18.寂しがりやの勇者様と続・ガラスのハートな親友様
俺は今日、人生で初めて女の子の家にお邪魔しようとしている。
図書館で偶然再会した、屋台娘のルキちゃんの家だ。本音を思い切りぶつけて、彼女とそのお姉さんが切り盛りする屋台の料理がまずいと連呼した俺。完全に終わったと頭を抱えていたはずが、気付けばぐいぐいと引っ張られて連行されている。急展開に不安を感じつつ、それでもちゃっかり付いていく俺は、案外ちゃんとした男の子なのかもしれない。
以上、前回のあらすじでしたってね。誰に説明しているのやら。
さて、やってきたのは、屋台ゾーンを抜けた閑静な住宅街の一軒家だ。彼女達の両親は出稼ぎに出ていて、帰ってくるのは月に数回らしい。普段はほぼ2人暮らしという家庭環境は、俺のところと少し似ている。
件の屋台は、家にあった荷車を改造して始めたのだという。美人姉妹のどんぶり屋さんは、屋台も手作りというわけだ。そこを前に出してみたら、今より繁盛しないかな。いや、コンセプトがブレてしまうか。それならいっそ、美人姉妹の大工さんにしてしまった方が受けそうだ。
屋台を始めた理由は、親に頼りきりになるのが申し訳なかったからだとか。なかなかのバイタリティーだし、しっかりしている。俺と似ているだなんて、失礼だった。俺もバイトはしているけど、完全に遊ぶ金欲しさのそれだしな。当然、荷車から屋台を組み上げる行動力やスキルも持っていない。
謎のマネージメントプランと自身の反省を切り貼りしている内に、あっさりと家の中に通される。木造の2階建てで、落ち着いた赤にカラーリングされた屋根がおしゃれだった。1階がダイニングキッチンとくつろぎスペース、2階は家族それぞれの部屋になっているそうだ。
「どうぞ、散らかってるから恥ずかしいですけど」
内装は、シンプルな木目調の家具で、柔らかく清潔感のある雰囲気にまとめられていた。外から見た感じより広々としている。「ちっとも散らかってなんかいないよ」とお決まりの台詞を言いかけて、ふと視界に入ったキッチンに俺は固まる。
目に飛び込んできたのは、巨大で肉厚な包丁らしき金属塊だった。どう考えても、日常生活には必要なさそうな迫力である。それだけではない。包丁さんに負けず劣らずの、規格外な刃物や鈍器がいくつも立て掛けられているではないか。
「えっと、ご両親って拷問か何かのお仕事?」
「なんですかそれ、違います! あれは、お姉ちゃんが買ってきた業務用の調理器具です」
立派なマグロを2人がかりで解体するやつなら、テレビで見たことがある。それと同じような類なのだろうか。お姉ちゃん……ルカさんの姿と、殺伐フェイスの凶器、もとい調理器具が結び付かない。
「凄いね、プロの料理人って感じ!」
「僕もこんなの初めて見た! ユーキ、こっちも凄いよ!」
「見た目のインパクトは確かに凄いけど、使い勝手が良さそうには見えないわね」
人生初の女の子のお宅訪問だというのに、家の佇まいだとかを悠長に解説していた理由がこれだ。タクミ、斉藤さん、渡辺さんの3人と、屋台ゾーンでまさかの鉢合わせをしてしまったのだ。
「みんなに囲まれて動けないし、身体の光は消そうと思っても消えないし、大変だったんだよ! それなのに、ユーキばっかりずるい!」
とまあ、こんな感じで、タクミが駄々をこねてそのまま付いてきてしまったのだ。その割には、串焼きを両手に抱えてほくほく顔だったじゃないか。この食いしん坊め。
「勇者様、それは触ったら危ないので……! 皆様もどうぞ、そちらにおかけになって、くつろいでください」
「この包丁とかもルキちゃんが使うの?」
「いえ、私はお手伝いくらいなので、それはお姉ちゃんが」
「これを1人でとか、お姉ちゃんすごいね! でも、ルキちゃんの料理も食べてみたいな!」
「わ、私のですか? えっと、機会があれば……」
タクミは、早くもナチュラルにルキちゃんとの距離を詰めにかかっている。ユーキばっかりずるいとか言っていたくせに。斉藤さん、渡辺さんと屋台を堪能するだけでは飽き足りないというのか。タクミばっかり! ずるい!
今も、絶大な存在感を示す肉厚包丁を手に取ろうとして、慌てたルキちゃんに止められている。俺が高速で繰り返す「自重しろ」のハンドサインは、虚しく空を切るばかりだ。
「それ、癖なの? 騒がしいからやめてくれる?」
タクミとルキちゃんのやり取りがお気に召さないのだろう。渡辺さんから、普段よりドスの利いた声色でリクエストが入る。俺はわざとらしく咳払いをして、ハンドサインをストップした。
「どこであの子と知り合ったの? しかも、1年生とか……変な事、吹き込んでないでしょうね? いやらしい」
「俺の事、ものすごい鬼畜か変態だと思ってない?」
「うそ、違うの?」
そこは、そんな風には思ってないけど、とか言うべきではないのか。変態さんは大前提か。
「どっちかっていうと、声かけられた側だよ、強引に連れて来られたっていうか」
「ちょっと先輩。人聞きの悪い事、言わないでください! 確かに、ちょっとだけ、強引だったかもしれませんけど……あの、もしかして怒ってますか?」
おお、リアクションが初々しくていいね、へっへっへ。全然怒ってないよ。などと考えている俺は、今まさに変態さんの階段をずんずん駆け上がっている気がする。理性よ、戻ってくるのだ。
「ね、あんまりじろじろ見るのもなんだし、座らせてもらおう? とりあえずお姉さんのお料理を食べて、正直に感想を言えば良いんだよね?」
斉藤さんの一言に、すぐにお茶を持っていきますので、とルキちゃんもエスケープ。
そう、家までお邪魔したのは、そもそも色気のある話ではないのだ。調子に乗っているお姉ちゃんに、ビシッと言ってやって下さい! というのが目的なのだから。
それにしたって、3人が付いてきたのはイレギュラーも良いところだ。せっかく、ルカさんの料理がまずい、とはっきり宣言した俺に白羽の矢を立ててくれたのに。
「勇者様から言ってもらえたら、説得力がありますよね。それに、うちのお客さんって男の人が多いので、女の人の意見も聞きたい……かもしれないです」
スキル騒ぎでテンションの振り切ったタクミ。ミーハーな意味で興味津々の斉藤さん。押しはしないけど引きもしないスタンスの渡辺さん。そんな3人にすっかり囲まれたルキちゃんは、後半は特に言わされている感満載で、3人の同行に首を縦に振ったのだ。
「そうだ、タクミ。あの光ってたやつって何がきっかけ? 真の勇者の証が、とかってこっちもざわついてたぞ」
「あれはね、勇者としての未来の自分をイメージするっていう課題だったんだ。そうしたら、なんだか力が湧いてきて、身体も光りだしたんだよ!」
本当に、やってみたら出来ちゃった体なのか、とんでもない。そうすると、魔法だけじゃなくスキルもイメージ次第って事か? せっかくのインタビューの機会だ、もう少しヒントをもらっておこうか。
「勇者様はその時、何をイメージされたのですか?」
「そうですね。強大なモンスターを倒して、みんなを守るところをイメージしました。これからも頑張ります!」
「なにそれ2人とも! いきなり記者会見?」
「ハルカちゃん、勇者たるもの、突然のインタビューにも堂々と答えるくらいは当然だよ」
「だからみんなに囲まれた時も、あんなに堂々としてたんだ?」
すごーいと女子2人がもてはやすのを、俺はひきつった笑顔で見守っていた。攻めこんだのではなく、守るために戦ったってのは、タクミらしいと言えばらしいけど。そんな漠然としたイメージなのか。本当にとんでもない。
ちなみに、勇者たるもの……を吹き込んだのは、何を隠そうこの俺だ。中学時代、インタビューごっこと称して、初恋の女の子からテストの点数や恥ずかしい話まで、色々と聞きまくってやった。まあ、本人の役に立っているのなら結果オーライだよね。
「皆さん仲が良いんですね、羨ましいです」
「あ、それってユーキくんとの話? ねえねえ、2人の出会いはどこだったの?」
斉藤さんが、バックグラウンドを何も聞かずに恋愛方面に急ハンドルを切る。せっかくだからもっと言ってみて! 起これ間違い! 立てフラグ!
「いえいえ、ただの屋台の店員とお客さんですよ。今日も、図書館で偶然見かけて……そういうのは断じてないです!」
「そうなの? でも、声をかけたって事は、ちょっとは何かあったんじゃないの?」
「いえ、お姉ちゃんに物申すのにちょうど良いと思っただけです。そういうの、本当に無いですから。断じて」
2回も断じられた。そうか、ここが地獄だったのか。まだ何か糸口を探そうとしているそこの斉藤さん、やめてあげて。もう残ってないから。これ以上断じられたら、耐えられない。
お腹は空いていても、胸がいっぱいで何も食べられなくなっちゃう。
「良かったわね。下心は、本当に、断じて、ないんだって。断じてね、ふふ」
渡辺さんの丹念な塩加減には脱帽だ。随分と嬉しそうに、俺の傷口に塗り込んでくれている。まな板の上の鯉とはこんな気持に違いない。俺は抵抗する力を失い、今にも白目を剥きそうになっていた。
「いや、でもユーキはすごく良いやつで……えっと」
後ろでは、明後日の方向に空気を読んだタクミが、しどろもどろにフォローらしきものをのたまっている。言っておくけど、それ逆効果だからね! かわいそうな子が慰めてもらってるみたいになってるんだから!
「そういえば、ルカさんはどれくらいに帰ってくるの? あんまり遅くまでお邪魔してるのも悪いしさ」
誰も助けてくれそうにないので、自分で話題を変えることにした。思い出した風を装い、相手を気遣う体を保ちつつ、質問する。裏を返せば、出来れば早く帰りたいんだけど、という意味を込めたささやかな抵抗である。
「そろそろだと思うんです。屋台に出る前に、必ず寄るはずなので」
なんて話していると大体帰ってくるんだよな。
「ルキ、帰ってるの? あれ、お客さん?」
そうそう。良いね、ご都合主義が闊歩するこの感じ。
「あ、帰ってきたみたいです! ちょっと説明してきますね!」
そう言うと、ルキちゃんは玄関へと走っていき、何事かを話し始めた。
「私の料理をどうしても食べてみたいっていうのはあなたたちね。妹がお世話になったみたいだし、今日は特別にごちそうしてあげる!」
戻ってきたルカさんの話は、早くもずれまくっていた。実に不安だ。ルキちゃんに生ぬるい視線を向けるが、あちらこちらへ視線を泳がせて目を合わせてくれない。どうやら、ルキちゃん本人としても予定外の方向に舵が切られているようだ。
「さあさあ、張り切っちゃうんだから。メニューはおまかせでいいよね? 食べれないものがあれば、先に教えてくれる?」
ほら、妹さん。お姉ちゃん、全然違うベクトルで張り切っちゃってるから。この辺で、本当にちゃんと説明してあげて!
「あはは……お姉ちゃん、実はね」
「なあに、ルキも手伝ってくれるの? よーし、2人でこのお客さん達のほっぺた、落っことしちゃいましょ!」
これは駄目かもしれない。この空気でまずいとか言いにくい、凄く言いにくい。俺は匙をぶん投げる事にした。実際にあれを食べれば、美人姉妹のファンでもなんでもない、こっちの女子2人が何か言ってくれるかもしれない。
それか、天然勇者のタクミがあっさり「なにこれ、まずいね」とか口走ってくれないものか。いや、でもその暁には、せめてじんわりとでも発光していてほしい。勇気を振り絞って言ったのだと、全身で表現すれば許してもらえるかもしれないじゃないか。
苦笑いの俺とルキちゃん、楽しそうな姉のルカさんと俺以外の3人。そんな二極化したテンションをぶらさげて、カオスな夕飯がスタートしようとしていた。
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