは、まずは貴様だ! 昼寝万歳ぅ!」
包囲から逃れるように跳躍したポール。その右手から極彩色の魔力がにょろにょろと伸びていく。なにあれ気持ち悪い。
「ぬおお! こんなもの……っふ」
狙いは、マッスルダッシュでポールの目前へと迫っていたアレックスだ。あっという間に悪趣味な魔力に絡め取られると、そのまま前のめりに崩れ落ちて動かなくなった。
「そんな……アレックス! みんな気を付けて!」
勇者専用スキルを全開にして、タクミが木剣を握り直す。
「勇者ぁ……貴様は最後のお楽しみだ! 次はお前ぇっ! カモン、二度寝最高!」
今度は濃緑色の魔力が左手からぬるぬると伸びていき、斉藤さんを追い回す。ポールは背中に装着したペガッサスの機動力を活かして、タクミとの距離にだけ注意を払い立ちまわっているようだ。
みんなそれぞれに魔法や槍で応戦しているが、その動きを捉えきれずにいる。それにしても緑色のあれ、さっきのより気持ち悪い。なんだかとってもうねうねだ。
「いやあっ! なにこれ、気持ち悪い! こないでよぉ……」
陸上サーフィンで必死に逃げる斉藤さんだったが、ついには魔力の先端に触れられてしまう。同時に、足元に出現させていた波がかき消え、ふらりと倒れた斉藤さんはそのまま動かなくなってしまった。
「リィナ……2人をお願い! くそ、僕と正々堂々と戦え! 魔王ポール!」
仲間2人がやられ、激昂するタクミ。ポールが名乗ったのは魔王ペガッサスなのだけど、すっかりポールに置き換わっている。そして先程からのやりとりで、俺には魔王ペガッサス改めポールの正体が見え始めていた。
「くっ……勇者の班でも敵わないと言うの? それでも私は……お前をっ!」
アリーセが悲壮な決意と共に真正面から突撃する。そんなアリーセに向けてポールは悠々と掌をかざしてみせた。
「ふはは、威勢だけは良いようだけど真正面からとはねぇ……寝不足解消!」
今度は濃い紫色の魔力が、地を這うようにアリーセに迫る。
「危ないっ!」
すかさず飛び込んだタクミがアリーセを抱え、横っ飛びに回避をきめる。抱えた両手はソフトに、跳躍は力強く。くそ、かっこいい。
「大丈夫?」
「……うん。ありがとう」
ああ、これは駄目だ。アリーセったら完全にタクミにやられてる。俺は全く違う心配をしながら戦況を見守っていた。
「あれを躱すとはなかなかやるじゃないか、勇者ぁ」
「お前を……たおす」
守ると宣言した仲間が次々と狙われ倒れていくこの状況。ポールへの敵意はもちろん、自身に不甲斐なさを感じたのだろう。タクミからこれまでに無い密度の魔力が溢れ出す。
これはまずい、タクミのやつ完全に理性が振りきれているんじゃないか? あれは魔王なんかじゃなく、ポールの悪ふざけだ。少し冷静に言い回しを聞いていればわかる事だったんだ。あいつを止めないと!
「タクミ、落ち着け! あれは魔王じゃなくてポールなんだ! 何発かはぶん殴ってもいいけどやり過ぎちゃ駄目だ!」
「ユーキ、心配しないで。先生の身体を操っている悪いヤツを追い出してみせるよ」
表面上は冷静な言葉で応じるタクミの言葉が、ひどく冷たい熱を持つ。
「瀧本くんは心配しないで。タクミくんなら上手くやってくれるから。もし万が一無理な時は私が殺るわ」
こっちはこっちで生々しい殺気が漏れ出している。渡辺さん怖いよ、どうかタクミに任せるそのスタンスで、大人しくしていてほしい。
「ポール、もう十分だ。これ以上はやめるんだ! あんたはタクミの……勇者の力を甘く見すぎてる! ペガッサスを脱いで土下座くらいすればまだ間に合う!」
「ふふん、君や後ろの浮遊ガールは来ないのかい? それなら勇者の相手をするとしようか、素敵悪夢ぁ!」
ポールの全身から虹色の魔力が噴出し、タクミへ襲いかかる。
「効かないっ!」
タクミはその魔力塊を、光輝く木刀でいとも簡単に斬り払った。
「んなぁっ! アンビリーバッボ!」
完全に素に戻ってしまったポールが、一瞬でかき消された自身の魔法に驚嘆の声を漏らす。バッボってなんだよ、逆に言いにくいだろうによく咄嗟に出てきたな。
慌てるポールを意に介さず、タクミはその手に握る木刀に光の魔力を集中させていく。それは、日々の訓練で少しずつ魔力が上がるだとか、そういった次元をまるごと超越した凄まじいものだった。
「ままま待ってくれ、僕が悪かった! 僕だよ、ポールだよ……違うんだ!」
「勇者……キャノン!」
「待つんだタクミ!」
キャボッ!
ようやくコトの重大さに気がついたポールが必死に弁解を始めるのだけど、一足遅かった。タクミが紡ぐ力強い言葉により生み出された一条の閃光が、ポールを貫く。
「おう……」
一瞬の静寂の後、纏っていた悪趣味な魔力も、装着していたペガッサスも、全てが弾け飛ぶ。ポールは目をぱちくりさせ、放心状態だ。
「魔力にだけダメージを与えたから死にはしないよ。リィナ、みんなの様子は?」
「は、はい! 皆さん眠っているだけで、命に別状は無さそうです」
「良かった。さあ魔王、降参してみんなとポール先生を元に戻すんだ」
良かった、死んでない。一瞬だけ本当に冷やっとした。タクミはまだ勘違いしているらしい。登場からここまでの一幕は、さっきも言ったように完全にポールの悪ノリだ。
台詞や喋り方を作りこんで魔王の真似してラスボス気取りだったのだろう。しかし、本当に一歩間違えば、ポール自身が命を落としていたかもしれない場面だ。
「先生、反省して下さい。何事にも限度があります」
「うう……ごめんよぉ。クールでヒールな役を一度やってみたかったんだ」
「ユーキ、どういう事? ポール先生は魔王に操られていたんじゃないの?」
「うーん、魔王願望に操られていたというか……まあなんだ、熱の入ったお芝居だったんだよ。どうにも口調がおかしかったのと、眠らせる魔法ばっかりでネーミングもアレだったから、違和感はあったんだけど」
きょとんとして、ポールと俺、眠っているみんなを見比べるタクミ。
「え、でも……先生は確かに魔王って」
「あれは違うんだよ。魔王じゃなくて馬王なんだ……ペガッサスの開発もこれがやりたくて始めたくらいでね。全ての馬を統べる全能の馬王ペガッサス! ファンタスティックだと思わないかい?」
ええ、ファンタスティックにスベってますから安心して下さい。そんなコンセプトで始めたのか、とんでもない。
「結果的に完敗だったけど、今はとっても清々しい気分だよ。ありがとう、君はきっと歴史に残る勇者になれるさ」
「本気で勇者キャノンとか撃っちゃってすみませんでした」
「はは、いいんだよ。あれは凄いね。なんというかこう……クセになりそうだ」
いい話にまとめるのかと思ったら変態発言だ、めげないなこの人は。また機会があったら頼むよとか口走っている。早く帰りたくなってきた。
「それじゃあ時間もないので、チェックポイント通過の記録をお願いしてもいいですか? 一応、日没までのクリアがルールですもんね?」
タクミによる完勝で一件落着、うちの班はめでたく攻略完了だ。色々な意味でどうなる事かと思ったけど、終わり良ければ全て良しってね。
「え、何を言っているんだい?」
「何って……チェックポイントですよ。タクミに完敗して、先生の負けでしょう?」
「ああ、もちろん僕の負けだよ。素晴らしいチームワークと勇者の力を見せてもらったさ」
「それじゃあお願いします」
「ほわっと? ぱーどぅーん?」
どうしよう。無防備で魔力も空っぽ、無抵抗で座り込んでいるこの先生を一発でいいから殴りたい。鎮まれ感情、いでよ理性。
「ふう……確認しますね。最後のチェックポイントそのものである先生に俺達は勝ちました。その勝利とチェックポイントの通過をカードに記録して、ゴールすればクリアでしょう?」
順序立てて説明したのに、きょとんとした顔のポール。俺はそんなにおかしい事を言っているのだろうか。
「君達は失格さ、当たり前だろう?」
失格の2文字が他人事のように響く。
「意味がわかりません」
「君達は僕に完勝した。その結果、どうなったのか思い出してごらん」
「どうって、先生の気持ち悪い魔力とペガッサスが弾け飛んで……げっ」
「ふふ、気付いたようだね」
まだ訳がわからないという顔をしているタクミとリィナさん。アリーセとナナさん、杖男子くんも何事かと近寄ってくる。
「みんな、落ち着いて聞いてくれ。俺達は確かに失格のようだ」
気持ちを整理して、俺は口を開く。
「タクミの勇者キャノン……魔力にだけダメージを与えて相手を無力化させるっていう判断は凄く良かった。今日一番のファインプレーだ」
「えへへ、そこまで言われると照れちゃうね」
「だけど、だよ。俺達は失格するしかないんだ」
「どうして? 僕のファインプレーで先生に勝って、みんなも眠ってるだけなんでしょ?」
「ああ、そうだ。だが眠ってしまったのは俺達の仲間だけじゃない。ペガッサスも眠ってしまったんだ……永遠に」
そう、このイベントには大前提として、ペガッサスにダメージを与えたり破壊してはいけないというルールがある。許されているのはカードによるソフトタッチのみなのだ。ダメージを与えない程度の素手や魔法による拘束で、なんとかグレーゾーンというところか。
「ふふふ、僕は実に清々しい気分だよ。本気になった勇者と模擬戦を楽しめた上に、目標であるクリア人数0人も達成出来たんだからね。もしここに後続の班が滑りこんできたとしても、最終チェックポイント自体がもうないんだ、クリアのしようがないだろう? ありがとう勇者諸君、僕の夢を叶える手伝いまでしてくれて! あーっはっはっは!」
ポールがずらずらと喋り続ける中、俺はぼんやりと考えていた。
最初に目に飛び込んできた光景を、緊急事態だと俺達が勘違いした事。そのタイミングで、ポールが魔王ならぬ馬王を名乗った事。気持ちの悪い魔力に拒否反応を示していただけのアリーセの言葉を、曲解してしまった事。
結果としてポールの無力化、つまりペガッサスの破壊を選択した俺達は、勝負に勝って試合に負けてしまったのだ。一通りの目標を達成したポールの、清々しいまでに腹の立つ高笑いが夕焼けの丘に響き渡る。
眠ってしまったみんなが起きるまで、俺達はただそれを眺めているしかなかった。
お読み頂きありがとうございます!