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勇者様の親友様  作者: 青山陣也
第6章:短期留学編 ~勇者の悩み、一般人の悩み~
24/71

24.多分どこかで頑張っている勇者様と石頭の親友様

 一流のアスリートが身体を作り上げる為には、まず自身の身体をいじめぬくところから始める、という話を聞いた事がある。

 もう少し身近な話をするなら、筋トレでも良い。ある程度の負荷をかけて行い、筋肉痛が治りかけてきた頃に少しだけ負荷を足していくのが効果的なのだという。

 酷使された筋肉は、筋肉痛という形で弱くなる。そこから回復する過程で過回復という現象が起こり、より強い筋肉が生まれるのだとか。

 継続する意思と正しいトレーニングの積み重ねにより、強靭な肉体は作られていくのだ。


 また、何かを学習するにしても、知識をインプットした後の復習や反復は必要不可欠と言える。人間の脳みそ様は、放っておけば、詰め込んだ知識の大半を忘れてしまう仕組みになっている。これは必要なんで覚えといて下さいよ、と繰り返し信号を送るわけだ。


 さて、ここからが本題。これを魔法に応用出来るかどうか、である。結論から言えば、概ね可能であると言えるだろう。

 魔力は使い込む事で扱いが上手くなるし、魔力総量も……適性に依存するところが大きいとはいえ、増やす事が出来る。

 それに加えて、魔法の場合はやはり想像力が大きなウエイトを占める。

 滝を見に行って陸上波乗りを覚えてきた斉藤さん。どういう回路が繋がっているのか、次々と風魔法を会得していく渡辺さん。そして勇者としての自分をイメージしてユニークスキルに目覚めたタクミ。

 渡辺さんには若干の謎が残るものの、それぞれ想像力を刺激された結果として、魔法やスキルを発現させている。


 つまり、魔力総量であったり自分の属性との親和性は適性に依存するものの、それを補って余りある要素が、個人の想像力に隠されているというわけだ。人間の頭で想像可能な事はほぼ全てが実現可能である、とは誰の言葉だっただろうか。この世界ではまさしく、それを体現出来るのかもしれない。


「なるほど。なんとなくわかった気がします」

「おお! それじゃあ……?」

「先輩、頭カタすぎます」

「えっ」

「これは、思った以上に難しそうですね」


 図書館から移動した俺達は、街の一角、俗に職人エリアと呼ばれる区画にやってきていた。その名の通り、ここには武具や魔法道具なんかを扱う工房が集まっている。まだ夕方にしても早いこの時間から各所に焚かれたかがり火が印象的で、職人達の熱い気質を表しているようでもある。

 ルキちゃんのお姉さん、ルカさんがキッチンに配備していた自称業務用の巨大包丁だとかは、この辺りで調達したのだそうだ。


「魔法にも色々ありますけど、どんなのを使いたいんですか?」


 こう聞かれた俺は、現代日本のトレーニングや勉強と照らし合わせて自身の見解と考察を披露していたところだった。ルキちゃんはすっかり呆れ顔だ。前置きが長すぎたのだろうか。


「その感じでよく、プチファイヤーとかすぐ出来ましたね」

「その感じって」

「蜥蜴の尻尾も動かせているから魔力の流れも掴めているみたいだし……」

「まあ一応は。でもそこから先がなかなか」

「うーん、先生のお話じゃないですけど、凄く良いペースだと思いますよ?」


 適性別授業のベモット先生から、プチファイヤーまで1週間はかかると思っていた、と言われた話もしてある。しかしまさか、先生サイドに共感されてしまうとは。


「まあ、想像力がこじれちゃってるのは後で考えましょうか」「こじれてるって何それ、新しい」


 かなり重要そうなところを後回しにされている気がする。とは言え、指南をお願いしたのはこちらだ。せっかくだからルキちゃんの考えを最後まで聞いてみよう。


「もしかして普段って、あんまり火は使いませんか?」

「うーん、料理する時くらいかな」

「ほぼ1人暮らしって言ってましたもんね」

「それだけだと、少ない方に入りそう?」

「多くはないです。でもそれなら、火おこしは毎日されてます? それとも魔法道具とかで?」

「えーと、コンロでぱちっと。魔法道具に近いかも」


 現代日本で、ご飯の支度を火おこしから始める家庭はそう多くないはずだ。残念ながらそういう意味で火を使うのは、年に1回あるかどうかである。


「食材は市場とかで買うのがほとんどですか?」

「うん、そんな感じ」

「狩りに出掛けたり、野宿して焚き火でお肉を焼いたりとかは?」


 ごめんルキちゃん、どんどん俺の日常から離れていくようだよ。狩りとか経験ないから。切り分けられて量り売りされたやつを買ってます。

 掘り出し物の食材を探して商店街をうろつく事を狩りと呼んで話を進めたら、きっとこの子は口を聞いてくれなくなるだろう。


「ユーキ先輩の世界って改めて凄いですよね……」

「魔法は無いし、凄いかどうかはわからないけど。まあ結構こっちとは違うよ」

「でもそういう事なら、やっぱり圧倒的に火に触れる機会が足りないのかもしれません」

「そういうものなの?」

「はい。火の事を知らないのに想像しようとしても、難しいのは当然だと思いませんか?」


 確かに、火とじっくり向き合った経験なんて無いに等しい。相対性理論、という単語は知っていても中身を知らないのと一緒か。例えが悪いか……難解すぎた。

 そう考えると、斉藤さんの水属性や渡辺さんの風属性の方が肌で触れる機会は断然多いし、イメージしやすいような気がする。

 タクミの場合は……まあずっと勇者勇者言ってたし、日常になってたって事なのかな。なかなかの妄想力だ。


「そうなると、この留学中に目覚ましい成長を! っていうのはもしかして厳しい?」

「それは先輩次第だと思いますよ?」

「何をどうすれば良いかわかんないってのがな……」

「とりあえず、火に触れてみるところから始めてみませんか? とっておきの場所があるんです!」


 よし、この笑顔になら騙されても良い気がする。可能性があるならやってみるか! 


「おう、昨日のガキじゃねぇか。なんでこんなとこにいやがるんだ?」


 それはこっちの台詞ですよ親方さん。王都で聖剣様とガチンコバトル中じゃなかったんですか。決意も新たにルキちゃんに連れられて入ったのは、一軒の鍛冶工房だった。


「てめぇらが揃って下手くそなもん打っていきやがるから、仕上げが大変なんだよ!」

「ありがとうございました。とっても楽しかったです」

「けっ、早いとこ仕上げておさらばしてぇもんだぜ!」

「でもどうしてここに?」

「ここは俺の弟子がやってるからよ、手ぇ借りにきたってわけだ。べ、別におめぇらの為じゃねぇぞ! ついでだ、ついで!」


 とっておきの場所と言われて案内された工房で、俺は髭面の強面親方と早すぎる再会を果たしてしまった。わざわざ王都からやってきて、お弟子さんの力まで借りて、最優先で仕上げてくれるらしい。この親方さん、やっぱりツンデレだな。


「それにしてもなんでぇルキちゃん、こんなのと付き合ってんのか? 男は選べよ?」

「ただの先輩ですから、断じてそういうのじゃないですよ」

「そうかい。そんならほれ、あっちのトマスなんかどうよ? ずっとルキちゃん一筋でうるせぇったらありゃしねぇ!」

「親方さん、そんな話ばっかり!」


 この間に続いて今日も断じられた。これから火のイメージを膨らませたいのに、先に心の火が消えてしまいそうです。それから、今の話をちゃんと聞いていてくれなかったのか、トマスが本当に怖い。親の仇でも探し当てたみたいな熱烈な視線を送りつけてきてる。

 まばたきとかしようよ、落ち着こうよ。


「大体よぉ、ただの先輩ってのをこんなとこまで連れてくるとは思えねぇけどなぁ」

「本当に違いますって! この間ちょっとお世話になったので、恩返しみたいなところもあるんです」


 まあ若いってのはいい事だなと豪快に笑う親方さん。武骨な外見に似合わず、コイバナ好きなのか。この世界の大人はこんなんばっかりか。


「たまにお話する親方さんもここの店長さんも、どうにかして職人見習いの誰かとくっつけようとするんですよ!」

「それは大変だね」

「本当です、それさえなければ本当に良いお店なのに! とりあえず店長さんに話してきますから、待ってて下さいね」


 店の奥へと消えていくルキちゃんと入れ替わりにトマスが近付いてくる。他のお客さんや店員さんがいる手前、表面上は笑顔が張り付いている。ただし、目の奥は一切笑っていない。お願いだから、まずは1回、まばたきしてみませんか。


「ルキちゃんの弱味を握ってあれこれ連れ回して手篭めにしてやがるそうだなコノヤロウ」


 トマスは笑顔のまま、自己紹介もすっ飛ばしてとんでもない事を言い出した。一切の息継ぎ無し、目も本気である。手篭めってなんだよ。


「初めまして、タキモトです。色々と誤解が多いようなので少し落ち着いてもらえませんか?」

「俺はいたって冷静だ。今すぐあの子にこれ以上手を出さないと誓ってここから消えろそうすれば見逃してやる」


 すいませーん、店員さんチェンジしてもらえませんか!

 絶対に曲げられない誤解がそこにはあった。そもそも手を出してなんかいないし届きそうにもないのに、これ以上手を出すなとか、手は出した前提になっている。

 トマスの才能には脱帽だ。ルキちゃんと親方さんの会話を断片的に拾っただけで、ここまで解釈を曲げられるなんて。俺の目指す想像力のヒントが隠されているかもしれない、ピンチをチャンスに変えるんだ。

 まずはちゃんと話をして、友好的な関係を築かなくては。


「自己紹介もせず、顔馴染みが連れてきた……それも親方さんとも面識のある相手に、メンチを切って店から追い出すのがここのやり方なのか?」

「なんだと」

「いいから落ち着けよ。誤解が多いどころか誤解しかないじゃないか」


 思考とは裏腹に思いきり張り合ってしまった。とは言え、この海より深い誤解を正攻法で解くのに、一体どれだけの慈愛と忍耐の精神が必要なのかを考えてみてほしい。

 最初から聞く耳を持たない、問答無用の正面突破にまっすぐ応じる程、俺は熱血してはいないのだ。


「コノヤロウ。ルキちゃんにひどい事をしておいてその態度か」

「まずそれだよ。俺がどんなひどいコトをしたんだ? 誰かから、それかルキちゃん本人から聞いたのか?」

「すれ違った時の悲しそうな表情を見れば十分だろうが!」


 ああ、それはおそらくその前の親方さんの話のせいだわ。俺が断じられた件で別の男の怒りまで買わされているなんて、世の中はなんて理不尽なんだ。


「表情で勝手に想像するなんてそれこそ誤解しか生まない。本人に直接聞いてみればいい」

「そう簡単にいくか」

「なんで? 俺が監視とかしてそうだから? なら俺は店から出ていても構わないよ」

「大した自信だな、吠え面かくなよ」

「吠え面て。むしろあれこれ想像しちゃってるトマスくんが嫌われないといいけどな。あれこれってどんなの? 例えば?」

「き、貴様……俺まで貶めるつもりか!」


 手篭めとか貶めるとか吠え面とか。日常使いしない単語が色々出てきて、案外おもしろいヤツかもしれない。タクミをネガティブにして、アレックスの強引さを無理矢理混ぜた感じだろうか。うん、そんな人は知らない。やっぱりやめてほしい。


「こっちの話を聞いてくれないから、そっちの話から聞こうって言ってるんじゃないか。ほれ、話してみろよトマス。なあトマス。さあトマス」

「トマストマスと気安く呼ぶな!」

「しょうがないだろ、挨拶すら無しに手篭めがなんとかっていきなり言われてるんだ。こっちはタキモトって名乗ったよね? タキモトさんって呼んでくれて構いませんよさあどうぞ!」

「なんだか楽しそうですね。お店の奥、少しお借りしても良いそうですよ!」


 ああ、おかえりルキちゃん。一見すると穏やかそうな表情のままでぶちぶち言い合っていたからね。楽しそうに見えたのかな? ここにも誤解を見つけたよ。まあいい、ここでトマスとはお別れだろう。短い付き合いだったな。


「お、トマスと仲良くなったのかい。丁度いい、詳しいところはそいつから色々聞いてくれるかい」


 店長、だからチェンジでお願いしますってば!


「それはありがとうございます。よろしくなトマス、ハハハ」

「こちらこそな、ユーキセンパイ。フフフ」


 2日連続の鍛冶体験は、誤解による敵意満々の青年をサポートにつけたいびつな形で始まった。とはいえ今日は金属を叩きまくるのではなく、火に触れてイメージを膨らませるのが目的だ。


「うお、すごい火花! 見習いって言っても、やっぱりプロは音も迫力も違うよな」

「トマスさんは小さい頃から店長さんの元で修行しているらしくて、お店でも二番弟子さんなんですよ」

「そうなんだ、すごいな。もう少し近くで見ても平気そう?」

「ええい気が散る! それ以上寄るな!」

「あ……ごめんなさい」

「いやいやいやルキちゃん! 違うんだよ! ほら、危ないからね!」

「いや~悪かったよトマス、こっちで大人しく見てるよハハハ」

「……おう」

「あ、もう少し見えやすい角度でやってもらえるかな? そう、笑って笑って」

「黙ってろ!」

「……ごめんなさい」

「いやいやいやいや! だからそうじゃなくてルキちゃんっ……!」


 ルキちゃんにいいところを見せたいんだけど、セットで付いてきた俺がちゃちゃ入れしたり勝手に動くせいでやきもきしちゃう!

 という空気感を存分に楽しませてもらった。火花とか熱気は凄いと思うのだけど、正直そっちのけだ。一体俺はここに何をしに来ているのか。

 本来の目的をすっかり忘れてしまいそうだ。しかし、この一瞬を楽しまなければ勿体無いじゃないか。今、確かに俺の心の火は燃えているのだから。


「先輩! トマスさんに無理な注文ばっかりつけていないで、ちゃんと見ていて下さい!」


 最終的には、真剣さが足りないと怒られました。

 ここぞとばかりに反撃に出たトマスに引き継がれた説教は、とどまるところを知らなかった。火を扱う事がいかに危険であるか、鍛冶屋修行の厳しさ辺りまではまだわかる。

 そこから、恋愛などする暇がなかった話へ飛び火した辺りから雲行きが怪しくなった。チラチラとルキちゃんに視線を配っては、誠実さをアピールしている。それをここで出してきて効果があるのか、どうなのか。

 最終的には、好物は焼き肉であるから考えておくように、とストレートに見返りを求められる形で終了した。


 これだったら図書館で静かにしていた方が良かったかな。まあでも、間近で見るプロの鍛冶仕事には刺激も受けた。これを活かしてどうするかは自分次第というところか。


「今日はありがとう。凄く良い刺激になったし、頑張ってみるよ! 薄暗くなってきたし、家まで送るね。屋台を手伝うなら屋台ゾーンまでかな?」


 最後に、お礼を言って紳士的なところを見せておく。もちろん家まで送るといっても他意はない。無いと言うより、もしあっても挑戦する度胸とか諸々が無い。

 なにより、今日は身体もゆるゆるとしか動いてくれないので、そろそろ休みたいのが本音だ。


「何をまとめに入ってるんですか。イメージが強く出来ている内に練習です、これからが本番ですよ! さあ行きましょう!」


 逆効果だった。送っていくよ、どころかこれからが本番らしい。心の中の紳士は、まだ出番ではないようですねと帽子を取って軽く会釈をすると、優雅に去って行ってしまった。

 筋肉痛だし疲れたから帰りたい。とはとても言い出せそうにない。俺は若干涙目になりながら連行されて行った。

お読み頂きありがとうございます!

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