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勇者様の親友様  作者: 青山陣也
第3章:短期留学編 ~異世界の授業を体験しよう~
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13.社交界デビューを飾る勇者様とコイバナが苦手になった親友様

 昼休みを挟んで、本日最後の授業は歴史……地球で異世界史と呼ばれている授業だ。

 こちらの世界の観点から丁寧に語られる世界の成り立ちは、解釈の違いなんかも含めて大変に興味深い。留学前の筆記試験対策で勉強したものとは、比べ物にならない密度である。


 昼休みの後半、授業とは全く別方向に意識を向けていた俺は、正直に言えば危ういところだった。

 スキルや適性について調べる為、図書館についてリサーチしていたのだ。これがなかなかに面白そうで、すっかりサボタージュも辞さない構えになってしまっていた。

 学食で完全に撒いたはずのわが班メンバーが、追っ手としてやってこなければ、本当にそちらに没頭していたかもしれない。


 そんな個人的な後ろめたさを抜きにしても、歴史担当オーネスト・ツェガハサート先生の授業は魅力的だ。

 よく通るテノールボイスは耳ざわりが良く、歌うようにするすると歴史を紐解いていく。若い頃は旅の吟遊詩人をやっていたという、アクティブな経歴は伊達ではない。


 地球では馴染みの薄い、吟遊詩人について少し話しておこう。この世界でポピュラーとまではいかないものの、一定の需要と供給のある職業だ。

 ギターやリュートのような楽器をかき鳴らす弾き語りスタイルが多いが、全員が全員、弦楽器というわけではない。魔力で音を出すキーボード、ミュージカルのような歌とダンスの融合、語りのみに集中するスタイルと、バラエティーにも富んでいるらしい。


 語られる詩も多種多様だ。古典落語のように昔から語り継がれているもの。国家や町単位で依頼を受けて作詞作曲された時事ネタ。自らの旅の軌跡を前衛的な自伝に仕上げたものまであるそうだ。

 そうした詩を酒場や通りで披露して路銀を稼ぎ、時には、そこで出会った人に一夜の宿を提供してもらったりしながら、旅を続ける。

 様々な土地を歩き、出会いと別れを経験し、その全てを糧とする……充実した毎日だったと先生は語ってくれた。


 しかし何事も、楽しい事ばかりというわけにはいかない。ある程度の人気を獲得し、順風満帆に見えたオーネスト先生にも転機が訪れる。ある国から、王族や街の様子についての詩を依頼されたのだ。

 それまでの投げ銭メインの生活からは、考えられない破格の報酬。国を見て、感じたままを作曲して良いという自由度の高さ。

 更には、契約した一定の曲数を提供すれば、旅に出る事も構わないというのだ。お抱えになるというのは、自由と引き換えに安定を得る形がこちらの常識だ。そこから考えると、とんでもない好条件である。

 先生は悩んだ末に、首を縦に振ってしまった。


 そこから、先生の生活は一変した。自由なはずの作曲には次々と注文をつけられた。完成したのは、嘘で塗り固められた国家のイメージアップの詩ばかり。

 旅に出る事は不可能ではなかったが、サポート役と称した監視役が常に付きまとう。意にそぐわない詩を披露しようものなら、何をされてもおかしくない状況だった。


 結局、人気のある吟遊詩人を抱え込み、圧政から民衆の目を背けたかっただけなのだ。羽をもがれ、自由を奪われた先生は後悔と苦悩の念に囚われ、眠れぬ夜が続いたという。

 最終的に、受け取った報酬のほとんどを返金して、先生は国を逃げ出した。その国を批判する詩を決して作らないという誓約書にサインをして。

 身も心もぼろぼろ、抜け殻のようになっていた。流れに流れてこの国に辿り着き、今は家庭を持ち、教師をしているとの事だった。


「苦悩と後悔に囚われて、声も出なくなりかけていた僕を支え、全てを投げ出して一緒に国を出てくれた妻は、何を隠そう元々その国がよこした監視役だったのさ」

「うおお、すごい話じゃないですか!」

「最後はやはり人間の力と言うのかな。強い想い……愛とは、素晴らしい奇跡を起こしてくれるものだよ」

「重みがありますね!」

「はは、ありがとう。タキモト君は今、恋をしているかい?」


 あれ、どうも風向きがおかしい。

 この時間は歴史の授業をしていたはずだ。気が付けば、壮大な前フリで盛り上げに盛り上げたのろけ話になっている。その上、俺の恋がどうとかに脱線しようとしているではないか。吟遊詩人の話術とはなんと恐ろしいのか。


「おっと残念、今日は時間切れのようだね。次回はテキストの14ページからと、僕の初デートについて話そう。予習と復習を忘れずにね。タキモト君の話もまた次回のお楽しみだ」


 テキストは見ておきますけど、いくらお楽しみにしても何も出ませんし話しませんからね。くそ、一瞬でも、この先生かっこいいとか思ってしまった自分が悔しい。

 後で聞いたところによると、オーネスト先生の甘さたっぷりな授業は有名なのだそうだ。前半でさらさらっとテキストを進め、後半は自身のだだあまな話をベースに、生徒のコイバナに持ち込む。先生の勝ちパターンにまんまと乗せられたわけだ。


 中には、筆記試験に愛の言葉や恋の相談を書き記すと、加点がもらえるという噂まであった。素敵な奥さんで羨ましいですとか、愛の力は偉大ですとか、こんな恋に悩んでいますとか。通常であれば、諦めたとしか思えない。

 機会があれば是非とも、胸焼けするほどの、愛に満ち溢れた答案を作成してみたい。それでもし0点が返ってきても、後悔はない。


「まったく、ちょうど良い先生はいないのか」

「ちょうどって?」

「朝一は通販番組、体育は修行、さっきも、どうしてああなったんだ」


 放課後、俺は教科書やノートを鞄にしまいながら、かわりに文句を吐き散らかしていた。隣のタクミは、特に気にならないのかにこにこして聞いている。


「あはは、もう少しでユーキが片思いしている相手とか聞けたのにね」

「笑えないって。前半が面白かった分、してやられた感がすごいんだけど」

「うそ、ユーキくん片思い中なの? ねえねえ、だれだれ? 同じクラス?」

「私も是非聞いてみたいですわ。ユーキ様と……タクミ様のそれぞれの恋のお話」

「ふぅん、瀧本くんにもまともな恋愛感情みたいなのってあったんだ? ちょっと意外」


 俺が欲しかったのは、コイバナに話を戻す事じゃないのに。空気を読まない勇者様の発言で、すっかり標的にされてしまった。

 斉藤さんは何にでもミーハーな感じが通常運転のようで、色々とよくアンテナを張っている。リィナ姫も、タクミの話をなんとか引き出そうというブレない姿勢は流石だ。そして、渡辺さんは相変わらずタクミ以外には毒しか吐かない。

 だんだんこの班のみんなの性格がわかってきた気がする。班のリーダーとしての第一歩だ、そう思い込むんだ。

 なんにせよ、場の流れは完全に逆風だ。一刻も早く調べ物をしたいし、ここは早々に切り上げるのがスマートというものだろう。


「あ、ごめん。この後ちょっとお城に呼ばれてたんだった。先に行くね」

「もうこんな時間! 大変ですわ、急ぎましょうタクミ様」

「む……それではユーキ、皆もまたな」


 俺のエスケープを待たずに、場を荒らすだけ荒らして勇者と姫と護衛の騎士が退散してしまった。なんとかいうお貴族様主催のパーティーに、どうしても行かなければならないのだとか。

 タクミは早くも、国家ぐるみの事情に巻き込まれているらしい。今のところ、この国に危険は感じないけど、深入りするのは心配だ。

 俺なんかが逆立ちしても、お尻からちょっと火を吹いてみても、何が変わるとも思えない。それでも、オーネスト先生の話もあった事だし、なるべく早めに色々な知識をつけておきたい。もしもの時には、友人を正しい道に導いてやらなければいけない。俺は内心で決意を固くして立ち上がる。


「じゃあ俺も……」

「えー! まだユーキくんの好きな人、聞いてないよ?」

「いや、どうして言う前提に」

「教えてくれたら、私の好きな人も教えてあげるから!」

「せっかくだから吐いていったら? 楽になるわよ」


 なにこれ。コイバナって、もっと楽しいものだと思ってたよ。吐けば楽になるなんて、俺はどこの刑事ドラマに迷い込んだのだろうか。どうせならカツ丼を出してほしい。弁護士を呼んでくれ。


「じゃあ先にヒント! 私の好きな人は同じクラスだよ、ちなみにさおりが好きな人も同じクラス!」

「ちょっとハルカ、適当なこと言わないでよっ!」


 うん知ってる、ついでに同じ班の勇者様でしょ。そんな見ればすぐにわかる情報と引き換えに、俺の純真が暴かれる事などあって良いものだろうか。いや、良くない。


「さ、次はユーキくんの番だよ!」

「番とかないから。2人の好きな人って誰かなー全然わかんない。ハハハ」

「ええ、大ヒントだったのに」

「っていうかそんな簡単に教えない方が良いと思うよ。あるコトないコトしゃべっちゃうかも」

「うそ、ユーキくんってそういう人?」

「私は最初からそうだと思ってたわ」


 うそと言いながら目の奥が笑っている斉藤さんと、鬼の首でも取ったかのように勝ち誇る渡辺さん。ベクトルはともかく、こういう話が大好物らしいのはよくわかる。


「とりあえずヒントは出してみようよ、イニシャルと学年とクラスだけでいいから!」

「わーすごい。だいぶ絞り込めちゃう」

「ハルカ、とりあえずもういいんじゃない? どうやら何も吐くつもりは無いみたいよ。もう少し泳がせてみましょう」

「良くないよー! ここまできたら絶対知りたい!」


 一瞬、楽しいかもと思ったらこれだ。このミーハー女子と取調室のコラボレーションはどうにかならないのだろうか。

 斉藤さんの言うここまできたらとは、一体どこまでやって来たというのだろう。俺はどこにも行けていないのに。

 そして反対に、泳がせてみましょうとか言っているそこの眼鏡さんには自重してほしい。そういう台詞は、本人のいないところでするべきではないだろうか。


 さあ、丁度良いところで捕まえてあげるから、ひとまず泳いでごらん。そう言われて気持ち良く泳ぎ出せるのは、相当なセンスの持ち主だと思う。


「おや、まだ残っていたのかい?」


 とっても素敵なタイミングで、オーネスト先生が戻ってきてくれた。もうここしかない。次の一言を上手くやれば、俺はここから抜け出せる。

 しかし、もし間違えば、あるコトないコト吐かされた上に、架空の恋愛相談を全て終えるまで逃げ出す事は叶わないだろう。


 コイバナ大好きな先生の登場に勝ちを確信し、女子2人が口を開きかける。その瞬間を狙って、俺は全力で先手を打った。


「先生、丁度良いところに! 先程の授業で是非とも、考えをお聞きしたいところがあるんです!」


 これが悪手であるのは承知の上だ。それでも、まずはこの一方的なコイバナのターンから抜け出さなくてはいけない。この国の堅苦しい歴史トークにいつまで耐えられるかな?


 それからの俺は、質問と反論の鬼と化した。女子2人が、リアクションついでにコイバナ方面に持っていこうとする度に、容赦のない手を打つ。

 この国の成り立ちであるとか、工業の礎が築かれた時代の背景であるとか。テキストから難しそうな単語を片っ端から拾い上げ、ちぎっては投げちぎっては投げを繰り返したのだ。


 それは、オーネスト先生がここぞとばかりに初デートの話を差し込んでこようとした時も同様だ。

 そんな事より、とかぶせ気味に話を遮った時の、苦虫を噛み潰したような顔を俺は忘れない。いつの間にか、女子2人はそそくさと帰り支度を整えて教室から去っていった。


「ぜぇ……はぁ……先生、どうもありがとうございました。とっても……勉強になりましたよ、ふっふふふ」

「そ、それは……うぷっ……良かった。気をつけて……帰りたまえ」


 実に過酷な籠城戦だった。兵糧は既に尽き、城壁は今にも崩れそうだ。矢などもとっくに撃ち尽くしてしまったし、膝もガクガクと笑っている。残っているのは、満身創痍のこの身ひとつだ。それでも、俺はこの戦いに勝利したのだ。


 息切れする俺と、嗚咽を噛み殺す先生。壮絶な戦いの跡がそこには残されていた。

 さあここから出よう、勝利の雄叫びを上げて凱旋するのだ。俺は勝ったのだと、ボロボロの身体に言い聞かせてやらなければならない。

 当初の予定からは随分外れているし、時間も使ってしまった。でも、結果的にこの国の歴史に詳しくなった。それに、内容は別にして、かわいい女子2人と少しだけ仲良くなれた。多分、きっと。


 この達成感は、図書館などにこもっている場合ではない。外だ、外に出よう。夕日がやけに綺麗だ。激戦の末に手に入れた1人の時間を満喫しようじゃないか。


 夕日に向かって歩く俺の脳内には、やたらと壮大な謎のマーチ風の音楽が鳴り響いていた。

最後までお読み頂きありがとうございます!

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