22.聖剣の主となった勇者様と鍛冶屋に目覚める親友様
人間誰しも完璧という事はありえない。間違いも犯すし、得手不得手もあるだろう。
失敗をしてしまったら素直に自分の非を認め、どうすれば挽回出来るかを考えて行動する。それこそが大切だと思うのだ。
とはいえ、個人の裁量ではどうしようもない事だってある。そんな時は、出来る事は全てやるという心構えを持った上で沙汰を待つしかない。
また、中には失敗という意識がなく、良かれと思って行動した結果が大失敗となる事も、往々にして起こりうる。
歴史的な美術品を修復するつもりで落書きを施してしまった外国のおばあさんの話であったり、押してはいけないスイッチをそうと知らずに押してしまう者がいたりと、世界は失敗で溢れているのだ。
しかし、そんな失敗があるからこそ人類はその失敗を糧に学び、進歩を遂げてきたとも言えるはずだ。
社会的な問題はいつの時代も山積みだけど、きっとひとつひとつ解決していけるのだと、願って止まないのである。
「とりあえず親方さんに謝りに行こう。俺も一緒に行くからさ」
俺も私もと班のメンバー全員がタクミに声をかける。
後ろには顔面蒼白で口をパクパクさせている騎士団長さん。さっきまでの笑顔はかけらも残っておらず、陸では呼吸のままならない新手の生き物のようだ。タクミの謝罪に付き合う上に騎士団長さんを介抱する余裕は無いので落ち着いて欲しい。
親方さんはカンカンで、工房の奥に引っ込んでしまっていた。
一体なぜ、ついさっきまでのほのぼの社会科見学がこうなってしまったのか、発端はこうだ。
俺とアレックスが工房を見て回り、女子がおしゃべりに興じる中、タクミは手頃な金属を熱してはハンマーで叩くという流れを体験させてもらっていた。おそらく何が出来上がるという訳でもないお遊び。とはいえ、それなりに様になっているようだったし本人も楽しそうにしていた。
「なかなか良い腰つきじゃねぇか! 本当に弟子になっちまうか?」
「はい親方! この道を極めます!」
等という、勇者の夢はどうした、というテンションに任せた会話も聞こえてくる中、親方が本物のお弟子さんに呼ばれてその場を離れた時に事件は起こった。
「おおう! てめぇ何してくれてんだこらぁ!」
戻った親方さんは職人モードで怒りマックス、タクミに詰め寄ったのだ。驚いたみんなの視線が集中するその先には、ぐにゃぐにゃに曲がった聖剣様を手に、なぜか誇らしげなタクミがいた。
「僕が引き抜いた聖剣だから、僕が起こしてあげられたらと思ったんだ! これから綺麗に真っ直ぐにするところで……」
「うるせぇ! そっちの叩いてろっつったろうが! よこせ! あああ聖剣様よぉ……こんなになっちまって」
怒りと悲しみを全身で表現しながら、ぐにゃぐにゃになった聖剣を抱きしめて親方さんは工房の奥へ消えていった。両手で剣を抱いていやいやしながら駆けていく姿は、無骨な容姿とのミスマッチもあってなかなかの絵面に仕上がっている。しかも若干内股だ。
こらえろ。今、吹き出してしまったらあの聖剣のようにぐにゃぐにゃに叩かれてしまうに違いない。
取り残されたタクミは呆然と立ち尽くし、騎士団長さんの顔はみるみる青くなっていった。
「……まずかったのかな?」
凍りついた空気の中で、勇者様はこの発言である。どれだけ大物なんだよ。
というわけで、けろりとしているタクミに向けて、冒頭の人類の失敗と進歩についての講義に戻ってくるわけだ。
「絶対いい感じだったし、僕のものなのに、どうして怒られたんだろ」
「いや、僕のものってお前ね。いいか、聖剣って言うからにはこの世界にとって大切なモノなんだろ?」
どうにも納得がいかない様子のタクミを説得にかかる。
「例えばだ、歴史的に価値のある遺跡でたまたま王の遺品を見つけたとしよう。見つけたからにはボクのもんだ! とか高笑いしながらそれを叩き壊したらどうだ? まずくないか?」
「高笑いなんてしてないよ」
「薄ら笑いでも引き笑いでも、そこは何でもいいんだよ。大事な大事な、その世界の歴史を紐解く重要な手掛かりを無惨にも叩き壊しておいて、でも僕のものなんだし、とか言えるのか?」
「でも」
「でもじゃない。そんなのが勇者の振る舞いだと思うのか? ほら、どうすんだよ」
「……親方さんに謝りに行く」
へそを曲げるとテコでも動かないくせに、それらしい話と勇者としての何かを絡めると、まあまあの確率で納得してくれるのがタクミの良いところだ。
もう少しで直せたんだという根拠のない自信はあえてスルーして攻めておいた。そこに触れたら、根拠のない自信とそれを打ち負かす為の屁理屈がぶつかりあって、収拾がつかなくなる。最終的に俺も、じゃあやってみろよとか言っちゃって、謝るどころか聖剣奪還の為に鼻息を荒くする姿が見えるしな。よく我慢したぞ理性さん。
意見をまとめ、工房の奥へ進むと、熱した聖剣を手にぷるぷると肩を震わせる親方さんがいた。怒りなのか悲しみなのかわからないが、回りを囲むお弟子さん達の深刻そうな表情からして、事態は芳しくないようだ。熱された聖剣はぐにゃぐにゃのままで、魔王どころかスライムさんを斬れるかどうかという佇まいだ。
「あの、すみません。こいつの……タクミの話を聞いてやってもらえませんか? 悪気があったわけじゃないんです。俺達に出来る事があれば出来る限り手伝います」
「本当にすみませんでした!」
頭を下げるタクミにならい、アレックスや女子達も頭を下げる。もちろん俺もだ。
「……そんな話は聞きたくねぇな」
口を開いた親方さんの言葉は重く、ハンマーで打ち付けられているような威圧感を感じる。
「本当になんでもするってなら、こっちにきな」
ハンマーを握り直してタクミを呼ぶ親方さん。待て待て、それでぶん殴ろうってんじゃないだろうな。
「……はい」
緊張した面持ちで進み出るタクミ。いよいよハンマーを両手に構えた親方さんに、場の空気が冷たいものを帯び始める。
「待たれよ! 暴力では何の解決にもならん!」
たまらず騎士団長さんが割って入る。
「何言ってんだ団長さんよ、ほれ」
タクミにハンマーを差し出す親方さん。
「なんでもするっつったろ、ほれ。もっと気合入れて叩きやがれってんだ」
急に話が見えなくなる。どうしてここでまた、タクミにハンマーなんて渡すのか。
「聖剣様よ、見た目はこんなだがおめぇの魔力が入って随分良い塩梅みてぇなんだ。さっきは怒鳴って悪かったが、どんと気合入れてやってくんねぇか? 仕上げはこっちで鍛え直すからよ」
タクミは大きく頷いてハンマーを受け取るとこちらへ振り向く。あ、凄く嫌な予感。
振り向いたその顔は自信に満ち溢れていた。ほらね? とでも言いたげだ。
「どう? やっぱり僕の言った通り……」
「結果オーライってのは紙一重だぞ。それに頼って嬉しそうにしてる内は真の勇者とは程遠いな」
言った通りでしょ? と言い切られる前に、勇者を絡めた布石を打っておく。よし、ハッとした顔になった。危ない危ない。ああいう顔でテンションの上がったタクミは同じ話を心底嬉しそうに何度でもするんだ。悪気全く無し、自覚も全く無しだから邪険にしづらくて困る。
次第に脳内補完がなされて壮大になっていく同じ話に、順次ツッコミを入れながら成長を見守るのも一興ではあるのだけど、この場ではやめておくのが得策だろう。
タクミの魔力が練り込まれて良い塩梅になったという聖剣は、完全に持ち主が決まったようなものだろう。次々と外堀を埋められていく聖剣の欠片探索フラグをどうしたら良いものか。
いっそやらせてみたら、案外サクサクと見つけてくるかもしれないな。
いや、もし聖剣が完成したら、今度はそれを使って世界をお救い下さいって流れになるのか。こりゃもう完全にレールに乗っかったな、頑張れタクミ。たまには手紙とかメールとかくれよな。お土産センスは微妙な感じだから無理しなくて良いぞ。
というかこっちに来てからここまで、魔王の脅威らしきものを一切実感していないから危険度がわからない。もちろん、そんなものは実感しないに越した事はないのだろうけど、街中で話すら聞かないのはどうしてだろう。
街の外に出れば魔物やら盗賊がもりもり出てくると留学前の説明では聞いたけど、今のところはタクミがつんつんしたゼリーくんしか魔物の話も聞いていない。
この辺が前線と中央の軋轢を生むのだろうか。自分の今いるこの場所がどの程度の場所なのか、調べてみる必要がありそうだ。ここまで伝わっていないだけで脅威が確実に忍び寄っているのか、案外平和が維持されているのか。それによって色々と考えられる事も増えそうだしな。
案外平和なら、聖剣探しだってもう少し寛容に送り出せる。一国の騎士団長さんに冷たい視線とか皮肉とかを送りつけなくても済むわけだ。
「なんだか平和な感じですね」
嬉々として聖剣をぶっ叩いているタクミの事なのか、この場全体の事なのか、はたまたこの世界の事なのか。どうとでも取れる一言をぽつりと漏らして様子を窺ってみる。
この世界は平和ですか? なんてストレートに聞けるほど、俺はあれではないのだ。言い換えれば、まあまあチキンなのである。
「うむ、一時はひやひやしたがね。わっははは!」
この場の空気、という体で団長さんから返事が返ってくる。まあそうか。とりあえずこの話はまたにしようかな。
「折角だから私達も体験させてもらっちゃう?」
「そうね、タクミくんがあんなに楽しそうにしているんだし、やってみたら楽しいのかも」
「タクミ殿には負けんぞ! もちろんユーキにもだ!」
斉藤さんの声かけに、意外にも渡辺さんが同調してみせる。動機はやはりタクミが軸になっていて不純ではあるものの、悪くない。
アレックス、やる気満々なのはわかったから、とりあえずスクワットはやめてみようか。工房的にも見た目的にもアブないからさ。
「親方さん、私達も体験させて頂けないでしょうか?」
「素人が手ぇ出すんじゃねえ。と言いてぇとこだが、その素人に聖剣様をやらせちまってるからな。全員まとめて面倒見てやるぜ」
お弟子さんに声をかけて準備を始める親方さん。騎士団長さんまで腕捲りをして、アレックスには負けんからなとか言っている。親子って凄い。
そこから先は一心に金属を叩きまくった。ぐるぐると考えすぎていた諸々も、ある意味で順調過ぎるタクミに対する複雑な感情も、社会科見学って何時までだっけとか、今晩は何を食べようとかいうどうでもいい考えも、どうしてモテないんだという男の子の邪念も。ハンマーと火花は全てを忘れさせてくれた。
どれくらいの時間が経ったのか、気が付けば汗だくになっていた俺の目の前には、ちょっとしたナイフの基礎のようなものが出来上がっていた。サポートしてくれたお弟子さんが細かい部分はやってくれたので、俺は差し出された金属を叩きまくっていただけだ。
それでも、この充実感と程よい疲労感は素晴らしい。鍛冶屋、最高!
「ふふふ、こっちはロングソードだ。ユーキよ、今回は俺の勝ちのようだな」
若干軸の曲がった剣のようなものを見せつけてアレックスが笑う。勝ち負けって長さの問題だったのか。そうか良かったな、実にロングなソードだ。今回は俺の負けだよ。
「やっぱり男の子ってこういうの好きなんだね」
出来はともかく、最後まで叩ききったのは男子だけだ。気合が入りすぎて上半身が裸族になっている騎士団長もいるけど、いったん放っておこう。
その2メートルはあろうかというバカでかい塊、どうするつもりなんですか。振り回すつもりですか。
「まあこんなもんだろ、明日明後日くらいには仕上げて持って行かせるからよ! ああ、聖剣様はもう少しかかるけどな」
嬉しいお土産の確約までしてもらって俺達は工房を後にした。頬を撫でる風が気持ちよく、今夜はなんだかよく眠れそうだ。
翌日、普段使わない筋肉を余すことなく使いきった俺は起き上がるのもやっとという筋肉痛に悲鳴を上げる事になるのだけど、風が気持ちいいとか言って自己満足していたこのときの俺はまだそれを知る由もない。
日付は変わってますが本日2話目。お読み頂きありがとうございます!