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勇者様の親友様  作者: 青山陣也
第7章:短期留学編 ~ペガッサスを捕まえろ!~
28/71

28.リーダーシップ抜群の勇者様と危機感を募らせる親友様

 オリエンテーリング。現代日本でこの単語から連想されるのは、お手軽なレクリエーションではないだろうか。数人のグループでチェックポイントを回り、ゴールを目指すあれだ。

 しかし本来のオリエンテーリングは、世界大会だとかもあるれっきとしたスポーツ競技だ。上級コースになると、地図とコンパスのみを頼りに森を突っ切る過酷なクロスカントリー走なのだという。


 その昔はチェックポイント毎に設置されたパンチを使い、カードに穴を開ける等して通過を記録していたが、最近では技術も進んでいる。マイクロチップによって記録がなされ、選手の動向がリアルタイムで集計されるようになっているらしい。

 決められたコースが存在しない為、選手はレースの組み立てを自身の力量や経験から判断して組み立てる。総合的な対応力が必要とされる、頭も身体も使う競技である。


 この話をネットで調べた時、俺はもう少し競技自体を盛り上げられるのでは? と思ってしまった。自然の中でレースを行うという競技の性質上、選手の走りっぷりを車で追いかけたりするのは難しいかもしれない。

 でも例えば、各選手にウェブカメラを装着してもらうのはどうだろう? チェックポイントの通過状況とあわせて配信したら臨場感がありそうだ。

 駅伝のように、山の神様ならぬ森の神様だとかが降臨するかもしれないし、トリッキーなコース取りをする選手がクローズアップされるかもしれない。

 もちろんこれは素人考えなので、実際の競技がどうなっているのかという知識は残念ながら俺にはない。

 

 余談ではあるけど、もしゴールをしっかり通過せず、何の申告もせずに帰ってしまった場合、行方不明とみなされて本気の捜索隊が出動してしまう事もあるらしい。参加を検討されている方は、是非気をつけて欲しいと思う。


 さて、今回俺達が参加するのは、レクリエーションと競技の中間のイメージだ。留学生中心のイベントなので、手渡された地図に加え、注意すべき地形などの詳しい説明がなされる親切設計。もしもの時に備えた教師陣も各所に配置され、出来る限りの安全が確保されている。

 また、班単位でのグループで参加する為、個人で過酷なレースを走破するのに比べて難易度自体も低めのようだ。


 とは言え、コースとなる山野には事欠かないこの異世界である。チェックポイントを森や山の中に放り込むだけで十分なのだ。立派な中級者以上御用達のコースが出来上がっている事は想像に難くない。

 その上、前年のリベンジに勝手に燃える熱血教師ポールによる未知のトラップ。正体の見えない魔導アーマーペガッサスとフェニックスまで待機している。

 これは相当に気を引き締めていかなければならない。説明を聞き、カードだとかの一式を受け取りながら、俺は表情を硬くしていた。

 硬くしていた……はずだった。


「アトラクションみたいで楽しい!」

「そうだね! このカード、早く次も使ってみたい!」

「チェックポイントを魔法で通過、とか凄いよね! 全部エフェクトが違うのも凄い凝ってるし!」

「やっぱり、次もペガサスさんがいるのかな?」

「いるんじゃない? 次こそ私が細切れにしてあげるわ、ペガサスも本体もね」

「皆さんお元気ですね。私もわくわくしてきました!」

「フンッ! フンッ!」


 アトラクション気分の斉藤さんやカードに夢中なタクミ、ピクニック気分でわくわくしているリィナさんの3人は完全に危機感が足りていない。

 反対に、危機感という意味では万全だが、明らかに物騒な思考に寄っている渡辺さんは別の意味で心配だ。本体とはポールの事だと思うのだけど、選択肢は細切れだけで大丈夫なのだろうか。

 道中でひたすら素振りを繰り返すアレックスは、もう放っておこうと思う。人には向けないようにな。


 スタート直後こそアクシデントでバタついたものの、その後は実に順調。募らせていた危機感と裏腹に、俺達は和気あいあいと攻略を進めていた。


「あ、魔力反応。そっちね」

「勇者スラッシュ!」

「ウォーターボム!」


 パシャ~ン……


「皆さん、その先に魔法陣が隠されているようです」

「勇者ブレイク!」

「エアカッター!」


 ガシュ~ン……


「さすがはタクミ様です!」

「勇者ブレイクかっこいい!」

「瀧本くん、危ないからそれ以上出ないでよね。またトラップに引っ掛かられると困るの。みんなが」


 ポールが仕掛けた魔法トラップは、リィナさんの光魔法と渡辺さんの風魔法により事前に感知され、情けない音とともに力技で解除されていく。

 スキルの頭に勇者を付ける必要ってあるの? それ本当にかっこいい? であるとか、渡辺さんって本当は適性Cどころじゃないんじゃないの? であるとか。諸々のツッコミを飲み込んでいるのは、スタート直後のアクシデント……渡辺さんの最後の発言に由来している。


 スタート直後、何でもない道の途中で、俺はいきなりトラップに引っ掛かったのだ。自分でも驚きの速さである。

 もちろん、先にも話した通りこれは学生向けのイベントなので、毒だの致死性の何かだのという危ないものは仕掛けられていない。


 ただしそこには、危なくなければいいんでしょ! というポールの断固たる意志とイタズラ心が、しっかりと反映されていた。発動したトラップは、数分間、俺を無慈悲な笑い地獄へと突き落としたのだ。


 その遊び心をまともに受けたのは俺だけではない。そこかしこで大泣きする者、大笑いする者、眠ってしまう者などが続出し、スタート地点は大混乱に陥った。

 トラップとは、普通ならチェックポイントの近くであるとか、いわば山場に配置するものではないのか。スタート直後から所狭しとトラップをばらまいてある辺りに、ポールの決意が汲み取れる。どの班もゴールさせまいとする、大人気の無い決意が。


 抵抗出来ない笑いから解放された俺は、荒い呼吸を整えて、ふらふらと立ち上がった。ポールへの恨み言とメンバーへの謝罪を口にし、具合を確かめるように数歩進み、そしてみんなの方へ向き直る。


「ごめん、またなんか踏んじゃった」


 最初のトラップが終わったら、この辺ふらふらするんでしょ?


 ほうら、また引っ掛かった! HAHAHA!


 ポールの高笑いが聞こえてきそうな、絶妙のポジションに仕掛けられた次なるトラップだった。こうして、尊い犠牲と回復を含めてトータル20分程のタイムロスから学んだ俺達は、陣形を整えて進む事になったのだ。


 ある程度の魔法トラップであれば感知出来るというリィナさん。勇者専用スキルによる各種耐性をはじめ、色々な意味で対応力のあるタクミ。魔力感知なら私も出来ると豪語し、見事に能力を発揮している渡辺さんの3人が前衛。

 後衛は、いざという時は飛び出していけるスペースを確保しつつ、アレックスと斉藤さんが左右に展開している。


 涙目ですっかり大人しくなった俺を中心に据えた、鉄壁の布陣である。


「僕が必ず守ってみせるよ、安心して!」


 真剣な眼差しとまっすぐな決意を、自信に満ちた微笑みに乗せてぶつけてくるタクミに、女子3人が揃って赤面している。イケメンはこういう台詞もしっかり使いこなすよな。

 こういう時のタクミの言葉に他意はなく、全員に向けて放たれている。しかし、それを女子3人に解説するのは無粋というものだろう。何より、トラップから解放されたばかりの俺にその気力はなさそうだった。


「ひ、姫さ……リィ……ゴホン! エフン! うう……」


 そうかそうか、頑張ったなアレックス。タクミと同じ台詞をリィナさんに言ってみたくて口に出してみようとしたものの、ど頭の呼び方のところで迷って頭の中が真っ白になっちゃったんだよな。わかるよ。頑張った。泣くなって。

 とにかく、この形になってからはトラップに引っ掛かる事もなく、全10ヶ所のチェックポイントも次で5ヶ所目。みんなの緊張がゆるんでくるのも仕方ないというわけだ。


「チェックポイント、あの岩場が怪しそうだな……また随分険しいけど」

「僕が行ってくるよ! ブレイブジャンプ! とうっ!」

「むっ! 俺も負けんぞ! マッスルダッシュ!」


 チェックポイントは主に地形を利用した物理的な難所に設置されていて、ここにもポールの拘りが感じられる。ただそれも、タクミとアレックスの身体能力によって難なく突破されていく。

 もう勇者なんとかへのツッコミはお腹いっぱいだ。好きにすればいい。完全に感化されたマッスルアレックスにも、リアクションなんてしてあげないんだから。


「いたぞ、ペガッサスだ!」

「アレックスはそっちから回り込んで! 僕が正面で引き付ける!」


 先の会話にもあった通り、チェックポイントとはすなわち、魔導アーマーペガッサスの事だ。ぱっと見は出来の悪いブリキの玩具のような風体。そのくせ、俺の目にもはっきり見えるくらいの魔力を纏っている。5体目のそれは、岩場にどっしりと佇んでいた。


「ピギィ!」


 ペガサス風なネーミングとそれらしいフォルムなんだからモデルは馬じゃないのか、そこはちゃんとして!

 そうツッコミを入れたくなる奇声を振り撒いて、ペガッサスが岩場を跳ね回る。


「なんという跳躍力……タクミ殿!」

「任せて、勇者ブレイブ!」


 勇者の勇気って叫んでるだけなのに、それって加速するスキルなんだね。ブレイブジャンプくらい分かりやすいネーミングにしておいた方が良いんじゃないかな?

 もはや保護者の境地で見守る中、急加速したタクミがペガッサスを猛追していく。


「タクミ様だめです、避けて!」

「捕まえ……うわあっと!」


 ギリギリのところでその場から飛び退くタクミ。

 さっきまでペガッサスのいた場所がキラキラと光っている。これに触れると、ランダムでトラップが発動する仕掛けになっているのだ。


 チェックポイントの通過には、ペガッサスの角にカードで触れる必要がある。そしてペガッサスは、設置された地形に合わせた逃走能力と、ランダムトラップ発動の魔法が組み込まれている。

 アレックスのお兄さんが言っていた、角が光る時は気を付けろとはこの事だったのだ。


「あんなやつ、バラバラにしてやれたら簡単なのに」


 ハードボイルドな発言を繰り返す渡辺さんの希望は、幸か不幸か叶える事は難しい。


 ルールその1

 ペガッサスにダメージを与えたり破壊してはならない

 ※角にカードで触れる時も優しくタッチしてね


 これである。こちらからはカードによるソフトタッチしか許されていないのだ。向こうはトリッキーな動きで逃走する上、危なくなるとトラップまで発動してくると言うのに。

 ある年に開催されたオリエンテーリングで、ペガッサスを全て壊して回った猛者がいた為に出来たルールなのだそうだ。一体、何がその人をそこまで駆り立てたのか。


「ピギッヒヒヒ!」


 なんなのあの笑い方! 壊して回った人の気持ちが凄くよくわかる! 駆り立てられる!


「私も手伝う!」

「少し小突くくらいならセーフよね?」

「みなさん、設置型のトラップはこの岩場にはありません。角にだけ注意して頑張って下さい!」


 足元に発生させた波を自在に操り、地形無視の移動で斉藤さんがタクミに並ぶ。小突くくらい、では到底済まないであろう暴風を纏った渡辺さんも、捕獲作戦に参加していった。


「よーし、絶対に捕まえよう! さおりんは牽制、ハルカちゃんはアレックスと一緒に追い込んで!」

「うん!」

「わかったわ」

「僕が仕留める! リィナはトラップ感知でサポートお願いね!」



 素早い指示と共に跳躍したタクミに続いて、みんなが動き出す。ペガッサスのトラップ発動にはタイムラグがある。その隙を狙ってチームプレーで追い込んでいく作戦だ。

 アレックスやタクミの突進に、斉藤さんと渡辺さんが絶妙のタイミングで牽制やフェイントを入れ、ペガッサスの進路を狭めていく。

 追い込まれたペガッサスのトラップも、リィナさんにより完全にタイミングを外され、ブリキの玩具が捕まるのも時間の問題だろう。


 この局面で、タクミったら仕留めるとか言ってたけど、壊しちゃ駄目でしょ! なんて小さなツッコミをよぎらせていたのは俺だけに違いない。


「もう少しです!」

「一気に決めるわよ! タクミくん!」

「うん、みんないこう!」

「ええ!」

「おお!」


 くそ……まずい、まずいぞ。確かに今日が初めてとは思えない連携だ。でもこれじゃ駄目だ。

 だってそうだろう。トラップに引っ掛かってからここまで、俺だけ何もしていないじゃないか!


 これじゃ……駄目だ!


 なにか、しないと!


 みんなとは違うベクトルでテンションを上げた俺は、岩場へ向かって駆け出す。タクミやアレックスのような身体能力もなければ、斉藤さんや渡辺さんのような魔法も使えない。俺に出来るのは、岩にしがみついてよじ登っていくだけだ。


 それでも、ここで何もしなかったら、俺はこの班のメンバーとして胸を張っていられるだろうか。実力がどんなに開いても、例えその差を埋められなかったとしても。ここで動けなければこの班の、タクミの隣にいる資格はないんじゃないだろうか。

 言い表せない感情に突き動かされ、俺は息を切らせて岩場の上に顔を出す。


「へぶしっ!」

「ピギ!」


 やっとの思いで顔を出した俺と、やっとの思いで逃げ道を見つけて疾走してきたペガッサス。両者の想いが、真正面から交錯した瞬間だった。


「やっぱりユーキは凄いよ! あのタイミングであそこにいてくれるなんて!」


 文字通りに体を張ってペガッサスを止めたという事で、俺はタクミから賞賛を浴びていた。結果として5ヶ所目のチェックポイントも無事に通過することが出来たのだし、良かったのかもしれない……けど。


「今回はユーキにしてやられたな! だが次は負けん!」


 2人の賛辞が痛い……なんだか話が大きくなって、俺の超ファインプレーみたいになってる。ちゃんと叱ってくれる人はいないのか。


「焦って偶然飛び出しただけなんじゃないの? スタートしてから大笑いしてただけで、後は静かだったものね」


 叱ってくれる人、いたけどすみません……もう少し丁度いいやつもらえませんか。


「まあまあ。みんなで頑張ったから上手くいったってことだよね! 次いってみよ~!」


 流石は斉藤さん。軽いノリで流しつつ、誰のテンションも落とさず場をまとめてくれた。

 形はどうあれ、班としてひとつになれたという実感が湧いてくる。この班なら、このメンバーならきっとこのオリエンテーリングもクリア出来るに違いない。

 そう思っていた。アレが俺達の目の前に姿を現すまでは……。

お読み頂きありがとうございます!

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