14.馬車から颯爽と降り立つ勇者様と肉の棍棒を装備する親友様
この世界のご飯は、なかなかレベルが高い。
留学前は、食文化の違いに気を揉んでいたけど、それはとんだ杞憂だった。
実際に来てみれば、初日から地球産の鶏肉だとか野菜スープが出てくる嬉しい誤算。今日の朝食にしても、トーストかシリアルか、主食を選べるセットになっていて、満足いく味とボリュームだった。
そして、お昼に学食で食べた異世界仕様の丼もの。これが一番の収穫だ。このときの内心での小躍り具合といったら、総勢数十人の俺による、俺の為のミュージカルが繰り広げられたほどだ。
主人公はもちろん俺。ヒロイン……を俺がやると気持ち悪いので、その辺りは曖昧に華麗にスルー。脇役も様々な俺が固めて陽気に踊りまくる。もはや小躍りとは呼べない代物で、当然ながら決して他人にはお見せ出来ない絵面である。
それだけテンションの上がった理由はもちろん、白いご飯が普段使いで登場したという点に尽きる。
昨日のお昼に出てきた黒パン。今朝のライ麦パン風のトーストもしくはシリアルという流れ。ご飯派の俺としては、向こう2週間に多少の覚悟が必要だと考えていた。
そこに、救世主おどんぶり様の降臨である。班のメンバーや他のみんなのリアクションがあまりに薄くて、その場では俺も平静を装っていた。しかし、頭の中ではミュージカルを上演中だったというわけだ。
脳内の俺は小さな町の掃除屋だ。辛い仕事を少しでも楽しもうと、ひょんな事からダンスを始めた。踊る陽気な掃除屋さんといえば、そいつは俺のコトさ。
それがたまたま、町を訪れた業界のお偉いさんの俺の目に止まったってんだからびっくりだ。一躍スターダムに駆け上がった俺が、浮かれていたのは間違いない。
突然沸いて出た田舎者の俺が、鼻歌混じりで主役をさらっていくんだ。そんなの、良しとしない俺もいて当然。
あれよあれよという間に、俺とライバルの俺、脇を固める俺まで参加した壮絶ダンサブルバトルのスタートだ。最後は男と男、俺と俺の固い握手をかわして一緒に踊りまくってやった。
……こうして思い返してみると、実に恥ずかしい。壮絶ダンサブルバトルってなんだ。確かにある意味壮絶だわ。
俺の頭の検査は後で検討するとして、話を戻そう。学食であのレベルの丼ものが食べられるとなれば、否応なしに期待は高まる。本格的にしのぎを削っている街の飲食店では、どれだけのおどんぶり様が降臨なされるのか。
日の沈みかけた街は、たいまつと魔法灯に照らされてぼんやりと輝いている。家々の灯りと夕飯時の良い匂い、通りを行き交う人々の笑い声がそれに華を添えていた。異世界情緒とでもいうべきか、雰囲気たっぷりだ。
俺の目的は、この市街地を抜け、市場通りを突っ切った先の屋台ゾーンだ。留学前にあれこれとネットの海をバタフライして、絶対に行こうと決めていた場所のひとつである。
実際はバタフライなんて出来やしないのだけど、ここは見栄を張らせてほしい。バタフライの醸し出すデキル感は偉大なのだ。
市場通りに差し掛かると、威勢の良い掛け声が聞こえてきて、活気に満ちているのがわかる。ここでおもしろ食材を手に入れて、タクミに食べさせるのも良いかもしれない。
この国の勇者は必ずコレを食べるんだとか言えば、きっと鼻の穴を膨らませて挑戦してくれるはずだ。
いや、今は屋台の事だけ考えるんだ。なにしろチェックしたいメニューはいくらでもある。
まずは、名物の棍棒焼き。粗びき肉をベースに、様々な具材を練り込んだ棒状のつくねを、極太の串に刺した定番メニューだ。
甘辛のタレを、惜しげもなく塗りたくって豪快に焼き上げられたそれは、人を食欲の化身へと変える。
その日の仕入れ次第で、屋台ごとにボリュームや肉質に個性が出るのも面白い。いくつかの店舗を回って、好みのタレを見つけるのが通のやり方らしい。
続いて、新鮮な海の幸とシャキシャキの異世界万能葱を、コシの強い太麺とあわせて炒めたピリ辛海鮮塩焼きそば。
特製の辛味オイルと濃厚な磯の風味で、食べ出すと止まらないとの評判だ。これは、港町から伝わったまかない漁師飯が起源なのだそうだ。
更には、おでん、お好み焼き、肉まん、クレープ、ケバブなど、地球のメニューも人気急上昇中らしい。食文化の交流が進んだここ数年で一気に台頭してきて、まさに屋台市場は群雄割拠の時代を迎えているのだという。
ちなみに棍棒焼きは銅貨5枚、焼きそばが銅貨3枚程度というのが相場である。銅貨のレートは日本円にして約100円なので、棍棒焼きが500円、焼きそばが300円くらい。まあ、お祭り価格といったところか。
この世界の通貨は、他に小銅貨と銀貨と金貨、それから大金貨に白金貨がある。銅貨10枚、約1,000円が銀貨1枚分だ。銀貨は100枚で金貨1枚分なので、金貨は1枚で約10万円になる。
高校生の俺には、この辺りで既にお腹いっぱいだ。一応説明しておくと、大金貨は金貨100枚分、白金貨が大金貨100枚分の価値がある。主に、商会や国家間のやり取りに使われるものらしいので、お目にかかる事はないだろう。
反対に、小銅貨は庶民の味方で、ざっくり言えば10円玉だ。屋台ゾーンで食べ歩くには、銅貨とこの小銅貨で十分である。
「よぉ、タキモトじゃないか。1人か?」
「おいおい、随分食べてんな」
「ムグ……おう」
かじりかけの棍棒焼きと肉まん、串焼きをフル装備してふらふらしていた俺は、ふいをつかれて軽くむせてしまった。言い訳をさせてもらえるなら、ここは雰囲気も香ばしさも満点すぎるのだ。
こんな場所に、食欲旺盛な男子高校生を放り込んでおいて、なかなか姿を見せないおどんぶり様が悪い。ほら、その証拠に棍棒焼きが物凄く美味しい。また買おう。
さて、確かこの2人は、俺がケツファイヤーを披露した後、冷やかしに来た中に混じっていたな。そうだ、お昼を奢ってくれたゾーイと、もう1人のなんとかだ。ちょうどいい、街も屋台も歩き慣れているようだし、ちょっと聞いてみるか。
「あのさ。いきなりで悪いんだけど、どんぶり系でおすすめのとことか知らない?」
「ん? 知らなくはないけど……まだ食べるのか?」
「もちろん。こんなのはオヤツみたいなもんだ」
俺は、手早く残りの肉まんと棍棒焼きを胃袋に放り込む。おどんぶり様とのご対面に、両手に肉塊を装備したままでは失礼に値する。
「まあ、行くか。俺らもこれから飯なんだ」
「ありがとう。えーと……カルロス?」
「おい、1ミリも当てる気なかったろ。ノーシェスだ」
「あはは、最後のスは当たってたじゃないか。そっちはゾーイだろ? 昼飯おごってくれたから覚えてる」
「どういたしまして。結局、班で食べろとか言われて本当に奢っただけになったけどな」
「ゴチソウサマ」
「朝から色々いじられてたし、がっつり凹んでるかと思ったけど、タキモトって案外タフだよな」
雑談混じりに案内してもらって辿り着いたのは、まさしく丼ものを専門に取り扱う屋台だった。
名物の棍棒焼きだとか串焼きの影に隠れて、あまり目立たないポジションに暖簾を構えている。にも関わらず、なかなかの行列で繁盛しているようだ。隠れた名店というやつか。
「ほら、ここは取っておきだ。期待していいぜ」
「本当は自分の足と勘で、発掘していくものなんだけどな。今日は特別だ」
語り口からひしひしと伝わってくる常連感。ここはまさに2人のテリトリーなのだろう。俺は、お品書きに並ぶ様々などんぶりに心を踊らせる。今日の俺は内心で踊ってばかりだ。
並んで待たされていながら、こんなにワクワクした事があっただろうか。1人、また1人と列が進む度に、鼓動が早くなるのを感じる。決して、先の棍棒焼きが胃の中でぼこすか暴れているわけではない。
「いらっしゃいませ! ご注文お決まりでしたらどうぞ!」
「いらっしゃいませ」
そこには2人の女の子がいた。看板娘などという陳腐な表現では、言い表しきれない整った容姿。ゴールドとプラチナに輝く2人の瞳は、見つめているだけで吸い込まれそうだ。おそらく俺と同世代のこの2人が、屋台の主らしい。
瞳と髪色以外がそっくりな2人は、双子だろうか。無骨な屋台の中にあって、彼女たちの洗練された雰囲気は本当に際立っている。ここが特別な空間なのだと、本能に訴えかけてきているようだった。
「ふふふ……驚いたようだな」
「どうだ? ルカちゃんとルキちゃん、かわいいだろ?」
「ああ、取っておきってのもわかる気がするよ。ちなみに牛丼と親子丼で迷ってるんだけど、おすすめとかある?」
俺の質問に、ノーシェスとゾーイが顔を見合わせる。
「本当にまだ食べるのかよ? おすすめはルカちゃんの笑顔に決まってんだろ」
「いや、ルキちゃんの神秘的な雰囲気だな」
2人のおすすめは、俺の聞きたかったそれとは全くずれた答えだった。
「えーと、ここは取っておきなんだよな?」
「もちろんだ」
「おすすめは?」
「ルカちゃんに決まってる」
「いいや、ルキちゃんだ」
「なるほど、よくわかった。すみませーん、親子丼1つ」
この2人は通なんかじゃない。したり顔で語っていた諸々のうんちくは、どうやら味の話では無いようだ。そして俺の予感は、最悪に近い形で的中する事になる。
「なあ、わかったらで良いから教えてくれ。どれとどれが親子なんだと思う?」
親子丼とは、鶏肉と卵をメインに使った料理ではなかっただろうか。目の前で激しく主張する、ごった煮のつゆだく丼には何が起こったというのだ。
店主の2人に見とれているヤロウ共から、返事がくる気配は無い。俺は1人で腕組みして、考えをまとめにかかった。
そうだ、見た目だけで判断するのは良くない。これがこの世界のオヤコドンという料理かもしれないじゃないか。俺の知っている親子丼とのギャップから、勝手に抵抗を覚えているだけかもしれない。きっとそうだ。
考えをまとめた俺は、意を決して目の前のオヤコドンに口をつけてみる。
「うーん……37点」
食べられないほどの劇的なまずさではないのが、逆にもやもやする。
まずはご飯。ごった煮に侵食され、一切の主張をやめたカサ増し要員と化している。こんなばかな。丼ものにおけるご飯とは、そうではないはずだ。
続いて具材。とても計算して入れられたとは思えない、謎の物体がぐつぐつと溢れている。君は本当にここにいて良いのかと、各具材に個人面談を行いたいくらいだ。これだけお互いの風味を絶妙のバランスで消し合うなんて、ある意味すごい。
とにかく、これではっきりした。この店へ来る客の目的は、料理の味でも、ましてやご飯への欲求でもない。
みればどの席も男ばかり。やたらと水をおかわりして、店主への接触をはかる俺と同年代らしき輩。サイドメニューをちょこまか注文して、大人の余裕を見せているつもりのおじさん。
なんとかして気を引こうという下心が見え見えだ。むしろ、下心以外の何かを見つける方が難しい。
「今日もかわいいね」
「ルキちゃん、ひょっとして髪型変えた? あ、お水おかわり」
屋台通ぶっていたノーシェスとゾーイも、残念ながら同類だ。飲み屋でおねえちゃんに絡む、おっさんのようなキャラクターに成り下がっている。俺は会計を済ませて、無言でそっと席を立った。
終わり良ければ全て良し。これを最初に宣言した人は、上手い事を言ったものだ。終わりに失敗してしまったせいで、こんなにも微妙な気分になるなんて。
俺は、テンションの全てを使い果たして、すっかり暗くなった通りをとぼとぼ歩いた。宿舎はもうすぐだというのに、足が鉛のように重く、やけに遠く感じる。
やっとの思いで帰ってきた宿舎の前には、大きな馬車が停まっていた。お姫様や騎士団長の息子が通っている学校の宿舎だ。どこぞのお貴族様のお子様が帰ってきたのだろう。
予想通り、中からは何だかゴテゴテしてギラギラした衣装に身を包んだ、長身の男が降りてきた。俺は、なんとなく居心地が悪くて目をそらす。今は新たな出会いを楽しむ余裕など残っていない。
降りてきた男はこちらを一瞥すると、すぐに視線を外して歩き出し……たりはしなかった。あろう事か、にこやかに話しかけてくるではないか。
「ユーキ! 偶然だね!」
へい、何やってんだ勇者様。どこのボンボンかと思ったら、タクミだったとは。俺の脳内ミュージカルに負けず劣らずの、その衣装はどうしたのだ。
「意外だな。お前もミュージカルとかやったりするんだな」
「なにそれ、意味わかんないよ。パーティーに行くって言ったじゃない」
「ああ、そうだっけ。んじゃお疲れ」
「ありがとう! 楽しかったよ! それでね……」
早々に切り上げて引き上げようとする俺に、全く空気を読まないタクミが嬉しそうに続ける。すごい温度差だ。
まあ仕方ない、今後の参考になるかもしれないし、少し付き合うか。
「ユーキはどこ行ってたの?」
「ちょっと飯に出てただけ。っていうかそれ、どうしたんだよ。制服は?」
「鞄の中。制服じゃ味気ないからって、プレゼントされてさ。あはは、似合うかな?」
「まあ、それらしい雰囲気にはなってるよ。パーティーってどんなだった?」
実によく似合っている。その、先がとんがってくるっと上を向いたラメラメの靴なんて最高だ。写真を撮っておいたら、後々何かの交渉材料に出来そうなくらいだ。
「ダンスパーティーだったんだけど、出てくるご飯も美味しかったし楽しかったよ!」
「え、まさか踊ったわけ? 社交ダンスみたいなやつ?」
「リィナが教えてくれて。難しかったけど、ちょっとだけ踊れるようになったんだ!」
「そうか。リィナさんとアレックスも一緒に出てったっけ」
「アレックスはすぐどっか行っちゃったけどね……今度はユーキも一緒に行こうよ。連れてきても良いか聞いたら、ぜひって言ってたから!」
なるほど、大人達の計画は順調のようだ。
どこぞのお貴族様主催という体で、タクミとリィナさんをセットで送り込む。きっと食べ物でも釣ったに違いないけど、タクミは人の頼みを断るのが圧倒的に下手なのだ。
そして、ふたを開けてみれば、護衛のアレックスはさらりと姿を消し、お姫様と勇者の仲を深めるお膳立てがしっかり整っていると。
もし俺が行きたいと言い出しても、国側はやぶさかではないだろう。タクミの警戒心が薄れる上、一般の異世界人にも寛大な、素敵な王国としてイメージアップまで……とまあ、大人の事情を詮索してみても楽しくないな。
パーティーに出てくる料理には興味があるし、今日のリベンジに行ってみるのも良いかもしれない。
ただし、タクミとお揃いの衣装を着せられるのだけは避けなければ。ラメラメのピエロ靴をきらめかせて、2人でぎこちないステップを踏むなんて、謹んで辞退させて頂きたい。
「まあ機会があればな。ところで料理ってどんなの出てきた? 俺は屋台に行ってみたんだけど、当たり外れがあってさ」
「そうなんだ? 屋台も行ってみたいな。こっちは立食パーティーみたいな感じ」
「へえ。ビュッフェ形式ってやつ?」
「あ、でもあったかいご飯が出てきたんだよ! 日本から来たって聞いて気を遣ってくれたみたいで」
なんだろう、この胸騒ぎ。今の俺が聞いてはいけない台詞が、この男の口から飛び出す気がしてならない。
「白米は正義だよな。パーティー感はないけど」
「サイコロステーキとかたくさん乗っけて、ステーキ丼にしちゃった!」
「ステーキ……丼だと?」
「うん、ちょっとマナー違反だったかな? でも美味しくておかわりしちゃった!」
ぐうの音も出ない。この男は、俺が色々と歩きまわった挙句、屋台で失敗どんぶりに37点をつけている間に、ステーキ丼をほおばっていたというのか。
パーティーに行ったくせにステーキ丼だなんて、勇者様のヒキの強さには脱帽だ。
駄目だ、悔しい。なんとか八つ当たりしたい。
「タクミくん、ちょっとこっちにおいで」
「え、なんで?」
「その素敵な衣装に、この取れたての土をあしらって、もっと素敵にしてあげよう。母なる大地の香りだぞ」
「ちょっとそれ、せっかくもらった服を汚してやろうって事でしょ? 嫌だよ! 口調も変だしなんか怒ってない?」
「まさか。怒ってなんていないさ。さあ、もう手には土なんて持っていないだろ。こっちでお互いの未来について語りあおうじゃないか」
「土は持ってないけど泥だらけの手はそのままじゃん! そういう変な喋り方の時に良い事が起こったためしがないよ!」
「ふふふ……成長したな。しかしまだまだだ、自分の衣装をよく見てみろ。ボタンを掛け違えているぞ! パーティーの時からずっとそうだったのか? 恥ずかしいな、はっはっは!」
「え、嘘!?」
「ああ、大嘘だ。隙ありっ!」
宿舎の目の前でギャーギャーと騒いで土を付け合い始めた俺達は、騒ぎを聞きつけた学生にあっという間に囲まれた。そして、彼らをギャラリーに据えて、壮絶なダンサブルバトルへと突入していく。
まあ、こんな日もあるか。屈託のない笑顔で俺の泥団子をかわすタクミを追い回している内に、鉛のように重かった足はすっかり軽くなっていた。
最後までお読み頂きありがとうございます!