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勇者様の親友様  作者: 青山陣也
第6章:短期留学編 ~勇者の悩み、一般人の悩み~
27/71

27.悩みを乗り越えた勇者様とその悩みにのし掛かられる親友様

 相談事を聞く時のスタンスには、大きく分けて2つのパターンがあると思う。

 ひとつは本当に相談事をされる場合。話の内容からその相手がどうしたいのか考える手助けをし、また自分としてはどう思うのかを答えていくタイプだ。

 ただし、全面的にこちら側のアドバイスや意見が採用されることは稀である。主に相談相手がその事について整理をしきれていない場合の手助けをする形であることが多い。


 もうひとつはただ聞いてほしい場合。相手はその事について話す事で、自身の考えをより確固たるものとしていく。この場合、むやみにこちら側の意見を述べてはいけない。

 相手は話を聞いて後押しをしてほしいのであって、そこに反論やアドバイスは必要ないのだ。

 

 これから相談事を聞く予定のある皆さんに注意しておいてほしいのは、現代日本における相談事の8割は後者であるという事だ。

 スタンスを見誤れば、あっという間に相談相手からの冷たい視線を独り占めする展開になりかねない。頼まれて相談に乗っている立場であったにも関わらず、である。

 友人が悩んでいるのなら力になりたい。そう思うからこそ引き受ける相談事で、そんな事態を招いてしまうのは実に悲しい事ではないか。

 相談事を引き受ける際は、的確なアドバイスや話術よりも、高度な聞き役スキルやおもてなしスキルが必要なのだ。


「じゃあ反対だって言うの!? ユーキならわかってくれると思ったのに!」


 今まさに、俺がスタンスを見誤ったばっかりに、完全に負の方向に火の付いてしまった勇者様がいる。どうか皆さんには俺と同じ悲しい道は辿らないで頂きたい。


「反対とは言ってないだろ、全力で応援してるって。誰よりもでかいメガホンを構えているとも」

「じゃあどうして反対なのさ? ちゃんとした理由を教えてよ!」


 実にまずい。タクミの相談事は前者だと思って引き受けたのに、完全に後者だったとは。いつもなら、メガホンに対してツッコミくらいは返してくるのに完全にスルーされている。

 しかも、ちゃんとした理由を教えてくれと言うのが更にまずい。ここでこちらの思う様を理論立ててぶつけるのは簡単だ。しかしそれは火に油を注ぐだけなのだ。理由を教えてくれと言っておいて、本当は理由なんて聞きたくないという、なんとも厄介な状態だ。


「放課後、ちょっと相談があるんだけど」


 話は、昼休みも終わろうかという時間になって飛び出したタクミの台詞から始まった。いつになく真剣なその表情に、俺は思わず首を縦に振っていた。

 午後の適性別授業で、昨日のルキちゃんとの特訓の成果を見せつける。その後は、今日こそゆっくり休むのだ。今日のプランを完全に固めていた俺としては若干予定が狂った感はあったのだけど、引き受けない訳にはいかなかったのだ。


 考えてみれば、昨日のタクミは散々寄り道をしてきた俺よりも帰りが遅かったようだ。おそらく、騎士団長さんだとかのお偉いさんから何かアクションがあったに違いない。例えば聖剣の欠片を見つける為の日程であるとか、将来の……この世界でのこれからに関してであるとか。

 相談に乗るからには、タクミにとって耳障りの良い言葉ばかりを並べるつもりはない。ここは友人としてしっかりと話を聞き、俺にしか出来ない意見を存分に述べさせてもらおう。そう思っていた。


 余談だが、昨日の成果に関しては、3歩進んで2歩下がるといったところだった。俺がいきなり数十センチの炎のしぶきを噴射した事は、確かに、ベモット先生はもちろん、その場にいた生徒達にも大きな衝撃を与えた。

 それはそうだろう。つい前日まで、種火程度の炎をうんうん唸って出していたのだから。その飛躍的な、堂々たる進歩たるや、たる、たる……ええい、これ以上誇張出来そうにないか。


 それが何故3歩進んで、なのかと言えば、トントン拍子に初級卒業とはならなかったからだ。忘れてはいけない、中級に上がる為の条件はファイヤーボールの習得なのだ。

 そして俺は、どうやってもその炎のしぶきをボール状にまとめる事が出来なかった。昨日はテンションの赴くままにやっていたので気が付かなかった。完全な盲点である。


「威力も魔力の流れも見違える程良くなったね、びっくりしたよ! でも、精度が見違える程悪くなったね……どうしたものかね」


 先生、それはこっちが聞きたいです。まさにあちらを立てればこちらが立たずの典型。先生曰く、この感じを保ったままボール状にまとめて維持するイメージをしっかりしていくように、だそうだ。一応、方向性としては間違っていないらしい。


「ところでその、なんだい。ターンだとかステップはどうにかならないのかい?」


 そしてもうひとつの問題がこれだ。俺は華麗なダンシング無しにはこの威力の炎を出せなくなっていた。先生にサビ後のキメの重要性について語ってみても仕方ない。今後の課題その2だ。

 難しい顔してたと思ったら踊ってみせてくれたり、飽きさせないね。これからも楽しませておくれ。そうだ、今度は掛け声とか、歌でも歌ってみたらどうだい?

 とのベモット先生のお言葉はスルーだ。掛け声なら既に散々かけ回ってきたのだ。それを何とか抑えこんだ自分を褒めてやりたい気持ちなのに。

 大分ずれてしまった。今は目の前でぷりぷりしている勇者様をなんとかしなくてはいけないんだった。


「まずは落ち着けって。いくらなんでも急過ぎるだろ」

「そんな事ないのに」

「あ、まさこの話、もうオッケーしてきたとか言わないだろうな?」

「もちろんまだだよ、ユーキに相談してから返事するつもりだったし!」

「そりゃ良かったっつうか当然だな。とにかくいったん断ってくれ。大事な事だしもっかい言うけど、急過ぎる」

「急かもしれないけどこれは僕にしか、そして今しか出来ない事なんだよ!」


 また誰かさんに吹き込まれたそのまんまみたいな台詞を……この子ったら次から次へどこで覚えてくるのかしら、お母さんは心配だわ。

 とは言わなかった。ただでさえ視野が完全にピンホール並に狭くなっている今のタクミだ。これ以上ボケてみせても変な油を撒き散らして勇者のハートに火をつけるだけだ。

 おそらく色々と吹き込んでいるのは国のお偉いさんで、それに悪気なくリィナ姫だとかが乗っかっている形だろうな。

 とりあえず勝手に決めずに相談してきた事、そして急だという自覚があるのが救いか。


「オリエンテーリング後のホームステイ初日に国のお偉いさんがわんさか集まる会議に出てほしい、ね。いいんじゃないか? 勇者として貴重な経験だろ」

「それじゃあ……!」

「ただし。心配ならお友達もご一緒にどうぞとかいうオプションは却下だ。俺は由緒正しい一般ピーポーだぞ」


 タクミが持ち込んできた相談とは、オリエンテーリング当日を含めた2泊3日で予定されているホームステイ先での話だ。このホームステイは基本的に、班の異世界メンバーの家にお邪魔する事になっている。

 つまりうちの班の場合はアレックス宅である騎士団長の邸か、リィナ姫宅である王城、である。どちらにしてもとってもVIPでセレブな香りがして大変楽しみにしていた。それなのに、とんでもないアクティビティが飛び込んできた訳だ。

 俺は豪華な食事とふかふかのベッド、日本では味わえないお貴族様の暮らしをちょっと体験してみたかっただけなのに。


「大体なんださっきの」

「なんだって何さ」

「僕にしか出来ない事なんだ! じゃないだろ」

「え、だって僕にしか」

「それなら1人で出ろよ。がっつり巻き込む気まんまんじゃないか」

「でも」

「でもじゃない。僕にしか出来ないってのは俺を会議に誘うって意味か?」


 俺としても、異世界のお偉いさんとのコネクションに興味がないわけではない。もし王族をはじめとしたお偉いさん達を上手くヨイショしてお近づきになれれば、これは大きい。

 将来的に、あの飄々とした父親を顎で使うポジションにめりこむ事だって可能かもしれない。父さんを顎で使い、兄さんをそよ風くん呼ばわりし、大きなデスクに足をどーんと伸ばして苦いコーヒーをすするのだ。チェアはゆったりとした背もたれがついていて、ぐるぐる回るやつがいい。


「ユーキ、ユーキ! 物凄く悪い人の思考がだだ漏れになってるよ! お父さん達の事、そんな風にしたいと思ってたの!?」

「ああ、父さんと兄さんを超える事は人生の目標のひとつだな」

「なんていうか、もっと違うやり方っていうか」

「つまりこれは、言い換えれば俺の夢と言ってもいい」

「夢……」

「応援してくれるか? 勇者になりたいというお前の夢を、全力で、応援しているこの俺の夢を」

「断りにくい! 凄く断りにくいよその言い方!」

「ふはは、伝説の勇者が味方となれば、出来る事もさぞ多いだろうなあ」

「絶対良くない事に巻き込まれそう! って話がどんどんずれちゃってるけど、それなら出てくれても良いじゃない。コネは大事なんでしょ?」


 ちっ、気付いたか。このまま軽口の言い合いに持ち込んでうやむやにしたかったのに。


「あのな、例えば国会を見学に行ったらどうだ?」

「どうだって?」

「見学ついでに会議に参加したりはしないだろ? 議長に、シマタクミくんとか無機質な感じの棒読みで指名されて、総理に物申したりしたいのか? 

「それはなんか嫌だけどさ」

「今の話はそういうことだろ?」

「うーん……」

「大体、お友達もご一緒にとか言い出したのはどなた様なんだ?」

「あ、それなら」

「いや、聞かなくてもわかる。騎士団長さんか宰相さんか、なんとか魔術師さんだろ? 国家レベルの会議を異世界の学生に聞かせるとか、まずい事もあるだろうに。危機管理能力が足りてないんじゃないか」

「提案してくれたのは王様だよ」


 へい、最高権力者。王様なにやってんだ。ここまで、騎士団長さんのスタンドプレーが目立っている気がしたけど、間違いだったのか? 実は王様のワンマン国家で、団長さんは日々苦労を重ねてるとか?


「団長さんも、それは良いですなとか言って大喜びしてたよ」


 さっきの無し。一瞬でも団長に同情しかけた自分が憎らしい。この勢いとノリで推し進めてくる体質は国ぐるみで間違いない。しかも行動力は、文字通り国家レベルだ。グイグイきてる。


「ちなみに俺が断固拒否した場合は? 他のみんなを誘うのか?」


 その言葉を聞いてしたり顔のタクミ。え、なにこの嫌な予感。どこに地雷があったんだ。


「ユーキ1人だから嫌だったって事だよね。心配しないで、みんなと一緒ならいいよね?」


 兄弟みんなで世話するから、飼ってもいいでしょお父さん。みたいなテンションで言うんじゃありません。元の場所に戻してきなさい。


「あのな、社会科見学よろしくみんなで乗り込んでどうするんだよ。こないだの鍛冶屋とは訳が違うだろ」

「そうかな? みんなで行ったらまずいなら、やっぱり2人で行こうよ」


 だからどうしてその2択なんだ。埒があかない。こんなのはもう相談じゃなくて押し売りじゃないか。こうなれば最終手段だ、悪いなタクミ。


「そうか、それじゃあ仕方ない。みんなに聞いてみよう。ここは民主主義で多数決といこう」

「うん! ようやくその気になってくれたんだね!」

「ただし、タクミが本当にそれで良いのなら……だけどな」

「どういう意味?」

「勇者ともあろう者が会議ひとつも怖くて1人で出られないなんてな。まあ仕方ないよな、回りは王様とかお偉いさんがぐるっと囲んでるんだろ? そんな中に高校生が1人じゃ、いくら勇者の卵だとか言っても心配だよな。いや、わかるわ~付いて行ってあげたいわ~」


 すっかり無言になって俯くタクミ。少しわざとらしく言い過ぎた感もあるかもしれないけど、これで仕込みはバッチリだろう。今回は班のリーダー決めの時のように横槍を入れる担任もいない。俺の勝ちだ。


「さ、みんなのところに行って一緒に出てもらえるようにお願いしようぜ。むしろ俺がお願いしてやるからさ」

「待ってくれ、ユーキ」

「どうしたんだよ、今ならみんなまだ校内にいるんじゃないか?」

「僕の中にまだ甘えがあったみたいだ、考えを改めたよ」


 よしきた、そうこなくちゃいけない。勇者としての資質を天秤にかけられたら、乗っかるしかないよな。

 さあ、勇者らしくまっすぐに、1人で大丈夫だと宣言するんだ。しっかりじっくり土産話は聞いてやるさ。誰よりもでかいメガホンを構えているのが本当だってところを見せてやろう。


「みんなにはちゃんと僕から頼むよ」


 あれ?


「初めからそうすれば良かったんだ、ずるは駄目だよね」


 もしもーし?


「えっと、いいのか? 勇者として1人で出なくても?」

「うん、厳しい事を言ってくれる仲間だからこそ、一緒に出てほしいんだ。僕の弱さも知っていて、その上で認めてくれるユーキはやっぱりすごいよ。ますます気持ちが固まったよ!」


 しまった、やられた。そういう事だったのか。


「なるほどな、流石に騎士団を預かる長だけあって話が深いよな」

「え、どうして団長さんの話ってわかるの?」

「ハハハ、そりゃあな」


 やっぱりそうだ。あのタヌキ親父め。俺がこの話を拒否して、タクミの性質に訴えかけるところまで予想していたなんて。あえて厳しい事を言ってくれる友人こそ大切にしたまえとか、俺より先に、別の角度から勇者としてのなんたらを説いたに違いない。


「それじゃあみんなのところに行こう! ユーキはちゃんと見守っていてくれれば良いからね!」


 もう駄目だ。なんだ、あのキラッキラした表情は。勇気をたぎらせているのか、例の勇者専用スキルが発動して淡く発光しているじゃないか。


「あはは、早く早く! 置いていっちゃうよ~!」


 タクミ、そのスキルって全能力強化もされるんだよな?

 その勇者な光に包まれたままダッシュされたらさ、付いて行きたくても行けないの。わかる? 競技用自転車にママチャリで挑んでる感じ。しかもこっちは前後のかごいっぱいに晩御飯の食材が積んであるわけ。そっちはラスト1周のテンションで立ちこぎしてるのにさ。


 あ~もう見えなくなっちゃったよ。行きそうなとこは大体予想がつくけど、このまま帰っちゃ駄目かな。

 去年のクリアチームたった1組のオリエンテーリングに、大人の事情が見え隠れ……いや、もはや隠れる気すらないホームステイ。この週末は退屈しなさそうだな。


 光となって消えた勇者様に追い付く事を早々に諦めた俺は、深い溜め息をひとつその場に沈めてのそのそと歩き出した。

お読み頂きありがとうございます!


短期留学が全然終わらない…まあのんびりいきます。

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