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勇者様の親友様  作者: 青山陣也
第7章:短期留学編 ~ペガッサスを捕まえろ!~
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29.ボスキャラに血が騒ぐ勇者様とフロンティアを往く親友様

 この世界には実に様々な魔法が存在している。属性が分かれている事はもちろん、その目的や効果によっても多種多様だ。


 ファイヤーボールやエアロボムだとかの対象に直接ダメージを与える魔法。祝福と呼ばれる万能翻訳魔法。斉藤さんの陸上サーフィンや渡辺さんの空を自由に飛ぶ魔法など、移動を補助する魔法。

 全身を光に包み、全能力とあらゆる耐性を強化するタクミの勇者専用スキル。これは最上級のサポート・強化系魔法に分類される。


 他にも、今回のオリエンテーリングに散りばめられたトラップ、ペガッサスの動力や通過をチェックするカードも魔法によるものだ。

 街を歩けば魔法灯がきらめき、色々な道具や武器防具にも魔法の効果を持ったものが存在する。

 さて、色々な種類の魔法について挙げてきたところで、聡明な皆様ならもうお気付きの事と思う。


 そう、この世界では圧倒的に、回復魔法の存在を耳にする機会が少ないのだ。もちろん回復魔法だって存在はしている。なにしろ身内にいるのだから。そよ風の申し子だとかの恥ずかしい通り名でもてはやされ、有名になっている兄が。

 むしろ、単純に使い手や素質を持つ者の数では、光や風、水や土の属性でも習得が可能なので、多いとさえ言える。


 ちなみに俺の持っている火属性には回復魔法は無い。回復魔法が無いかわりに、高い威力と扱いやすさでアドバンテージを取れる事が火属性の強みなのだそうだ。

 どちらも上手く機能していない俺はどうすれば良いのか。いや、火属性だからこそ、多少なりともそれらしい事が出来ていると考えるべきかもしれない。

 どちらにしても、掘り下げていくと悲しい気持ちになりそうだからこの話は置いておこう。いったん、しばらく、ずうっと置いておく事にする。


 さて、話を戻そう。なぜ回復魔法の噂やエピソードを耳にする機会が少ないのか。主な理由は2つある。


 まずは魔法薬の発展。この世界の魔法薬は、地球のそれとは比べ物にならない効果を発揮してくれる。

 もちろん、本格的な大怪我だとかを治療する為には、相応の対価が必要だ。希少な素材。ある程度以上の腕を持つ専門家による調合などである。

 それを差し引いたとしても、適性次第で可能性の一切を諦めざるをえない魔法よりは、利便性が高く、世界への普及が早かった。これがひとつめの理由だ。


 そして更に致命的なもうひとつの理由。回復魔法は、その効果が大変残念である場合が多いのだ。

 一瞬で傷も体力も癒してくれる回復魔法などもはや夢物語でしかない。ちょっとした傷の止血や体力の回復にも、少なくない魔力と時間が必要とされる。


 手間と時間と魔力をありったけ注いで回復魔法を試みたとしよう。その隣で、鼻歌交じりに魔法薬の蓋を開け、集中とは無縁の雑談の片手間にじゃばじゃばとぶっかけている者がいればどうだろうか。そしてその効果が、下手をすれば魔法薬の方が上回っていたとしたら?

 回復魔法の訓練にあてていた時間で、魔法薬を研究した方がよっぽど有意義である。結果として回復魔法は、その研究すら他の系統に大きく遅れを取っているのだ。


 もしも魔法薬と同程度の効果を持つ回復魔法を、安定してスピーディーに使う事が出来たなら。それはこの世界の魔法に革命を起こせる程の可能性を秘めている。

 回復魔法……それはこの世界の魔法研究における、最後のフロンティアなのだ。この未開の地を開拓してくれる若者の登場を、世界は待ち望んでいる。


「さあ、癒せ潤せ若者達よ! って感じで大変なんだよ。だからもう少し待ってくれ」

「すみません、私の力が至らないばかりに時間がかかってしまって……」

「リィナは謝らなくて良いのよ。私は回復魔法を責めてるんじゃなくて瀧本くんに呆れてるの。何が癒せ潤せなのよ……結局、回復魔法が使えないっていう壮大な愚痴じゃないの」

「いつの間に回復魔法の事まで調べてたの!? ユーキの頭の中にはまだまだフロンティアが詰まっているんだね!」


 タクミ、誰の頭がフロンティアだ。多分褒めようとしてくれているのだとは思うけど、残念な子にしか聞こえない。今回に限っては渡辺さんが正解だな。

 どうして急に回復魔法のうんちくもどきを語りだしたのか。それは、今まさに俺自身が、リィナさんによる回復魔法を受けているからに他ならない。

 リィナさんの回復魔法は、将来に期待感を持つには十分な効果だった。パックリと割れて出血していたおでこの傷はもうほとんどわからないし、体力も全快に近い。ただし、ここまでの所要時間が30分といったところだ。


「いきなりおでこから血を流して倒れちゃうんだもん、心配したよ」

「びっくりはしたけどそれも自業自得でしょ?」

「いや、まあその通りなんだけど。スピードが落ちてたとはいえ、ペガッサス……金属の塊と正面からぶつかったんだから、そりゃ倒れもするし額も割れるよ」

「まだまだ鍛え方が足りんな! あんなもの、凹ませてやるくらいの心意気でいかなければ」


 無茶を言うなよ、アレックス。少し大きめのブリキの玩具が、思い切りぶん投げられるところを想像してほしい。それが真っ直ぐにおでこ目掛けて飛んでくるところを。

 俺は心意気で金属を凹ませられるようなマッスル超人とは違うのだ。生身の一般人としては、額が割れた程度で済んでラッキーだ。


 治療を受けるにあたって俺は横になっている訳だけど、当然ながら膝枕がどうこうというイベントは存在しない。母なる大地のゆりかごを独り占めである。

 その間、みんなはスタート前に支給されたお弁当を頬張っている。俺の真上でタクミにサンドイッチを食べさせてもらったりして、リィナさんはとっても幸せそうだ。

 もしかして治療に時間がかかっているのも、これのせいじゃないだろうな。あれ、なんだかジーンとしてきちゃった。


「あの……終わりましたけど、まだどこか痛みますか?」

「いや、これは別件だから大丈夫! リィナさん、ありがとう」


 5ヶ所目のチェックポイント通過からロスする事、1時間あまり。ご飯も食べ終えた俺達はようやく攻略を再開する事にした。


「その前に報告しとかなきゃな……っていうかステイシー先生、多分これも見てるか聞いてるかしてますよね?」

「……あら、治療終わったのね。良かった、傷が残ったりしたら大変だもの!」


 ここにはもちろんステイシー先生はいない。いるのは、地面から3メートル程度の高さにふわふわと浮かぶ、アヒルの玩具だけだ。お風呂にセットしておいたらしっくりきそうなフォルムの、あの子である。


「もしかしてとは思いましたけど、やっぱり会話も出来たんですね。無駄に高性能」

「ポールに無駄なんてないわ! 彼は頑張っているの! とにかくチェックポイントの通過は記録しておいたわよ、この調子で頑張ってね!」


 名ばかりではあるが、俺は班のリーダーを任されている。このオリエンテーリング中の活動報告は、リーダーの義務のひとつだ。

 報告はチェックポイント通過を記録するカードをアヒルの玩具……改めフェニックスにかざして行う。つまり、俺達はスタートからここまで、ずっとこのアヒルの玩具に見守られて進んで来たのだ。

 極力それを視界に入れないようにはしてきたつもりだ。しかし一度意識してしまうと、どうにも気になって仕方ない。当然ながら、ペガッサスと同じく危害を加える事は禁止されているので、破壊も出来ない。


 例の玩具と違うのは、ワインレッドにカラーリングされているところだ。フェニックスと呼ぶには、完全に名前負けしている。そのつぶらな瞳で虚空を見つめたまま話しかけてくる様は、なんともシュールである。


「普通はね、会話しちゃいけないのよ。でも今回は特別サービス!」

「サービスじゃないでしょう、こっちは怪我してるんですから。ペガッサスの仕様について、反省と改善を要求しますよ」

「そうよね、ごめんなさい。ポールにもきつく言っておくわね」

「是非ともお願いします。それはそれとして、せっかく会話が出来るならお聞きしたい事があるんですが」

「まあ、ユーキ君ったら! でも駄目よ、私は結構一途なタイプなの! それにどっちかって言うとタクミちゃんの方がタイプだし……」


 ねえ、何の話してんのステイシー。ユーキ君とかタクミちゃんとか呼ばないでもらえますか。一途が聞いて呆れる一言も飛び出しちゃってるじゃないですか。欲求に一途って意味ですか。


「この報告って必要ですか? チェックポイント通過の時に記録は出来ているのに、その後にもう1回って」


 ここは全力でスルーだ。班のみんなもそれで良いと頷いている。ありがとうステイシー、バラバラになりかけていたみんなの気持ちが、もう一度ひとつになれたよ。


「あら、随分とドライなお話だったのね」

「何を期待してたんですか」

「うふふ」

「もう結構です」

「冗談よ! チェックね……でもこれは必要なのよ。カードでみんなの位置は把握しているけれど、自主的に報告をしてもらう事で安全確認も兼ねているの」

「って言っても、こっちの事は見えてるんでしょう?」

「ええ、もちろんよ! でも報告してもらった方がそれらしいじゃない!」


 それらしいってなんすか。チェックする側の雰囲気作りの為にやっているのか。このカード、不幸な事故で割れたらどうなるのかな。試してみたい。


「それにね、班は沢山あるでしょ? チェックしてもらう事で確認しやすくしてるのよ」

「ああ、そういう意味ならまあ、それらしくなりますかね」

「そうでしょ? それらしいでしょう!」


 ええ、先生のそれと俺のソレは別物ですけどね。


「とりあえずわかりました、ありがとうございます。ちなみに他の班はどんな感じですか? もうクリアしちゃったところとか出てたりして?」

「うふふ、そういう質問には答えてあげられないわね! でもあなた達の班はかなりイイセンいってるわよ! ポールもはりきって準備してるから楽しみにしていて!」

「へぇ……って事は、どこかのタイミングでポール先生が自ら出てくるわけですね?」

「え! どどどうかしらねぇ? 準備って言っても色々あるでしょ? そうだわ用事を思い出したの! それに会話はフェニちゃんの魔力を沢山使っちゃうから切るわね! ああ忙しいありったけ忙しい!」


 安い言い訳とごまかしを散らかされ、一方的に通信を切られてしまった。ありったけ忙しいってどういう言葉遣いですか、今度ありったけ聞かせて下さいね。


「ポール先生、絶対に出てくるよね……」

「きっとラスボスだよ、楽しみだね! 絶対に僕が仕留めてみせるよ!」

「タクミくん、サポートするわ! 本体が出てくるならいよいよ細切れね」

「俺も加勢しよう」

「いや、渡辺さんのそれ本気だったの? アレックスの加勢はどっちに? 仕留める方? 細切れ? どっちも駄目じゃん!」


 すっかり平和に戻った空気感を引き連れて俺達は進んでいく。主に俺絡みで申し訳ないが、これだけ時間をロスしてもイイセンをいっているとなると、みんな苦戦しているんだろうな。

 そもそもうちの班だって、タクミの身体能力と、リィナさんと渡辺さんのトラップ感知能力があったからこそ順調に進んでこられたのだ。

 トラップを感知出来なければ、チェックポイントまでの道のりはひどい事になるだろう。また、優れた前衛がいなければ、チェックポイントに辿り着いてもペガッサスにタッチを決めるのは至難の業だ。


 俺の予想を裏付けるかのように、その後もいやらしい配置のトラップが次々と立ちはだかった。

 トラップがぎっしり敷き詰められたなだらかな平地。高確率で足場に選ぶであろうポイントに的確に魔法陣が設置された急勾配の山道などなど。

 コースの終盤、スタート地点から離れたチェックポイント程、その傾向は顕著だった。スタート地点の笑い地獄が可愛く思えてくる程だ。中には、魔法陣に3度踏み込んだ時点で発動するという偽装が施された厄介なものまであった。

 これはリィナさんの感知にも引っかからない高性能のトラップで、かなりの苦戦を強いられた。


 また、苦難を乗り越えて到達したチェックポイントも、一筋縄ではいかなかった。様々な形態のペガッサスが、これでもかというおもてなしを見せてくれたからだ。


 草原ゾーンでは岩場のものより脚の長いペガッサスが登場し、猛スピードで一直線に駆け抜けていった。

 岩場のあれより更にスピード特化仕様のヤツが出てくるなんて、ポールには本当に考えてもらわなければならない。その件はいったん置いておくとして、これはタクミとアレックスによる力技で攻略した。

 アレックス、マッスルダッシュを馬鹿にしてごめんな。まさかあんなに速いなんて……尊敬するよ、そのマッスル。そして真似はしないから安心してくれ、心置きなく道を譲ろう。


 湖ゾーンでは潜水機能を備えたペガッサスがお出迎えだ。そもそも水面に出てこないという、チェックポイントとしての自覚があるのかを問い詰めたい隠密性能には開いた口が塞がらない。

 ただし、発見までに時間はかかったものの、タネさえわかれば後は斉藤さんの独壇場だった。なんと、湖の水の一部を操ってペガッサスを絡めとり水上に引きずり出したのだ。

 彼女のテクニカルな活躍によって、大した性能を発揮させずに攻略は成功した。


 林エリアに登場したペガッサスは、フェニックスより更に高い位置に悠然と浮かび、こちらを見下ろしていた。響き渡る鳴き声は実に不快で、聞けばすぐにでも叩き壊したい衝動に駆られるという一級品だ。

 飛べないのなら木登りすれば良いじゃないという意図なのだろうけど、馬鹿を言ってはいけない。その林の木々達はおおよそ木登りには向かない、つるりとした幹や枝を特徴としていたのだ。

 その滑らかさは、身体能力に大幅な補正のかかっているタクミが足を滑らせる程だ。


 豊富に伸びる枝を慎重につたっていけば登る事は可能かもしれない。だが、当然ながらペガッサスは動いている。

 正攻法で攻略しようとすれば、慎重に木登りした上でペガッサスの軌道を読み、狙いを定めて飛び込まなければならない。非常に高度な先読みスキルと度胸、身体能力が要求される無理ゲーである。


 しかしこちらには風属性の渡辺さんがいる。今の彼女にとって空中は、地面となんら変わりのないお散歩コースだ。空中で繰り広げられた高速の鬼ごっこは、渡辺さんが何枚も上手だった。

 一切の躊躇なく、無慈悲な笑顔を浮かべて獲物に迫る彼女の姿を、俺はしばらく忘れられないだろう。手持ちの適性と発揮している能力を天秤にかけた場合、最も規格外なのはこの眼鏡女子かもしれない。


 9ヶ所目のチェックポイントには、どどんと置かれたいびつな形の金庫。錠前には凶悪なフォルムの知恵の輪が、黒光りして待ち構えていた。それを外せば扉が開いて、無防備なペガッサスとご対面という仕組みのようだった。

 ようやく巡ってきた、力技や高度な魔法力を必要としない課題である。俺は歓喜して解錠への挑戦に名乗りを上げ、見事にその凶悪なフォルムを2つに裂いて見せた。

 ただし、所要時間は1時間だ。男の意地とロマンと立場をかけた大仕事である。どうか怒らないで欲しい。そこの眼鏡の人、ものを投げないで下さい。


「次で最後か、もう夕方だな。急がないと」

「誰かさんが時間を使いすぎなんじゃない?」

「でもこれ全然開かないよ……開けただけでもユーキはすごいよ。むぎぎ」


 凶悪なフォルムの知恵の輪は、タクミがどうしてもやりたいというのでそのまま拝借してきた。力任せに壊すんじゃないぞ、責任取れないからな。


「最後のチェックポイントは地図だとこの辺り……あの丘の上ってとこか。本当にポールとガチバトルだったりしてな」

「腕がなるな! タクミ殿に負けぬように俺も力を尽くそう!」

「アレックス、どっちが仕留めるか勝負だよ!」

「タクミくんがんばって!」

「ふふ、ようやく細切れね」


 ポールの話になると、どうしても仕留めたり細切れにベクトルが向くらしい。俺だけは冷静でいよう。ポールのトラップに一番引っかかっている俺が冷静でいられる内は、きっと死人は出ない。信じよう。


 はたして、ポールは丘の上で俺達の前に現れた。最後のチェックポイント、最後のペガッサスとして。そのフォルムと纏う魔力に俺達が言葉を失う中、ポールはゆっくりとした口調で語り始めた。

最後までお読み頂きありがとうございます!

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