3.早くも今回出番のない勇者様と親友様の家庭の事情
放課後、俺は近所の商店街へ夕飯の買い物に来ている。今はなじみの肉屋でおばちゃんと談笑中。話題はもちろん適性診断についてである。
隠す必要もないので、ご近所用の営業スマイルを顔面一杯に張り付けて、適性と将来の展望らしきものを語ったところだ。
「でさ、今夜は父さん達が帰ってくるから、すきやきでもやろうかなって」
「ユーちゃんにはご贔屓にしてもらってるし、サービスしちゃうわよ!」
おばちゃんをはじめ、商店街のみんなは俺の事をユーちゃんと呼んでかわいがってくれる。古き良き下町の人付き合いと活気が残る通りは、この街のお気に入りのひとつだ。
サービスの針を完全に振りきった大量の肉塊と牛脂を持たされた俺は、お礼を行って八百屋に向かう。手持ちの肉量に驚かれるかと思いきや、何故かそこでも、おやじさんのハートに火をつけてしまったようだった。
結果として、両手にキロ単位の肉と野菜という戦利品を抱えてふらふらと歩く事になってしまった。下町の商店街を抜けて数分。どーんとそびえるタワーマンションの21階、我が家まではもう少しだ。
か
職場恋愛の末にゴールインした両親は現在、幸か不幸か2人揃って異世界で働いている。市役所の異世界なんとか対策課。帰ってくるのは、1週間から2週間に一度がせいぜいだ。
おかげで俺は、この無駄に広い4LDKのマンションで1人暮らしに近い状態になっている。
ちなみに、1人っ子ではない。4つ上の姉は東京で大学に通い、両親と同じく公務員を目指している。
2つ上の兄は、高い風魔法適性の判定が出て異世界へ長期留学中だ。中でも、回復魔法の才能は群を抜いていると専らの噂らしい。
そのせいで、そよ風の申し子だったか春風の贈り物だったか、恥ずかしい2つ名までついているとか。ぜひ実際に呼ばれているところを見てみたい香ばしさである。
兄がそうなら俺も……なんて期待も少しだけあったけど、結果はご覧の通り。両親も姉も適性は良くてCだったのだから、やっぱり、と納得もしてしまう。
兄弟の仲は良い方だと思う。姉も兄も、末っ子の俺を随分と気にかけて、かわいがってくれた。ただし、2つ上の兄とは事ある毎に比較されてきたので、そういう意味ではあまり良い思い出はない。
兄は昔からなんでも人並み以上にこなす完璧超人で、トンビがタカだと近所でも評判だった。きっと将来は、異世界を選んでも地球を選んでも、エリート街道まっしぐらだろう。
両親の良いところを抽出したようなスマートな顔立ちに加えて、人好きのするおおらかな性格に仕上がっているのだから手に負えない。
それに対して俺は、その影にすっぽり隠れる形で育ってきた。
170cmにギリギリ届かない身長。運動はマラソンだとかはそこそこ出来るつもりだけど、人並の域を出るほどではない。
勉強だって、科目によって先生にほどよく心配されるくらいの成績だ。それなら中身で勝負、というわけにもいかない。見事に物事を斜め読みする、こんな性格へと成長を遂げているのだから。
「ユーちゃんは立派なトンビになるんだぞ」
その昔、渾身のどや顔で俺の頭をグシャグシャと掴んだ魚屋のおっちゃんは、正直言って今でも苦手だ。俺はトンビじゃなくて人間になりたい。
ちなみに、が続いてしまうけど、以前からこんなタワーマンションに住んでいたわけではない。両親の異世界への異動が決まってからというもの、急に待遇が良くなったのだ。
異世界景気で、ゲートのある国を中心に、世界の経済は右肩上がりの成長傾向にある。一方、日常的にモンスターだの盗賊だのが跋扈する異世界の環境は、社会問題にもなっていた。
異世界への就職や移住は、紛争地域に自ら飛び込むようなものだという評論家も多い。異世界関連の討論番組では、今でもまっぷたつの大論争が繰り広げられている。
その為、異動の辞令が出たとしても、基本的にはお断りが可能だ。それを理由とした不当な解雇なども出来ない事になっている。そして反対に、異動を承諾した人材への報酬は、国からの補助を含めて高い水準が約束されている事が多い。
そんな中、うちの両親は報酬や待遇の話もそこそこに、ふたつ返事で異世界行きを決めてしまった。理由は2人の共通の趣味にある。
本格的な登山や秘境探検、現地の皆様との交流を主目的とした旅行という冒険心溢れる人達なのだ。堅実な公務員という職に就いておきながら、実にたくましい。
空っぽになった姉の部屋には、秘境やら異世界のおみやげコレクションが所狭しと飾られている。全て両親の部屋から溢れてきたものだ。
なんとか族の神聖な置物であるとか、どことかに祀られていた魔除けの石の欠片であるとか。本当に国内に持ち込んでも大丈夫なのか、たまに本気で心配になる、いわく付きの品々だ。
両親の話はこれくらいで良いだろう。もう十分にオモシロイ人達である事は伝わったと思う。
「なんだ、留学したいのか?」
「まあね。適性は微妙だけど、応募してみようかなって」
「いいじゃない、ユーキが受かったらお母さんが受付担当しちゃおうかしら!」
すきやきの甲斐あって、両親の機嫌はよさそうだ。切り出すならこのタイミングかな。
「厳しいと思うけどね。例えば、父さんのコネでぽーんと行けたりしないの? な~んてね、そんなの無理に――」
「いいぞ、他に行きたい友達もいたら言いなさい」
そんな馬鹿な。
いや、待て。ここで大喜びしないかどうか、試している可能性もある。謙虚に、クールに答えるんだ。
「またまた、さすがに冗談でしょ?」
「冗談なもんか。クラスみんなで行きた~い、とかではないんだろ? 父さん頑張ってるんだぞ、ってところを見せてやろう」
「きゃーお父さんかっこいい!」
いやいや父さん、コネ留学の斡旋とか不正を働いてるところを息子に見せたら駄目でしょ。母さんも煽ってどうするのさ。そろそろ俺も信じちゃうよ。そうしたら家族ぐるみだよ。
「当然だが、筆記の合格ラインは超えていないと駄目だぞ。カンニングや試験の不正は許さんからな!」
「ハハハ、まさか。でも適性でさ、優先順位とかあるんでしょ?」
むしろ試験を重点的にお願いしたかった、とは言えない。試験をそのまま受けるのでは、何をもってコネというのかわからなくなってきた。それでも、少し踏み込んで聞いてみることにする。
適性優先の都市伝説が事実なら、嬉しくはないけど諦めもつく。異世界留学か……その気になった事もあったな、なんて笑い話にしてみせようじゃないか。
「優秀な子は目に止まりやすいかもしれないわね。でも、学校の先生も私達も、応募書類はちゃんと全部読んでいるのよ。だからユーキが、自分の気持ちをしっかり書けば大丈夫。お母さんは信じてるわ」
「そうだな、試験をしっかりパスして、適当に書いているのではないとわかれば、父さんがちょちょいっとなんとかしてやろう」
なるほど、この人達らしいと言えばらしいか。お前の本気を見せてみろというやつだ。それでも、自分から積極的な希望を伝える事が少なかった俺の申し出に、2人とも心なしか嬉しそうに見える。
「ユーキもすっかり大きくなって。お母さん嬉しい……お肉どんどん食べちゃう!」
「わはは、今日はいい日になったな! か、母さん良かったら今夜その……」
待て待て。母さんはともかく、そこのくそ親父は自粛しろ、後にしろ。父さんのそういう頑張ってるところとか、見たくも想像したくもないから。
コネでフリーパスという形からは若干ずれたものの、まずまずの結果だろうか。俺は少しだけやる気を出して、山盛りのお肉に箸を伸ばした。
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