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勇者様の親友様  作者: 青山陣也
第3章:短期留学編 ~異世界の授業を体験しよう~
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11.適性の恩恵に与りまくる勇者様と体力と妄想力で勝負する親友様

 ランナーズハイという言葉をご存知だろうか。

 マラソンなどで長時間走っている内に、苦しかったはずの身体が軽くなり、どこまでも走っていけるような感覚になる……そんな状態の事だ。これは走る苦しさを和らげようと、脳から快感物質が分泌されて起こるらしい。

 ただし、走り続けたとしても、誰もが到達出来るわけではない。一流のアスリートでもそうそう経験出来るものではないとか、実は危険な状態であるとか、様々な説がある。

 それはそうだろう。走るだけで誰でも最高の気持ちになれるのであれば、世界はランナーで溢れかえっているはずだ。


 とはいえ、走る事で得られる爽快感はなかなかのものだと思う。ここで、ランニングの魅力に取りつかれた架空の街を、少しだけ想像してみよう。様々な現実的な問題には、目をつぶらせて頂くことを許してほしい。


 A市はなだらかな平地と、それを囲むように位置する急勾配の山地を併せ持つ山あいの都市である。初級から超難関コースまで、幅広い設定が可能である事から、ランニングモデル都市に選ばれた。

 車などの使用を極力控え、ウォーキングやランニングでの移動を奨励する。老若男女を問わず、誰もが最高の笑顔で駆け抜ける、そんな街を目標に掲げてその運用をスタートさせた。


 市民は、市役所で申請をすれば、ランニングに必要なアイテム一式を無料で受けとる事が出来る。まずはウェアとシューズで、これは消耗した際の交換も無料でやってくれる。

 次に、様々なデータを記録してくれる腕時計型の端末。集計されたデータはパソコンやスマートフォンからのチェックも可能な優れものだ。

 機械の扱いに不慣れな人も心配は要らない。依頼をすれば、初期設定は市役所の職員がやってくれるし、必要な情報を紙媒体で届けてくれるサービスも完備されている。特定の世代のみではなく、幅広い世代へランニングを浸透させる為の下準備というわけだ。


 この基本的なセットに加えて、おまけの冊子が1冊。入念なリサーチを重ねた上で有識者によって編集されたこの冊子は、おまけにしておくにはもったいない程の完成度である。

 これまでフィーチャーされにくかった市内の穴場スポットがぎっしり詰まっており、誌面に掲載されたカフェや飲食店では、お得なランニングクーポンの利用も可能だ。

 市民へランニングを促すカンフル剤としての役目はもちろん、市民1人1人を観光案内のスペシャリストに育て上げてしまおうという狙いもあるのだ。


 特典はこれだけではない。走れば走るほど貯まるランニングポイントは、市内の様々な施設でその恩恵を受ける事が出来る。ポイントシステムは決定までに最も時間をかけられた部分で、様々な工夫が凝らされている。

 例えば、年齢や性別などから算出されるボーナスの付与。体力のある者だけが得をするという不公平感を減らす仕様になっているのだ。

 また、ポイントほしさに走り過ぎてしまわないように、1日に貯められるポイントの上限が、健康的な数値で設定されている。


 市民へのランニング体制を整えるだけではない。市の職員は、受付窓口のお姉さんから市長に至るまで、プロとしての講習を受けている。その内容は、正しいフォームからもしもの時の人工呼吸まで多岐にわたり、管理する側の体制も万全だ。


 市内はコースの難易度から5つのエリアに分けられ、エリアごとに市の職員がランニングトレーナーとして定期的に巡回している。

 彼らは、フォームのアドバイスはもちろん、コース状況や最寄りの休憩スポットまで、的確に案内してくれる。防犯パトロールも兼ねていて、必ず2人以上のチームが組まれている。

 様々な努力と挑戦により、いつしかA市は多くのランナーが爽やかに駆け抜ける緑豊かな街へと成長していた。市内を走るランナーやトレーナーのマナーの良さは、度々メディアにも取り上げられるほどである。


 その上、公募により誕生したゆるキャラ『ランニンくん』は新たな風を巻き起こし、A市を中心とした空前のランニングブームが今ここに――


「た、瀧本ってとんでもねぇな。そんな、べらべらしゃべりながら……」

「今のお前をランナーズハイとかって言うんじゃねーの?」


 基礎魔法の授業から奇跡的な復活を果たした俺は、一心不乱に走っていた。と、これだけでは説明をはしょりすぎただろうか。

 魔法の授業の次は、日本で言うところの体育の時間なのだ。


「まあ今日は初めてのみんなもいる事じゃ。少し走ってみようかの」


 焦げ茶色のローブを纏い、木製の杖を片手に登場したのは、クォン・ラウ先生だ。その髪と同様に真っ白なあごひげをなでつける様は、先生というより老師だとかお師匠様と呼びたくなる風貌である。

 基礎魔法のポールとトレードした方が、絵的にはしっくりきそうだ。杖の先から、まばゆい光とか迸りそうだし。


「どれくらい動けるのかを見たいんじゃよ。校舎のまわりをぐるっと回って、あっちの丘まで行ってみようかの。ほれ、準備運動からじゃ」


 こうして、準備運動を挟んでマラソンが始まったのだ。ちなみに女子は別メニューで、異世界式のバレーボールのようなものに興じていた。実に楽しそうだ、出来ることならそっちに混ざりたかった。


 校舎を飛び出した俺達は、走り出してすぐに面食らってしまった。始まったのが、マラソンと聞いてすぐイメージ出来るような、整備された道を走るそれではなかったからだ。

 待ち受けていたのは、パルクールやフリーランニングと呼ばれるものに近い、過酷なコースだった。あえて足場の悪い岩場を飛び回ったり、林に踏み入ったりと、先生の指示で大忙しだ。


 普段からこの先生……ラウ老師の授業を受けて鍛えているはずのこちらの学生でさえ、苦しそうな顔をしている者が多い。いわく、今日は張り切りすぎらしい。温室育ちの留学生サイドはたまったものではない。

 そんな中で俺が、息切れはしているものの、なんとか付いていけているのには理由がある。反抗期を境に頻度が減ったとはいえ、探検という名目で父さんの登山やら何やらに連れて行かれていたからだ。

 語りながら走っているのは、内に秘めたテンションくんに無理にでも前を向いてもらう為で、他意はない。体力とテンションの等価交換である。


「あの上まで着いたら休憩じゃ。ここからは、自分のペースで来るんじゃぞ。まあ、まだ元気な者は付いてきても構わんぞ。付いてこられるものならな、ホッホッ」


 老師は丘の上を杖で指してそう言うと、左右に広がる木々の枝から枝へ、跳び移りながら速度を上げた。とても人間の動きとは思えない。

 俺はもちろん、ほとんどの留学生がぽかんとして老師を見送ってしまう。そんな中、現地の学生数人に混じってタクミを含む何人かの留学生も、老師に続いてぴょんぴょんとジャンプしていく。


 いや、嘘でしょタクミくん。実家が体操教室だからとか、鍛えてたので、なんて言葉じゃ説明しきれない動きになってるよ?


「あれが適性の恩恵ってやつだな、近接系のAとかBの連中が羨ましいぜ……」


 唖然として足を止めた俺に、隣にいた男子が説明してくれる。前衛職に分類される適性が高いと、数メートルを軽々とジャンプしたり、拳で岩を割れたり、身体能力の向上をはっきりと体感出来るのだそうだ。

 身体を動かすのが楽しくてたまらないという風に、右に左に跳び跳ねるタクミの姿が、どんどん小さくなっていく。なんだよこれ。ちょっと体力に自信があるとか、山歩きに慣れているとかでいい気になっていた俺と、全くの別次元じゃないか。


 言い様のない悔しさを覚え、ランニングモデル都市などどうでも良くなって、丘の上までの道のりを無言で駆ける。負けているけど、負けてたまるか。1秒でも差を詰めてゴールするんだ。

 俺の脳裏には、ゆるキャラのランニンくんだけが消えずにこびりついて、そのニヒルな笑顔を誇示していた。俺は極力、目を合わせないようにやりすごす。生まれたばかりで申し訳ないけど、今はそんな気分じゃないんだ。


「一緒に走ろう! ランニン! ランニン!」


 ランニンくんはニヒルな中に少し寂しそうな色を見せながら、決め台詞を絞り出した。俺の妄想から生まれただけあって、なかなか強靭なメンタルを持っている。

 走る事は大好きだけど、どうしてもフォームを覚えられないランニンくんは、右手と右足が同時に前に出てしまう残念なフォームで必死に付いてくる。

 すぐ転びそうに見えるが、ランニンくんは転ばない。絶妙なバランス感覚を発揮して、憎めない動きで走り続けるのだ。そんなランニンくんの夢は、フルマラソンの完走である。

 実際にこんな設定を突き出されたら、中の人は大変だろう。なにしろ、手足が同時に動いてしまうぎこちないフォームで、ある程度のスピードを出し、なおかつ転ばずに走らなければいけないのだ。


 よし、無心でアホな事を考えていたら、だいぶどうでも良くなってきた。早く登りきって、何メートルも跳んだりはねたりできるってのがどんな気分なのか聞いてやろう。

 自分の妄想力に感謝だな。でもランニンくんの件は心の中にしまっておこう、誰かにしゃべったりしたら、俺は完全にかわいそうな子だ。


 結論から言うと、俺は適性の恩恵だとかアクロバティックな走りについて、この授業中にタクミに聞く事は出来なかった。タクミは一部の高適性の猛者達と一緒に、老師を追ってはるか彼方に走り去ってしまったからだ。


「あははは、身体が軽いよ! 先生まてまて~!」


 遠くから聞こえる歓喜のおたけびは、間違いなくよく知った声である。待つのはお前だ勇者様。おそらく初めて体感しているであろう適性の恩恵も相まって、まさしくランナーズハイな状態なのだろう。今のタクミはそれこそ、どこまででも走っていけるに違いない。

 残されたメンバーは、授業の後半ほとんどの時間を丘の上で平和に過ごさせてもらった。途中で脱落して、消耗しきった様子で戻ってくるエリート君を介抱したり、景色を眺めて語り合ったり、とても体育の時間とは思えなかった。


「まだ来るかこぞぉおお……」

「うへへ、もう追い付いちゃいますよお」


 時折、耳先を掠めていく危ないトーンのやりとりさえ気にしなければ、実に穏やかな時間だ。


 もう授業も終わってしまうかという頃になって、タクミは申し訳なさそうな苦笑いを浮かべて戻ってきた。杖にしがみつき、しくしくと泣いているラウ老師を抱えて。

 俺も、授業を受けたみんなも、そして老師も、勇者の卵がどれだけ規格外であるかを思い知った瞬間だった。

最後までお読み頂きありがとうございます!

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