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勇者様の親友様  作者: 青山陣也
第3章:短期留学編 ~異世界の授業を体験しよう~
10/71

10.天才気質を発揮する勇者様と違った意味で注目株の親友様

 深夜の通販番組を観るのが結構好きだ。

 軽快なノリでしゃべりまくるメインMCの男性と、やたらとリアクションの大きいグラマラスな女性。いつも何かに困っている様子の男性などなど。

 独特のテンションとコミカルなテンポで、駆け抜けるような時間を提供してくれるあれだ。


 取り扱う商品も実に様々で、面白い。

 腹部に装着するだけで、腹筋をがしがし鍛えてくれる最新鋭のトレーニングマシン。どんな汚れも落とす魔法の洗剤。物凄い吸引力で、普段使いしないようなモノまで吸い込みにかかる掃除機。それはそれで困るのでは? と言いたくなるくらいに、まな板がスパスパ切れるなんとか製の包丁。

 そりゃあないだろう、と思わせるところをスタート地点とした挑戦的な品々が名を連ねている。


 加えて、お客さんのテンションの高さも見所のひとつだ。

 司会のマイケルが商品の機能を惜しげもなく披露するたびに上がる大歓声は、番組の進行と共に加速していく。サポート役のキャサリンも、派手なリアクションで負けじと華を添える。

 腹筋を鍛えてくれるトレーニングマシンなどの場合、終盤の盛り上がりは圧巻だ。

 テンションを振り切ったお客さんが、パイプ椅子をなぎ倒しながらステージに殺到し、商品を奪い合ってトレーニングを始めるのだ。あのエンターテイナー精神はある種の文化を形成していると思う。実際に商品を購入するかどうかは別にして、興味があれば観てみると面白いかもしれない。

 ただし、好き嫌いの分かれる番組構成ではあるので、視聴の際は自己責任でお願いしたい。


 さて、なぜ急に深夜の通販番組の紹介を始めたのか。決して、異世界に来てたったの1日で、日本のテレビが恋しくなったわけではない。また、ゲートをくぐるところから度々登場する両親や、彼らの恥ずかしいエピソードから逃げたくなったのでもない。


「どうしましょう。急なお客様にお茶を出そうと思ったのに、火の準備がすぐに出来そうにないの!」

「大丈夫、そんな時はこいつの出番さ!」

「まあ、どうするの?」

「このプチファイヤーを使えばあっという間! 簡単だろう?」

「すごいわ、とってもカワイイ炎が指先にっ!」

「もう重たい薪を運んで火を起こす手間も、しけっていて火がつかないなんてイライラからも、解放されるというわけなのさ」

「素晴らしいわ!」

「しかも、こいつはただ火を起こすだけじゃないんだぜ?」


 今まさに受けている基礎魔法の授業が、深夜の通販番組を彷彿とさせる構成になっているからだ。まさかこんな形で、あのスタジオの空気を体感出来るとは思わなかった。異世界にやってきて本当に良かった。


 教壇に立ち、大きな身ぶり手ぶりを交えてハイテンションで叫んでいるのは、この学校のれっきとした教師、ポール・ネルナー先生だ。

 鍛えあげられた筋肉と日に焼けた肌、くすんだ金髪を短めのソフトモヒカンにセットしたヘアスタイルで、真っ白な歯がまぶしい。魔法の先生というよりは、体育教師の方がしっくりきそうである。おそらく例の、腹筋が火を吹くというトレーニングマシンで鍛えたに違いない。


「ただ火を起こすだけじゃないプチファイヤーの素晴らしい性質……覚えているかい? そこの君。サンドラくん!」

「はい。魔力の調節次第で、水や空気を直に温める事が出来ます。魔力の調節を習得する為の、学習魔法としても知られています」

「その通り! 上手に使えば直接お湯やミルクを温める事も、冷えきった部屋を快適な温度にする事も、もしもの時に自分の身体を暖める事だって出来てしまうのさ!」

「やるじゃない、サンドラちゃん!」

「しかも! 使えば使うほど、魔力の扱いを身体で覚える事が出来るんだ! こいつはもう、覚えるしかないだろう?」


 授業内容は、留学生である俺達に配慮して、基礎中の基礎のおさらいという形になっている。質問に答えたサンドラさんを見ても分かる通り、通販番組で言うところの観客席ポジションである生徒たちは、極めて通常運転だ。この先生はこういう人、と慣れたものなのだろう。

 その温度差が、先生のコミカル成分をより際立たせ、大変シュールな絵に仕上がっている。深夜の通販ノリにわくわくしている俺以外の留学生組は、そのコントラストに唖然とするばかりだ。


「でもポール、私ったら火魔法の適性を持っていないの」

「そうなのかい、ステイシー?」

「ええ、これじゃあ覚えられないわよね? とっても便利そうなのに残念だわ……」


 先ほどから、芝居がかった大声で合いの手を打ったり、わざとらしい質問を繰り返しているのは、副担当のステイシー・トレイシー先生だ。通常運転の観客席とは違い、盛り上げ役のキャサリンは健在である。


「心配はいらないよ。なんたってこの魔法は基礎の基礎。火魔法の適性がなくても使えるからね!」

「まあ! それじゃあ私にも?」

「ザッツライ! 魔力を少しでも持っていれば……」


 ここでネルナー先生は胸の前で両手をクロスさせ、じっくりとタメを作る。


「今日から君も、プチファイヤーの使い手さ!」


 そして、両手を羽ばたくように大きく広げ、10本の指から炎を出したり消したりしながら高笑いを始めた。今は新鮮な気持ちで楽しんでいるけど、毎回このテンションだと確かに面倒そうである。

 授業の進め方はともかく、この先生の実力は相当なものだと俺は勝手に想像していた。10本の指からバラバラに魔法を発動させるって、凄い事なんじゃないか。

 魔法の原理や必要な魔力操作だとかはまだ実践していないからわからないけど。なんにしても、コミカル成分が濃すぎて、いまいちそう見えないのが残念だ。


「すごいわポール! こうかしら? こうね! できたわ!」


 トレイシー先生も、歓喜のおたけびをあげて10本の指からどんどこファイヤーを始めた。先ほどまで、1週間おつうじがこないような苦悶の表情を浮かべていたのに。

 しかもこちらは、生徒によく見えるように宙に浮いて、くるくると回転までしているではないか。

 できたわポールじゃないだろステイシー。明らかに打ち合わせ通りの持ちネタじゃないか。


「さあ君達も!」

「プチファイヤーの使い手に!」

「なろうじゃないか!」

「ぶはっ!」


 ハモったー!

 決め台詞をユニゾンさせた2人の先生に、俺は思わず吹き出してしまった。してやったりという笑顔で、狙いを定めたような視線をこちらに向けたネルナー先生……いや、ポールがゆっくりと近づいてくる。


「ふふふ。試してみたくて仕方がない、っていう顔をしているね?」

「えっと……?」

「君は……おお、君がタキモトくんか、会えるのを楽しみにしていたよ! 留学生を代表して、タキモトくんに試してみてもらおう」

「ちょ、ちょっと」

「さあこっちへ! さあ早く!」


 留学生代表という名の生贄に選ばれた俺は、教壇に担ぎ上げられた。壇上から見渡すと、ぎりぎりでこらえていたらしい留学生組が何人か、胸を撫で下ろしている。くそ、もう少し我慢できていれば……。


「タキモトくんは火魔法の適性があるようだね、それではやってみよう!」


 やってみようだなんて、冗談きついぜポール。適性は一応C-で持っているけど、魔力をどうにかしてファイヤーした経験なんてないんだ。どうしたら良いっていうんだい?

 俺はすっかり、いつもマイケルに困り顔で泣きつくジョンの気持ちになっていた。壇上は恥ずかしいけど、悪くない展開だ。


「大丈夫! さあ、手を前にかざしてごらん!」

「こうですか?」

「うん、みんなの方に向けてはいけないよ。こっちだ! そう、最初はこの僕がサポートするからね!」


 言われるままに足を肩幅に広げ、両手を前にかざす。


「さあ、集中してごらん! 魔力が全身から両手へ流れていくようにイメージしてみるんだ」

「魔力が、流れるように」

「そして炎のイメージ……いいぞ!」


 背中にあてられたポールの手から、熱いものが全身を巡っていく不思議な感覚。それが、両手へとゆっくり集まってきているように感じる。

 魔力の操作なんて初めてだし、俺1人で出来るわけがない。どうやらポールが誘導してくれているようだ。


「準備バッチリだ……いいかい?」

「はい!」

「よーし。イメージを大切に、大きな声でプチファイヤーと叫ぶんだよ。さあ!」


 それでも俺は、すっかりノリノリになっていた。教壇の上で、明後日の方向に両手を突き出す様は、完全に見せ物状態ではある。しかし、そんな事はもう気にならない。

 ついにこの手で魔法を使う時がきたんだ。緊張と高揚がないまぜになり、鼓動が早くなる。


「ぷ、プチファイヤー!」


――ポムッ


 かわいらしい音を立てて、小さな小さな炎が飛び出した。それはほんの一瞬で消えてしまったけど、確かにこの俺、瀧本優樹が、人生で初めて放った魔法だ。

 俺は両手を前に掲げたまま、硬直して動けずにいた。胸が熱い。涙が出そうだ。


 そして……教室中に巻き起こる大爆笑。


「ま、まさかお尻からとはね」


 そう、全神経を両手に集中させて放ったはずの人生初の魔法は、俺の手のひらを赤く灯す事はなかった。

 主の命令をどう勘違いしたのか、かわいらしい音とともにお尻から小さな小さな炎を出現させ、儚げな余韻を残して虚空へと消えたのだ。

 本当に胸が熱い。今すぐ帰って、1人で大声をあげて大粒の涙をぼろぼろこぼしたい。


「少し予想とは違ったけど……今日からキミも、プチファイヤーの使い手だ!」

「そ、そうよ。おめでとう、新たな魔法使いの誕生ね!」


 いち早く立ち直ったポールとステイシーが、決め台詞を高らかに叫ぶ。びしっと決められたポージングは長年の練習の賜物にちがいない。

 しかし、そんなものに反応している余裕のなかった俺は、力なく両手をおろして席に戻り、そのまま呆然としていた。鳴り止まない拍手と爆笑の渦をポールとステイシーが鎮火にかかっているが、これはしばらくかかりそうだ。

 消えちまったのは俺の心の灯火だけさ、ポール。ステイシーも静かにしていてくれないか。俺はこのざわめきを子守唄にして眠るのさ。


 その後は、まずは自身の魔力を知ろうであるとか、正しい魔力の流れについてであるとか、俺をフォローするような内容の講義が行われていたようだった。

 俺はそれを他人事のように眺めるだけで、なにひとつ頭には入ってきていなかった。もうジョンとかもどうでもいい、ずっと困り顔でうなだれていれば良いのだ。


 講義の後半で壇上に上がったタクミは、うなだれている俺とは一味も二味も違っていた。人差し指と中指で、交互にプチファイヤーをどんどこ出現させる高等テクを成功させて、教室を沸かせたのだ。

 さすが、光の勇者だ。宙に浮いてくるくると回転しながら、高笑いを披露してくれる日も近い事だろう。


 授業が終わると、我先にとタクミと俺の元へ生徒達が集まってくる。見ようによっては、2人の人気者が囲まれているような光景だけど、それは違う。

 1人は本当の人気者で、もう1人は一発芸がヒットしたコメディアンである。


「タクミくんって凄い! 初めてなのに2本指で魔法使っちゃうんだもん!」

「あの、嶋くん……良かったら連絡先の交換とか、だめかな?」

「タクミくんかっこよかった! さすが勇者様って感じ!」


 現地の学生も留学生も含めて、これでもかという密度で女子ばかりがタクミを囲いこむ。当の本人はゆるみきった表情で、まごまごしながら賛辞に応えている。


「なんとなく出来る気がしたんだ。えへへ」

「すごーい!」

「かっこいい~!」


 出来る気がして、やってみたら本当に出来たとか。天才か、くそ。

 タクミの一言に数倍の賛辞で返す女子達は、集団催眠にでもかかっているのかという勢いだ。腹筋ファイヤーマシーンの後半でも、ここまでの盛り上がりがあったかどうか。


「いやー面白かったぜ! これからもその調子でよろしくな!」

「お前最高だよ。こっちで初めての授業に緊張してた自分がちっぽけに思えたぜ、ありがとな」

「泣くな泣くな。今日の昼飯、おごってやるからよ!」


 華やかなタクミの席とは対照的に、こちらにはむさくるしい男子がごりごりと集まってきている。激励とも悪態ともつかない台詞と共に、肩やら頭やらをはたかれてもみくちゃにされた俺は、物理的にも精神的にもすっかり消耗していた。

 そこを通してくれないか、俺には帰って1人で涙の雫を精製するという、崇高な使命があるんだ。


 大体にして、これからもその調子でよろしくってどういう意味だ、そういう意味かこのやろう。ああ、でも昼飯おごってくれるならそれまでは頑張ろうかな。

 食べきれないくらい大盛りにしてもらおう。涙で塩気が増しても、わからないように。


 2人の大型新人を迎える事になった留学2日目、初めての授業はまだ始まったばかりだ。

最後までお読み頂き感謝です!

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