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勇者様の親友様  作者: 青山陣也
第4章:短期留学編 ~勇者様は一味違う~
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17.大騒ぎの勇者様と図書館にこもりたかった親友様

 図書館の静かな空気が好きだ。

 そこには、目的の書物を探す控えめな足音がリズムを刻み、程よい緊張感で満たされた独特の空間が作り出されている。

 たまに大口を開けて爆睡している人もいるけど、今は視界に入れないようにしよう。そのフルオープンの口で、何を食らおうというのか。いや、お腹いっぱい食らったからこそ、眠くなってしまったのかもしれないけど。


 そういえば、図書館に来ると、どうしようもない便意をもよおす友人の事を思い出した。目的の本を少しも探さない内に、微妙な顔でもじもじして、トイレに駆け込んでしまうのだ。これが意外と、程度の差はあれ、そういう感覚に陥った事のある人が多くて驚いたものだけど、彼は別格だった。

 図書館に行く事で、ほぼ100%の確率で盛大に開催されるのだ。もはや、催し物を滞りなく開催する為に図書館へ通っている、と言っても過言ではない。

 いつしか彼は、俺の中でライブラリートイレットマスターと呼ばれるようになっていた。利用の目的はまあ自由だし、是非とも、よくよく手洗いをしてご利用願いたい。

 そんな彼の便意は、留まるところを知らない。最近では、本屋やレンタルDVDショップでも、開催頻度が上がっているそうだ。どうも、紙の匂いであるとか、静かな雰囲気に反応してしまうらしい。年中繁忙期とは、羨ましい限りである。


 えーと、何の話をしていたんだっけ……そうそう、図書館の空気の話だ。催し物のせいで、すっかり説得力が薄れてしまった。

 日本に帰ったら、あいつをトイレが付いていない本屋に連れて行って、催し物を誘発してやらなければ。

 本人に非は無いものの、話が脱線したのはあいつのせいとも言えるのだから当然だろう。そもそも、火のないところに煙は立たないというからな、お仕置きだ。


 放課後、俺は念願叶って、学校併設の図書館にやってきた。すんなりと一言にしているが、ここまで辿り着くには、本当に大変だったのだ。

 タクミが勇者スキルに目覚め、俺が真っ白な視線に晒されたあの後、事態の収拾は困難を極めた。タクミの周りには続々と人が集まり、授業どころではない騒ぎになってしまった。

 そして俺も、続々と離れていこうとするみんなへのフォローで、1人で大騒ぎだった。あんなに気を遣って口を動かしたのは久し振りだ。思わぬところで、すっかり精神力をすり減らしてしまった。


 そんな状態でどうして、更に頭を使いそうな図書館にやってきたのか。それはもちろん、大口を開けて居眠りに興じる為でも、催し物を開催する為でもない。正直に吐露してしまうなら、焦りが大きかった。そもそもの適性や、モチベーションに差があるのはわかっていた。それでも、こうも簡単に置いていかれてしまうのは、幼馴染みとしてやはり悔しい。

 大体、真の勇者がどうしたとかのあのスキルはおかしい。授業中にあっさり覚えてしまうなんて、非常識にもほどがある。そういうものは、強大なモンスターか何かと死闘を繰り広げ、ピンチになってようやく出てくるべきではないのか。なんか出来ちゃった、では先代の勇者達に申し訳がたたない。


 まあ、先代の顔も名前も知らない勇者様方はとにかく、だ。もやもやした衝動の捌け口を求めて、少しでも知識を増やそうと思ったのだ。

 タクミ本人に話を聞こうにも、すっかり人だかりになっていて、難しそうだったしな。授業が終わってからも光ってたけど、あいつ、本当にずっと光ったままだったらどうしよう。


 思考の片隅で先の授業を振り返り、もう片隅で本を物色して回る。手に取ったのは、魔法大全、スキルの仕組み改訂版、これで完璧・基礎魔法の3冊だ。これまでにどんな魔法が使われてきたのかを知る為に魔法大全を、魔法とは仕組みが違うであろうスキルの資料としてスキルの仕組み改訂版を、基礎魔法のヒントを得る為に最後の1冊というところだ。

 適性に関する本は良さそうなものが見当たらず、また今度にするしかなさそうだった。


「色々考えるもんだな……」


 当たりだったのは、魔法大全だ。イラスト付きで色々な魔法が載っていて、わかりやすいし面白い。俺が屁理屈をこねくりまわしていた、ファイヤーボールの違いについても解説されていたのが嬉しい。

 撃った後で曲がるのは誘導弾、2つに分かれるのは分裂弾として、別物に解釈されるという事らしい。練り込む魔力の質が違うと書かれていたけど、質と言われてもよくわからない。まあ、ざっくりとでも把握出来たのは、大きな収穫だ。


「こんにちは、食べ残しのお客さん」


 一心不乱にページをめくっていた俺は、呼ばれたのが自分だと気が付くまでにしばらくかかってしまった。

 それにしても、なんとも不名誉な名前ではないか。俺は、人様からいただく料理はよほどでない限り残したりしない。反対に、虎視眈々とおかわりを狙うくらいのものだ。

 言い返してやろうと振り向くと、プラチナブロンドの髪と瞳を持つ女の子が、ムッとした表情で立っていた。


「あれ。昨日の……ルカさんでしたっけ?」

「ルカはお姉ちゃん、私はルキ」


 間違えられた事で、女の子は更に表情を険しくする。見間違えるはずもない。昨晩の夕飯に挑んだ屋台ゾーンで残念な気持ちにさせられた、微妙なオヤコドンを出す店の女の子だった。

 行列が絶えないにも関わらず、ほぼ全ての客の目的が、この子ともう1人の女の子であるという、実に不純な動機で流行っていた屋台だ。

 確かに、2人揃ってとんでもなく容姿が整っていたのは認めよう。案内してくれたクラスメイトの煽り文句もあった。そのせいで、味に期待した分、落胆が大きかったというかなんというか。

 不名誉な名前の通り、思い切り食べ残して、ごちそうさまも言わずに帰った。間違いありません、俺がやりました。向こうとしては、それは失礼な客に映った事だろう。謝っておいた方が良さそうだ。


「それはすみません。ルキさん、ここの学生だったんですね」

「敬語もさん付けも要らないですよ。私、1年ですから」

「あ、そうなの? じゃあえーと、ルキちゃん?」

「はい。名前も言いたがらないお客さんは、2年生ですよね?」


 どうやら俺の周りには、ちょっと強気でたくましい性格の女の子ばかりが集まるようになっているらしい。名前も言いたがらないお客さん、だなんて随分な角度で切り込んでくる。大層、ご立腹のようだ。


「そんな警戒した顔をしないで下さい。今朝、たまたま勇者様と一緒に歩いてるのを見たんです。勇者様と同じ留学生なら、2年生かなって思っただけです」


 そして、集まった女子は集まったそばから、順番にタクミに引き付けられていくのだ。俺には、ハーレムの隣属性でも張り付いているんじゃないだろうか。


「ごめんごめん、瀧本優樹(タキモトユウキ)だよ」

「タキモト先輩ですね。それで、昨日はどうして残したんですか? 先輩みたいなお客さんって滅多にいないから、気になってたんです」


 これはどちらが正解だろう。個人採点37点だったごった煮のオヤコドンについて、正直にツッコミを入れても良いものだろうか。


「屋台に行く前に串焼きとか色々食べちゃって。なんとかなると思ったんだけど、お腹いっぱいでさ……ハハハ」


 俺は、全力で本題を避けるチキンぶりを発揮してしまった。彼女の険しい表情は、もちろん崩れてくれない。


「そんな感じには見えなかったです……正直に言ってくれて良いんですよ」

「の、何を……?」


 の、ってなんだよ。落ち着け、俺。


「美味しくなかったから、帰っちゃったんじゃないですか?」

「あはは。まあ個性的な味付けかな、とは思ったりとかして」

「そうですか、お邪魔しました。タキモト先輩は、他のお客さんと違って正直に話してくれる人かと思ったんですけど。言いにくい事を聞いてごめんなさい」


 くるりと反転して去っていこうとする彼女に、俺は咄嗟に叫んでいた。


「ちょっと待って! まずい、本当にまずかった! 食べられないわけじゃないのがタチが悪い! そうだ、あんなのは親子丼じゃない!」


 さあ、どうしよう。本当に全部、隠さず言わなくてと良いだろう、俺! 内心で鳩尾を押さえて悶絶しながら、放り投げてしまった言葉の行方を待つ。適性別クラスのみんなには白い目で見られるし、タクミはどんどん先へいくし、今日は厄日か。


「本当に、はっきり言ってくれましたね」

「えーと、あはは……ゴメンナサイ」


 終わった。こういう時って、どうして変な笑いがこぼれてくるんだろう。そういえば俺って、場が静まり返ると笑いが込み上げてくるタイプなんだよ。わかるかな、あの感じ。

 それをこの子に説明しても駄目だろうな。今日はもう、何もかも忘れられるくらい読書に没頭して帰ろう。閉館ですよって言われても、魔法大全を抱えて抵抗してやるんだ。

 ネガティビティをがりがり発揮して青ざめる俺に、ルキちゃんはにっこりとした微笑みを向けていた。さっきまでの不機嫌そうな様子が嘘のようだ。訳がわからない。


「良かった! お姉ちゃんの料理、絶対美味しくないですよね! 誰に聞いても美味しいって言われるから、私の味覚がおかしいのかもって不安になりかけてたんです! ぜひ一緒に来てください、さあ早く!」


 読みかけの本を手早く本棚に戻され、俺はぐいぐいと腕を引っ張られて連行されていく。これは嬉しい展開か、それとも悪魔の罠だろうか。

 どうやら今日も、平穏くんは随分と遠くまで行って帰ってきてはくれないらしい。

最後までお読み頂きありがとうございます!

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