25.そろそろ出番が欲しい勇者様とダンサブルな親友様
目が覚める。ゆっくりと身体を起こし、まだ靄のかかったような頭で状況を整理する。
ここは……どこだっけ?
木の風合いを生かしたデスクとチェア。自分が寝かされていたベッド。そして本棚。シンプルで無駄のない、さっぱりとした部屋。宿舎ではないし、当然ながら日本の自宅でもない。
そもそも、どうしていきなり目を覚ますところからなんだ? その前は?
そうだ、その前は確か……
「良かった、気が付いたんですね」
部屋の入り口に、ルキちゃんが心配そうに立っていた。そうだ、学校の後でこの子と一緒に鍛冶屋に寄って、それからあの特訓をしたんだよ。
しっかりイメージ出来ている内に練習ですよ。そう言ったルキちゃんは、彼女の家の近くにある空き地まで俺を引っ張ってきた。
空き地と言うべきなのか、荒れ地と下方修正を加えてやるべきなのか。そんな閑散としたスペースだった。ある程度の広さと、魔法灯や民家から漏れる灯りのおかげで保たれた明るさ。寂れっぷりに目を瞑れば、魔法の練習をするにはなかなかの好条件ではあるようだ。
それにしてもこの雰囲気、秘密の特訓って感じで、いつぞやのタクミの話を笑えないじゃないか。この話はあいつには黙っておこう。
もしバレればきっと「秘密の特訓しようよ、ユーキってそういうの大好きでしょ?」とか言われかねない。好きとも嫌いとも言っていないのに、大好きな体で話してくるのが目に浮かぶようだ。
「ここならある程度の魔法を使っても平気です。回りに燃えるものもないしちょっと大きな音がしても大丈夫ですから」
すごく大きな火の玉を、あっちのお家に向かって投げつけたりしなければ、と胸を張るルキちゃん。そんなものを作れたとしてもよそ様の家に投げつける趣味はない。
大丈夫だと胸を張る基準自体がどうにもきな臭くて、不安を拭いきれない。この子も今はニコニコしているけど、いざとなったらとんでもない火の弾とかを両手に抱えて、ぶん投げたりするのかもしれない。
「えーと、練習ってどうしようか」
「そうですね、いつもはどんな感じなんですか?」
「プチファイヤーから火をもっと大きく出来ないかとか、疲れてきたら蜥蜴の尻尾に切り替えて、かな」
「じゃあとりあえずプチファイヤーからやってみましょうか」
ルキちゃんが人差し指の先に小さな炎を灯しながら微笑む。特に集中した様子もなく、当たり前のように出しているのが羨ましい。練習すれば俺もああなれるのだろうか。
始める前から若干落ち込みつつ、俺は両手を前にかざして集中する。魔力の流れを意識して両手に集め、かざしたその先に火を灯すイメージ。そして俺の拙い命令に従って、小さな種火が現れる。
「出来……た」
「すごいですね」
「いや、全然凄くないって。これだけ集中してようやくこれだし」
目の前で今にも消えそうに揺らめく火を凝視しながら答える。しゃべりながら魔法を維持するのは、俺にとって最高難度のテクニックだ。あんまり見つめないで、消えちゃう消えちゃう。話しかけてもいいけど、イエスかノーで答えられるやつにして。
「いえ、なんていうか……怒らないで聞いて下さいね?」
「え?」
「ここまで難しく考えて出してるのがすごいなあって……先輩、凄く意外ですけど真面目な人だったんですね」
ポムッ
ルキちゃんの一言に、なんとか頑張っていた種火くんがあっけなく霧散する。
「あ、ごめんなさい。怒っちゃいました?」
「いや、怒ったりはしないけどさ」
「けど?」
「もしかしてやり方とか間違ってる? もちろんさっきのルキちゃんみたいに、パッと出来たら嬉しいけどさ」
そうさ、勿論怒ったりなんかしない。胸元から溢れたガラスのハートが、地面に落ちているだけだもの。そしてルキちゃんはそんな事には気付かずに、グリグリ踏んでいるだけなんだ。
怒っている暇があったらカケラを回収しないと。ごめんね、ちょっと足どけてくれるかな?
「そんなに難しい顔で両手をかざしたりしなくても、多分出来ると思いますよ」
「でも集中して力を込めないと」
「力みすぎて魔力が変な方に散っちゃってる気がします」
「変な方って?」
「上手に手のひらに集まってないっていうか」
「そっか。一応、両手に集めてるつもりなんだけど……うーん」
「はい。ユーキ先輩、そういう意味では有名人ですからね」
そういう意味では有名って何。俺は急に不安を感じて、苦笑いで続きを促す。
「えっと。先輩、あの噂って本当なんですか?」
「噂っていうと」
「初めての魔法でお尻から火を吹いて、教室中を飛び回ったって……? あ、言いにくいですよね! ごめんなさい、大丈夫ですから!」
謝りながら口元に、わー聞いちゃったどうしようという感じの笑みを隠しきれていないルキちゃん。
初回の授業でのケツファイヤーは、本当に学校中に広まっているらしい。それも、立派な尾びれがついて盛大に跳ね回っている。そういえば、ベモット先生もそんな事を言っていたな。この分だと飛んだってのは嘘かね、とかなんとか。
教室中を飛び回ったり出来るような噴射力があったら、プチファイヤーで苦労していないよ。よし、明日必ず噂の元凶ポールを問い詰めてやる。
「それは根も葉もない、と言いたいところだけど根だけはちょっとだけあるかもしれないただの噂だよ」
「なんだかややこしいんですね……」
「それでどうしたらいい? 残念だけど飛んでいくにはちょっと火力が足りないみたいなんだよね。いっそ、最初からお尻に魔力を集中させたら変な方にいって両手に集まるかな、はは」
「ごめんなさい。そんなへそを曲げないで下さいって! それじゃあこうしませんか? とにかく先輩は難しく考えすぎなので……」
「ワンツースリッフォー! ファイブカモン! セブンファイッ!」
ボムッ
結果、俺はリズムに合わせて踊っていた。しかも合いの手のようなかけ声付きだ。
最初は、考えすぎないように手拍子に合わせて集中したり、イメージの時間を区切ってみるという話だったはずだ。話を聞いた時点では、実に良い練習方法に思えたし、俺はそれに乗っただけなのだ。
「あの、これって最後のターンは必要なの?」
「あれ? まだそんな事を考える余裕があったんですね。わかりました、振り付けを変えましょう」
そのはずだったのだけど、俺が何か余計な事を口走ったり、ファイヤーが上手く出来ないと、その度に振り付けに変更がなされていく。
「フォーでもたつきますね。そこ、かわりにイエーって言ってみて下さい、元気よく!」
「い、いえー」
「駄目です、もっと笑顔で! それから、右足はそっちじゃなくてこっち! ここ重要ですよ! 大会は近いんですからね!」
ルキちゃんは途中から、違う方向にテンションが上がってしまったらしい。元気よく笑顔で叫ぶかけ声が義務付けられ、もはや何の練習をしているのかわからなくなってきている。
この子は俺を何の大会に放り込むつもりなのだろう。ツッコミを入れたら話が具体的になりそうで怖いので放っておくしかなさそうだ。
「いいぞー兄ちゃん! だいぶらしくなってきたじゃねぇか。ひっく」
「私も負けていられませんわね。いきますわよ!」
「棍棒焼きいかがっすかぁ」
「少しリズムを変えてみないか? もう少しアグレッシブに……」
そしてもう一つの問題がこれだ。
いつの間にか近くで飲み始めたおっちゃん。謎の対抗心を燃やして氷の柱を突き立てまくりながら隣で踊るちょっと危ないお姉さん。お祭り騒ぎの匂いをかぎつけて簡易屋台を構えにやってきた兄ちゃんなどなど。
どんどこ人が集まり、空き地はごった返していた。もちろんその中心部では俺が踊っているのだ。ルキちゃんの手拍子と、駆けつけたこの世界のストリートミュージシャンらしき謎の楽器隊の奏でる音楽に合わせて。
ギター風の楽器を手にしたお兄さんなんて、リズムの変更まで申し出ている。ルキちゃんも、そうですねとか言って頷いている上、いつの間にか手渡された太鼓のようなもので演奏隊に参加しているではないか。
「もう1回サビの前からやってみましょう。いいですか?」
すみません、全然よくないです。
サビってどこですか? ねえ、いつの間に曲なんて作ってたの?
「先輩は本能のままに踊っていてくれれば大丈夫です」
「本能って言われても」
「あ、でもサビ後のキメだけ合わせてもらえますか?」
元々、屋台で生計を立てている人が多く暮らしているゾーンだ。エリア全体の気質がお祭り好きという事なのか、屋台を引き上げてこちらに移ってくる人まで出てきている。
ルキちゃんは謎のバンドに加入してしまったし、もう俺が何か言ったところで止まる雰囲気ではなさそうだ。こうなれば、サビ後のキメを上手く合わせるしかない。
それに、こんなに訳のわからない状況だというのに、俺の魔法はその威力を増してきていた。最初はかわいらしい音を立てていた種火は、今では人様にお見せしても恥ずかしくないレベルの立派な火の玉を形作っている。
けだるさの残る身体ではあるけど、踊り続けて温まってきたのか、なんだか軽く、ふわふわとしてよく動く。
いつしか俺は考えるのを止め、お祭りの中心を彩るパフォーマーとなっていた。正直に言えばちょっと、かなり楽しい。お祭りって、ダンスって、炎って凄い!
テンションが最高潮に達した俺は、両手を真上にかざして全力で魔力を籠めにかかる。こいつが今日の集大成だ。
少し慌てた表情のルキちゃんが何かを叫んでいるけど、残念ながら音楽と歓声に包まれて聞こえない。話は終わったら聞くよ。君は曲を完成させてくれ! サビ前のキメをほったらかしにするんじゃない!
そして俺はこの日最大……とは言っても高さ40㎝程だけど、の炎のしぶきを、満面の笑みを浮かべて宙空に解き放った。その瞬間、すうっと目の前が真っ白になり、視界がぐるんと回転。その後の事は覚えておらず、気が付けばベッドの上というわけだ。
「仰向けに倒れて動かなくなっちゃうんですから……本当にびっくりしましたよ」
授業でさらっと聞き流していた、魔力切れというやつだった。空き地で催されたちょっとしたお祭りは興が冷めてしまったらしく、流れ解散。近くで飲んでいたおっちゃんや一緒に踊っていたお姉さん、楽器隊の皆さんにかつがれてここまで運んでもらったのだと言う。
「おじさんびっくりして酔いが覚めちゃったぞう、ひっく」
「勝負は私の勝ちのようですわね、でもあなたもなかなかでしたわ」
「素晴らしいショーだったよ。今日出来た新曲はいつ詰めようか?」
俺が目覚めたのを聞きつけて、部屋の中にどやどやと人が入ってくる。お祭り騒ぎの最初から近くに陣取っていた皆さんだ。
おっちゃんは一切酔いが覚めていないし、勝負はお姉さんの勝ちでいいし、新曲は好きにしてくれたら良いと思う。
そんな事よりルキちゃん、この人達ってちゃんとお知り合い? 知らない人をどかどか家にあげたらいけませんよ、お父さんは心配です。
「皆さん凄く心配して待っていてくれたんですよ。私も煽り過ぎちゃってすみませんでした……おかげで良い曲が出来ましたけどね、ふふ」
オーケー。この子もどっちかっていうとそっち側か。あんまり反省してないな。
まあ良いんだけどさ、最後の気絶を除けば凄く楽しい時間だったんだから。俺のピンポン玉サイズの種火くんも40cmの炎のしぶきにまで成長を遂げて、まだ名前も知らない街の皆さんとも仲良くなった。
「とりあえず、宿舎まで送っていきますから」
「え、それは悪いよ! すっかり暗くなっちゃってるし、女の子に送ってもらうなんて」
「おう、心配すんな。おじさんが送っていってやるからな、へっへっへ」
「いいんですか? すみません、それじゃあお願いします」
ちょっとルキちゃん、そんなにあっさり引き下がらないでそこはもう少しだけ頑張ってみないかい? 名前も知らない酔っぱらいのおっちゃんに任せちゃうとかどうなの?
「そっちのオジサンはふらふらじゃありませんか、私が送っていってさしあげますわ。なんなら泊まっていってもいいのよ?」
おじさんを押しのけて顔を近づけてきたのは、危ないお姉さんだ。なんか変な気に入られ方してる。どなたかこのお姉さんも送ってさしあげて下さい。ええ、俺から離れた遠いところにお願いします。
「皆さんありがとうございます、でも1人で大丈夫ですよ」
1人の方が色々と安全に帰れそうですから、とは言わなかった。よく我慢したと思う。
「わかりました。でも屋台のところまでは一緒に行かせて下さい」
「いや、でも」
「お姉ちゃんのお店もそろそろ終わる時間だし、帰りは一緒に帰るようにします。それならいいですよね?」
「それならまあ。じゃあ行こうか、皆さんも本当にありがとうございました。今日は楽しかったです」
ルキちゃんの頑固だけど嬉しい申し出を受ける事にして、俺はのそのそと立ち上がった。
図書館でまったり読書して帰るどころか、体力も魔力も使い切る1日になってしまった。でも悪くない1日だったな。今はとにかく、この充実した気持ちを噛み締めながら、帰ってゆっくり休もう。
明日になったら、上達したはずの魔法も試してみたいな。楽しみだ。
「ユーキくん……その人達は?」
もう1日の終わりだと油断していた最後の最後に、ハプニングが待っていた。女子会を楽しんで馬車で帰ってきた斉藤さんと渡辺さんのペアに鉢合わせたのだ。しかも、結局付いてきてしまったおっちゃんやお姉さんもろともである。
「ふうん、あなたユーキくんって言うのね」
「ハハハ、言ってませんでしたっけ」
「ユーキくんとはね、一緒にたっぷり楽しんじゃった仲なのよ」
「おじさんもユーキくんと一緒に楽しんじゃったんだぞう、ひっく」
「……そうなの?」
「瀧本くんって最低、不潔」
「待ってくれ、色々誤解が多すぎる! 説明させてくれ!」
「いいじゃない、本当の事だもの。素敵な夜だったわあ」
「飲み直しといこうか、へっへ」
「そっちの2人はいいから黙ってて!」
長い夜は誤解を解く為に更に長くなり、部屋に戻れたのは深夜に近い時間帯だった。
お読み頂きありがとうございます!