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勇者様の親友様  作者: 青山陣也
第5章:異世界短期留学編 ~伝説の聖剣~
20/71

20.聖剣の勇者様と魔王の心を宿した親友様

 かざした両手の真ん中に、小さな炎が灯る。それは本当に小さく、今にも消えそうに揺らめいている。

 正真正銘、今度こそ、誰の手も借りずに自分の両手で生み出した初めての魔法。


「大した集中力だね、やるじゃないか」


 火魔法初級クラス担当のベル・ベモット先生がにやりと笑う。


「いきなりお尻から火を吹いたなんて聞いてたから、あんたの事は心配してたんだけどね」


 ポムッ! かわいらしい音を立てて、たちまち炎が霧散する。


「おっと、集中力を乱してしまったかい? 悪かったね、ほほ」


 この人、絶対わざとだ。なんですかその大成功みたいな顔は。それに昨日の今日で、どうしてそれを。


「ポールの坊やが嬉しそうに話してくれたよ。まあこの感じだと、それで空まで飛んだってのは冗談だったみたいだね」


 おしゃべりポールめ、生徒の失敗を言いふらすなんて、教師としてどうなのだ。しかも、空を飛んだってどういう事だ。この分だと、学校中にその体で広まっていそうじゃないか。

 まあいいけどね。軽口ひとつで吹き飛ぶ精度とはいえ、結果としてプチファイヤー出来たしさ。


 昨日、だいぶ長めとなった夕飯の後、俺は宿舎で魔力の流れを練習した。それこそ寝る間際までだ。そして、午前中の授業もめいっぱい使って、ようやく成功までこぎつけたのだ。喜びもひとしおである。

 現在、このクラスでプチファイヤーを曲がりなりにも成功させているのは、半分程度だ。寝る間を惜しんで、自分なりの特訓もして、ようやく平均レベルに滑り込んだ形だ。


「いや、冗談抜きに良いペースだと思ってるんだよ」

「そうなんですか?」

「ああ、なにしろあんたは頭がカタい。ついでに、魔力の流れも相当に悪いときてる」

「いいとこ無しじゃないですか」


 苦笑いの俺とは反対に、先生は嬉しそうに人差し指を立てる。


「そこなんだよ」

「いや、どこですか」

「あたしの見立てじゃ、まあ早くて1週間はかかると思ってたのさ。それがどうだい、昨日の今日だよ。すごいじゃないか」


 もっと喜びな、とサムズアップする先生。これは果たして、ちゃんと褒められているのだろうか。例えるなら、ブービー賞争いだと思っていた選手が、中堅後方に滑り込んできた程度の意外性か。地味だ。

 この短期留学の目的は、意欲や才能のある地球の若者に異世界を知ってもらう事にある。そしてあわよくば、才能の片鱗を開花してもらえれば、という狙いも。

 だからこそ、地球の学問は週1回にまとめられているし、適性別クラスにかなりの時間が割りあてられている。才能や意欲の高い者は、それに見合う専門的な内容へ進んでいけるようになっているのだ。


 その筆頭は、言うまでもなく、タクミ率いる特別クラスの面々だ。今日も、野外演習で迷宮に潜るのだと授業開始と同時に出掛けていった。


「迷宮は魔王の残り香、魔の者の領域……あの子達の無事を祈ろうかね」


 ベモット先生が全力で立てにきたフラグは、そっとスルーしておいた。俺は、友人を探しに迷宮に潜る展開なんて望んでいないのだ。

 続いて、水魔法Bの斉藤さんが所属するクラス。こちらは、滝の水を操るだとか凍らせるだとか息巻いていた。こういう時、人はなぜ滝を目指すのか。小さな水溜まりに、足をつけるところから始めれば良いではないか。


 ハイレベルな領域に踏み込んだのは、校外に出た連中だけではない。その証拠に、向こうで渡辺さんが空中に浮いている。

 彼女は風魔法適性C+のはずだ。ただし、初回の授業を前に、初級クラスの課題を独学とセンスで早々にクリアしてみせた実績がある。その為、適性Bのメンバーに混じって中級クラスを受けている。

 その中級クラスでも、浮いているのかどうなのかという者が多い。それなのに、彼女はゆうに数メートルは浮き上がり、空中散歩を楽しんでいた。しかも風のボールでお手玉まで始めているではないか。あれで本当に同じC適性なのだろうか、羨ましい。


「まあ今日はこんなところだね。キョロキョロしてる暇があったら、しっかり復習と反復練習をするんだよ」


 プチファイヤーは、魔力の流れを掴むのが主目的なので、その消費量はそれほどでもない。大した魔力量を持っていない俺が半日ぶっ続けても、少しだるい程度だ。

 ひたすら繰り返して体に覚えさせ、炎を自身の一部のように扱えれば一人前。なのだそうだけど、この留学中にそこまでいける気は全くしない。


「随分とかわいらしい火の玉だったじゃない?」


 空中から近付いてきた渡辺さんが皮肉たっぷりに話しかけてくる。これが本当の上から目線というやつか。空中で腕組みなんかしているものだから、完全にこっちは見えていないだろう。

 彼女が話しかけているのは、俺なのか、空なのか。空だったら邪魔しちゃ悪いかな。


「飛べるってのはいいよね。渡辺さん、本当に凄いな」

「え……別にそんなに凄くないわよ、なによ」

「いや、本当にそう思うんだ。ソンケイする」

「ま、まあ瀧本くんもそれなりに頑張ってるんじゃないの」


 予想外の反応だったらしい。ふわりと降りてきて、柄にもなくマイルドにぶつぶつ言っている。

 軽口が返ってくるはずと身構えていたところに、素直に感心して褒める攻撃、大成功だ。慣れていないと効くだろう。まだまだ青いのう娘さんや。


「2人ともこっちだったんだね、ただいま!」


 楽しくて仕方なさそうな声に振り返ると、斉藤さんが波乗りしてこちらにやってくるところだった。もちろんここは海ではないし、水辺ですらない。斉藤さんは足元にさらさらと流れる波を作り出し、その上でポージングしていた。


「なあ、あれが本当の……」

「黙って。凄く、くだらない事を言おうとしてるでしょ?」


 丘サーファー……ってくそ、もう毒舌が復活している。少し褒め殺しが足りなかったか。俺は渡辺さんの後に付いて、斉藤さんの元へ駆け寄る。


「滝のところで色々遊んでたら、滝とか波とか作れるようになっちゃった! すっごく楽しかったよ!」


 今度は水柱を立てて跳びはねる斉藤さん。本当に楽しそうだけど、テンションがタクミに似ている気がする。似ているのか似てきたのか、後者だとしたら要注意だな。


 それにしても、真面目に集中して唸っているより、楽しんだ者勝ちなのか? 俺に足りないのは遊び心だとでも言うのだろうか、みんなどうなってんだ。

 遊び心をどのように発揮するべきか。それを真剣に考え始めるという、本末転倒な思考に溺れかけていた俺の耳に、歓声が飛び込んできた。


 残念ながらこのパターンは知っている。タクミ達だ。どうせまた、勇者的なあれを発動して、ぴっかぴかのてっかてかになって帰ってきたに違いない。

 もう、ちょっとやそっとのイルミネーションじゃ驚かないんだからね!


「勇者様が聖剣をお持ち帰りになられた!」


 いや、待ちなさい。

 いくらなんでも、それはない。学校から徒歩圏内のお手軽迷宮に、聖剣なんて呼ばれるモノが落ちていてたまるものか。

 特別クラスがダッシュしたら馬くらいの速さかもしれないし、徒歩圏内のレベルがそもそも違うのかもしれない。それにしたって、拾っちゃったてへ、で済む問題ではないはずだ。


 俺は、たまらずみんなに混じってタクミに駆け寄る。そこには、小振りの剣を手に、誇らしげに佇むタクミがいた。その隣で微笑むのはリィナさんだ。2人を囲むように、特別クラスのメンバーもいる。

 笑顔を作ってはいるが、それぞれに疲労の色が見て取れる。更に、タクミの肩当てには、何か大きな爪でつけられたような傷痕が残っていた。


「無事に戻ってこられたのはみんなの力だよ!」

「いいえ、あそこで勇者様の檄があったからこそ、頑張れたのです」


 いかにも冒険を終えた勇者パーティー風の会話である。野次馬も笑顔で、口々に声をかけている。そんな事よりみんな、あのざっくりと削れた肩当てが目に入っていないのか?

 迷宮と言うからには、凶暴なモンスターが出たんじゃないのか。タクミ達はそれに襲われ、なんとか凌いだその先で偶然にも聖剣を手に入れた。

 今回は無事だったから良いのかもしれない。でも今後もそうとは限らない。俺には、あの生々しい傷痕を視界から消して、大喜びなんて出来そうにない。

 この世界が、確かに異世界であるのだと、泡立つ肌が警鐘を鳴らしていた。


「ユーキ、ただいま!」

「タクミ、おまえ……」


 俺に気付いて、タクミが人波をかきわけてこちらにやってくる。清々しいまでの、キラキラした笑顔だ。


「凄かったんだよ。最初は第1階層で演習していたんだけど、第2階層に進んでみようって事になって。そしたらなんと、隠し扉を見つけてさ!」

「……よく無事だったな、良かったよ」

「みんなのおかげだよ。誰が欠けても上手くいかなかったかも! それでね、この剣はその昔、魔王に力を6つに割かれた聖剣の欠片らしくて……!」

「そうじゃない。そうじゃないだろ!?」


 あまりに危機感のない言葉に、頭の中でぐるぐるしていた感情をぶつけてしまう。


「あ……そうだよね、ごめん。でも大丈夫、心配ないよ」


 俺の態度がおかしくなっている事に、何かを察してくれたようだ。こういう時にも、いつものようにぺらぺらと舌が回ればいいのに。肝心な時に、察してほしいと思ってしまうのは俺の悪いところだ。


「ちゃんとユーキのお土産もあるからね! はいこれ!」


 そう言うと、タクミは鞄から取り出した物を俺に握らせる。


火蜥蜴(フレイムリザード)の踊る尻尾(ダンシングテール)だよ!」


 尻尾である。一般家庭でよく見かける懐中電灯ほどのサイズ感。持ち手部分は細工の施された金属製で、なかなか手に馴染む。力無さそうなカーブを描いたそのフォルムは、なんとも言えないアンニュイな雰囲気を醸し出し――


「ってなんだこれ!」

「面白いでしょ」

「いやいや、蜥蜴が逃げる時に切り落としてくってあれか!?」

「そうなんだよ!」


 シャラップ!

 そうなんだよじゃありません!

 なにこれ全然ちょっとも話が通じてないんだけど!


「ユーキにだけお土産がないなんて、そんな訳ないじゃない。あはは」


 のほほんとした最後の笑いが憎らしい!


 いやいや落ち着け。相手は同じ言葉の通じる人間なんだ。難解に思えても、手近な問題から紐解いていけばわかりあえるはずだ。ましてや相手は、付き合いの長いタクミだ。こいつの話が理解出来なかった事なんてあったか?


 ……あった、やまほどあった。この子ったら、テンションが上がれば上がるほど話が散らかっちゃうんだよ、くそっ。


「オーケー、ひとつずついこう。この尻尾はなんなんだ?」

「だから、フレイムリザードの」

「そうじゃなくて。迷宮の蜥蜴さんってのは、尻尾を切って逃げる時に、こんな素敵な細工を施していくものなのか?」

「それはお土産屋さんで買ったんだよ、選ぶのに結構苦労したんだよ!」


 今、お土産屋さんと言ったか。迷宮で、スリリングな冒険を繰り広げてきたんじゃなかったのか。


「お土産はどこで? 迷宮に行商でも迷いこんでたのか?」

「第1階層は整備されてて、お土産屋さんとか、食べ物屋さんもあるんだ。今度一緒に行こうよ!」


 テーマパークのような認識にしてしまって良いのだろうか。イメージと違いすぎる。俺が1人で勝手に危機感を募らせていただけなら、それはそれで笑い話で済むのかもしれない。

 でもそれなら、聖剣はどうなる。オモチャではあんな歓声はおこらないはずだ。


「まさか、聖剣も買ってきたとか言わないよな?」

「あはは、まっさか~! これは第2階層の隠し扉を抜けて見つけてきたんだよ!」

「モンスターとか出た?」

「出たけど、勇気を出してみんなと一緒に戦ったんだ」

「その肩当ての傷もその時に?」

「これは違うよ、かっこいいでしょ!」


 うん、断片的にしか噛み合わない。かっこよさはどうでもいいのだ。テンションの振り切った勇者様との会話は、プチファイヤーなんかより、よほど集中力がいる。


「あのな、今回は無事だったからそうやって笑ってられるかもしれないけどな。下手したらその肩当てのかわりに、お前の腹が削られててもおかしくなかったんじゃないのか?」

「ユーキ……」

「将来、本気で勇者になるってんなら、そういう危険もいっぱいあるんだろう。でも、今からそんなでどうするんだ。もう少し危機感持てよ!」


 俺の真剣な表情とは裏腹に、タクミは楽しくてたまらないという顔をしている。どうしよう、殴りたい。内心だけなら魔王の気分だ。

 父さん母さん、早々に勇者に挑む未熟な俺をお許し下さい。今の俺に出来る精一杯のプチファイヤーで、お尻を燃やしてやろうか。後ろから見られたら恥ずかしい感じになるがいい。


「肩当てはお土産屋さんで買ったんだよ」

「じゃあなんで、そんな傷が」

「歴戦の肩当てっていって、かっこいい傷が最初から付けてあるんだ!」

「はあ?」

「他にも角がひしゃげた激戦の兜とか、無数の矢傷が残る大戦の鎧とかあって迷っちゃった!」


 肩当てをぐい、と前に出してアピールするタクミ。俺はくらくらする頭を必死に働かせて、まだ残っている疑問を絞り出す。


「さっき、モンスターが出てみんなと勇気を出して戦ったって」

「うねうねしたゼリーみたいなのが出てきて、触るのに凄い勇気が必要だったんだよ……!」


 光の勇者様、そんなところで勇気の投げ売りをするのはおやめ下さい。スライム的なあれを気持ち悪くて触れないとか……いや、実際目の前でうねってたら触りたくはないけどさ。


「みんなの力で出てこられたとか、勇者様の檄がどうとかってのは?」

「聖剣を抜いたのは良かったんだけどね。帰ろうとしたら、なんと隠し扉が閉まっちゃってたんだ」

「閉じ込められるトラップとか、それ結構やばいよな。それをみんなで?」

「そう、みんなで助けてーって叫んで、入ってきた側から開けてもらったんだ。喉が枯れちゃうかと思った!」


 なるほど、大体わかった。今回の勇者様の迷宮大冒険をまとめるとこうだ。


 まずは第1階層で、お土産屋さんや食べ物屋さんに目移りしながらぬるい演習を行う。せいぜい、スライムさんをつんつんして、気持ちわる~いとか黄色い声を上げる程度のやつだ。

 そんなスライムにも飽きてしまった勇者様ご一行。わくわく顔で第2階層へ前進すると、今日イチのラッキーパンチであっさりと隠し扉を発見。聖剣の欠片を意気揚々と引き抜いて大騒ぎする。


 しかし、そうこうしている内に、閉じ込められてさあ大変。困ってしまった勇者様は、檄を飛ばしてメンバー全員を励ます大活躍。せーので助けてーとか叫んで、外から扉を開けてもらい、事無きを得る。

 すっかり安心した勇者様は、帰りがけに第1階層でショッピングを堪能。紛らわしい肩当てを装備し、変な尻尾を鞄に詰めて、ほくほく顔で帰ってきたわけだ。


「なあ、タクミ。さっきは大きな声出して悪かったよ」

「いいんだよ、ユーキ」

「それは謝るからさ、お願いだから1発だけ殴らせてくれないか? ほら、歯をくいしばって」

「ちょっと! どうして殴るのさ!」

「わかった、みんな見てるし殴るのは後にしよう。とりあえずこれだけは言っておく」

「ええ、結局後で殴るの!? 言いたい事って……?」


 俺はたっぷり間を取って、大きく息を吸い込んだ。


「その肩当てな、絶対に土産屋にカモられてるぞ」

最後までお読み頂きありがとうございます!


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