第五話:僕と、木像
見事に元通りの座敷に、見たことのない木彫りの像がひとつ、置かれていた。座敷のできあがりを褒めるより何より、錦は先にそれを示した。
「なんです、それは?」
「ありゃ、知り合いの拾い物でね」
職人は困ったように頭をかいた。
「価値がありそうだから、どこか相応しいお屋敷に献上しろと言われたもんで、こうして持ってきたしだいで」
言葉遣いが古いのはこの職人の特徴だ。
「ワタシの家においといても、宝の持ち腐れってところでねぇ。広木様のお屋敷なら、しっくりくると思ったんだが」
「しっくりですか」
錦は手の平サイズの像を見下ろし、細部まで緻密に彫られたそれを撫でた。仏像に似ている。
「拾い物って、廃寺のものでも?」
「さぁな。節操なく物を拾っては、それ売って生計を立ててるってぇ野郎でね。ただ、それは恐れ多くて売れないとかなんとか」
「ははぁ」
じっと木像を眺めていた錦が、にっこりと洋々を仰いだ。
「どうです。坊ちゃんも見てみませんか」
すっかり綺麗になった座敷を眺めていた洋々は慌てて振り向いた。
「うん、うん」
とはいえ、洋々には風流だとかワビサビだとかがまったく分からない。そうしたものは父親や錦の十八番だ。
「珍しいものなの?」
高価なのか、と聞くのはためらわれて、そう聞いた。
「さあ、どうでしょう」
錦がにこにこ笑って、うそぶく。
「でも、だいぶ古いものですね。仏様に似てますけど、ちょっとお顔が恐ろしい。それに、分かりますか。ヒビが入ってしまっています」
洋々は木像をのぞき込み、その柔らかく繊細な造りにほぅと息を吐いた。
ゆったりとした衣を身にまとい、体はふくよかなラインを描いている。髪や胸の様子から、どうやら女性を象ったものだと分かる。なぜだろう、錦が恐ろしいといった顔は穏やかで、しかしどこか哀しげに見えた。赤子を抱いた左腕にヒビが入っているせいだろうか。
木像に触れようと、洋々はそっと手を伸ばした。
その時、爆発するように右手が熱くなった。いつもの激しい衝動が洪水のように溢れ出し、体がぶるりと震える。
「うぐぐ……」
対抗むなしく、獣じみた咆哮があがった。職人がぎょっとして後ずさる。
「うがあああぁ!」
包帯に巻かれた手を振り上げ、殴りつけたのは哀しげな目をした木像――。ゴツン、と鈍い音と衝撃が腕に伝わり、同時に洋々は意識を失った。