15.特別クラスの勇者様と初級クラスの親友様
留学3日目。この日の午前中は、留学生だけが別の教室に集められた。英語、数学、現代国語といったお馴染みの勉強をする為だ。
通常の勉強に遅れが出ないように、との学校側の配慮である。ただし、授業ペースは決して優しくない。週に2回か3回に分けてやるはずの分量を、1回にまとめてしまおうというのだから。授業をする方も受ける方も大忙しだ。
「いいか、ここは大事なところだぞ。テストにも出る。後は各自でやっておくように」
同伴してきた担当教師が無慈悲に宣言する。普段であれば、大事な部分ならちゃんと授業でやってくれ、とクレームのひとつも入れるところだ。
しかし、ここにはそんな事を言う者はいない。むしろ、ここがテストに出る、と公言してくれたこの先生は良い方かもしれない。
「なあ……後でいいから聞いてもいい? ちょっと整理しておきたいとこがあってさ」
「賛成。流石に、ペース早すぎだよあれは」
「僕からもお願いしたいかも」
「仕方ないわね。一時休戦にして、ここは協力しましょうか」
皆それぞれに疲れた表情で昼食をとっている。いつもけろっとしているタクミも、少々堪えたようだ。まあそれは、昨日の宿舎前でやらかした寸劇のせいで、早朝から床掃除をさせられたのも理由のひとつだ。俺も眠い。
それはともかく、最後にポツリと呟いた渡辺さんは何と戦っていたのだろうか。俺でない事を祈るばかりなのだけど、眼光の矛先からして俺だろうな。肉食系女子とは別ベクトルに成長した、殺伐系女子……流行らせてたまるものか。
「皆様……あまり無理をなさらないで下さいね」
「俺にも協力出来る事があれば言ってくれ」
異世界メンバーであるリィナさんとアレックスがこちらを気遣ってくれる。気持ちは嬉しいけど、地球の勉強を手伝ってもらうわけにもいかない。出来るだけ意識して、上手に作った笑顔でお礼を返しておく。
「午前中で力尽きてる場合じゃないよね。午後は適性と属性に分かれた授業だし」
そう、タクミの言う通り、疲れている場合ではないのだ。今日の午後は各々の適性に合わせた授業がある。自分の持っている適性から1つを選び、固有のスキルや魔法を学んでいく。この短期留学のメインとも言える授業だ。
クラス分けは、C以下の適性なら初級、Bなら中級、そしてA以上は上級となっている。適性さえあれば、覚えられるスキルや魔法に制限が無いとはいえ、そこには確かな格差が存在するのだ。
俺はというと、迷わず火魔法初級を選択した。初級火魔法の代名詞とも言えるファイヤーボールの習得を目指す内容だ。これをクリアするとようやく、プチファイヤーの使い手から初級の魔術師にランクアップ出来るのだ。
勇者初級を選択しなかった理由は、単純にあまり面白くなさそうだったからだ。勇者は、基本的に万能性が求められる。その為、初級クラスはみっちり基礎を学ぶ、というのは話としてはわかる。
しかし、勇者としての心構えやその歴史だとかの座学が大半を占め、その他の時間も基礎的な体力作りでは、異世界まで来た甲斐がない。基礎だろうが初級だろうが、魔法の方がよっぽど面白そうではないか。
だから、勇者研究の第一人者だという有名な先生が教壇に立つとかいう触れ込みにも、心が弾む事はなかった。第一、勇者研究であれば、これ以上ないくらいの研究対象がごく身近にいるのだから。
むしろ俺こそが、第一人者であると宣言させてもらいたい。
「学食、本当に美味しい! もう1回おかわりしちゃおうかな」
「タクミくん、それなら私のあげるよ。そうだ、あーんしてあげようか?」
「ハルカちゃん。さすがに、あーんとかはちょっと……えへへ」
「あれ、照れてるの? かわいい」
「ちょっとやめなよハルカ、気持ち悪い。タクミくんが困ってるじゃない」
研究レポートその1。この勇者は押しに弱く、人前でいちゃつく事をなんとも思わない空気の読めない男のようだ。これにはさすがに、普段は女子に対しての毒舌をごく控えめに抑えている渡辺さんも、直球勝負を挑んでいる。
っていうかなんなの。斉藤さんとタクミって、付き合ってるの? 別にいいけど、なんなの?
「うわ、サオリ怖~い! じゃあサオリがタクミくんにあーんしてあげなよ。ほらほら」
「え!? わ、私はそういうのはしないの! しないっていうか出来ないっていうか……タクミくんが困ってるの!」
「あらあら。お2人とも、午前中の授業でとってもお疲れなのですね。少しおかしくなっているようですわ。タクミ様、巻き込まれては大変ですから、お2人が正気に戻られるまで私の隣へどうぞ。うふふ」
研究レポートその2。この勇者はとにかくモテる。そして勇者の周りに集まる女子は、総じてたくましい傾向にあるようだ。
俺なら、面と向かって気持ち悪いとか言われた直後に、満面の笑みであんな返し方は出来ない。粉々になったハートを、ホウキとチリトリでかき集めるだけだろう。そして、涙で固めてくっつけるのだ。
最後尾から切れ味鋭く2人を牽制してきたリィナさんも、なかなかの強者だと思う。
「タクミ殿! 不躾に申し訳ないのだが手合わせ願いたい!」
「え、どうしたのアレックス」
「自分はもう我慢できないのだ! 何に我慢出来ないかと言われると言葉には出来ないのだが、我慢が出来ん! 一体なんなのだ!」
「アレックスの剣術って凄いし、稽古をつけてもらえたら嬉しいな。今度ぜひお願いするよ! 楽しみにしてるね!」
「え……と、うむ。お互いに、その、なんだ。有意義な時間になるのは間違いないのである!」
研究レポート補足。アレックスは純粋で不器用でいいやつだ。わかるよその気持ち。君は今まさに、世界のモテない男子の気持ちを代弁してくれている。
代弁しようとしたけど上手く言葉に出来なくて、無理矢理ぶつかってみたら予想と違う真っ直ぐな反応が返ってきて、悪役も辞さない構えで今すぐ手合わせとか言っちゃったんだけど、もうそんな空気じゃないしどうしようっていうその感じ。よくわかる。
でもまずは落ち着くんだアレックス、なんだか口調もおかしいぞ。口調は最初から硬かったけど、なになにである、なんて使っていなかったじゃないか。
「準備運動! なのである!」
アレックスは目の前のスープを一気飲みして叫ぶやいなや、謎の筋トレを始めてしまった。この空気に耐え切れなくなったのだろう。ここはそっとしておくのが男の優しさというものだ。
ただ、昨日も言ったと思うけど、学食での筋トレは程々にしような。アレックスから意識をそらすべく、俺は話題の転換を試みる。
「あー、みんなは何にした? 俺は火魔法の初級なんだけど……タクミは勇者だよな? 斉藤さんは水魔法がBって前に聞いたから、中級?」
「うん! よく覚えてたね。ユーキくん、そういうのポイント高いよ!」
おお、謎のポイントゲット。ポイントをいくつ貯めるとどうなるのか、是非教えてほしい。なんて、自分で話題を振っておいてかき回すのはよろしくないな。次の機会に期待しよう。
「僕は、高適性者特別クラスっていう何だか難しい感じだよ。勇者の授業って中級までで、今は上級が無いんだって」
なるほど。勇者適性A以上の猛者は、今のこの学校にはタクミしかいないのだから、仕方ないという事か。職業、属性を問わずにエリートさんを集めて、特別クラスという体にしたらしい。
「いや、それってむしろ凄いんじゃないのか? そんな残念そうな顔しないで楽しんでこうぜ」
「うーん……うん、そうだね。ありがとう!」
「渡辺さんは? 風魔法Cとかって言ってたけど、それにした? それとも他の?」
「一応、C+。他のは持ってないわよ。でも、受けるのは中級」
「え、中級?」
「そう。初級で習うエアロボール、昨日なんとなくやってみたら出来ちゃったのよね」
授業の前になんとなくゴールに到達してしまったとか、この子も天才か。音もなくタクミの横に座っていたりするし、結構な不思議キャラだ。実は手違いで適性Aでした、なんていう展開もありえる気がしてきた。唯一のC仲間だと思っていたのに。
「私もタクミ様と同じ特別クラスですわ。光魔法のB適性なので、中級でお願いしたのですけど。使える魔法の種類が多いから特別クラスに、と説明されました」
リィナさんは、光のサポート魔法で勇者を支える、まさにお姫様という感じか。
ただ、特別クラスへの編入に関しては、大人の都合が漂っている気がしてならない。大人達は、光の勇者と光のお姫様をくっつけて、ピッカピカでキラッキラのカップルに仕立て上げようと躍起になっているらしい。
試しに、王冠をかぶって口ひげを生やしたタクミを想像してみた。びっくりするほど口ひげが似合っていない、貫禄はまだまだだな。
「はぁ……ぜぇ……俺は、騎士中級だが、すぐに上級に、上がってみせる、ぞ」
アレックスは、騎士団長の息子らしく騎士適性Bを持っているようだ。志も高くて実に立派なのだけど、ハアハアして近寄ってくるから危ない人かと思ったじゃないか。筋トレ終わったんだな、お疲れ様。
こうして聞いてみると、俺だけが、なんとも一般人である事を認識させられる。勇者とお姫様のビッグネームはもちろん、水魔法Bの斉藤さんだって優秀だ。
渡辺さんも中級スタートで、同じC適性として完全に水をあけられている。そして、隣で荒い呼吸を繰り返す変態騎士ですら、能力的には一段上にいるのだ。
こんな事なら、俺もところ構わず筋トレとかした方が良いのかもしれない。
和気藹々と午後の授業について楽しそうにおしゃべりするみんなの輪の中にあって、俺は1人で悶々としていた。そしてまさしく、俺の心配と焦りは的中する事になる。
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