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勇者様の親友様  作者: 青山陣也
第6章:短期留学編 ~勇者の悩み、一般人の悩み~
23/71

23.お仕事中の勇者様と結局女子に弱い親友様

 健康は宝である、とは父の口癖のひとつである。自由に身体が動き、食べたものを美味しいと感じられる。当たり前のような話にこそ、大切な事が隠されているのだ、と。そして当たり前だからこそ、見失いやすくもあるのだ、と。


 言いたい事はわかる。風邪をひいて寝込んだりすると、早く外に出たいと思うあの気持ちだ。不健康はそれだけで、気力も体力も、好奇心さえ奪い取っていく。

 普段から規則正しく寝起きし、適度な運動と程々の食事をとる。これが出来れば良いのだろうけど、そう簡単にはいかない。人はどうしたって、楽な方へと流されていく生き物だからだ。


 例えば、過酷なトレーニングを前にして「必要な事をやるだけです」と真顔で言える強者が、どれだけいるだろうか。

 もしそんなストイックの塊のような人ばかりであれば、この世からダイエットや筋トレ特集は消えているはずなのだ。1日数分でオッケーであるとか、カロリー制限はしなくても痩せられるであるとか。こんなに簡単でいいんですよ、と謳る言の葉達が溢れているという事実が、人間の性を物語っていると言えよう。


 思うに、苦行を課すより、それを楽しいと思えるかどうかの方が重要なのではないだろうか。好きな事であれば、他人から見てどんなに大変そうに見えても、本人は全く苦に感じていないケースが多い。

 勇者を夢見て鍛えてきたタクミ然り、アレックスの筋トレ然り。


 そもそも、この有限の人生において、嫌な事をしている時間なんて無いのではないだろうか。好きな事を万全の状態で楽しめる環境と体調を整える。これこそが、良いパフォーマンスを出す事にも繋がるはずである。


「そういう訳で、見学させて下さい」

「ほう……ワシの授業はつまらんから、休みたいとな? 良い度胸じゃの」

「そっち拾っちゃいますか!」

「拾う……?」

「あ、違うんです。健康上の理由で、せっかくの授業を楽しめないので、今日は見学もしくは別メニューにして頂けたらと」

「体調不良なら仕方ないかの」

「あはは、昨日の鍛冶体験ですっごい筋肉痛だって言ってたもんね!」

「前言撤回じゃな、いいから走ってこい」


 くそっ、タクミ! お前はどっちの味方なんだ!

 ひきつった笑いを張り付けて、援護しろのハンドサインを繰り返すのだけど、タクミはにこにこしている。どうしてサムズアップなんかしているんだ、全然伝わっていない。


「何をちょこまかやっておる。筋肉痛の割には腕も上がるようじゃのぉ」

「え! いや、これは」

「元気が有り余っておるなら、お望み通り別メニューにしてやってもよいぞ?」

「走ってきます! お騒がせしました!」


 首を縦に振ってしまえば、ハードなベクトルにごそっと傾いた別メニューが用意されたに違いない。俺は、悲鳴を上げる身体を引きずってぎこちない動作で走り出す。早くも、フルマラソン完走間際の様相だ。


 今日は授業初日と同じカリキュラムをなぞっている。基礎魔法からこの基礎体術と続き、午後は恋愛体質の歴史の授業。

 座学が多めなのは助かったけど、基礎体術だけは別だ。前回、初めての授業ですら、時間をめいっぱい使ったフリーランニングを敢行したくらいだ。準備運動で校舎の回りを10周という程度からしても、無事に昼休みを迎えられるかどうかの瀬戸際に立たされている。

 しかも、決死の覚悟で臨んだ見学交渉は、味方のまさかの逆援護によってその芽を摘まれてしまった。覚えていろよタクミ。無事に昼休みを迎えられた暁には、お前にもらった火蜥蜴の尻尾でぺちぺちしてやる。爬虫類独特のひんやりした感触を思い知るがいい。


「い、生きてた……」


 結果として、俺は満身創痍ながら昼休みを迎える事が出来た。どうやらまだ、悪運が尽きてはいないらしい。

 今回の授業は、明日から使える護身術と銘打って、様々なやり方を教わった。日本のテレビで見た事があるような親指をひねったりする小技から、護身の域を逸脱した本格的な投げ技まで。

 特に後半は、勢いのついた先生による凄技デモンストレーションタイムと化していた。

 さあ、やってみなさい、じゃないでしょう。人をそんな風に放り投げられたら、その道のプロを目指せますよ。


 ちなみに、その時にポンポンと宙を舞っていたのは、何を隠そうこの俺だ。他のみんなが3周する間になんとか1周するという準備運動のペースから、サボり疑惑ありと目をつけられたらしい。お手本で技をかけられる役に大抜擢されたのだ。


 しかしこれが、不幸中の幸いであったとも言える。

 投げに入る前に受け身の練習をしたとはいえ、加減を知らない素人同士のペアは見るも無惨な有り様だった。それに比べて、こちらはどれだけ宙をアクロバティックに舞おうとも、ほとんど痛くないのだ。先生さすがです、ちょっとだけ尊敬します。


「本当に全身の流れが悪いようじゃの、ほれ」


 しかも、授業終わりに押された謎のツボのおかげで一気に身体が軽くなった。起き上がるのに15秒くらいかかるコンディションから、通常モードの手前程度には復活である。身体が動くって、健康って素晴らしい!

 ぶんぶん投げ飛ばしただけで具合がわかるとか、謎のツボ押しでスッキリするとか、先生には体術教師よりも向いている仕事がある気がする。

 騎士団長さんと言いラウ先生といい、ポールといい、隠れた才能に溢れていて羨ましい限りだ。


「さっきは大変だったね。身体は平気?」


 カレーライスを満面の笑みで頬張り、ねぎらいの言葉をかけてきたタクミに、無言で蜥蜴の尻尾を差し向ける。もう少しで見学の座をゲット出来たのに、お前があんな言い方するからぺちぺちぺち。


「ちょっと! お土産、気に入ってくれたのは嬉しいけど食事中に行儀が悪いよ!」

「みんな、今日の放課後はどうする予定?」


 タクミにしてはごもっとも。いたずらをやめて食事に戻ると、当たり障りのない話題でうやむやにしておく。タクミは騎士団長さんに呼ばれているとかで、歴史の授業後はすぐエスケープ。帰りは遅くなるらしい。

 斉藤さんと渡辺さんはリィナ姫にお茶に誘われているらしい。ユーキくんも暇ならどう? と言ってもらったものの、女子会に男子1人はハードルが高いので遠慮しておいた。

 あら残念ね、と応じてくれた渡辺さんの、全く残念な感じのしない満開の笑顔が印象的だった。来るなよ、と俺だけに伝えてくるメッセージ性の高い表情は、上級者のそれに間違いない。


 アレックスはアレックスで今日はみっちり稽古の日らしい。稽古の日というフレーズで火がついたのか、またしても筋トレを始めている。この男は筋肉痛とは無縁らしい。あ、それ知ってる。体幹を鍛えるやつだね。

 ここは学食だぞ、というツッコミも数回目。なんだかすっかり見慣れてしまった。食事中の皆さんに迷惑がかからない程度に、頑張ってくれたら良いと思う。


 まあとにかく今日は、みんな予定ありなのか。まっすぐ宿舎に帰るのもなんだし、図書館から屋台ゾーンのコースにするか。それか火魔法の練習にあててもいいかな。

 まだ数日だと言うのに、この世界にも個性の強い講師陣や班のメンバーにも馴染んできた気がする。人間の進化の源は順応する能力なのかもしれない。


 午後の授業も概ね順調に進んでいった。前回に続き、歴史の授業は甘さたっぷりだ。王国の歴史が、いつの間にか標的となった男子生徒の好みのタイプを聞き出す誘導尋問にすり変わっている。授業中に、一体何の歴史を紐解こうとしているのだ。

 しかも、もう1人、女子生徒を巻き込んで、言葉巧みにくっつけにかかっている。この人も歴史の教師じゃなくて、婚活パーティーの運営とかやったら良いのに。凄いカップル成約率を叩き出しそうだ。

 実際、先生の強引なマッチングで意識させられてしまい、付き合う事になったという話もちらほらあるらしい。この人が教えているのは歴史なのかなんなのか。ある意味では人類の歴史を説いているとも言えるのか。


「じゃあお疲れ。騎士団長さんによろしくな、夕飯までには帰ってくるんだぞ」

「夕飯までにはって……ユーキ、こないだから親キャラにハマってるの?」

「まあなんとなくだ。多分俺も外で食べてくるし気にするな。知らない人に付いていかないようにな」

「はいはい、気をつけるよ」


 こら、はいは1回だろ!

 最後まで保護者キャラで腕組みしながらタクミを見送る。さて、とりあえず図書館に寄っていくか。

 翻訳魔法の存在によって、この世界には言葉の壁が存在しない。そしてそれは、本を読む時にも効果を発揮する。仕組みはわからないけど、言葉を気にせず読めるのはありがたい。

 しかも、語学や文字の成り立ちを学ぶ為の書籍の場合はそれ用に変換してくれる。学ぶべき文字に関しては、意味を脳内に伝える事なくそのまま表示されるのだ。

 この翻訳魔法を解析して地球に持ち帰ったら、色々ひっくり返るかな。祝福を受けるという神頼み的な魔法陣でかけてもらったし、解析は厳しいだろうか。

 そもそも、基礎魔法教師のポール曰く、こっちと地球とでは魔力の成り立ちだか流れだかが全く違うのだそうだ。どれだけ物凄い魔法を習得しても、地球では使えないというわけ。

 なんとなく興味が湧いて、魔力の成り立ち、魔法の歴史という2冊を手にとって席を探す。


 実際、地球で同じ事が出来たら問題の方が多そうだ。火の玉を出したり、路上で波乗りしたり、空中を歩けたり。悪い事を考える輩が沢山いそうだし。なんとか翻訳魔法だけ持ち込めないかな。まずはこっちと地球の魔力の成り立ちってのを理解して……


「ユーキ先輩って意外と読書好きなんですね」

「意外とってのはあれだけど、こっちにはネットがないからね」


 腰を下ろしたところで話し掛けてきたのは、こっちで知り合った後輩のルキちゃんだった。お姉さんのルカさんと2人で、屋台を切り盛りするバイタリティに溢れるしっかり者だ。味は、普通に食べるとまあまあの下なのに、美人姉妹の存在で繁盛しているといういわく付きの屋台である。

 ネット……? と首を傾げている姿も確かにかわいい。これで料理の味が安定するなら、俺も通ってしまうかもしれない。


 そんなルカさんの料理には、実は黄金率が存在している。その比率で食べた時のみ、かなりの美味しさを発揮する。

 それをタクミが偶然見つけ出すという美味しいとこどりのイベントがつい最近あったのだ。勇者様の各方面へのアピールぶりには舌を巻くばかりである。

 まあそのおかげで俺も、愛想の悪い怪しい客から、見かけたら話し掛けてもいい先輩程度に格上げされているのだから、結果オーライか。


「今日もタクミ先輩は一緒じゃないんですか」


 例え、勇者様と仲良さげな人だから仲良くしてみようかな、という打算フィルターが見え隠れしていても問題は無い。なにしろ、自然とタキモト先輩からユーキ先輩にランクアップを果たしているのだ、順調そのものだろう。


「あいつなら今日は勇者のお仕事ってやつ」

「忙しいんですね」

「そそ」

「実はそんなに仲良しな訳じゃなかったりして?」

「いやいや、あいつとは幼馴染みだから仲は良いよ。ところでお店はどう?」


 ちゃんと仲良しアピールもしておきつつ、タクミの話題は横にぶん投げておく。


「おかげさまで。お姉ちゃんったらはりきっちゃって全メニューの見直しとかしてますよ」

「全部? 凄いね」

「ユーキ先輩のおかげで、味見もしてくれるようになりました」


 いいところはタクミ先輩に持っていかれちゃって残念でしたけど、とくすくす笑う。「持っていかれた!」って顔してたのバレてたのか。めちゃくちゃ恥ずかしいじゃないか。

 その上、せっかくぶん投げたはずのタクミの話題に早くも戻ってきている。この世界は勇者様に甘過ぎやしないだろうか。


「じゃあこれから楽しみだね」

「はい! 良かったらまた来て下さい」

「ルキちゃんが普通に食べて、美味しいと思えるようになったらまた呼んでよ」


 俺はもう一度タクミの話を横にぶん投げた。負けるものか。


「え、普通に食べに来て下さいよ!」

「丼ものは好きだし、期待はしてるよ」

「なんかしばらく来てくれなさそうですね。お姉ちゃん、ユーキ先輩にも感謝してましたよ」


 あの時は、興奮してタクミ先輩ばっかりになっちゃってましたけど、とルキちゃんは視線を外す。本当にね。眼中に無い、の無い方をあんなに臨場感たっぷりに体験出来る機会はなかなか無いよ。


「今度来てくれたらサービスするって言ってました!」


 不穏な空気を感じ取ったのか、ルキちゃんが畳み掛けるようにフォローを入れてくる。それは良い。なおさら味が整ってからお邪魔したい。今行くと、サービスの皮をべろべろ被った罰ゲームを受けかねない。この話題も逸らしておこう。


「楽しみにしとくよ。あ、今日は何か調べもの?」

「いえ、特には。私、図書館って好きなんです。ユーキ先輩は……この間から魔法とかスキルの本を読んでますよね」

「なかなか上手くいかなくてさ、何かヒントになればと思って。そっち系の本でおすすめとかあれば教えてくれないかな?」

「そうですね……あ、魔法だったら、私でよければお手伝いしましょうか?」


 そのかわり厳しいですよ、と含み笑いのルキちゃん。なんという棚からぼた餅なのか。全く知らない相手にいきなり「魔法を教えてあげましょう」とか言われたら、全力で辞退しつつその人の魔法が無事に解ける事を祈るばかりなのだけど、今回は話が別だ。

 ルキちゃんの属性や適性は知らないけど、こう言ってくれるからには腕に覚えがあるに違いない。なんなら別に適性がなかったとしても構わないじゃないか。


「是非! もちろん学校とか屋台とか優先で、時間合えばで大丈夫だから」

「わかりました。ちなみに今日はこの後は空いてます? 待ち合わせとかの時間潰しだったら、またにしますけど」

「いや、本読んだら帰るつもりだったし空いてるよ。本当に大丈夫ならお願いしようかな」


 せっかくの異世界留学、図書館に篭るより外で魔法を教えてもらった方が有意義だ。それに何だか楽しい予感がするじゃないか。学習意欲と向上心に思春期男子の邪念を少しだけかき混ぜて、俺はゆっくりと立ち上がった。

お読み頂きありがとうございます!


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