16.真っ白な光に包まれる勇者様と真っ白な視線に包まれる親友様
魔法を発動させるには、いくつかの条件とプロセスが必要だ。まず大前提となるのは、何らかの魔法適性を持っていること。適性が一切なければ、基礎魔法であるプチファイヤーすら使う事は叶わない。
次に、集中して魔法を構築可能な状態である事。例えば、大怪我をしていて集中するどころでは無い場合などは、魔法は使えない。
俺は片腕がもげても魔法を使ってみせるぜ、という生え抜きの猛者の方は、いったんお静かに願いたい。命に関わるような事態でなくても、全力疾走しながら正確に魔法を発動させる事すら、初心者には相当な難易度なのだ。
続いて、自身の魔力が残っている事。これは、ガソリンがなければ車が走れないのと同じだ。俺の車はハイブリッドで燃費も抜群だぜ、というさっきの猛者の方。今、そういう話じゃないんですよ。
そして最後に、魔法を具体的にイメージする能力。ファイヤーボールであれば、炎を弾にして飛ばす。その明確なイメージが出来るかどうかだ。
魔力なんていう目に見えない不思議エネルギーを、炎に変換した上で飛ばす。慣れてしまえば、大した意識をせずに発動が可能らしいのだけど、これが最初はなかなかに難しい。
俺には魔力の見えるなんとか眼が備わってる、とかいう猛者の人、まだいたんですか。もう大丈夫ですから。ほんとすみません。
大事なところに差し掛かる度に、おかしな猛者の人が頭の中を駆け抜けていくので、脱線してしまって申し訳ない。彼は彼で必死なので、許してほしい。
まとめると、魔法上達に必要なのは、魔力の扱い方に慣れる事、そして集中力と想像力の鍛錬だ。それぞれの錬度を高めていけば、より高度な魔法が使えるようになっていく。
最初にファイヤーボールを覚えるのは、まず炎のイメージを固め、その後にイメージを付与しやすくする意味合いもあるらしい。
「要は、根っこにファイヤーボールとかの属性魔法の基礎があって、後は想像力に任せてやったもん勝ちってことですか?」
「ほほ、やったもん勝ちとは言い得て妙だね! 全てがそうではないけど、いい線いってるんじゃないかい?」
先生ったら、面白いじゃないかとか言って、手を叩いて大喜びしちゃってるんですけど。怒られるのを覚悟でおっかなびっくり質問したのに、苦笑いを返すのが精一杯だ。
俺は今、火魔法適性C以下の雑草軍団の1人として、ファイヤーボールを習得する為の授業を受けている。最下級クラスだけあって、そもそも魔法とはなんぞや、という簡単な講義からのスタートだ。
なんでも聞いて良いと言われたので、先の質問をぶつけたところだ。この分なら、ある程度の非常識な話でも、笑って流してもらえそうだ。となれば、この場は攻め時である。
「先生、そんな雑な感じでいいんですか!」
「おや。何が雑だって言うんだい?」
「もっとこう、あるでしょう! 想像力があればなんでも出来る、みたいなのじゃなくて、それらしいやつが!」
「何を基準にそれらしいと言っているのかわからないけどね。想像したものを魔法にするのだって、単純じゃないんだよ。魔力操作の技術と集中力や精神力が、まとめて上手くいかなきゃ駄目なのさ」
「素敵ワードが並ぶ詠唱とか、謎の古代言語の魔法陣とかはないんですか!」
先生が残念なものを見る目でこちらを見ている。少々、攻めすぎただろうか。言ってしまったものは仕方ない、俺は目力をフルスロットルにして、返事を待った。
「詠唱ね。それでイメージしやすくなるなら、やっても良いんじゃないかい? まあ、非効率的だとは思うよ。魔法陣はあるにはあるけど、ちょっと別物だからまた今度かね」
「むむむ……質問を整理しますから、ちょっと時間を下さい」
質問を整理します、だなんて真面目な文句を口先から飛ばしておいて、俺は全く違う事を考えていた。詠唱の効果が薄いだなんて、実に残念だ。日本で叫べば完全に心配されてしまうような、めくるめくファンタジックワードを盛り込んだ詠唱に密かに期待していたのに。
もしそんな詠唱が存在するのなら「そよ風の申し子」なんて恥ずかしい通り名のうちの兄に、是非とも実演させたかった。弟の俺が真剣な顔で、魔法のコツを知りたいとかなんとかお願いすれば、絶対にやってくれたはずなのだ。
詠唱シーンはしっかり録画して、ある事ない事をあるコトにして吹聴する計画だった。弱点をなかなか見せない兄をからかう、絶好のチャンスがこれでパーだ。
優秀な兄へのささやかな抵抗とかわいい悪戯すら、この世界は許してくれないというのか。身悶える兄さん計画は振り出しだな。
この授業の担当ベル・ベモット先生は、しわくちゃの顔を楽しそうに歪めて、質問の続きを待っている。難しい顔で考え込む俺が、身悶える兄さん計画の練り直しをしているなどとは、思ってもいないはずだ。
古き良き魔女。そんな表現がしっくりきそうな、真っ黒のローブにとんがり帽子。宙に浮かぶほうきにもたれかかる様は、独特の風格を感じさせる。ここまでで、最も外見と授業内容がマッチしている先生だ。
その昔、体育担当のクォン老師と共に冒険者をやっていたとかで、相当の腕利きだったらしい。現在は独身で、彼氏を大募集中との事だ。そんな事を言われてもリアクションに困る。
いや、待てよ。それこそ兄さんを紹介してみるのはアリかもしれない。何かの間違いで上手くいって、家族になったらどうしよう。
おっと、こんなところにしておかないと、話がどんどん逸れてしまう。俺は、時間を下さいとのたまう前からまとめてあった屁理屈をぶつけにかかる。
「……この初級クラスは、ファイヤーボールを習得すればめでたくクリア。そうですよね?」
「その通り、頑張っていこうじゃないか」
「中級クラスは、分野を問わず魔法を5つ習得すればゴール。そうでしたね?」
「学生の内にそこまで伸びりゃ、なかなか優秀だよ」
「普通のファイヤーボール、バナナ型、色が青いやつ、撃った後でちょっと曲がるやつ、撃った後で2つになるやつ。この5つでクリアになりますか? 魔法が想像力次第なら、どれもいけると思うんです」
魔法の色を変えたりする方法なんて、見当もつかない。でも今は屁理屈の時間なのだから、そこは放り投げておいても良いはずだ。ベモット先生は口の端を更に歪めて、顎に右手をやった。なんだかドスの利いた構えになっていて、凄く怖い。
「ほほ、面白い子だね。でも残念、それだと2つ足りないよ」
「あれ、2つだけですか?」
「普通のとバナナ型と青いのは、まとめてカウントは1つだね。もし、真四角のを作れても同じだよ」
「なるほど。えーとそしたら、当たったら爆発するファイヤーボールは別カウントになります?」
「ああ、なかなか賢いね」
「撃った後で2つになって、当たるとそれぞれ爆発するやつだったら、どうですか? 2つになるだけのやつと、爆発するだけのやつ、どっちかと同じカウントになっちゃいます?」
「それなら全部で3つカウント出来るけどね、作るのも制御も大変だよ。そっちは置いといて、火柱でも派手に上げてやった方が早いさね」
周りの生徒達はポカンとしているけど、実に有意義な回答が得られたと思う。この理屈でいくと、上がった後にくねくねする火柱と、普通の火柱は別カウントにしても良さそうだ。
上がった後でパッカリと2つに割れる火柱を作れれば、火柱だけでカウント3つ。中級クリア目前である。
「どうしたんだい、ニヤニヤして」
「いえ、想像してた仕組みとだいぶ違ったので、色々と整理が追いつかなくて」
「整理が追いつかないとニヤニヤするのかい、変わった子だね」
「あ、もうひとつ質問しても?」
「ちょっと待ちな。他に質問のある子はいるかい?」
先生は教室を見渡して、他に手が上がらない事を確認する。そして俺に視線を戻し、どうぞと合図してくれた。
「水とか風って、イメージ出来ちゃいませんか?」
「出来ちゃうってのは?」
「適性がなくても、イメージ出来そうだなと思って。それでも、発動は出来ないんでしょうか?」
「そりゃ適性が無けりゃ……って答えじゃ満足してくれそうにないね。あんた、もしかしたら魔法学の教授でも目指したら上手くいくかもしれないよ。考え方がそっちに近い」
「学問とか研究になっちゃいますか。はっきりした理由は解明されてないとか?」
「イメージと適性が喧嘩する、なんて言ったりするんだけどね。適性のない属性は、イメージ出来ても魔法としての構築が上手くいかないんだよ」
普通は、適性が無ければ仕方ないと納得するものらしい。この辺りは、それこそ図書館で調べてみた方が良いかもしれない。
「まあ、色々とこねくりまわすのは、ファイヤーボールをまともに撃てるようになってからにおし。頭でっかちなだけじゃ、優秀な魔術師にはなれないよ。それじゃあ外に行こうかね」
ごもっともだ。まずは基礎が使えないと駄目だよな。先生について外に出てみると、他にもいくつかのクラスが外での講義を行っているようだった。
天気は穏やかで暖かく、風が気持ちいい。このまま寝転がって、昼寝でもしたら素敵な時間になりそうだ。もちろん、流石にそこまで自由人を気取るわけにはいかないけど。
「まずは魔力の流れから。さあやってみな、と言いたいとこだけど、最初は補助してやるから、後は自分で考えな。ああ、適性がD以下の子は別で面倒見てやるからこっちだよ」
この世界への留学は、いずれかの適性でC以上を持っている事が最低条件だ。それに対してこちらの世界では、大半がE~C適性らしい。
地球からの留学生は、それだけで少しだけ、アドバンテージを持っている場合が多いのだ。そう考えると、リィナさんやアレックス、昨日の体育でタクミと一緒に飛び回っていた数人は、まさしくこの国のトップエリートなのだろう。
「んぎぃ……!」
「ぬああああ」
「おう! おう! おあぁ!」
どうか、通りがかりの紳士淑女の皆様も、心配しないでほしい。これはれっきとした授業風景なのだ。声の主はもちろん、俺を含めた火魔法初級クラスの雑草軍団である。
エリートとは対極にある俺達は、魔力をなんとか操作しようと、思い思いに頑張っている真っ最中だ。
「力めば良いってもんじゃないんだ、リラックスして集中おし。変な声出したって魔力は出てこないよ。全くおかしいったら」
先生、そういうアドバイスは先にしてくれませんか?
先生が面白がってる以上に、他のクラスからオモシロイ視線をたっぷり浴びちゃったじゃないですか。こっちは視線のシャワーでずぶ濡れなんですからね! 火魔法の練習なのに、凍えちゃう!
冗談はさておき、ご覧の通り、状況は芳しくない。一朝一夕でとは思っていなかったけど、糸口さえ掴めないのは辛い。先生の言葉に脱力して、声に力をなくした俺たちはへたり込んだ。
それと入れ違うように、少し離れたところで似たようなおたけびが上がる。いや、これは歓声……か?
「あいつ……なんか光ってる?」
「凄いな、あれって勇者専用スキルじゃないか?」
「タクミ様……」
視線の先には、淡い光を纏って照れ臭そうな顔をしているタクミの姿があった。というか、タクミ様とか言って熱い視線で見つめている女子が何人もいるじゃないか。
おのれ、こんなところにまでタクミファンが増殖しているのか! いや、その件は後回しだ。勇者専用、とか言わなかったか?
「あれって、スキルか魔法なわけ?」
「ああ。勇者にしか使えない、全能力・全耐性強化スキル、勇気の光だと思う。真の勇者の証だよ……本当に凄いぜ!」
「そうよ、勇者様がその勇気を持ち続ける限り効果が続く、凄いスキルなんだから!」
「ほほ、大いなる勇気をその身に宿し、全ての魔を祓わん……あの坊やは別格のようだね。長生きはしてみるもんだ」
真の勇者の証だとか、大いなる勇気をその身にごにょごにょだとか、急に仰々しい感じになってきた。全能力と全耐性強化なんて、聞いただけでも反則じゃないか。何より、発動条件が勇気ってなんなの。
「あいつは、勇者としての道を本格的に歩み始めた。そうなんですね」
「しかもいきなり、数段飛ばしの大ジャンプを決めたんだよ」
「そう……ですか」
「不安かい?」
熱気を増す場の空気とは反比例して、肩を落とす俺を先生が心配してくれる。
「はい、個人的な焦りも半分ですけど。あいつはずっと、勇者になるんだって言い続けてました。でも、ちょっと心配になるくらい抜けてるとこなんかもあって……普段は本当に、普通のやつで」
「あの坊やはこれから、よりいっそう、勇者としての振る舞いを求められるだろうね。本人の意思とは、無関係にだよ」
「本人の意思とは、無関係に」
「だからさ。普段の彼を知っているあんたが、支えになっておやり。友達なんだろ?」
今は素直に喜んでやりゃ良いのさ。それであんたも、精一杯頑張ればいいんだ。そう言って先生は軽く微笑んだ。
同じ授業を受けていたメンバーも集まってきて、口々に俺を勇気付けてくれる。みんな、先生もありがとう。それでも俺は……心配なんだ。
「先生、あいつは……」
「なんだい? まだ心配なら、全部吐き出しちまいな」
「あいつはこれから、朝も夜も光ったままなんでしょうか?」
「はあ?」
「だって困るじゃないですか。あんなぼんやり光ったままじゃ、遊びに行くのも考えちゃいますよ。夜は便利そうですけどね、それじゃあタクミのとこに集合とかって。あれって寝る時は消えてくれるんですかね? あいつ、確か真っ暗じゃないと寝れない派で……あれ、みんなどうしたの?」
日常生活における当然の心配を並べていた俺と、みんなの距離は、随分と開いていた。先生でさえ、なにやら神妙な顔つきになっている。
「心配ってのは、あの坊やの気持ちだとかじゃなかったのかい?」
「え?」
「え? じゃないだろ。なんだいその心配事は」
「いやあ。あいつ、光ったままでも気にしないんじゃないかと思って。それで、寝る時になってようやく、これ消えないよどうしよう! とか言い出すんですよ。困ったやつですよね」
タクミを包む光は、みんなに囲まれて更に輝きを増したようだった。そして、俺を囲む真っ白な視線は、俺の輝きを押さえ込むかのように、その圧力を強めている。
風が、吹いていた。ひどく乾いた、それでいて、粘り気のある何かを含む、嫌な風だった。
最後までお読み頂きありがとうございます!