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勇者様の親友様  作者: 青山陣也
第1章:異世界留学準備編
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2.鈍感ハーレム系勇者様とニッチな需要を夢見る親友様

 大量の勇者候補が生まれるに至った背景を話しておこうと思う。


 この地球に異世界からの扉……通称ゲートが現れたのは、20年以上も前の話だ。今でこそ、テレビやネットでも、当たり前のように異世界のニュースが流れているが、当時の人々は戦々恐々としたらしい。

 それはそうだろう。街の真ん中に巨大な扉がいきなり現れたら、びっくりどころではすまない。宇宙からの侵略説。どこかの国家による極秘テクノロジー説。世界を裏で牛耳る秘密結社の陰謀説まで飛び出して、大騒ぎだったそうだ。


 各国政府は事態の収拾を図るため、全容解明に乗り出した。ありとあらゆる分野の専門家が集められ、厳重に付近を封鎖した上で極秘の調査が行われたのだ。

 そして調査開始から1ヶ月。日本政府は、調査を続行中であると繰り返すばかり。まさに糸口さえ見えないお手上げ状態だった。


 それは、諸外国においても同様だった。

 中には問答無用で爆破を試みた国もあったという。しかしこれも、ゲートに傷1つ付けられないという結果で、徒労に終わっていた。


 完全に行き詰まった調査に進展があったのは、更に2ヶ月が経った頃だ。それまで一切の動きが見られなかった、総数30に及ぶゲートが一斉に開き、中から――



「タクミくんユーキくん、おはよー! あれ、タクミくんどうしたの? 眉間にしわ寄ってるよ?」

「おはよう斉藤さん。これね、未熟な勇者様に基本から説明してたんだよ。せっかく素質あったってのに」

「え、おめでとう! 実はすごーい勇者様だったとか? ねえねえ」


 やけに色気のある、いたずらっぽい笑みを浮かべて迫るこの女子は、斉藤遥香(さいとうはるか)という。

 さらさらの柔らかそうなストレート、くっきりとした二重の瞳とバランスの取れたスタイル。その上、気遣いが出来て笑顔も絶やさないという、男女問わず大人気の素敵女子だ。


 彼女がたまに仕掛けてくる、遊び心にあふれた笑顔と仕草。これが実に強力で、何人もの健全な男子のハートを狂わせていると評判だ。

 わかりやすくわざとらしく、の完全なおふざけだから騙されないでね。そんなフリの上でしか繰り出されないにも関わらず、である。

 こうしてタクミに迫るところを見ていても、その破壊力は認めざるを得ない。この思わせぶり肉食系女子め。


 タクミの意識が完全に別のゲートに向かったのを確認して、俺は肩の力を抜く。

 元はと言えば、この間の続きと言わんばかりに、鼻息荒く話しかけてきたのはタクミの方だ。だから、異世界との交流が始まった背景なんて、まだジャブのようなものだったのに。ここから20年余りの歩みをとうとうと語り聞かせる構成で、KOの準備も万全だった。


 でもこれじゃあ仕方ない。一時休戦だ。


「いや、実際すごいんだよ。勇者適性A+で光属性持ち。100年に1人の逸材だとかって朝のニュース、多分こいつ」


 頭を切り替えた俺は、頬を赤らめてへらへらしているタクミにかわって、斉藤さんの質問に答える。


「それ見てた! あれ、タクミくんの事だったの!? すごーい!」

「あ、ありがと……サイトゥーさん。えへへ」


 落ち着けタクミ、日本語おぼえたてみたいになってるぞ。誰がサイトゥーさんだ。


 この通り、今日も世間は異世界の話でもちきりだ。日本だけではなく海外でも、適性診断の時期は似たようなものらしいけど。

 なんと言っても人生における大きな転機のひとつ。これ次第で、異世界にどのように関わっていけるかがほぼ決まるのだから、無理もない。

 診断はアルファベット7段階で、プラスマイナスが付いてくるお手軽方式。ゲームのステータスだとかのように数値化されるわけではないが、その信頼性は確かなものらしい。


 結果は地域ごとに即座に集計され、ニュースで報じられる。特にレア適性者の出現などは、プライバシーを尊重した上でお祭り騒ぎの盛り上がりをみせるのだ。今朝も早速、A+の素質を持つスーパー男子高校生現る、との派手な見出しが踊っていた。

 もうとっくに済んでいるか、診断すらしていない大人達まで騒いでいるのは、スポーツの日本代表メンバーなんかが決まる雰囲気に似ている。


 話題のスーパー高校生なら、朝から鼻の下を伸ばしてカタコトでもじもじしていますよ。と、テレビ局に電話して教えてやりたい。

 今だって、集まってきた女子達にゆるみきった笑顔で応じている。その視線は、前のめりになって詰め寄る無防備な胸元に一直線だ。



 さあ、おまわりさん。テレビ局の皆さんも。こっちですよ。早く早く。



 とはいえ、俺はタクミの事を低く評価しているわけではない。

 185cmの長身。実家が体操教室という環境で、勇者を目指して鍛えあげられた身体能力。誰とでもすぐ仲良くなる上に、困っている相手につい手を差し伸べてしまう優しい性格。

 適性を抜きにしても、勇者の素質は十分と言える。俺の話への食いつきもばっちりで、言う事なしだ。


 そして、本人には決して言ってやるつもりはないが、この男はイケメンでモテるのだ。

 今年入ってきたばかりの後輩女子が「あれがタクミ様よ」なんて噂しているのを小耳に挟んだ事もある。隣にいた俺の話は、もちろんちょっとも出てこなかった。あの時の小耳スペースを返してほしい。


 そんなわけで、バレバレの下心を視線にのせても取り巻きの女子から文句が出たりはしない。むしろ盛り上がるくらいだ。

 ただしイケメンに限る、とかいう反則カードの存在を、否応なく突きつけられる光景である。


 同じ視線を、もし俺が送ろうものなら、あっという間に袋叩きだ。そして、先に似たような目線を向けていたはずのタクミに、きらきらした笑顔で助け起こされるに違いない。光の勇者ばんざい。


 タクミがもしテングになるようなら、なんとしてもガツンと言ってやらなければ。それこそが親友である俺のつとめだ。来たるべき時に備えて脳内で入念な毒舌のシミュレートを始めたところで、視界の端がふわりと揺れる。


 顔を向けると、いつの間にかスーパー高校生のハーレムから抜けてきた斉藤さんが、こちらを覗きこんでいた。


「ちなみにユーキくんは?」

「ん? ああ、勇者Dだったよ」

「あ、勇者おんなじ!」

「わーいやったね。あとは火魔法がC-ってとこ」

「そかそか。ふふ、私は水魔法がBだったんだ。すごいでしょ?」


 口を尖らせたと思ったら、ころっと表情をかえ、満面の笑みでボディタッチ。

 なにこの子、もしかして俺を振り向かせようとしてるの?


 残念ながら、こう思ってしまったら負けである。

 思わせぶりのように見えるけど、斉藤さんはなかなかの天然気質だ。これで告白でもしようものなら、真顔でフラれるのは目に見えている。事実、舞い上がって玉砕したチャレンジャーを何人も知っているのだから。


 斉藤遥香の笑顔とボディタッチに他意は無し。なぜか男子から失恋後の相談を受けてばかりいる、この俺が持つ確かな情報だ。

 相談してもらえるのは喜ぶべきかもしれないけど、せっかくなら砕ける前にしてほしい。どいつもこいつも、二度と朝がこないような顔で俺の前に現れるのはどういうわけだ。

 瀧本に話すとなんだかすっきりする、とか言われても、こちらは全くすっきり出来ない。他言無用の泣けるエピソードが蓄積されるばかりだ。


「すごいね! あっちの大学、狙えるんじゃない?」

「ん~……行ってみないとわからないかな。楽しそうだし、応募はするつもり!」


 斉藤さんのいう応募とは、俺達の通う高校で毎年実施されている、異世界への短期留学を指している。大都会の有名校でもないくせに、どうやってパイプを繋いだのか。個人的にはそちらの方が凄く気になっている。

 この留学は定員制で、資格を勝ち取るのは簡単ではない。応募者には、志望動機などをびっしり書き記した書類の提出と、筆記試験が課せられる。一定の成績を残した者の中から、厳正なる選考がなされるというわけだ。


 応募資格は、いずれかの適性でC以上を持っていること。プラスマイナスは問わず。そして、B以上の適性を持つ者はまず落ちない、というのが暗黙の了解だった。勇者D、火魔法C-の俺には縁の無さそうな、うらやましい話である。


「ユーキくんも行こうよ。Cあるんだし」

「マイナスついてるけどね。まあ考えておくってことで」

「うんうん、考えておくように。一緒に行けたらいいね」


 おしゃべりに戻る斉藤さんを見送り、不自然にならないように窓の外へと視線を移す。「一緒に行けたらいいね」じゃないっての。本当に気があるんじゃないだろうな。

 まてまて落ち着け、隣で全身から下心を噴出しているタクミをよく見ろ。俺はあいつとは違うんだ。


「コネ留学でも目指すかな……」


 俺の含みのあるつぶやきは、いまだ興奮の冷めやらぬクラスの誰にも、届く事なく消えていった。

ここまでお読み頂き、ありがとうございます。

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