12.考えるより感じる勇者様とそんなもん感じられないから考える親友様
この世界における適性とは、地球でのそれとは大きく異なる意味合いを持つ。
地球で適性という言葉が意味するのは、まさに言葉通り。知能や運動能力、性格などから、こんな事に向いていそうですよ、と指し示される程度のものだ。
しかしこの異世界では、高い適性を持つ事は、大変なアドバンテージを獲得する事に他ならない。身体能力や魔力など、持っている適性に応じた能力を中心に、ダイレクトに恩恵を受けられるのだ。
例えば戦士の適性があれば腕力、魔術師なら魔力、少々物騒な響きではあるがアサシンであれば、スピードといった具合だ。
中でも、勇者適性の恩恵は別格で、ほぼ全ての能力に高いボーナスが付く。ただし、これは高い適性を持っている場合に限られる。
同じ勇者適性でも、俺のようにD程度では残念ながらほとんど実感はない。早速、人間離れした身体能力を見せた勇者適性A+のタクミとでは雲泥の差と言わざるを得ない。
適性の高さによって、どれだけ能力差があるのか、いくつかわかりやすい例を挙げてみよう。
戦士適性Dなら握力を1~2㎏底上げしてくれる程度だが、適性Aであれば握力計の限界を完全に振り切ってしまう。パフォーマンス以外の意味を見出だせるかは別にして、りんごを握り潰したり、分厚い本を引きちぎったりするのはお手のものだろう。
狩人適性Dなら針の穴にまず間違いなく糸を通せるようになり、これがAなら数十メートル先の針穴に矢じりをぶちこめるようになる。個人的にはDでも十分便利だと思う。
アサシン適性Dなら短距離走のタイムが若干縮み、これがAなら残像を引き連れて駆け抜けたり出来る。変顔の残像を次々と残して駆け抜けたりしたら、さぞかし素敵な一発芸として役に立つだろう。ぜひ欲しかった適性のひとつだ。
そしてお待ちかねの勇者適性。俺が持っているDの場合、少しだけ、全身の調子が良いように感じる、ような気がする。お察しの通り、恩恵なんて何も感じないに等しい。
しかしこれがAともなれば、話は別だ。先にタクミがやってのけたように、物凄いスピードで跳んだり跳ねたり。腕力もぐいんぐいんで凄い事になる。
総合的に能力を底上げしてくれる適性の為、低いと効果を体感するのが難しいのだそうだ。それにしたって、他の適性に比べてランク格差が大きいように思えてしまうのは、隣の芝生がどうとかいう問題なのだろうか。何かがおかしい気がしてならない。
個人的な愚痴になってしまいそうなので、話を進めよう。適性には、職業的なそれの他に、それぞれの属性に応じた魔法の適性も存在している。
斉藤さんの水魔法Bや俺の火魔法C-なんかがそれだ。これに関しては例を挙げるのが難しいのだけど、適性が高い程、単純に魔力総量が多くなるというのが大きな違いだろうか。
適性診断の時に話した通り、どの適性にしても、レベルがいくつで力がいくつと数値化されるわけではない。だからきっと、同じA適性でも得意分野が違ったり、能力差はあるのだと思う。
出来れば、自分のステータスとか見てみたかったな。妄想特性だとか語りスキルだとか、手にいれたばかりのケツファイヤー使いの称号が入っていたら、落ち込みそうではあるけど。
更に、適性にはもうひとつ。使える魔法やスキルに関わる部分で重要な意味がある。
例えば魔法の場合、適性のない魔法は一部の例外を除いて基本的には使えないのだ。例外とは、学んだばかりの基礎魔法や、特殊な適性を持っている場合だ。
特殊な適性……については、現時点では情報不足なので調べておこうと思う。スキルにしても同様で、戦士であれば戦士、狩人であれば狩人の固有スキルが存在しており、使えるのは持っている適性のスキルのみだ。
さて、重要なのはここからだ。持っている適性の範囲内であれば、覚えられるスキルに制限はないのである。これは、俺を内心で小躍りさせる情報だった。
どれだけ低かろうが、適性さえあれば、その適性のスキルは全て覚えられる可能性があると言ってくれているのだ。つまり、書物に登場するような伝説の勇者と同じスキルをこの手で使う事だって、全くの不可能ではないわけだ。
「ふふふ、今は水をあけられているけどな。もしかしてもしかすると、伝説のスキルを急に使えるようになる可能性だってあるんだぜ?」
「その意気や良し! 俺もユーキに負けぬよう、立派な騎士になってみせる! タクミ殿にも、肩を並べられればと思っているぞ!」
「ユーキもアレックスもすごい気合だね! 僕も負けないように頑張るよ!」
正直に言えば、初日から大笑いしながら先生を追い回して泣かせているタクミには、頑張りすぎずに少し自重してもらいたい。
それはともかく、昼休みの学食で俺とタクミ、そしてアレックスの3人は男と男の熱いトークを展開していた。
「適性が高い方が、スキルも覚えやすいし能力も上がるんでしょ? タクミくんに敵うわけないじゃない。瀧本くんはお尻から火を吹いて固まってるくらいがお似合いだと思うけど」
俺に現実と数時間前のトラウマをグサグサと突き刺してきているのは、タクミ一筋の毒舌眼鏡女子、渡辺さんだ。正論ではあるのだけど、ロマンもへったくれもない。
何かにつけて痛烈なツッコミを差し込んでくるし、この子ってば本当は俺のことが好きなんじゃないの? 好きな子をいじめちゃう小学生的な心理でさ。無いな、無い無い。わかったから睨まないで。心を読まないで。
学校にいる間は班行動が基本である為、俺は仕方なく渡辺さんの隣に座って、異世界仕様の丼ものを頬張っている。もちろん班のメンバー全員集合だ。
「Dとは言っても適性があるのですから、目標を高く持つのは素敵だと思いますわ。ユーキ様が雄弁に語られていると、タクミ様もとっても楽しそうなお顔をされますもの、お2人は本当に素敵なお友達なのですね」
「うんうん、タクミくんとユーキくんの2人で勇者になっちゃおう! 2人のパーティーなら、楽しそうだし一緒に冒険とかしてみたいかも!」
向かいの席でタクミの両サイドを万全の体勢で囲みながら、リィナさんと斉藤さんが応援してくれる。それぞれに、タクミのリアクションと好印象を誘うような形の構成になっているのは気のせいではないだろうけど。まあ、せっかくのフォローなので前向きに受け取っておこう。
「スキルってのは急に閃いたりもするらしいから、何があるかわからないよな」
「その感覚わかるかも。今日も何度かそういうのあったし。もしかしてユーキも?」
「え、まあな……ははは。タクミ、首を洗って待ってろよ!」
「なんかすぐにやられちゃう悪役みたいになってるよ? でもうん、楽しみにしてる!」
思わず適当に笑ってごまかしてしまった。勇者様は早くもスキルの息吹を感じているらしい。しかも、今日だけで何度もだ。そんなものは微塵も感じられていない俺としては、早めに話題を変えておきたい。
「2人ともすごーい! もうスキルとか覚えられそうなの?」
そうだった。斉藤さんはこういうアンテナをやたらとしっかり張っていて、すぐに盛り上げにかかる子だった。リィナさんも、流石ですわとか感心しているし、アレックスに至ってはプレッシャーを感じたのか謎の筋トレを始めてしまった。一応、改めて言っておくけど、ここ学食だからね。
アレックスの奇行のおかげで、話の矛先を変えて昼食の場はなんとかやり過ごせた。でも、スキルや適性についてはもっと詳しく調べる必要があるな。
閃きだとかの曖昧なものを待っていたら、短期留学なんてあっという間に終わってしまいそうだ。
きっとその間に、タクミは勇者スキルをもりもり覚えて、光魔法もピカピカさせて、存在感をアピールするに違いない。そして、現地の学生も留学生も巻き込んだハーレムでも完成させる事だろう。
しかも、本人はど天然だから取り巻きの女子達の本音には気付かない。楽しかったよ、また会おうね! とか眩しい笑顔で言い放つのだ。こっちは、朝からがっちがちな男子にばかり囲まれているというのに、なんという歯がゆさだろうか。
2年生男子情報網の一翼を担う身としては、なんとしてもこの短期留学中に一矢報いなければならない。ネットのないこの世界で調べものをするなら、人に聞くか図書館で本を漁るしかないか。
俺はせっかく芽生えかけたまっすぐな向上心を、男子高校生らしい不純な気持ちに塗りかえて、どんぶりの底についた最後の米粒を口の中に放り込んだ。
最後までお読み頂きありがとうございます!