1.勇者に憧れる勇者様とそれを斜めに語る親友様
この地球には、おおよそ1億2,000万人の勇者が存在している。
勇気ある者、という比喩ではない。大冒険を繰り広げ、魔王やドラゴンなんかをどうにかしてくれるあの勇者だ。正確には、程度の差はあれ勇者の素質を持った者の人数、という事になるだろうか。
もし1億2,000万人の勇者候補が、一斉に魔王討伐を申し出たとしたら。これは大変な事になる。
安値の初期装備と駄賃程度の小銭を投げてよこし、後は王座でまどろんでいればよかった王様は、魔王の脅威より先に財政難に青ざめるだろう。チリも積もればなんとやら、とはよく言ったものだ。
「ワシには激励の言葉をかけることしか出来ぬが、そなたの活躍に国中が期待しておるぞ」
このような体の良い台詞で、武器と金銭の支給を打ち切るかもしれない。
そもそも、この人数と謁見していたら、最後の1人が旅立てるのは何年後になるのだろうか。
早口で魔王の脅威と世界の現状を伝え、勇者を激励したとしよう。謁見の間への入退場も含めて、1人にかける時間が5分と仮定する。勇者の方も、初めてのお城にときめいている場合ではない。行きも帰りも全力疾走してもらう。
それでも、実に6億分という時間が必要なのだ。桁違いの数字である。
それはつまり1,000万時間であり、41万6,666日であり、約1,141年という途方もない月日だ。人間である王様や勇者達の寿命がもたない事は言うに及ばず、魔王もとっくに世代交代しているだろう。
しかもこの計算では、王様の体力を度外視しているのだ。不眠不休で謁見を続けて、ようやくこの数字である。1年どころか1日とかからずに、王様は発狂するに違いない。
この状況を打破するために、王国の重鎮達による会議が幾度も開かれた。
いっそ謁見による許可制を廃止にしてはどうか。そんな極端ではあるが合理的な意見も飛び出した程だ。王様とて、不眠不休の1,141年労働なんて願い下げである。実に魅力的な提案だと思ったはずだ。
――勇者よ、自由であれ!
こんなキャッチコピーがあれば、誤魔化せるかもしれない。しかし、それではまずいのだ。
一国を治める王として、魔王討伐を切に呼びかけてきた経緯がある。にも関わらず、いざ勇気ある者が立ち上がったら「どうぞご自由に」では、威厳に関わる。魔王を倒せても、王国の権威まで失墜したのでは意味がない。
そこで、だ。
1億2,000万人の勇者候補を現実的な期間で送り出し、国力もうなぎのぼりのとっておきの策を考えてみた。
100万人を1グループとして、6日に1度のペースで謁見を行うのだ。
当然、城内では収まりきらないので、北の大平原に特設ステージを準備する。その昔、まさに100万人規模の大戦が行われたという由緒正しい大平原である。きっと、これ以上ないイベント会場として機能してくれる事だろう。
このプランであれば毎月、実に500万人の激励が可能となる。準備に半年をかけたとしても、約2年半で全ての勇者が旅立てる計算だ。先の非現実的な数字とは比べるべくもない。王様や重鎮達の歓喜に打ち震える声が、ここまで聞こえてくるようではないか。
さあ、決定権を持つ皆さんにも納得して頂けたところで、準備に取りかかるとしよう。善は急げ。改めて集え、勇気ある者達よ、である。
会場設営、付近の警備、当日の誘導係や受付人員は、近隣の町や村におふれを出せばすぐに集まる。なにしろ王国による直接雇用のチャンスなのだから。王様のありがたい激励を魔法で飛ばす魔術師だけは、専門機関への要請が必要であるが、これは必要経費と割り切れる。
あわせて、期間中に起こりうる様々な問題の対処も考えておく。例えば、血気盛んな若い勇者候補達だ。彼らの中には、2年半など待ちきれないと怒鳴りこんでくる者もいるかもしれない。
心配はいらない。そんな輩にはこう言ってやればいい。
「そなたではまだ力不足だ。旅立ちまでの期間を無駄にせず己を磨き、魔王を討伐せしめる実力を身につけるのだ。立派な勇者として旅立ってくれる事を期待しているぞ」
威厳のある調子で、しかし優しく温かなまなざしで真摯に訴える王様の言葉は、さぞかし胸に響くだろう。これに感動して鍛練に励んでくれればよし。憤慨して出ていったとしても、分母が減るのだからむしろ好都合。
物は言いよう、とはまさにこういう時の為にある。
謁見イベントの恩恵は毎月500万人の勇者だけではない。
リーズナブルな出店料を設定し、商人を集めて屋台を設置する。そして、食べ物や飲み物、関連グッズを大々的に売らせるのだ。イベントの規模や重大さからしても、国内だけではなく各地から観光客が集まる事は請け合いだ。雇用の確保に商業の発展、知名度アップ……国力もうなぎのぼりという先の話に嘘はない。
王様も不眠不休のブラックな業務から解放されてひと安心。早速、王座でいびきをかき始めたようだ。
勇者達の旅立ちが始まれば、もう勝利は見えたといっても過言ではない。毎月約500万人、総勢1億2,000万人の勇者達による波状攻撃……すなわち魔王軍への蹂躙が始まるのである。
もちろん、全ての勇者候補が魔王の元にたどり着けると考えるほど楽観的ではない。しかし、たった1人でも、世界を救える可能性を秘めているのが勇者だ。
その存在が1億人以上となれば、魔王に何が出来るものか。どのタイミングで、菓子折り片手に土下座をきめにくるかという話である。
更に、神話の時代から語り継がれてきた数々の神秘に、待ったなしのメスが入ることも想像に難くない。それらとともに眠る伝説の武器防具やアイテムは、残らず勇者の持ち物となる。
勇者とは、勇敢なる者であり、世界の希望であり、そして優秀なトレジャーハンターでもあるものなのだ――
「ほら、もうなんにも残ってないし魔王も涙目。さすがに考え直すだろ?」
「なにそれ、夢なさすぎ!」
「なに言ってんだ、億単位の勇者が波状攻撃だぞ。夢いっぱいじゃないか。むしろ夢しかない」
「確かにそれはすごいけど……って、そういう夢じゃなくて!」
俺達は、学校帰りのファーストフード店でお互いの勇者論を熱く語っていた。親友に現実を理解させ、正しい道に導こうとしているのがこの俺、瀧本優樹。
必死に勇者への憧れと世界観を維持しようとしているのが、幼馴染みでクラスメイトの嶋拓海だ。
春は勇者の季節である。そう宣言したくなるほど、毎年この時期はどこもかしこも勇者に異世界、魔王に魔法のファンタジー談義が日本中で飛びかっている。
勇者としての素質や異世界での様々な適性が、健康診断ついでに判定されるからだ。
「勇者候補が全員同じ国にいたりとか、全体的におかしいよ。北の大平原とかも聞いた事ないし」
「ああ、北の大平原ね」
今日のタクミはいつもより頑張る。さすがは運命の年ってとこか。俺は生返事を返して、ほどよく逸れた適当な話を頭の中で組み立てる。
「やっぱり食べ物と衛生面、治安が心配だよな」
「えっ?」
「イベント中の食糧確保、相当の根回しやっとかないと。ゴミ問題もさ。週に6回、花火大会って考えたらさ。片付けすんの大変じゃない?」
「急に現実的な」
「ついでに大平原とか、いい的だし。すし詰めのイベント会場が魔王軍の襲撃でも受けたら大変だ」
「襲撃……!?」
「あわれ、生まれたての勇者候補達は一網打尽。ついでに居眠りしてた王様も」
「王様の扱い! 勇者の扱いも! ユーキはいっつもそうだ」
タクミは小さい頃から本気で勇者を目指している。だから、勇者の素質があるかどうかを判定される高校2年生の春、つまり今年は特別なのだ。運命の年、なんて言い方をしたのも、おおげさではないというわけ。
素質があるかどうなのか、高校生になるまでわからない勇者を夢見て、本気で身体を鍛える。こんな事、俺にはとても真似の出来ない話だ。結果的に適性がなかったとしても、鍛えた身体は無駄にならないのだし、モチベーションが続くのなら個人の自由だとは思うけど。影ながら応援だってしているつもりだ。
まあそれはそれ。せっかくのってきたし、もう少し押してまとめといきますか。
「大体さ、本気度が足りないんだって」
「なんかまた変な話になりそう」
「まあ聞いてくれよ、悪いようにはしないから」
「あ、絶対おかしな事になるんでしょ。そうでしょ?」
眉をひそめるタクミとは目を合わせず、俺はポテトを1本つまみあげる。
「どこの国にも、国宝ってありますよね?」
「……たぶん」
「異世界の王国ともなれば、それこそ魔法の武器とかもありそうじゃないですか?」
「なにその、ヘンな丁寧語。でもうん、魔法の武器とかありそう!」
「それにしよう」
どれ?
タクミはきょとんとしている。実に良いリアクションだ。
「だから国宝。ほこりかぶせて寝かせとかないでさ、いけそうな勇者にばらまいちゃおう」
「いけそうって、そんな適当な!」
「それくらいの誠意がないとやってらんねーのですよ。辛抱たまらんのです勇者だって人間ですよ」
「すごいうさんくさい! 誠意がどうとか、もっとこう、ちゃんと」
「いやいや、そうやって真っ正直にやるだけじゃ、どうにもならない事ってのが……」
俺は夢にも思っていなかった。隣にいるこの男が、伝説級の勇者の素質を持っているなんて。
そしてこの時、既に俺は、スリリングな異世界ライフに片足を踏み込んでいたのかもしれない。
お読み頂きありがとうございます。