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勇者様の親友様  作者: 青山陣也
第6章:短期留学編 ~勇者の悩み、一般人の悩み~
26/71

26.意外と好戦的な勇者様と平和主義の親友様

 自分の考えを人に伝えるのは、凄く難しい。


 気心の知れた友人や家族との日常会話ですら、簡単ではない。時に誤解を招いたり、意図しないニュアンスで伝わってしまう。

 そして、生じた誤解を解くという意味での伝える事の難易度は、日常会話のそれを何倍も上回る。しかも、時間が経てば経つほど修復が難しくなっていくオプション付きだ。


 例えば、恋人同士が喧嘩をしたとしよう。

 原因はなんでもいい。普段なら笑って聞き流せるような事がふと気になってしまったとか、ほんのささいな行き違いからの喧嘩だ。

 どんな小さな喧嘩にも、仲直りのタイミングがある。それを外してしまえば、後は泥沼だ。その喧嘩には関係のない、言わなくて良い事ばかりを言い合い、連絡を取らなくなってしまう。

 そうなれは、原因がうやむやになったまま、最悪の展開を迎える場合もありえるだろう。


 更に残念な事に、当事者の回りを囲む人間の中には、高い確率でこの手の話を大好物としている輩がいたりする。彼らは時には相談に乗る体で、時には一緒になって煽る体で、また時には一言モノ申す体で場をかき乱してくれる。

 あの人、絶対邪魔しにくるよ……ほらやっぱり! というわかりやすい展開のドラマを想像してみてほしい。必ず1人は登場する、賑やかし要員の脇役さんだ。

 まあ、最も残念なのは、そういうドラマが多く、しかも話題になりやすかったりする事なのだけど。程度の差はあれ、それに興味を持ってしまう気質が、人間に備わっているのは確かだと思う。


 伝え方の難しさは、日常会話や痴話喧嘩だけの問題ではない。

 何かを学習するにしても教えるにしても、また社会に出てからも、大きなウエイトを占めている事だろう。


 もちろん、誤解を招かず喧嘩もせずに笑顔で過ごせたら素晴らしいと思う。しかし、そんな一生を過ごす人間などがいるだろうか。声を大にして、いないと言えるのではないか。

 人類は言葉を手に入れた事で大きな進化を遂げた。しかしその言葉によって、新たな壁をも作り出してしまったのである。せめて、周りにいる友人達や家族が、笑顔で過ごしていけるように……これは俺の小さな願いでもある。


「という訳です、俺の言いたい事がわかりますか?」

「いやあ、確かに伝え方は大切だと思うよ? でも急にどうしたんだい、凄い剣幕で」


 俺は今、昼休みを犠牲にして基礎魔法の教師ポールに直談判に来ている。初日の授業でのケツファイヤーが、適性別授業のベモット先生や後輩のルキちゃんにまで広まっていた件について確かめる為だ。


「初日の授業での色々について、あまり良くない噂がたっているようなんです。心当たりはありませんか?」

「初日……ああ! 君か! あれはとても素敵な体験だったね!」


 この人……中身は覚えていたくせに俺の事は顔と名前が一致しなくなってたな。君か、じゃないでしょうに。


「ええ、素敵とは違う気がしますが貴重な体験ではありました」

「若い内は、失敗も含めてどんどん経験するといい!」

「そうですね。それで?」

「それで、とは?」

「なんでもお尻から火を吹くどころか、教室中を飛び回った事になっているらしいんですけど」

「え! さ、さあちょっとわからないな~。君もハンバーグ食べるかい?」


 これは間違いなく黒だな。確信した俺は語気を強めて詰め寄った。


「どうしてベモット先生やら1年下の後輩達にまであれこれ広まっているんですか!」

「あそこには沢山の生徒がいたし、噂というのは困ったものだよね、直に落ち着くさ。イージーだよ」


 ハンバーグで話を逸らそうとした上に、あの授業にいた全員のせいにする気とはなかなか良い性格のようだ。ただし、さっきから全然こっちに目を合わせてこない。心当たりしかないリアクションだ。

 なんと言っても最初に、え! って驚いちゃってるしな。ここは攻め方を変えてみるか。押して駄目なら脇からつつけ、だ。


「でも先生、教室中を飛び回った上に危うく大火事なんて言ったら駄目ですよ!」

「いやいや、だから僕はそんなコトは」

「先生は平和を愛するエンターテイナーだと思っていたのに残念です」

「へ、平和を……?」

「そうです! ピースフルなエンターテイメントを授業に取り入れる! 斬新で、楽しく、実にもなる!」

「おお!」

「と、思っていたのに、残念です……」

「待ちたまえ! 僕は大火事なんて物騒な事は言っていないよ!」


 あーあ、もう引っ掛かった。言質を頂くとしましょうか。俺は、期待と不安の間で揺れる従順な生徒です、というような顔を作り、仕上げにかかる。


「じゃあ、なんて言ったんですか?」

「ヒップなプチファイヤーで空を飛ぶファンキーな先輩もいるんだよ! って教えただけさ! ピースフルだろう?」

「なるほど、平和的ですね! そんな気になるファンキーな先輩のお名前をどうぞ!」

「イエス! タキモトユーキ! 異世界からやってきたコメディアン! 後ろから近づくと火傷するぜ!」

「やっぱりあんたじゃないですか! そんなもん、俺は既に大火傷ですよ!」


 こういうノリになるとノらずにはいられないのか、そもそも隠す気がないのか。想像以上の自白っぷりだった。


「やめてあげて! ポールに悪気はないのよ! ただ少し情熱的なだけなの、許してあげて!」


 ステイシー先生、いらっしゃったんですね。なんだかお久しぶりです。それはそれとして、情熱的だから許してとか聞いた事ありませんよ。


「いいんだよステイシー、今回は僕がいけなかったんだ。せめて名前を出さなければ、もっと膨らませていける話だったのに……」

「そんなことないわ、今でもあなたは素敵よポール!」


 あれ、ステイシー先生ってこんなに残念な感じだったっけ?

 確か初回の授業ではもっと……ああ、両手からどこどこファイヤーしながらくるくる回ってたわ、こんな感じだった。そしてポールの言葉を咀嚼するとこうだ。

 これ以上このネタで遊べなくて残念、実名は出さなきゃ良かったなぁ。失敗失敗。てへ。


 かけらも反省の色無しと。オーケー。


「あの、これ以上は本当にやめてもらえませんか? ベモット先生に伝わっていたのは、まあ先生同士のコミュニケーションもあるのかなと思ってましたけど。後輩にまで言われたのはショックでした」

「う……すまない、これからは気を付けるよ」


 こういう人には、はっきりとショックだったとか傷つきましたと伝えるのが一番だ。噛みついても怒ってもなぜか喜ぶだけだしな。おまけにステイシーというオプションユニットまで配備されているのだから、テンションで勝とうとしてはいけない。これも伝え方だ。


「僕からひとつだけ、いいかな?」

「なんでしょうか?」

「最初に君がしてくれた話だけど、恋人同士の喧嘩の件は実話かい? 不純な交際は関心しないな」

「まあポールったらプラトニックなのね!」


 俺は軽い目眩を覚える。話のどこにも不純な要素は出てきていないはずなのに。一体ナニをドコまで想像したんだこの人は。

 ステイシーに至っては、雰囲気と語感だけで言葉を使っているようだ。プラトニックどころか頭の中にプランクトンでも飼っているんじゃないだろうか。すみません、上手くないし言い過ぎました。

 なにより、反省の色が薄すぎる。


「ハンバーグ美味しそうですね、もう少しウェルダンで召し上がりませんか? お手伝いしますよ、お尻からで良いんでしたっけ?」

「冗談だよ! こわいな本当に!」

「どうですか? って聞くだけマシでしょう」

「はは、違いない。ちなみにその後、魔法はどうだい?」

「そうですね、おかげさまでなんとか。それじゃあもう行きますから、本当にお願いしますよ!」

「それは良かった! 明日は『~ドキドキトラップ満載!~駆け抜けろ青春オリエンテーリング』だろう? 腕によりをかけてプランを練ったんだ、楽しみにしていてくれ!」


 ドキドキトラップに駆け抜けろ青春なんていう恥ずかしいサブタイトルは初耳ですよ。


「興味深いですね。明日ってポール先生がプランを練られたんですか?」

「そうなんだよ! 毎年この季節はこれが楽しみでね! 去年は惜しくもパーフェクトならずだったから、今年こそはと狙っているんだよ!」

「パーフェクトと言いますと?」

「参加した全ての班をリタイヤさせられたらパーフェクトなのよね、ポール! 情熱的だわ!」

「そうさ、去年は1班だけクリアされてしまったからね。今年はリベンジマッチというわけさ!」

「1班……だけ?」

「ああ、惜しかった! 今年も、僕のこの情熱を君達の青春に捧げるよ!」


 なんですかそのアホみたいな難易度は。ほぼクリアさせる気無しじゃないか。せっかくだからもう少し聞いておくか。


「それは凄い! 僕達の青春パワーで先生の情熱に立ち向かいますよ!」

「ははは、楽しみにしていたまえ!」

「はい! ちなみに去年はどんなドキドキを? クリア率ゼロだと他の……ポール先生の情熱が伝わらない先生方から苦言が出たりはしませんか?」

「おっと、それは秘密だよ! 1年ぶりに大空を舞う僕の魔導アーマー、ペガッサスの勇姿を楽しみにしていてくれ!」

「ポールが私の為に作ってくれたフェニックスも華麗に舞うわよ! それから他の先生方への根回しは完璧だから心配しないで、うふふ」


 え、なにそれ。ドキドキトラップどころか謎のメカで直接襲ってきたりするの? この人、基礎魔法どころかマッドなサイエンティスト寄りなの?

 どうでもいいけどペガサスにだけ物申したい。ネーミングはフェニックスに寄せているくせに、イントネーションがデトックスと同じだから凄く気持ち悪いのだ。

 だからと言って、フェニックスと同じイントネーションなら気持ちが良い訳では決してない。こらえろ、きっと両方あわせてツッコミ待ちに違いない。

 俺はケツファイヤーの件にもう一度だけ釘をさし、オリエンテーリングの件には一応お礼を言ってその場を後にした。


「なあアレックス、魔導アーマーペガッサスって知ってるか?」


 さっき聞いた話をそのままにするつもりはない。昼休みの残り時間に班のメンバーの元へ戻った俺は、早速聞き込みを開始した。

 オリエンテーリングについては、正直に言えばやる気満々ではなかった。それでも、せっかくだしクリアというか、ゴールはしておきたいじゃないか。


「む、その忌まわしき名をどこで? 兄に聞いた話ではあるが知っているぞ。ユーキの情報網は侮れんな」


 そう、アレックスには優秀な騎士のお兄さんがいる。ポールの話ぶりからしてペガッサスとフェニックスは毎年恒例のようだった。だから、何か聞いていないかと思ったのだ。


「いや、情報網っていうか作った本人から聞いたんだけどさ。オリエンテーリング、毎年凄いんだって?」

「うむ、内容も年によってガラリと変わる超高難度のイベントのようだな。しかしこの班ならきっと踏破出来ると信じているぞ。実に楽しみだ!」

「何の話? よくわからないけど僕はフェニックスに乗ってみたいなぁ」


 タクミ、よくわからないけど乗ってみたいって大丈夫なのか? まあでも残念ながら、フェニックスには乗れないんだよ。おそらく、鼻息の荒い女の人が先に乗っているからな。


「内容もまちまちじゃ対策は立てられないか。でもそのペガッサスは毎年出てくるんだろ?」

「うむ、ペガッサスの角が光ったら気を付けろ。兄が一言だけ教えてくれた言葉だ」

「きっとビームが出るんだよ! ペガサスビームから僕が勇者バリアでみんなを守ってみせるよ!」

「タクミくん、私も手伝う! エアマシンガンでフェニックスを落とすからペガサスはお願い!」

「ありがとうさおりん! ついに勇者キャノンの威力を見せる時がきたんだね!」


 待て待て現代人。魔導アーマーなんていう単語だけでも世界観が危うくなっているのに。ビームだのバリアだのマシンガンだの持ち込むんじゃありません。そもそも、ついにとか言ってるけど勇者キャノンなんて初耳ですよ。


「きゃー面白そう! 私もウォーターバズーカしちゃおうかなぁ」

「うん! みんなで撃ち落とそう!」


 待って、置いていかないで。何それ。みんなそんなゴリゴリした魔法とかもう普通に使えちゃう感じ? っていうかナチュラルに撃ち落とす前提になってるけど大丈夫? 中には生身の先生が入ってるはずなんだけど。


「あはは、撃ち落とすってのは冗談にしても、この感じなら心配しなくても大丈夫そうかな?」

「え、撃ち落とさないの?」

「相手は先生だし大丈夫じゃない?」

「一緒にやりたくても瀧本くんはそういうの使えないものね、ふふ」


 みんな本気だった。これは状況次第では止めに入る体も考えておかないと。決して誰かさんが言うように、そういうのが使えなくて悔しいからじゃないんだからね!


 不安と期待と心配な興奮を伴って昼休みは過ぎていく。そういえば結局何も食べてないや……。俺は付いていけない空気感を空腹のせいにして、がっくりと肩を落とした。

最後までお読み頂きありがとうございます!


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