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勇者様の親友様  作者: 青山陣也
第4章:短期留学編 ~勇者様は一味違う~
19/71

19.玄人な味覚の勇者様と素人料理の親友様

 包丁が奏でる小気味良いリズム。ほのかに香る食欲をそそる匂い。夕飯時の家庭を連想させるこの風景や空間は、なんとも言えない郷愁を誘う。


 俺は、そうした家庭的な空気の溢れる雰囲気や空間に、憧れが強い。両親の共働きという事情もあって、家族団らんの時間が少なかったからだ。

 実際、今も1人暮らしに近い状態が続いている。兄や姉にしても、アクティブであまり家にいる方ではなかった。自分以外の親しい誰かが作ってくれるあたたかいご飯は、それだけで特別な意味があるのだ。


 大体にして、俺のやってきた自炊なんて、簡単な炒めものがほとんどだ。手の込んだものは作れないし、味付けもざっくばらんである。だから、誰かが作ってくれるご飯には、よほどの事がなければ口出しをしないと決めている。

 もちろん、美味しいに越した事はない。しかし、最も大切なのは食卓の雰囲気だ。それを壊してしまうような、無粋な行為は必要ない。そう、よほどの事がない限り。


「ルキ、油断しないで! そっち押さえてて!」

「うそ! 本当にこっちから切っちゃってもいいの?」

「いいのよ! え、どうなの? いいの?」


 がりがりと、何かを無理矢理に切断しようとする鈍い摩擦音。飛び交う怒号と、困惑の声。

 何を、どちらの方向にぶった切ろうとしているのか、それは知らない。知りはしないけど、すぐに不安になって聞き返してしまうくらいなら、やめた方が良いんじゃないかと思う。

 油断なく押さえておかなければいけないようなナニカにしても、本当に食べられるのか、どうなのか。

 ここには、心あたたまる食卓の風景などありはしない。言うなれば、現場だ。戦場なのだ。絶対にどうこうできない戦いだとかが、そこにはあるのだ。


「お姉ちゃん、ちょっと火が強すぎない?」

「いいの! こうなったら、いくところまでいってやるわ」

「うん。えーと、いったん弱火にするね」


 強火がいくところまでいったら、焦げしか残らないに決まっている。特に仕切りがあるわけではない。それなのに、キッチンに目を向けてはいけない重圧と熱気を、ひしひしと感じる。いや、熱気は本物か。いくとこまでいける強火だもんな。


「ふふ……よく頑張ったわね、褒めてあげるわ。でもこれでおしまいよ!」


 ダンッ!

 力強い音が響き、ナニカにとどめが刺される。お姉ちゃん、完全に悪い人の台詞で、食材に話しかけちゃってるけど大丈夫? ハンドルを握ると性格が変わる人っているよな……ふと、そんな事が頭をよぎる。


「さあ、こっちは片付いたわ。ご飯を炊くわよ!」

「待ってお姉ちゃん、ご飯は私が炊いておくから。お願いだから、そっちをみてて!」

「そう? わかったわ。ルキ、あなたに背中を預けるわよ!」


 お姉ちゃんは1人で別次元の戦場にいるようだ。白米だけは……美味しいご飯だけは死守しておくれ、妹さんや。後はもうどうなってもいい。良くはないけどもういいだろう、2人の無事を祈るばかりだ。


「プロの料理って、なんだかすごいんだね! どんなのが食べられるのか楽しみだよ!」


 なあタクミ、それを全くの皮肉無しに素で言えるって、ある種の才能だと思うよ。鬼気迫る怒号とか、何かをぶった斬ってすり潰す、あの音が聞こえないのか。

 小さい頃、タクミの家で食べさせてもらったご飯は凄く美味しかったのに。どうしてこんな子に育ってしまったのかしら。料理ってのは、魔法をかけたら出来上がり、じゃないんだぞ。


「そうだね……でも、ちょっとだけ心配な声とかも聞こえるよね。大丈夫かな?」

「今回はハルカに賛成。ちょっとどころか、心配しかないわね。瀧本くん、美味しい屋台料理が食べられると思ってきたのに、大丈夫なんでしょうね?」


 こちらにも全く話が伝わっていない子がいたようだ。これは実験的な試みである事。楽しいものになる可能性は低いかもしれない事。ルキちゃんに配慮した言葉にはしていたけど、道中であれだけ説明したのに。

 美味しい屋台料理が食べられるから、みんなでパーリーしようぜ! なんて誘った覚えはないのだ。大丈夫なんでしょうねと言われても困る。


「もうすぐ完成するわ……もうすぐよ、ふふふ」

「な、なんとかなって良かったねお姉ちゃん。こっちの火はとめちゃうね?」


 どうやら、もうじき完成するらしい。出来れば拍手で迎えたいのだけど、どうも手が上手く動いてくれない。手に負えない強大な何かを呼び出して、案の定、制御しきれなくなって……という展開が見えそうな、小悪党風の台詞が邪魔をしている。

 お姉ちゃんが作ってるのって、料理だよね? ブラックなマジックを素にした兵器とかじゃないよね?

 ルキちゃんは、最初こそ戸惑っていたものの、すっかり落ち着きを取り戻したようだ。姉の発言をスルーしながら、火の始末に入っている辺りは流石だ。


「出来たわよ、お待たせ!」


 ほどなくして、ルカさんが明るい声で料理の完成を宣言する。立ち入り禁止と空間に書かれていたような、殺伐とした空気が嘘のようだ。

 味どうこうの前に、ルカさん自身に大きな問題が見え隠れしている気がする。ただし、そこに踏み入ったら、きっと無事では帰ってこられない。そっとしておこう。


「特製ギュウドンよ。さあ、めしあがれ」


 意外にも……と言っては失礼かもしれないけど、匂いは悪くない。屋台飯の体で考えるのであれば、美味しそうな匂いに分類されると思う。火加減のせいか、少し香ばしさが前に出ている気はするけど。


「ギュウドンのギュウって牛だと思ってたんだけど、こっちでは違うのかな?」


 問題はまたしても、匂いとは全く別のところにあった。目の前には、俺の知っている牛丼とは全く別の光景が広がっているのだ。昨日のオヤコドンの時に似た既視感を感じる。

 メインの具は、肉と魚介の混成部隊だ。丹念に敷き詰められたそれらに、早くも脳みそが混乱している。しかも、その上にはとろみを帯びた野菜スープがごっさりとかけられていた。つゆだくにしても限度がある。


「ギュウ詰めのギュウなんじゃない? ほら、いいから先に食べてみてよ。ルカさん、待ってるじゃない」


 渡辺さんに促されて、どんぶりにもう一度目をやる。

 肉と魚介は、いくところまでいってしまった強火の爪跡を色濃く残していた。焼き上げた後に、焦げ部分をごっそり削りとったであろう跡があるのだ。ごろんとこちらを見つめている巨大魚の目玉も、凄まじいインパクトと存在感である。変な方向からぶった斬られていたのは、この子だろうか。


 魚の目玉や近い部位の肉は、栄養が豊富で美味しいと聞いた事はある。だとしても、そのまま転がしておくのはどうかと思う。色とりどりの野菜に囲まれて、まるでどんぶり自体が生きているかのように、こちらを見つめている。怖い。


「……いただきます」


 匂いは悪くないんだ。そんなにおかしな味がするはずない。ギュウドンだと言われたから、イメージが邪魔しているだけさ。こういう料理だと思うんだ。そうだ、これはこの世界のスタミナ丼に違いない。それなら、目玉がごろりとコンニチハしていても、おかしくない気がしてくるじゃないか。


 俺は、必死のイメトレで意識をどんぶりに合わせていく。まずはそう、安定感のありそうな、肉と野菜スープのコラボ部分から手をつけてみよう。いきなり目玉をつつくのはハードルが高すぎる。ゆっくりと箸を動かす俺にならって、みんなそれぞれに未知なるギュウドンを口に運んでいく。


「どう? 本場の屋台の味は?」


 どうしてこの子は、こんなに強気なのだろう。正直に言えばまずい……でもやはり、食べられないほどではない。個人採点は、昨日と同じ30点台だ。

 せっかく香ばしく焼き上げた肉は、味付けが無いに等しい。続いて口に入れた魚介は、火の入れ過ぎで固くなっていた。こちらも味らしい味はしない。反対に、野菜スープは味が濃すぎて、単体では食べられない。魚介の出汁も全て吸収して、とろみと共に謎の主張を繰り返している。

 唯一、ご飯だけは、ルキちゃんが仕込んでくれたおかげか素晴らしい炊き上がりだ。具材の大喧嘩によって、すっかり存在を消しているのが残念でならない。


「なんだろう、個性的な味?」

「……そうね」


 女子2人は言葉を濁しあっている。タクミは……駄目か、色々な具材に少しずつ口をつけてはいるものの、悲しそうに潤んだ瞳が全てを物語っている。


「遠慮しないでどんどん食べてよね! うちのお店、普段は並ばないと食べられないんだから!」


 ルカさんはいまだに上機嫌だ。俺は、上からの発言にだんだん腹が立ってくる。


「ルカさん。これって味見してる?」

「え? そんなのしてないけど。こんなにいい匂いなのに、美味しくないわけがないでしょ!」


 よし、もうだめだ。物申す。


「いいから食べてみて」


 俺は一切の笑顔を消して、どんぶりを突き出した。


「美味しい?」

「うそ……美味しくない」

「普段から、味見もせずにこれをお店で出してるとしたら、お客さんに失礼なんじゃないかな」


 凍りつく空気。このままでは、ただの悪者だ。でも、そうならない為の準備は、考えてきたつもりだ。


「まだ材料って余ってる? あと調味料」

「あるけど……どうするんですか?」


 苦い顔をして味見を繰り返すルカさんにかわって、ルキちゃんが答える。


「ちょっと、味だけ整えてみようと思って」


 なんの事はない。味付け無しの肉と魚介を、それらしくしようと思っただけだ。過剰に濃厚なスープは、薄めて体裁を整え、どんぶりからは切り離す。巨大魚の目玉は……どうしよう。まだこっち見てる、ごめんなさい。

 キッチンに入ると、屋台の仕込みも兼ねていたらしく、大量の肉と魚介がお出迎えしてくれた。魚介というより魚塊である。


「すごい、醤油があるじゃん! これは勝てる!」


 正直なところ、異世界仕様の謎調味料ばかりだったらどうしようと心配していた。でも、醤油があるなら、和風な感じでなんとかなりそうだ。

 いつもの一人飯の要領で、適当に肉を醤油ベースに味付けしていく。スープの余りで残っていた野菜も加えて、どんぶりに盛り付ける。もちろん味見も忘れない。


「……美味しい」

「それなら良かった。まあ、まかないみたいなもんで、適当ご飯だけどね。スープの方に、魚の色々は入れちゃったよ。そのまま食べるのはきつそうだったから」

「意外な特技ね、包丁を握った事もなさそうな顔をしてるのに」

「ユーキくんすごい! 料理のできる男の子ってポイント高いよ!」


 店に出せるレベルではないけど、どうにか普通に食べられる味にはなったと思う。女子2人の評価もなかなかのようだ。包丁を握りなれている顔とはどんな顔なのか、であるとか、気になるところはあるけど。

 さて、ここまでの話の流れからして、ルカさんの味覚自体は崩壊しているわけではなさそうだ。これなら大丈夫だろう、俺は仕上げとまとめにかかる。


「色々詰め込みすぎないで、味見もすれば、美味しくなるんじゃないかな? 食材も調味料もいいのが揃ってるんだしさ」

「お姉ちゃん、嘘ついたみたいになってごめんね。屋台のお客さんって、ご飯目当てじゃないみたいな人も多そうだし……客観的に見てもらおうと思って、皆さんを呼んだの」

「ルキちゃんは、ルカさんを色んな意味で心配してたんだ。責めないでやってほしい」


 ルカさんはうつむいてしまう。

 姉妹の中心となって、屋台を切り盛りしてきた自負があるだろう。今まで、美味しいと言われ続けてきたプライドも。それを、味見をしているのかと突き返した上に、別の味付けまでしてしまったのだ。

 微動だにしないルカさんに、俺の背を冷たい汗が伝う。やり過ぎてしまっただろうか。予定としては、ここで少しだけ反省してもらって、めでたしめでたしのはずだった。


「みんなが美味しいと言ってくれるからって、味見もせずに出すのは、間違ってたよね」

「お姉ちゃん……」

「ルキ、みんなもありがとう。本当に美味しいって自分でも思えるものを、作ってみせるわ!」


 ルカさんの決意に、場の空気がほっと和らいでいくのを感じる。恥ずかしそうに小さく笑うルカさん。私も手伝うね、と嬉しそうなルキちゃん。斉藤さんと渡辺さんも笑顔を取り戻し、口々に励ましの声をかけている。一瞬だけひやっとしたけど、これで一件落着かな。


「ふう、やっぱりだ。ユーキのアレンジもなかなかだけど、プロは違うね!」


 その時だった。まとまりかけた空気の中に、突如としてタクミが爆弾発言を放り込んできた。


「ルカちゃんが最初に出してくれたの、全部あわせて食べるとすごいよ!」

「いや、何を言い出すんだよ。だってあれは」

「お肉が4、お魚2、ご飯3、スープ1くらいで食べると凄く美味しい!」

「なんだその細かい比率は」

「お肉の柔らかさとお魚の歯ごたえを、スープの塩気とご飯が上手に包んでくれて、絶妙のハーモニーを奏でてくれるんだ!」


 タクミくんや。ハーモニーがどうとか、取って付けたような言葉をどこで覚えてきたんだい。そんな比率で食べたからって、あの大喧嘩が収まるわけが……


「え、旨い!」

「うそみたい!」

「さすがタクミくん!」

「……信じられない」


 本人でさえ、信じられないと口にしてしまっている。そんな驚きの黄金比がそこにはあった。


「そうだったのね、私の舌に間違いはなかったんだわ! 危うく自分を見失うところでした。勇者様、ありがとうございます!」


 なにこの空気。自分を見失うところって、あれだよね。さっき美味しいって言ってくれてた、俺が味付けした、あれだよね?


「もしかして他のも? 勇者様、どうか他のメニューも救って下さいませんか?」


 ルカさん、自分の料理なのに救ってほしいって言っちゃったよ! タクミも、口ひげが似合ってきそうな表情で頷いている。さっきのまとまりかけた空気を返してほしい。

 その後は、ルカさんとタクミによる別次元のグルメトークが展開された。タクミ良ければ全て良しの渡辺さんと、美味しければ正義というミーハー斉藤さんも、すっかりそれに乗っかっている。


「あの、先輩……これって」

「ごめんルキちゃん、今日はこれ以上どうしようもないよ。あの比率を見つけた、タクミの舌がどうかしてるんだ」


 まだ納得のいかない俺とルキちゃんをよそに、宴は続く。その後ろでは、俺の残した巨大魚の目玉が、悲しそうにこちらを見つめていた。

お読み頂きありがとうございます!

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